- 田子の浦に富士の高根や御代の春
- しがらきや僧とつれだつごまめ売
- 君が代にあふや狩野家の福禄寿
- 四方から杓子ですくふ今朝の春
- けふの春雪ふつたる事もあり
- 一きほひ六日の暁や打薺
- 古猫の相伴にあふ卯杖哉
- 三条のはしを越たる御慶かな
- から鮭のゑぞは古手で御慶哉
- かがみ餅蜜柑はうまき時分也
- 伊勢海老のかがみ開きや具足櫃
- 節小袖十三年の寒かな
- やつこ茶屋春の勢や弓初
- やぶ入の友切丸や苞ひとつ
- 鶯や軒につみたる灰俵
- 豆腐やもむかしの顔や檐の梅
- 春雨やはなればなれの金屏風
- 逢坂や牛の骨折る春の雨
- 鶯の鳴破つたる紙子かな
- 灸の点干ぬ間も寒し春の風
- 出替や傘提て夕ながめ
- 懺法のあはれ過たる日の永さ
- 暖に花のふすまや芳野山
- 唐の花ながれて来るや吉野川
- 伊勢は照る馬子の鈴鹿は花ぐもり
- 近江とや都にちかきはな曇り
- 行春に佐渡や越後の鳥曇り
- しゆんけいの膳居ゑ渡す花見哉
- 鑓持は立はだかりて花見かな
- 苗代の水にちりうくさくらかな
- 桜ちる空や越後の鳥曇り
- 梅が香や客の鼻には浅黄わん
- 西風に東近江の柳かな
- 百石の小村を埋むさくらかな
- 鶯の小瓶やほしき飴おこし
- 新寺の砂にしだるる柳哉
- 本箱に先づなる桐の若芽哉
- けふ限の春の行方や帆かけ船
- いかい手でつまみあげたる雛かな
- かげろふのたつや手まりの土ぼこり
- 陽炎の中やゆらつく東山
- 清水の上から出たり春の月
- 四条から五条の橋やおぼろ月
- 大鼓うつ宇治の焙炉を見にゆかん
- 燕や茶師はさび行宇治の里
- からからと猫のあがるやむめの花
- 出がわりや給仕しもふていとま乞
- 菜の花の中に城あり郡山
- つばくらや御油赤坂の二所帯
- 田作の口で鳴けり猫の恋
- 八つ橋や田ばかりありて啼蛙
- かげろふや破風の瓦の如意寶珠
- 飯蛸の糧もつつまず須磨明石
- さしわたす雉子の遠音や淡路島
- 青麦にしばらく曇るあわじ哉
- 梅が香や粉ぬかちりゆく臼のあと
- 大和路を出れば山吹盛りにて
- 藤の花さすや茶摘の荷ひ籠
- 卯の花に蘆毛の馬の夜明哉
- やまぶきも巴も出る田うへかな
- 人先に医師の袷や衣更
- 道ばたに繭干す薫のあつさ哉
- 上ひとつ脱で大工のころもがへ
- 蝋燭にしづまりかへるぼたんかな
- 竹の子に身をする猫のたはれ哉
- 五月雨にかかるや木曽の半駄賃
- 信濃路や蠅にすはるる痩法師
- 涼風や青田の上の雲の影
- 一竿は死装束や土用ぼし
- 桟やあぶなげもなし蝉の声
- 産月の腹を抱へて田植かな
- 照りつけるさらしの上や雲の峯
- 麦めしのへらぬになつの夜明哉
- 蚊遣火の烟にそるるほたるかな
- 伊豆するが蝉の目当や三穂の松
- 大名に馴染の鮎や大井川
- 夕がほや一丁残る夏豆腐
- 土用餅腹で広がる雲の峰
- 春過ぎて夏来にけらし白牡丹
- 馬場先を乗出す果や雲の嶺
- 角鍔に腹つき出して衣がへ
- 宿々は皆新茶なり麦の秋
- 杜鵑瀬田はうなぎの自慢かな
- 杖の間の逢坂山やせみの声
- 半夏水や野菜のきれる竹生島
- 宇治川をわたす二人やくらべ馬
- 寒ざらし土用の中をさかり哉
- 天竜の黴雨や白髪の渡し守
- 麦跡の田植や遲き蛍どき
- 夏の月旅の笠寺いざぬがむ
- 瀬田の橋上り下りや初あらし
- 一番にかがしをこかす野分かな
- あさがほのうらを見せけり風の秋
- 十団子も小粒になりぬ秋の風
