目次
加賀千代女の俳句一覧
春
未分類
- ちからなら蝶まけさせむ今朝の春
- 人なみに日数を持や今朝の春
- うつくしい夢見直すや花の春
- よき事の目にもあまるや花の春
- 花の春や有の儘なる我ながら
- 見るも宝みるもたからや日の始
- 初空に手にとる富士の笑ひ哉
- 初空や袋も山の笑ひより
- 初空や鳥はよし野のかたへ行
- はや水の田毎に出来て初日影
- 竹も起て音吹かはす初日哉
- 鶴のあそび雲井にかなふ初日哉
- 墨染で初日うかがふ柳かな
- わかみづや流るるうちに去年ことし
- わか水や柳見よとの道も有
- 若みづや迷ふ色なき鷺の影
- 若水や松のとしくむ松の影
- 若水や千里の水もらず行
- 若水や藻に咲花も此雫
- 屠蘇酒や又とそまでの遊びそめ
- 福わらや御所の裾にも袂にも
- 福わらや塵さへ今朝のうつくしさ
- たから船よい間所にかかりけり
- かざらぬは初音も来よし庭の竹
- 松竹や世にほめらるる日の始
- 花よりも名に近づくや福寿草
- 福寿草まだ手もをけぬ所より
- 万歳のロや真砂は尽るとも
- 万歳やもどりは老のはづかしく
- ななくさや我は背戸にてよみ尽し
- 七くさや都の文を見る日数
- 七くさや欲にもけふのよくばかり
- 七草に似合ぬものは蕪かな
- 七草やあまれどたらぬものも有
- 七草やつれにかえ合ふ草もあり
- 七草や三つよつふたつひと所
- 七草や三つ四つふたつ置所
- 七草や雪に花香も添ながら
- 七草や雪を払へばそれでなし
- 七草や翌からは目の地につかず
- 松のしらへことに子の日の夕哉
- 風の音に引ぬ子の日を祝ひけり
- もすそにもつくものならば鳳巾の糸
- 吹々と花に欲なし鳳巾
- けふまでの日は今日捨て初かすみ
- また顔の空へはおもし初霞
- もれ出る山又山やはつ霞
- 烏一つふたつも見るや初かすみ
- 初かすみたつや二見のわかるほど
- 松竹とまたわかるなり初霞
- 地に遊ぶ鳥は鳥なり初かすみ
- 富士はまた水に明るし初かすみ
- 木のもとはあとの事なり初霞
- 雁のふみ又よみなほすわかなの野
- 我ために出る春の野や若菜売
- わかなつむけふより花の道近し
- 一いろのあまりは白し若菜摘
- 花までは出措しむ足を若菜摘
- 山彦はよ所の事なりわかな摘
- 仕事なら暮るるおしまじ若なつみ
- 若菜摘けふより花の道広し
- 雪礫返す間もなし若菜摘
- 道くさも数のうちなり若菜摘
- 戻りには目もふところやわかなつみ
- 鷲に道をあづけてわかなつみ
- かへるさも野に名残なき若菜哉
- ここらかと雪にこと問若菜かな
- ひとつ家も摘出す雪の若菜哉
- 一いろのあまりは白き若な哉
- 手の跡を雪のうけとる若菜かな
- 人音を鶴もしたふて若菜哉
- 置ぬものたづねて雪のわかな哉
- 白い手の雪間につもる若菜哉
- 風の手にけふまで入ぬわかな哉
- 脇道を我からゆるすわかなかな
- 雪とけや誠すくなき水の音
- ふみ分て雪にまよふや猫の恋
- 声たてぬ時がわかれぞ猫の恋
- むめがかや石もかほ出す雪間より
- 咲事に日を撰ばずや梅の花
- 手折らるる人に薫るや梅の花
- 親しみは遠くて近き月と梅
- 吹てきて付たようなり梅の花
- 梅が香や鳥は寝させてよもすがら
- 梅が香や風のあいあい木にもどり
- 桃の日や花あとに成先に成
- けふあすと雛あちらむけこちらむけ
- ころんでも笑ふてばかりひひな哉
- とぼし灯の用意や雛の台所
- 春降し雪にて雪は消にけり
- 春雪やふるにもあらずふらぬにも
- 淡雪や幾筋きえてもとの道
- ながれ合ふて一つぬるみや淵も瀬も
- ぬるみはやし町のかた野の水くるま
- 水ぬるむ小川の岸やさざれ蟹
- 水鏡見るそだちなし蜆取
- きじ鳴や身にあまるから声に成
- きじ啼て土いろいろの草となる
- 隠すべき事もあれ也雉の声
- 朝夕やかほに火をたくきしの声
- 夜になれば笑ふ気になる雉子かな
