のぞまれて橋となる木々春のくれ 生駒大祐「水界園丁(2019)港の人」
春宵一刻値千金と謳われる春の暮です。のどかに時がのんびりと過ぎてゆきます。その美しい時間に木々を見ている作者。「のぞまれて」という言い方が印象的です。この言葉が使われるときは、不本意な運命を甘受する場面が多いように思われてなりません。例えば「のぞまれて嫁入りするのだから」と噂されたら、実際は気の毒に思われているのでしょう。掲句の木々は「橋になって人の役に立つんだから」と慰められている。伐採される運命を知らないだけに余計不憫です。駘蕩たる春の暮だからこそ、木々への思いが深くなります。
この句集は大変凝った作りになっていて、つるつるの見開きの裏がざらざら。表裏で手触りの違う特殊な紙を使用しています。ネット情報によればキャピタルラップという紙で、通常は包装紙として使用されるとか。本に用いるのは珍しいそうです。目で文字を追って楽しむだけでなく、指先の感触でも読者を楽しませくれます。ちなみに、掲句が印刷されているのはつるつるの紙。橋となる木々もあれば、パルプとなって滑らかな紙面となる木々もある。そのことを昔の人は無常と呼んだのでしょう。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」