- 盆棚やむかひは富士よ清見でら
- 聖霊とならで越けり大井川
- 大きなる家ほど秋のゆふべかな
- 落雁の声のかさなる夜寒哉
- 鴈がねや翼にかけて比良横川
- 鵲の橋かけわたせ佐渡の雁
- のびのびて衰ふ菊や秋の暮
- 相撲取のもみ裏染し秋あはせ
- ない袖を振て見せたる尾花哉
- 芋を煮る鍋の中まで月夜哉
- 提灯に蹴上げの泥や駒迎
- 下帯は見事なれども京相撲
- 相撲場やあれにし後は秋の風
- 唇や蓼喰ふあとの穐の風
- 夕やけの百性赤し秋の風
- 欄干にのぼるや 菊の影法師
- 旅をせぬ人の東や瀬田の月
- 名月や赤穂の汐くみいとまなみ
- 名月や盧山の芋に雨の音
- 明月や日本に過ぎる三保の海
- 上弦のちらりと見えて秋立ぬ
- きりぎりすなくや夜寒の芋俵
- 須田町に初物うれしけさの秋
- 秋もはや蚊屋に筋かふ天の川
- 灯明の燈をかき立てきぬた哉
- 琉球もけふを祝ふや菊の酒
- 三井寺や十日の菊に小盃
- 新蕎麦の信濃ばなしや駒迎へ
- 新蕎麦や熊野へつゞくよしの山
- 山芋も茂りてくらし宇津の山
- ぶらさがる沓の茂りや蔦の道
- 三井寺や貧乏神の神無月
- 逢坂の先ぬるゝほど時雨けり
- 在明となれば度々しぐれかな
- はつ雪や先馬やから消そむる
- はつ雪やいかなる木曽の七ふしぎ
- 檜香や木曽のさかひの冬衣
- 禅門の革足袋おろす十夜哉
- 寒菊の隣もありや生大根
- 同じ日に山三井寺の大根引
- 大名の寝間にもねたる寒さ哉
- 娵入の門も過けり鉢た ゝき
- 新藁の屋ねの雫や初しぐれ
- 御影講や顱のあをき新比丘尼
- 明方や城をとりまく鴨の声
- 水風呂に垢の落たるしもよ哉
- 鶯に啼て見せけり鷦鷯
- 大髭に剃刀の飛ぶさむさかな
- 血のつきし鼻紙さむき枯野哉
- 下京の果の果にも十夜かな
- 茶の花の香や冬枯の興聖寺
- 茶の花や三保の松原清見寺
- しつとりと雪もつもるやもめん夜着
- 夷講の中にかかるや日本橋
- 手ざはりも紙子の音の落葉哉
- 酒のみて百姓もどるかれ野かな
- 世中に老の来る日や初しぐれ
- 腸をさぐりて見れば納豆汁
- 埋火はふとんを通す茶の匂ひ
- うづみ火や夜ふけて門を叩く音
- 炉ひらきに這出たまへきりぎりす
- なつかしき先祖の榾や越後もの
- 煤掃てしばしなじまぬ住居かな
- あたらしき紙子にかかるしぐれかな
- 皺の手の膝に淋しき紙衣かな
- 初雪を背中に負ふや網代守
- 金でする二十四孝や凝鮒
- 新蕎麦の跡や蕎麦湯の温り
- 臘八や腹を探れば納豆汁
- 達磨忌や一栄西に二道元
- のし餅のいへにいざ寐て年とらん
- 大歳や鬼王どのに逢ませう
- 秋も早かやにすぢかふ天の川
- うの花に芦毛の馬の夜明哉
- 苗代の水にちりうく桜かな
- 水筋を尋ねてみれば柳かな
- もちつきや下戸三代のゆずり臼
- なの花の中に城あり郡山
- 御影講や顱の青き新比丘尼
- 胴亀や昨日植ゑたる田の濁
- てり附るさらしの上や雲の峯
- 早乙女の五月雨髪や田植笠
- 菜畠に残る暑さや瓜の苗
- 松虫のなくや夜食の茶碗五器
- 相撲取の紅裏染し秋袷
- 秋もはや岩に時雨れて初紅葉
- 新蕎麦や熊野へつゞく吉野山
- 養父入に戻りて京の踊かな
- 寒晒土用の中をさかりかな
- 転寝や禿引よせぬぬくめ鳥
- 三条の橋を越えたる御慶かな
- 伊勢海老の鏡開きや具足櫃
森川許六 プロフィール
森川 許六(もりかわ きょりく)は、江戸時代前期から中期にかけての俳人