- 萠る隙にきじもこもるや草のはら
- 雉子鳴て山は朝寝のわかれかな
- 雉子啼やおもはぬ事も思ふ比
- うくひすにまたるる梅はなかりけり
- うくひすの初音や竹に何の味
- うくひすは言そこなひが初音哉
- うくひすやさむさわすれぬ竹の有
- うくひすやはてなき空をおもひ切
- うくひすや都きらひの竹の奥
- うくひすや冬其儘の竹もあり
- 鴬のどちらが鳴ぞ水の影
- 鴬の隣まで来てゆふべ哉
- 鴬はひと戻りして初音かな
- 鴬やけふ此庭に幾久し
- 鴬や水音のんで言はじめ
- 鴬や椿落して迯て行
- 鴬や梅にも問ずよそ歩行
- 鴬や梅にも問ず遠ふ歩行
- 下もえをうらからのぞく土橋かな
- 下萌に雫あふなき柳哉
- あがりては下を見て鳴ひばりかな
- おそろしや高い所に啼雲雀
- おもひおもひ下るゆふべの雲雀かな
- きのふけふの雨にも下りぬ雲雀哉
- てふてふは寝てもすますに雲雀哉
- ほしに合ふて翌のことまで雲雀哉
- 何になる空見すまして雲雀かな
- 何ひとつ食ふた日もなし夕雲雀
- 何ゆへぞ口もぬらさず鳴雲雀
- 乾ては草に沈むやゆふひばり
- 見る人は余の気もあれど雲雀哉
- 身あがりや雲雀の籠も地に置ず
- 折ふしは雲のうしなふひばりかな
- 草むらの留守に風置雲雀哉
- 朝夕は草のしめりや夕ひばり
- 入相に落て音なきひばり哉
- 囀りにものの交らぬひばりかな
- 乙鳥も土気はなれて清水哉
- 乙鳥来てあゆみそめるや舟の脚
- 舎りして笘とはならぬ燕かな
- 青柳の心には似ぬ燕かな
- かはくものの種ともなるや春の雨
- はる雨やもとより京は京の土
- 春雨にぬれてや水も青う行
- 春雨やうつくしうなる物ばかり
- 春雨やみなぬらしたき物の色
- 春雨や人もふとりて一二寸
- 松ばかりもとめぬ色や春のあめ
- 庭に出て空は見やらず春のあめ
- 萠しさる草なになにぞ春の雨
- 朝夕に雫のふとるこのめ哉
- 物をいふまでは名のなき木の芽哉
- むさし野は霞のうちの霞かな
- 七景は霞にかくれ三井の寺
- 青柳の朝寝をまくる霞かな
- 蝶折ゝ扇いで出たる霞かな
- 蝶々の羽風も尽す霞かな
- 鳥は音にあとやさきやと霞かな
- 鳥は音に跡先さそふ霞かな
- いとゆふや短きものに長いもの
- 陽炎やほしてはぬるる水の上
- 陽炎ややれぬは水のうたがはし
- かさとりの山や笑ひのもどかしき
- 何やらの時見置たる根芹かな
- 築山は人の手つたふわらびかな
- つくつくしこじょらに寺の跡もあり
- ひとつとはいはぬ筈なり土筆
- よしあしを地に並べけりつくつくし
- 陰はみな墨に染たるつくしかな
- 永き日を又つぎのばす土筆哉
- うつむいた所が台やすみれ草
- すみれ草根よけに立し宵の雨
- どれほどもちがはぬ道にすみれかな
- 牛も起てつくづくと見る菫哉
- 駈出る駒も足嗅ぐすみれ哉
- 根を付で女子の欲や菫草
- 山陰やわするる比のすみれ草
- 色に迷ふすみれに花のちる日哉
- 地も雲に染らぬはなきすみれ哉
- 濡るまでは心野にをくすみれかな
- 余の草の人あしうけてすみれ哉
- たんぽぽや折々さます蝶の夢
- 打すてて誰がぬしなるぞつづみ草
- ながき日も眼に暮るる也竹のうら
- 永き日の油断やものを問をくれ
- 日はながし卯月の空もきのふけふ
- 閑かさは何の心やはるのそら
- よしの山たが初花のぬしならん
- 初はなやまだ松竹は冬の声
- 初花は誰ぬしなるぞよし野山
- 初花や烏もしらすにきのふけふ
- あとさきにけふ我までの初桜
- けふまでの日はけふ捨てはつ桜
- けふ来ずは人のあと也初桜
- ざうり家の来て聞えけり初さくら
- しのび路に似たあしあとや初さくら
- たからとは今日の命ぞ初さくら
- だまされて来て誠也初さくら
- わき道の手をひかれてや初さくら
- わき道の夜半や明るく初さくら
- をのか花をそしらぬかほや初さくら
