- 一握の砂を滄海にはなむけす
- 啓蟄のつちくれ躍り掃かれけり
- 土古く渡来の鶴をあるかしむ
- 早乙女に蜘蛛の囲流れかゝりけり
- 海苔買ふや追わるる如く都去る
- 藍植うや孀(やもめ)ながらも一長者
- 蝌蚪の水に煙草火投げて訪ひにけり
- 海苔買ふや追うはるる如く都去る
- 浪かげに生るる芥弥生尽
- 永き日や垣の上なる畑つづき
- 行春の道に佇めば海女の笛
- 温泉飲めるもある群象や春灯
- つちくれに歩きかくれて春の鳥
- 下萌えに餌おしつけて鹿の口
- あめつちの中に青める蚕種かな
- 湿連の莚またぐに随へり
- びらう樹の下にかがめば日永かな
- 大空の下にあるき来て花御堂
- 落椿まばらになりてかへり見る
- ひもろぎや旧正月のかけ大根
- 藪風を聞いてはかへし麦踏めり
- うちまじり葬送凧もあがりけり
- 春昼や塀の内なる畑つくり
- 遅き日や岩のうしろの潮の花
- ぢか火とて紺青焦げし目刺かな
- 鳥ゐるや清明節のつちくれに
- 春めくや銀ほどきたる猫柳
- 啓蟄や日暈が下の古畠
- 女房の江戸絵顔なり種物屋
- ゆくわれにかくるる嶺あり麗に
- 燈籠に巣ふ鳥あり春の園
- 三笠山見る面上に春の塵
- かへり見る花の篝のおとろへぬ
- ぎしぎしの焦れゆく葉や蝶の昼
- 春暁の隠元土をかづきたり
- 凧あがる唐人墓のほとりかな
- わが干支の牛も侍りぬ涅槃像
- 水低う漕ぎゐる舟や花曇
- 広前やきのふけふなる落椿
- しばしばのなゐのあとなる麦踏めり
- 目刺焼いて火のつぶれたるこんろかな
- たかだかと塩屋の橋の遅日かな
- 相よりて夕づく塊や畑打
- 閼伽桶に遠忌の菜種挿しにけり
- 涅槃像あなんの顔のとはに哭く
- 下萌えにたれたる萱の日ざしあり
- おもむろに蕨のこぶしとけにけり
- 闇無の蜑もあそべり花ぐもり
- 虻をうち蜂とたたかひ一日かな
- 垣間見る池の水草生ひにけり
- 草庵や生けあるものにおそざくら
- 防風の花ぞさきゐぬ海豚の碑
- うららかや見えてよりたる唐船碑
- 窓障子きいろにともり飼屋かな
- 九官鳥のゐる種物屋さがしけり
- 初蝉の一日鳴いて絶えにけり
- 春めきて大芦刈のある日かな
- 日永畑金鶏草の蒔いてあり
- 目刺焼いて居りたりといふ火を囲む
- 藪椿しづかに芯のともりゐる
- 春の池すこし上れば見ゆるなり
- どんたくの鼓の音ももどりなる
- 水口に水のはやれる代田かな
- 春光や遠まなざしの矢大臣
- 額にはり頬にはりて子の椿姫
- ぎしぎしも雀隠れの穂をあげし
- おほばこも雀隠れとなりにけり
- 鮠川の黒生のすすきふみもする
- 金鳳華咲きつつ蝌蚪は尾を消せり
- 水草生ひぬ人々よりて映りたつ
- 雀の巣ものみな古くほとりしぬ
- 白日の巣引雀のとびかひぬ
- 漢ゐて巣引雀をさしにけり
- 穀象虫唐箕のさきの日に這へり
- 茄子もぐ手また夕闇に現れし
- 南風や植田濁りにとぶ雀
- 蝉逃げし方に森ありくろぐろと
- 麦秋の人々の中に日落つる
- 山に日の落ちて草刈り泳ぐかな
- 草萎えてやままゆ蝶のあらはれぬ
- 羊蹄に月あがりたる旱かな
- 棟の影地に尖りある干飯かな
- 凌霽や日々孑孑のすくはるる
- 藁を得し瓜の巻手の静かなる
- 広き葉のかさなり映る泉かな
- 虫干の衣の香にゐて客主
- 毛虫やく人撮影の外にあり
- 蝉来るや森の祭の篝火に
- 菖蒲葺くや雀の古巣ありながら
- ひたすらに精霊舟のすすみけり
- 上の香に咲き倒れ居り唐菖蒲
- 裸身にうつろふ雲や唐菖蒲
- 日焼手に笏たつとしや祭禰宜
- てぐすむしゐるかと仰ぐ茂りかな
- 日車に蝉すがり鳴くはたけかな
- 夕焼けて土の古さや袋蜘
- 行水のすめばまたとる袋蜘
- 吹貫をあげゐるうからやからかな
- 水上は根づけはじまる蛙かな
