- 蝦夷松の琥珀色なる若葉かな
- 水底の雲もみちのくの空のさみだれ
- あすはかへらうさくらちるちつてくる
- あたたかい白い飯が在る
- あるけばかつこういそげばかつこう
- あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ
- いちにち物いはず波音
- うしろ姿の時雨てゆくか
- うどん供へて母よ、わたしもいただきまする
- おちついて死ねそうな草萌ゆる
- けふは凩のはがき一枚
- けふもいちにち誰も来なかつたほうたる
- ここにかうしてわたしをおいてゐる冬夜
- この道しかない春の雪ふる
- しぐるるや死なないでゐる
- ちんぽこもおそそも湧いてあふるる湯
- てふてふうらうら天へ昇るか
- てふてふひらひらいらかをこえた
- どうしようもないわたしが歩いてゐる
- ひとりきいてゐてきつつき
- ふくろうはふくろうでわたしはわたしでねむれない
- ふるさとの土の底から鉦たたき
- へうへうとして水を味はふ
- へそが汗ためてゐる
- ほうたるこいこいふるさとにきた
- ほととぎすあすはあの山こえて行かう
- ほろほろ酔うて木の葉ふる
- まつすぐな道でさみしい
- やつぱり一人がよろしい雑草
- やつぱり一人はさみしい枯草
- よい道がよい建物へ、焼場です
- わかれきた道がまつすぐ
- ビルとビルとのすきまから見えて山の青さよ
- 分け入つても分け入つても青い山
- 分け入れば水音
- 咳がやまない背中をたたく手がない
- 夕立が洗つていつた茄子をもぐ
- 寝床まで月を入れ寝るとする
- 投げ出してまだ陽のある脚
- 捨てきれない荷物のおもさまへうしろ
- 春の雪ふる女はまことうつくしい
- 月かげのまんなかをもどる
- 月夜、あるだけの米をとぐ
- 朝湯こんこんあふれるまんなかのわたくし
- 木の葉散る歩きつめる
- 洗へば大根いよいよ白し
- 生死の中の雪ふりしきる
- 病めば梅ぼしのあかさ
- 石に腰を、墓であつたか
- 笠にとんぼをとまらせてあるく
- 笠へぽつとり椿だつた
- 笠も漏りだしたか
- 街はまつりお骨となつて帰られたか
- 酔ふてこほろぎと寝てゐたよ
- 鐡鉢の中へも霰
- 雨ふるふるふるさとははだしであるく
- 風の中おのれを責めつつ歩く
- 飲みたい水が音をたててゐた
- 馬も召されておぢいさんおばあさん
- 鴉とんでゆく水をわたらう
- 夏の蝶勤行の瞼やや重き
- 流藻に夢ゆららなり夏の蝶
- 吾妹子の肌なまめかしなつの蝶
- 貧に処す炉開や森の落葉樹
- 饒舌の悔もあり闇の河豚汁
- 月のぼりぬ夏草々の香を放つ
- サイダーの泡立ちて消ゆ夏の月
- 月に浮ぶや浴衣模様の濃き薄き
- 朝露や畔豆刈れば小虫とぶ
- 草の実や落し水田に日の赤き
- 梨もいづ卓布に瓦斯の青映えて
- 友にきくセメント岩や枯芒
- 毒ありて活く生命にや河豚汁
- 病む児守る徒然を遠き凧も見て
- 月今宵青き女よ梨剥がむ
- 湯上を長廊下踏む彼方寒月が
- 壁書さらに「黙」の字せまり松の内
- 子と遊ぶうらら木蓮数へては
- 気まぐれをうかと来ぬげんげ濃き雨に
- 間道の標梅か小鳥啼き連るる