- 雲はまた雲と見えけり初桜
- 鴬はふるうなりけり初さくら
- 見て戻る人には逢ず初桜
- おなし名のももにも桃のよはゐ哉
- ももの花我をわすれる月日かな
- よし野から鳥も戻るや桃の花
- 鴬やかりそめに来て桃の花
- 鶏の家にあまるや桃の華
- 今日までのあしをほむるや桃の花
- 山に咲ぬものと聞しに桃の花
- 桃の花石あたためてもどりけり
- 桃の色目におさまりて富士見哉
- 桃咲や都はなれて宮古人
- 里の子の肌まだ白しももの花
- 行にさへ野のいそがしや春のくれ
- おぼろ夜や松の子どもに行あたり
- 朧夜や見届たもの梅ばかり
- あし音にしる人も有朧月
- 何事かある身にはよき朧月
- 穴の明松風もなし朧月
- 言さして見直す人や朧月
- 行過て見直す人や朧月
- 水影をくめどこぼせど朧月
- 払ふ事松もかなはず朧月
- うくひすは起せどねぶる柳哉
- さそふ水あらばとぬるる柳かな
- ながれては又根にかへる柳かな
- のびる程恐しうなる柳かな
- 一もとは音なき月のやなぎかな
- 雲に届く近道知て柳かな
- 花咲ぬ身はふり安き柳かな
- 結ばふと解ふと風のやなぎかな
- 見るうちにわすれて仕まふ柳かな
- 手折らるる花から見ては柳かな
- 吹分る柳は青し馬の髪
- 青柳はどこに植ても静なり
- 青柳やはきあつめては雪まろめ
- 青柳や何の用意に寝てばかり
- 青柳や終に燕にあふむかす
- 青柳や春のしらべもふところ手
- 昼の夢ひとりたのしむ柳哉
- 釣竿の糸吹そめて柳まで
- 晩鐘のつり合もよき柳かな
- 百とせにもう一眠り柳かな
- 浮島を青う突出す柳かな
- 柳から残らず動く氷かな
- うち外を鳥の仕事や神の花
- どち向きて見送る筈ぞ花曇
- ふた夜三夜寝て見る花やよし野山
- みよし野やころび落ても花の上
- 月影も彳むや花のあさぼらけ
- 見送れば墨染に成花になり
- 東路の花はしづかにさかりかな
- 白妙もいつしか暮て花の山
- 筆とるや見ぬ神花の夕けしき
- あしとめて駒も桜に夕哉
- 何の実と問ふてしりぞく桜かな
- 眼をふさぐ道もわすれて桜かな
- 月の夜の桜に蝶の朝寝かな
- 見ぬものを見るより嬉しさくら花
- 裾はゆる都のうちのさくらかな
- 大事ないといはぬばかりぞをそざくら
- 短冊は風をあつかふさくら哉
- 朝夕に見ぬ森からも桜かな
- 晩鐘を空におさゆるさくらかな
- きのふけふものに墨引花見哉
- 道くさに蝶も寝させぬ花見哉
- 広瀬にも穴のあくほど桜狩
- 花もりや人の嵐は昼ばかり
- ふか入のした日の脚や山ざくら
- 眼をふさぐ道もわすれて山さくら
- 近よれば水は離れて山さくら
- 山桜花のうらこそ夕日影
- 女子どし押てのぼるや山さくら
- 潜るとて刺はせねども山桜
- おのづから手も地につくや糸さくら
- ぴんとしたはちりた枝也糸さくら
- むすばれて蝶も昼寝や糸さくら
- 影は滝空は花なりいとさくら
- かりそめの道を問ひ置汐干哉
- 海士の子に習らはせて置汐干哉
- 拾ふものみな動く也塩干潟
- 青柳のけふは短きしほ干かな
- 蝶蝶のつまたてて居るしほ干かな
- おされ合ふてものの根を根に春の草
- 静かさは何の心ぞ春の草
- 分入ば水音ばかり春のくさ
- わかくさやきれまきれまに水のいろ
- わか草や根よけに立し宵の雨
- 若くさやまだどちらへもかたよらず
- 若くさや駒の寝起もうつくしき
- 若くさや尾の顕はるる雉子の声
- 若草やまがれるものはしれやすし
- いふことも羽でととのふこてふ哉
- てふてふや幾野の道の遠からず
- わが風で我吹おとす胡蝶かな
- 雨の日はあすの夢までこてふ哉
- 招き合ふていふにもまさる胡蝶かな
- 吹よせて 十にもたらぬ 胡蝶かな
- 春風もゆだんはならず鹿の角
- 春風やいろいろの香をそそのかし
- 梅散てさぞ春風も松の月
- 山吹のほとけかかるや水の幅