- 早乙女や笠をそびらに小買物
- ちぬ釣やまくらがりなる頬被
- 斑猫や遠送り来るし湯女かへす
- 蛇の尾のをどり消えたる葎かな
- 蛇の衣額に巻いて僕かな
- 長虫を追うてあがりぬ泉殿
- 通ひ路の夕べ水漬きぬ誘蛾燈
- 水番に見いだされたる昴かな
- 菖蒲引日の古水を騒がしぬ
- アンテナにとまる鳥あり柿若葉
- 百姓のうりに来りし岩魚かな
- 方丈の沓かりてもぐ杏かな
- 蚰蜒に這はれし避暑の枕上
- 古き家の廂くぐれば繭の山
- 温風や落ちてちひさき青柑子
- 蠅叩一日うせてゐたりけり
- 一冊の江戸絵帖あり黴の宿
- 夕風にさやぎいでたる茅の輪かな
- 衣更へて庭に机にある日かな
- 黒ばえに山かつの井をのぞきけり
- ぬぎ合へる夕べの笠や早苗とり
- 誘蛾燈とぼしきマッチすりにけり
- 火の山をつりかくしたる簾かな
- 泉殿西日となりて下りにけり
- 毛虫やく火を柿の葉にもてあそぶ
- 毛虫やく人ゐて園生すたれけり
- 三伏の夕べの星のともりけり
- かたむけて西日の笊の干飯かな
- またたきのさびしくかめる干飯かな
- 遊船のへさきにありぬ西の月
- 夕凪や垂乳あらはにゆきかへる
- ははきぎに夜の秋なる径はあり
- をちの灯のさしてゐるなり五月川
- 杜鵑花折る昆虫とりの一学徒
- 蓮池に昆虫網をうつし過ぎぐ
- 藺の畦を昆虫とりのかへし来る
- 南風のみち昆虫とりもしらぬとて
- 緑蔭や昆虫とりの葉巻のむ
- 蛍狩り茨の花のそこらまで
- 田植見の夕晴傘をさしにけり
- 蝶屑のながれゆくなり田植水
- 黴の香のそこはかとなくある日かな
- つつましくあがるけむりや蚊遣香
- 干飯かく音ささやかに聞えけり
- 精霊の麦藁舟のいでにけり
- 打上藻精霊舟にてらさるる
- おくれいづ精霊舟のはなやかに
- 灯きえて精霊舟の見ゆるあり
- 精霊舟いづる波音間遠なる
- 青き枝の落ちてありけり蝉の宮
- 宿の子の手花火あげて宵浅き
- いちはつのぬれてゐるなり紙のごと
- 昼顔のいきるる花のとびとびに
- 雑草を踏んで海市もあらざりき
- 青梅のぬくもつてゐてひろはれぬ
- さきつげるとろろあふひの夏惜む
- にほやかに昆虫とびゐ夏惜む
- 子をくはへて秋猫土間をさまよへり
- 露の夜の仏に不意に蝋燭火
- 篠曲げて拙き罠や鳥の秋
- かけ稲の樅噛み去るや時雨雲
- 大空に見えて落ち来る木の実かな
- 半蔀によりかかり見る出水かな
- 白川や二羽ゐてとびし石叩
- 露草の瑠璃をとばしぬ鎌試し
- 月の山人声ありてのぼりゐる
- 天の川この秋の客誰々ぞ
- 籾すりの有明月に灯消せり
- 貂棲んで剽軽鳴きや夜長宿
- 秋出水ささやき合ふてひきにけり
- 刈萱のたへにも白し草泊り
- 戸口なる紅葉明りや焼鳥屋
- 今日よりや落穂拾ひのかげを見ず
- 鶫罠赤き実撒いてこれでよし
- そこはかとなき雑音や秋の暮
- 夕露に栗鼠の逃げたるあたりかな
- 瓜枯れてきちきちのとぶ西日かな
- 槌あぐればきこゆる音や網代打
- 庭先のげんのしようこや小鳥来る
- ちりあなにこほろぎとべる野分かな
- ははきぎを吹きおこしたる野分かな
- 流れくる水葱をすくひぬ秋出水
- ふなべりにわかるる水葱や秋出水
- 蕪大根良夜の双葉あげにけり
- 銀杏のちりもはじめず夜学校
- 夜学部に歌の友だち来て居りぬ
- 足もげのかのこほろぎの鳴きにけり
- をちかたにきちきちばつたとび交へる
- 芋の家月の夜念仏はじまりぬ
- 流れくる障子洗いひのたわしかな
- 障子洗ふ人居りたれば磧まで
- 土手の下障子あらひのゐたるのみ
- 畦豆もうちかけてある稲架を見る
- かつぎゆく案山子の眉目ありにけり
- こほろぎの一疋くどを守りにけり
- こほろぎに夜だちのむすび出来にけり
- 台風のすぎたる土のばつたかな
- 青空にきゆる雲あり鯔の海