- 病床の梅散りぬ何待つとなく
- 女喧しき踏青や観光列車過ぐ
- 崖撫づる水ゆくとなき蝉時雨
- 波追うて騒ぐ児ら浦の夏活きて
- 船腹のあらはに退潮の秋寒き波
- お大師詣でがちらほらと秋晴れの路を
- 今日も事なし凩に酒量るのみ
- 泣寝入る児が淋しひとり炭つぎぬ
- 榾ほとり歌うては独り遊ぶ児よ
- 雪降りそめし葉のそよぎ暗き病床に
- 草青々踏まば青染む素足行く
- 絵本見てある子も睡げ木蓮ほろろ散る
- 我とわが子と二人のみ干潟鳶舞ふ日
- 燕初めて見し夕凪や酒座に侍す
- 構内倉庫建つままに柳青みたり
- 雲かげれば庭沈む木の芽暗き色
- 酔へば物皆なつかし街の落花踏む
- 線路あさる鴉ありうらら汽車待てば
- 蝶々手離せば低う舞うて葉桜の奥へ
- 蜘蛛の囲に露しとど月草一つ咲いて
- 行く水分つ石ほとりアメンボウ流れては
- 読み倦いて寝転べば春日這へる虫
- 嵐やみしだるき空うつろ鳴く雲雀
- 橙の花もいつしか小さき実となりしかな
- つと立ちて火蛾捨つる小雨深き闇
- 抑ゆ心我のみに蠅のまつはりて
- 寄せ藻二た山波ずり燕さみだるる
- 庭石濡らして微雨過ぎし青葉風止まず
- 踊太鼓夕誘ふ海のあなたより
- 円い月がぽかと出て対岸灯し初めし
- 蜻蛉去れば蜂が来る書斎静心
- 思ひはぐるる星月夜森の心澄む
- 向日葵の名残花が塩田の夕風に
- 酒樽洗ふ夕明り鵙がけたたまし
- 普請八分目山茶花に菊は衰へて
- 蚊帳青う寝覚めよき夜の稿つげり
- 蚊帳そよと吹く風も眠気誘ふほど
- 筧かくも高う見て時雨山越す
- 水仙に掃き寄せつ癖の胸張りぬ
- 緋桃しるき村の朝僧が二人行く
- 捨苗いつか花つけし南瓜うれしけれ
- 青葉透いて裏映ゆる瓦斯のみづみづし
- 水よどめば風薫るままの水馬
- 星の空も秋近き風呂水流す音
- 子らも浴衣すがすがし食後手を曳いて
- 黙す瞬間いと朗らなる松虫よ
- 病めば踏む露しみじみ糸瓜忌となれり
- 洩れ灯流るる垣鶏頭に虫ほがら
- 曼珠沙華のみ眼に燃えて野分夕空し
- 気まぐれの旅暮れて桜月夜なる
- 花の頃は亡き我に庭木暖き
- 徹夜ほのぼの明けそめし心水仙に
- 花菜ほのぼの香を吐いて白みそめし風
- 梔子花ほのと暮残る庭樹さみだれて
- 髪毛焼けしは何の兆ざしと五月雨に
- 朝焼おそき旦薔薇は散りそめぬ
- 沈み行く夜の底へ底へ時雨落つ
- 櫨の赤さ土手行く人は寒う消えたり
- 墓場隅の小さき墓の櫨紅葉かな
- 雪空ゆるがして鴨らが白みゆく海へ
- 児らは火燵に数よみて暮れそめし部屋に
- 大根刻む音淋し今日も暮れけるよ
- 湖は半面冬日照る和やかな波
- 唄さびしき隣室よ青き壁隔つ
- 火燵火もなしわが室は洞のごと沈めり
- 林檎かぢる児に冬日影あたたけれ
- 毬は少女の手を外れて時雨沁む砂へ
- 厳めしく門立てり落葉ふりやまず
- 空の青さよ栴檀の実はしづかに垂れて
- 菜屑寒き溜り水今日も夕映えぬ
- 汽車とどろけば鴉散る銀杏真裸なり
- 水仙ほのと藪凪げる真昼歩くとり
- 雪はやまずよ雪蹴りて行く人々に
- 火の番またも鳴らし来ぬ恋猫の月
- 濃き煙残して汽車は凩の果てへ吸はれぬ