- 山吹や影も狂はぬ水の影
- 山吹や花ありたけを水に置
- 山吹や柳に水のよどむころ
- かほる風おくにひかへて松の花
- 吹つもる塵出なをして松の花
- 其音は水にもたして松の花
- 誰もかも見てわするるや松の華
- わか松やみな下に成ものの音
- おしめども春は留らで啼蛙
- このころの田にもこぼるるかはづかな
- ふたつみつ飛んで見て飛蛙かな
- 一つ飛ぶそこで皆とぶ蛙かな
- 雨雲にはらのふくるる蛙かな
- 仮初の水にもさはぐ蛙かな
- 蛙鳴いてその蓑ゆかし浜つたひ
- 仰向いて梅をながめる蛙かな
- 出そこなふた顔してひとつ蛙哉
- 声とめて雲を見てゐる蛙かな
- 畑も田に蛙のこゑの余りより
- 飛ぶまでに作日も今日も蛙哉
- 鳴雲雀呼戻したるかはつかな
- 踞ばふて雲を伺ふ蛙かな
- あそびたい心のなりや藤の花
- ながき日ぞと藤はおぼえて遊びけり
- のみ干して土から酔や藤の花
- まつかぜも小声になるやふぢの花
- 鴬の声もさがるや藤の花
- 咲もここ風やあるとも松の藤
- 松風の小声や藤のしなへより
- 松風を幾つにわけてふぢの花
- 吹出して春の外まで藤のはな
- 吹出して藤ふらふらと春の外
- 地にとどく願ひはやすし藤の花
- 藤のはなながふて連におくれけり
- ものひとついはでこてふの春くれぬ
- ゆふかぜに蜘も影かる牡丹かな
- 垣間より隣あやかる牡丹かな
- てふてふの夫婦寝あまるぼたん哉
- 戻りては灯で見る庵のぼたんかな
- 老の心見る日のながき牡丹かな
- おもたさの目にあつまるや更衣
- 花の香にうしろ見せてや更衣
- 脱捨の山につもるや更衣
- 冬からの皺をぬがばや更衣
- 葉桜の昔忘れてすずみけり
- 葉桜や眼にたつものは蝶ばかり
- 葉桜や鳥の朝寝も目にたたず
- 音なしに風もしのぶや軒あやめ
- 風よりも雫のものぞ軒あやめ
- 洛外やとひはしりたる軒あやめ
- 風さけて入日涼しき菖蒲の日
- それぞれに名乗て出る若葉哉
- ぬれ色の笠は若葉の雫にて
- 濯ふ川や蔦の若葉もあゆみ初
- 晩鐘に雫もちらぬ若葉哉
- 竹の子やその日のうちにひとり立
- 竹の子やふみもわからぬ水の上
- 竹の子や何を踏えて水の上
- つばくらもみづからでなし花御堂
- 蚊屋つりの草もさげてや花御堂
- 潅仏や蔦の若葉もあゆみそめ
- 葉に成し木は何思ふ仏生会
- けしの花我身わすれし月日哉
- けし咲や蒔たその手もおそろしき
- そのわかれ浮草の花けしの花
- 花に針心知りたき茨かな
- うのはなの闇に手のつく若葉哉
- 卯のはなは日をもちながら曇りけり
- 卯の花や垣の結目も降かくし
- うへが上にさす欲もなきあやめ哉
- 音ばかり筧失なふあやめ哉
- 降らいでもぬるる名のあるあやめ哉
- 沢にあるうちは名たたぬ菖蒲哉
- 風さけて入口涼し菖蒲哉
- むかしにも似かよふ影やかきつばた
- 卯の花の影三つよつやかきつばた
- 水の書水の消したり杜若
- 面影のかはるを果やかきつばた
- 萍の身はまたおもしかきつばた
- 短夜や旭にあまる鶏の声
- 橘の香やその空はへだつとも
- 紫陽花に雫あつめて朝日かな
- こぼれてはもとの水なり紅の花
- ふみそむる鹿の子の道や紅の花
- 九重の水もまばゆし紅の花
- 短夜のつのる花かや紅ばたけ
- 涼風のはいりて見えぬ紅畠
- 石にしむことばのたねや梅の雨
- 五月雨も若葉をつつむ神路哉
- 短夜のうらみもどすや五月雨
- けふばかり男をつかふ田植哉
- つれよりも跡へ跡へと田うへかな
- 田うへ唄あしたも有に道すがら
- 日忌は常のかほなり田植笠
- がまの穂にとぼしつけたる蛍哉
- つまづいて消つまづいて飛蛍
- ひるは手に子供もとらぬ蛍かな
- ほたる火や山路の往来おぼつかな
- 蚊帳つりの草や蛍のともしすて
- 浮草や雨のふる日も常の花
- 萍やとりおとしたる咲所
- 蘋を岸に繋ぐや蜘蛛の糸