- 山川のあをさに洗ふ障子かな
- 萩の丘下に汽車つき電車去る
- 千燈明をともすわらべの露の秋
- かがまりて千燈明をなつかしむ
- 秋風にともる濡衣観世音
- 千燈明の火垂るるなり露の秋
- 刈られずにありたつ萩や仙厓忌
- 烏瓜うれてゐるなり仙厓忌
- 椋の実を拾うふ子のあり仙厓忌
- 風の中落穂ひろひのよろめきし
- きちきちの音もたまたま遠賀づつみ
- 城山にのぼりてつきし草虱
- 一すぢの糯の落穂のひろはれし
- ひもすがら日のあたり居り稲架襖
- 山なみに初猟の日のしづむなる
- 干籾にしぐれ日和となりにけり
- 秋雨や用もなけれど博多まで
- 友くるや夜食の箸をおろすとき
- 露の香やメロンの網に手をふるる
- かねをうつ閻魔祭の裸形あり
- かまきりのゆるぎいでしがものをはむ
- 茸山に見えてとまれる汽車のあり
- 塔頭の柿うまうして人寄りぬ
- 蔦の実の日ざしの秋の深まりぬ
- 末枯の舞台のあとにいつまでも
- あしもとにちさきばつたの音ありし
- 峰二つ越えて寝てゐる蒲団かな
- 断崖の塵吹き落す冬の海
- 手水鉢の氷砕きゐる遠忌かな
- 寒雀猫にとられてまろまろと
- から風や青菜踏みつけ檻の鷲
- 松原にとまる電車や冬の月
- 凍て虫をくはへとびたる鶲かな
- 日あたりに斧研ぐ杣や水涸るる
- 寒風やたかくは飛ばぬ土の鳥
- 屋根の上に月ありと知る火鉢かな
- ほくほくと老の寝にゆく布団かな
- 霜除の縄ながながと解かれけり
- 霜どけの塊うごき見ゆるかな
- つちかへどなほくたれ葉の冬菜かな
- 火になりて松毬見ゆる焚火かな
- 夕づきてけむの匂へる干菜かな
- 大根をひきよこたへて焚火かな
- 痩せ痩せし土に咲き出て棉の花
- 提灯の下にあそぶ子お霜月
- 夜もすがら句作る炭火育てけり
- 塵取も夕日の中や日短き
- この一本落葉はげしくなりにけり
- 干菜落ちて塀にもどさん人もなし
- 日向ぼこに影して一人加はれり
- さわさわと霰いたりぬ年の市
- 馬車つくや大つごもりの山ホテル
- ませがきに落早の日や寒の入り
- 枯枝を笄ざしや落葉籠
- 禰宜の子の独りあそびや枯桜
- 探梅のあとさがりなる袴かな
- 萩叢を刈ろと思へど日向ぼこ
- 葱ひきや鳥のとまりしたて朸
- 掛蓑にとまる羽音や冬の鳥
- 鎮守府の中の野道や寒烏
- 枯山の入日なつかし炭売女
- わが前に消えしつむじや枯堤
- 枯櫟霜除したる木に隣る
- 霜除を終へたり木々の夜を迎ふ
- また一人来て凍鶴の前に立つ
- いづこより来てつくる菜や冬の山
- 落ちてあるからたちの実や十二月
- おもかげのまなこ細さよ日向ぼこ
- 歳晩やキネマはねたる市の塵
- 芦むらのうす日をさそふ焚火かな
- 市中に枯野のありて泊りけり
- 枯原や溝よりたちし瑠璃鶲
- ひとはふり塵ののりたる深雪かな
- 寒禽のゐて落したる枯枝かな
- 石一つありてせせらぐ冬の溝
- 深草のなにがし池の涸れにけり
- 時雨傘通天橋にとどけらる
- かいつぶりに女のなげし石とべり
- ちぢれ葉はうちかさねたる冬菜かな
- ふきおちて土になづめる干菜かな
- 燠かきのかくもへりゐて時雨宿
- 失業をしてゐるマスクかけにけり
- かじかみし手をあげてゐるわかれかな
- 蜂一つついてゐたりし干菜かな
- 干菜していつのほどにか二階住
- あらたまる寒のすがたの干菜かな
- 貝割菜つみにいづれば一時雨
- 社会鍋古き街衢の四つ辻に
- かりそめの河豚の友とはなりにけり
- 古園や根分菖蒲に日高し
- 藍植うや孀ながらも一長者
- 先生の馬に似し歯や蝦蛄を食ふ
- 日向ぼこにかげして一人加はれり
吉岡禅寺洞 プロフィール
吉岡 禅寺洞(よしおか ぜんじどう、1889年(明治22年)7月2日 - 1961年(昭和36年)3月17日)