かもかえる「鴨帰る(春)」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




鴨帰る残った方がよいのでは   池田澄子「此処(2020)朔出版」

二月一日、新聞を開くと嬉しいニュースが飛び込んできました。池田澄子さんが句集「此処」で読売文学賞を受賞されたのです。選考委員の一人である川上弘美さんはこう記しています。「みずみずしさは作りはじめの頃と変わらず、句の中の世界はいよいよ深まり、『池田澄子』という唯一無二の詩形が、ここに極まっているのである」池田さん、おめでとうございます。

掲句はその受賞句集から。秋冬に日本に飛来し、越冬した鴨が春に北の繁殖地へ去ってゆきます。それが鴨帰る。毎年のことですが、鳥たちにとっては危険が伴います。渡りの途中で命を落とすものも少なくありません。ならば、残ってもいいのでは、と作者は語り掛けます。実際、渡らずに日本に残る鴨も若干います。これを「残る鴨」と言います。みんなが本能に従って行動しているように見える鴨たち。しかし、従わないものもいるのです。深読みすれば、同調圧力によって同じ行動をとってしまう人間たちへの警告。

ところで池田さんには以前一年間にわたって、番組に出演していただいたことがあります。企画力があって、番組のアイデアを次々に出してくださいました。写真家のアラーキーやジャズピアニストの山下洋輔さんら、ビッグネームを次々にゲストに指名。制作サイドでは「忙しい方達だから無理かな」と逡巡したりもしましたが、結局は皆さん出演を快諾してくださいました。池田澄子のパワー恐るべし。通常、番組の選者は先生とお呼びするのですが、池田さんは頑なに拒否。うっかり池田先生と呼ぼうものなら、必ず「池田さんです」と訂正が入ります。骨の髄まで民主的な考えの方なんだな、と思いました。話が長くなりましたが、そういうお人柄だから同調圧力は拒否。民主主義は個人が自立していないと成り立ちません。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html






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