- 藻花や濡ずにあそぶ鳥は何
- むさし野に声はこもらず行々子
- わき道を跡からもどる蚊遣り哉
- 分入ば風さへきえて諫鼓鳥
- 淋しさは闇人にこそかんことり
- ほととぎすちかふ聞ばとたちつくし
- ものの音水に入る夜やほととぎす
- よい耳を借りて行かばや郭公
- 一こゑは人につまづくほととぎす
- 起あがる鳥もあるべし子規
- あゆみあゆみあとや見らるる木下闇
- 宮川の筏も神のしげりより
- 日の脚の道付かへる茂りかな
- ひるがほやあぶなき橋に水鏡
- ひる顔の行儀に夜は痩にけり
- 昼かほのおもてはつよし昼の鐘
- ことし竹すずむにたらぬ涼み哉
- しばらくは風のちからや今年竹
- 若竹や押合ふくさも添はなれ
- 風毎に葉を吹出すやことし竹
- 見おくりはこと葉ばかりや羽ぬけ鳥
- ひるは何を思ひふくみて水鶏哉
- 行あたる様にも鳴てくゐな哉
- 夢さめてこたへこたへず水鶏哉
- 塩竃のほそふ立日はあつさかな
- 我が我を置忘れたるあつさかな
- 襟巻をとらぬ茄子の暑さかな
- 蝉の音の秋へこぼれて暑さかな
- 唐崎もさして暑の日はあつし
- あつき日や竹に雀の往来まで
- しさりたり寄ても見たりゆりの花
- ひとすじに百合はうつむくばかり也
- ひめ百合や姿見をする子供から
- そのすがた人にうつすやねぶの花
- かたまりし寒さも出たり雲の峰
- かたまりし暑さの果や雲の峰
- 何里ほど我目のうちぞ雲のみね
- 蛤の城あと高し雲の峰
- ゆふたちの道よりもなし日和山
- 夕立や後へ逃る気はつかず
- 夕立や卒爾な雲の一とをり
- 松はなし扇の風をあらしとも
- 松はなし扇の風をひびくまで
- 我や先団扇にうごく袋かな
- 若竹の老行果や団扇うり
- 一口は味もおぼえぬ清水哉
- 結ぶ手にあつさをほどく清水哉
- 口紅粉をわすれてすずし清水かげ
- 今つけた紅を忘るる清水かな
- 山のすそ野の裾むすぶ清水かな
- すずしさやひとつ風にも居所
- すずしさや手は届かねど松の声
- 牽もどす耳には涼し滝の音
- 唐崎の昼は涼しき雫かな
- 涼しさやはだかに近き茶の木畠
- 涼風や植所なき住居かな
- 朝の間のあづかりものや夏の露
- たたむには団扇残りて夕涼
- どちからも中につたうや橋すずみ
- 影ばうや我とはづれて夕すずみ
- 影坊の森ではぐるる涼みかな
- 松の葉に心とらるるすずみかな
- 水影のもろもろ涼し夏の月
- 釣竿の糸にさはるや夏の月
- 蓋とりてつめたきかさや氷餅
- せみの音やからはその根に有ながら
- 初蝉はどの木ともなし聞ばかり
- 初蝉や松の雫も絶えし時
- 松風もをのがのにして蝉の声
- 滝の音も細るや峰に蝉の声
- 滝の糸ほそふなる時せみの声
- 照もよしふるも夏野の道すがら
- 身にまとふものとはみえず綿の花
- しののめをしのび夕がほの夜終
- ゆふがほの宿や茶の香も水くさき
- ゆふがおや物のかくれてうつくしき
- 夕顔や午さへ白ふ見ゆる頃
- 蓮白しもとより水は澄まねども
- 散ば咲ちればさきして百日紅
- 明日もあるに百日紅の暮れをしみ
- なでしこや横にふとるも育ちより
- かなしからんその夏の日のゆきあたり
- 文月や空にまたるるひかりあり
- あきたつや様ありげなり庭の草
- たつ秋の道とおもふはすすき哉
- 秋たつやはじめて葛のあちら向
- 秋たつや寺から染て高燈籠
- 秋来ぬと東ながめてをりにけり
- 秋立やすすきの糸もとけてをる
- 秋立や風幾たびも聞直し
- 蚊屋の浪かほにぬるるや今朝の秋
- 琴の音の我にかよふや今朝の秋
- 見ゆるかとまづ仰向やけさの秋
- 行ちがふ明ぼのくらし今朝の秋
- 唐崎や露につゆ置けさの秋
- 萩の葉のもの言かほやけさの秋
- はつあきやまだ顕はれぬ庭の色
- 初秋やすすきにもつた風ばかり
- 初秋や独はらふてもののちり
- 文月の返しに落る一葉哉
