- 春寒や机の下の置炬燵
- 膝へとる軒の夕日や草の餠
- 錦手の猪口の深さよ年忘
- 此の節に友達もなし園八忌
- 馬顔の使ひあるきや日の短か
- 腹中にふぐりある夜の寒さかな
- 双六や眼にもとまらぬ幾山河
- 道中お話もなく双六の上りけり
- 日は雲に夕川寒くなりにけり
- 寒き日は船もすくなし都鳥
- 夕闇の空吹きあげて散る紅葉
- はらはらと山茶花ちるや畳替
- 深川や夕日にのこる屋根の雪
- 夜の雪をつむやそこりの川の底
- 雪空に似てくもりたる重湯かな
- うつうつと寝るや蒲団の穴の中
- 蕎麦がきをせばやの炭火おこりけり
- なかなかに雪は春めく川げしき
- 春めくや五重の塔に牡丹雪
- 夕空の寒さも春や鳥の影
- ひといろの青きものなく風光る
- はね橋やおはぐろどぶの春の雨
- 春の雪庭先すこしありて置く
- 花売は昔ながらや春の雨
- 出すまじとすれどならぬや風邪の咳
- あたたかに星うつくしや夜明前
- 春の日を粥にうくるや椀の中
- ちよこまかと小舟あやつる春の川
- 窓ひとつあくるや炭のおこるまで
- ほろにがき二月の雪の白魚かな
- さくらもち一籠提げて風の中
- 魚売や雛にもてくる大栄螺
- 水のかぎり照るさざなみや春の月
- 焼芋のまた売るる日や春の雨
- 京の人京へ帰りぬ春の月
- うららかに雲とほす日や松の上
- 朝露や御用の中をのがれ来て
- 青柳や鍋洗ふ母鮒釣る子
- 別れさへ春あけぼのの夢の中
- やすやすとぬすむや垣のつくづくし
- 何事も堪忍したる寒さかな
- 片陰なる刀屋の暖簾かな
- あらたまのとしのはじめや墓参
- 馬鹿ほして梅の莟もかたきころ
- 降る降るとあがるあがると雨蛙
- 手をぬけて鰈のすべる寒さかな
- 亀虫のにほひきこゆる座敷かな
- おほよそに略して年をむかへけり
- かまきりをいとはぬ萩のあるじかな
- 母上のお出ましいとど余寒かな
- 春暑し日傘に隠す東山
- 材木の奥に帳場や春の雪
- 春雨や白粉にさす傘の色
- 恋人を扶(たす)けて登る春の山
- いかものの文もなつかし梅座敷
- 富士の雪うつくし花の蕾む時
- 藤咲けば谷川山女釣れにけり
- 猫の子の破る狩野の襖かな
- 鶯や世にうつくしき弁財天
- 山はまだ木の芽もかたき小鮎かな
- 酒塩を焼蛤に利かせけり
- 深川や女肩なる浅蜊売
- 鳴き交す二つの池の蛙かな
- あつあつの春の炬燵や京の宿
- 壺焼や壺の底なる浪の音
- 花漬や湯呑の底の夕ざくら
- 櫻餠提げて敷居の高さかな
- 夏の日や黍落雁を袂菓子
- 暑き日や人見ておろす腕まくり
- 雲深き處に夏を惜しみけり
- 酒の外薬を知らず老の春
- ちまちまと旅人行くや雲の峯
- くちなしや死んで孝行することも
- 十薬や人に知られぬ人の運
- 夕顔や共に住まねど生みの母
- 新芋のうま煮に一つゐる蚊かな
- 河鹿鳴く板一枚の小橋かな
- 深川や身はだぼはぜの浮沈
- 緋目高と目高と別れ別れかな
- 着るものの上よりいたく刺す蚊かな
- 浴衣縫ふや思ひやりなき人の為
- 京に来てひらめかしけり初扇
- よそゆきの顔してゐるや手に扇
- 思ひあふ添寝もくるし夏袋
- 冷奴隣町まで祭かな
- 冷奴つめたき人へお酌かな
- 朝川や涼しき秋の一泳ぎ
- 肉眼に見る星雲や宵の秋
- 夫婦して庭にすずむや芝の露
- 白露や共に苦労をしたる人
- 臼一つ救ひあげけり秋出水
- 秋草の中に相撲の土俵かな
- 誰がおける柿の一つぞ墓の上
- 薄野に富士をまともの茶店かな
- 花落のすぐにくびるるふくべかな
- 人力車(じんりき)の旅や花さく稲の波
- 沙魚釣りて品川の灯に戻りけり
- 熊蝉の鳴く都なる暑さかな
- がちやがちやもなかなか声をひそめけり
- こほろぎや女のやうに苦労性
- 秋はまだ帯の錦に扇かな
- 初午や都の春もきのふけふ
- まんさくや春の寒さの別れ際
- ぎし/\や弁慶蟹の栖処
- 燈火によこぶよ多し浪の音
- 生垣を屋根に上りぬ藪からし
- 暗き灯に鼠ののぞく干葉湯かな
- 十四日年越の坊主おこしかな
- 不忍や雪の初巳の詣人
籾山梓月 プロフィール
籾山 梓月(もみやま しげつ、明治11年(1878年)1月10日 - 昭和33年(1958年)4月28日)