- ほしあいを何とかおもふ女郎花
- ほし合や心して行雲の脚
- 星の名残露にもよらで袖袂
- 星合やどちからものを言初む
- 朝かほや星のわかれをあちら向
- かささぎの声や一夜の橋の音
- 鵲やねぶたき苫の八日哉
- 鵲やこちらの橋は水の音
- こちらからいはせてばかり魂まつり
- 魂たなは水の味さへかほりけり
- 萩の声のこるあつさを隙て居る
- 朝の間はかたついて居る残暑哉
- いなづまや袖とらへたが袖でなし
- 稲妻と東ながめてをりにけり
- 稲妻に裾をぬらすや石の上
- あさがほやその日に逢ふて仕舞けり
- あさがほやまだ灯火の薄明り
- 牽牛花やをのが蔓かと蔦に咲
- 朝がほに釣瓶とられてもらひ水
- 朝がほや宵に残りし針しごと
- 朝顔は蜘蛛の糸にも咲にけり
- 朝顔やその日の事を早仕廻
- 朝顔や宵から見ゆる花のかず
- 二つ三つ十とつもらぬむくげ哉
- 長き夜やかはりかはりに虫の声
- 下冷えを咲あたためよ道の草
- やや寒し瓢の音のかたまりぬ
- いざ帰らむうき名に滝もうそ寒し
- 身あがりにひとりねざめの夜寒哉
- みみたててうさぎもなにと秋の暮
- 九重も一重に見るや秋のくれ
- 温泉の山や秋の夕べは余所の事
- 夕暮れや都の人も秋の顔
- 桔梗の花咲時ポンと言そうな
- 行秋に袖も留るや女郎花
- 狩人に立ふさがるや女郎花
- これこそは月をあるじや水の色
- なかれても底しづかなり水の月
- 三日月にひしひしと物の静まりぬ
- 待つ宵やしびれまじなふ草は何
- あかるふてわからぬ水やけふの月
- うら町の鼾あかるしけふの月
- ともし火も置わするるやけふの月
- 細道へつるの往来や瓜名月
- 三日月の頃より待し今宵かな
- 水雪は萩ばかりにや今日の月
- 名月やそのうらも見る丸硯
- 名月や何所までのばす富士の裾
- 名月や眼に置ながら遠歩行
- 名月や小松原より松一木
- はからずも琴きく雨の月見哉
- 何着てもうつくしうなる月見哉
- 月見にも陰ほしがるや女子達
- 十六夜の闇をこぼすや芋の露
- 十六夜や囁く人のうしろより
- たち尽すものはかかしぞ後の月
- とり残す梨のやもめや後の月
- 影坊の出ては隠るる後の月
- 秋風の山をまはるや鐘の声
- 穂に出でぬ薄さそふや秋の風
- 笠を置とこを見ありく花野哉
- 早稲くさいものを敷てやたのもの日
- 菊の香や茶に押合ふも此日より
- 咲花をいくつか捨てけふの菊
- 人の世話に手もうつくしき菊合
- きくの花ふりわけ髪の見事也
- きくの畑あすからもとの朝寝かな
- 菊の香や流れて草の上までも
- 菊畑や夢に彳む八日の夜
- 音添ふて雨にしづまる碪かな
- 此家はわらかと思ふきぬた哉
- 晩鐘にちらした里のきぬたかな
- 松の琴に鳩も吹そふしらべ哉
- 鳩の吹ころ青ふ吹松ばかり
- 冬瓜の枕さだむるかかしかな
- 風の日はよふ仕事するかかしかな
- 風の日は余所の仕事を鳴子哉
- 茸狩の夢を袋でもどりけり
- 茸狩やちいさき者に笑はるる
- ながき夜をひとりは寝じと鹿の鳴
- 鹿の恋後は角折る心こそ
- 鴫たつや余所のわかれに暮まさり
- 百とせのその日も鴫のゆふべ有
- すそたたく寝覚でもなし雁のこえ
- ぬれながらかた田によむや雁のふみ
- はつかりや通り過して声ばかり
- 初雁やいよいよながき夜にかはり
- 鷹の眼にこぼれて雁のたち騒ぐ
- 干物の竿をせばめて蜻蛉哉
- 水に出て水には入らぬ蜻蛉哉
- かうろぎも吹れあがりて竹の月
- あさがほや鳴所替るきりぎりす
- きりぎりす我のみと啼築地より
- 月の夜は石に出て啼きりぎりす
- 脱捨の笠着て啼やきりぎりす
- 尼寺の馳走は人へきりぎりす
- 名月や石に出て啼きりぎりす
- 落鮎や日に日に水のすさまじき
- 波のうへに秋の咲なり千種貝
- とび入も山のもやうや初もみぢ
- ひとつ色で似ぬものばかり紅葉哉
- 木陰から出て日の暮るる紅葉哉
- いのち哉花見すまして紅葉狩
- 紅葉して蔦と見る日や竹の奥
- 明てから蔦となりけり石燈籠
- 雫かと鳥はあやぶむ葡萄かな
- あまりては月に戻すや萩の露
- こぼしてはその葉のひろふ萩の露
- 露に染て皆地にかへる萩の花
- これほどな穂にひしたたぬ薄かな
- 秋風のいふままに成る尾花かな
- 晩鐘に幾つか沈む尾花哉
- 角ぐみもいつしか解てあしの花
- 風は風に心も置ずあしの花
- かたびらの襟にはくさし荻の音
- 穂に出てや二見に通ふ荻の音
- 蘭の香やなじみでもない草にまで
- 蘭の香やゆかし道に問あたり
- 蘭の香や手にうけて見るものならば
- 鶏頭やならべてものの干て有
- 鶏頭やまことの声は根に遊び
- きくはたやいかにすぐれて残る菊
- ひと色の野菊でしまふ心こそ
- 十日にはまさりかほなる野菊かな
- 花や葉に恥しいほど長瓢
- 行秋の声も出るやふくべより
- まつ茸やあれもなにかの雨やどり
- ゆく秋や持て来た風は置ながら
- 行秋やひとり身をもむ松の声
- その中に唯の雲あり初時雨
- はつしぐれ何所やら竹の朝朗
- はつ時雨見に出た我は残りけり
- はつ時雨野にととのふたものは水
- まだ鹿の迷ふ道なり初しぐれ
- 京へ出て目にたつ雲や初時雨
- 初しぐれ京にはぬれず瀬田の橋
- 初しぐれ水にしむほど降にけり
- 初しぐれ風もぬれずに通りけり
- 晴てから思ひ付けりはつしぐれ
- 草は寝て根にかへりけり初しぐれ
- 眺めやる山まで白しはつ時雨
- 田はもとの地に落付や初時雨
- 日の脚に追はるる雲や初時雨
- 柳には雫みじかしはつ時雨
- 露はまた露とこたえて初しぐれ
- 初霜や蔦の手につき足につき
- 茶のはなや此夕暮を咲のばし
- 茶の花やかかる日脚を咲のばし
- 茶の花や此朝夕を咲のばし
- 山茶花や土気はなれて雪のいろ
- 道くさの草にはおもし大根引
- 似た事の三つ四つはなし小六月
- たまたまの日に酔臥やかへり花
- みよし野や余所の春ほど帰り花
- 雁の名残思ひ付日や帰り花
- 曙は暮のすかたやかへり花
- 寝た草の馴染はづかし帰り花
- 見るうちに月の影減る落葉哉
- 人相の幾つにしづむ落葉哉
- 水のうへに置霜流す落葉哉
- 蜘の巣に落ちてそうして落葉哉
- こがらしやすぐに落付水の月
- 凩によふぞとどけて今朝の月
- もの脱でしぐれ詠めむ松の本
- 仰向て見る人もなきしぐれ哉
- 此うへはもう白かろふ時雨哉
- 時雨るるや一間にきのふけふもくれ
- 松風のぬけて行たるしぐれかな
- 水鳥の背の高う成しぐれかな
- 染ぬ葉を見つめて降や夕時雨
- 茶のからも山とも成てしぐれ哉
- 末代に残らぬ道やけふ時雨
- そのいきり流すな鴛の又寝まで
- をし鳥や水までしろうなるばかり
- 池の雪 鴨やあそべと明て有
- はつゆきは松の雫に残りけり
- はつ雪はまた水くさに降にけり
- はつ雪やほむる詞もきのふけふ
- はつ雪や降おそろしう水の上
- はつ雪や子どもの持てありくほど
- はつ雪や松のしらべも懐手
- はつ雪や返し書く間はなかりけり
- 初ゆきや風のねふりのさむるまで
- 初雪やうけてをる手のそとに降
- 初雪やこぞ初雪も一二寸
- 初雪やつめたさは目の底にあり
- 初雪や家毎に降てあればこそ
- 初雪や橋まで降て落もせず
- 初雪や見るうちに茶の花は花
- 初雪や鹿はおもひのちどり脚
- 初雪や水へも分ず橋の上
- 初雪や朝寝に雫みせにけり
- 初雪や麦の葉先きを仕舞かね
- 初雪や鴉の色の狂ふほど
- まだ重き寒さは置ず竹の雪
- 山彦の口まで寒きからす哉
- 身に添うてひとりひとりの寒さ哉
- 身を思ふ思はぬ人もさむさ哉
- 朝の日の裾にとどかぬ寒さ哉
- 明烏けふの寒さも東より
- 鰐口の物言かぬる寒さかな
- 吹風のはなればなれやふゆ木立
- 冬木立あはれ一木の名のみこそ
- さそふ水もなくてかくまでかれ柳
- 冬枯やひとり牡丹のあたたまり
- ともかくも風にまかせてかれ尾花
- 根は切で極楽にあり枯尾ばな
- 降ものに根をそそぎたる蕪哉
- 手のちからそゆる根はなしかぶら引
- いろいろを石に仕あげてかれの哉
- 枯野行人や小さう見ゆるまで
- 行あたり道や枯野の広きより
- 行あたる枯野の道の広きより
- 鷺の雪降さだめなき枯野哉
- 入相に雫もちらぬ枯野かな
- 又咲ふとはおもはれぬ枯野かな
- 何事も筆の往来や冬籠
- 花にとは願はず雪のみそさざゐ
- 鷹の目にこぼれものありみそさざゐ
- 竹の音まるける頃やみそさざゐ
- こぼれては風拾ひ行鵆かな
- そちゆへの寝覚ではなし啼千鳥
- つれに落て立横に啼や小夜千鳥
- なにごとのあつて細江の千鳥哉
- みななかばみみにふたせん小夜千鳥
- 起てゆく跡へそれほど千島哉
- 吹き別れ別れてもちどりかな
- 吹たびにあたらしうなる千どりかな
- 淡路島戻る声なき千鳥哉
- 二つ三つまではよまるるちどり哉
- 埋火の手にこたへたる衛かな
- 鷲の目にこぼれものあり川千鳥
- そこそこヘ声あゆませてこたつ哉
- 我のみに口をつかふてこたつ哉
- 髪を結ふ手の隙あけてこたつかな
- ある程のだてをつくして紙子かな
- 待暮も曙もなき紙衣かな
- 着尽してものののぞみを紙子かな
- ぬふてから笑ひころぶや長頭巾
- 夜噺の片手に着する頭巾哉
- 夏の夜のちぎりおそろし橋の霜
- 独り寝のさめて霜夜をさとりけり
- 戸の外に是非なく置や冬の月
- 斯人の気に成ものか冬の月
- 鳥影を葉に見てさびし冬の月
- 流れても底しつかなり冬の月
- 物ぬひや夢たたみこむ師走の夜
- おされ合ふてころぶ間もなしとしの市
- 水仙の香も押合ふや年の市
- けふばかり背高からばや煤払
- あそび尽しことしも翌のない日まで
- 閏月のそのめも見えず年のくれ
- 朝起もひとつに年はくれにけり
- 行としや連たつものは何と何
- 年の内に柳ばかりは柳かな
- 梅ばかり誠の事やとしの内
- くれの雪や山ちかふ成遠ふなり
- けさの雪さらへのみちのありやなし
- けさの雪さらへの残りありやなし
- しなわねばならぬ浮世や竹の雪
- そっと来る物に気づくや竹の雪
- つめたさは目の外とにありけさの雪
- 花となり雫となるや今朝の雪
- 此雪に誰ためなるぞ杖の跡
- 松の葉のあづかり物や今朝の雪
- 吹れ吹身をかたつけて雪の竹
- 吹事をわすれて見るや竹の雪
- 水仙の花とりもどす今朝の雪
- 水仙は香をながめけり今朝の雪
- 声なくば鷺うしなはむ今朝の雪
- 青き葉の目にたつ比や竹の雪
- 雪のあした鷹と見るは鳥かな
- 雪のある松に聞すな風の音
- 雪の夜やひとり釣瓶の落る音
- 雪の有ものにきかすな松の声
- 叩かれて寝夜や雪の降けしき
- 竹はまたもてあそぶ也今朝の雪
- 払はぬはおのが羽なり鷺の雪
- 暮るるまで続くる雪や蔦のもと
- 我ものでわれをはなるや雪丸め
- ころぶ人を笑ふてころぶ雪見哉
- さそはれて尻の重たき雪見哉
- ひとりふたりもう独もよき雪見かな
- 行もどり雪見るひとりふたり哉
- 寄ものにもののとりつく氷かな
- 寄ものに水草の付氷かな
- 心なうちぎりしあとや冬牡丹
- 美しう昔をさくや冬ぼたん
- 寒くなくば人から人ぞ水仙花
- 水仙のたむけや雪の眼にわかず
- 水仙の香やこぼれても雪の上
- 水仙は名さへつめたう覚えけり
- 水仙や常はつめたき薮の中
- 水仙や誠は水の花なるに
- 水仙花よくよく冬に生れつき
- 山陰や枯木の僧に冬の梅
- 折々の日のあし跡や冬のむめ
- 冬の梅咲やむかしのあたたまり
- 独づつかはりかはりや冬の梅
- 二つ三つ鳥に忍ぶや冬の梅
加賀千代女 プロフィール
加賀千代女(かが の ちよじょ、1703年(元禄16年) - 1775年10月2日(安永4年9月8日))