- おびえ泣く児が泣寝入る戸外はしぐるるよ
- 障子の明るさ干足袋の濃き影が揺れつつ
- 夕日そそげり崖ずり梅の真白きに
- 牡丹蕾みけらば小雨しみじみそそぐなり
- 春夜寒し囚徒囲みて物いはぬ人々
- 寝足りし朝よ谷鶯の啼きたえず
- 若葉銀杏がすくすくと伸びて雲もなし
- 壁の明るさ蚊はそれぞれの影落したれ
- 若葉そよがず葬の鉦ひびくなり
- 窓の灯はみな消えて若葉そよげり
- アカシヤに凭ればうなだるる花のつかれかな
- 春蝉が鳴きかはしては水の音かな
- 若葉深う子等の蠅飛び暮れにけり
- 雨三日晴るべうを牡丹ゆらぐかな
- 巨巌裂け裂目より杜鵑花咲きいでたり
- 活けられしまま開く芍薬に日影這へり
- 露草ほのとうなだれてあり海鳴る夕べ
- 蛙田の夕明り一樹しづかな影を
- 燕来ては並びもあへず風に散るかな
- 大蜘蛛しづかに網張れり朝焼の中
- 海は湛へて暮れ残る蝉いらだたし
- 風の中を陽にむいて揺るる枝蛙
- 蛙ゆたかにたそがるる畦豆の芽よ
- 蛙夕べ捨猫が蹲まり鳴くよ
- 壺の底の魚じつと梅雨雫垂る
- 山は街は梅雨晴るる海のささ濁り
- 啼きほそる鳥あり尾花そよぎ暮る
- 露草咲けりほの白みゆく海よりの風に
- 松は動かず根草の奥のきりぎりすかな
- 三日月ほのと名も知らぬ花のゆらぎをる
- 松虫鈴虫水の音夜もすがらたえず
- 畔松むざと倒されて稲のそよぎかな
- 泳ぎ騒ぎ去にしより雲の峰くづる
- 雲うつつなく山のまろさを青葉深し
- 日は落つれ草踏みゆけば月草の咲く
- 湛ふ水に沈丁花醒めて香を吐けり
- 草の中の石のつめたさ黒とんぼ澄む
- 地虫いつしか鳴きやみて鶏頭燃ゆるなり
- 煙管たたけば寂しき音と火鉢撫づ
- 眠らざりし霜旦我の弱き知る
- 思ひふと沈みゆく足袋も揺るる影
- 稀な湯心地肌撫でて寒の空仰ぐ
- 傾ける陽の前を群れて飛ぶ蜻蛉
- 稲は刈られて黒土のほとり踏みたけれ
- 列なして読む児等に若葉濃けれ
- 松虫よ鈴虫よ闇の深さかな
- レール果てなく百舌鳥のみが鋭し
- 鉄柵の中コスモス咲きみちて揺る
- 雨落ちんとす釣鐘草はうなだれり
- 銀杏またく散りしける地蔵たふとけれ
- 風にちる落葉の中より湧き立ちし鳥
- しぐるる夜の一人なり爪剪る一人なり
- ひとすぢのひかり雲をつらぬき芒そよがず
- 凩のなか物たたく音の暮れゆけり
- 小さき家に人入りて枯野たそがれぬ
- あてもなく踏み歩く草はみな枯れたり
- 砕かるる炭のこぼれを這ふ日影
- 窓はたかく鎖されて水仙咲けり
- 風を聞きをり水仙の香ほのかなる
- 家を出づれば冬木しんしんとならびたり
- 凩に吹かれつつ光る星なりし
- 雪かぎりなしぬかづけば雪ふりしきる
- 雪あかりほのかにも浪の音すなり
- 燕とびかふ空しみじみと家出かな
- 長き塀にそひつつ花菜田へいでたり
- 木漏れ日のつめたきにたまる落花あり
- 心ややにおちつけば遠山霞かな
- 光と影ともつれて蝶々死んでをり
- 汽車すぎしあと薔薇がまぶしく咲いてゐたり
- 小供の声をちこちに葉桜照れり
- ささやかな店をひらきぬ桐青し
- 兵隊おごそかに過ぎゆきて若葉影あり
- いちにちのつかれ仰げば若葉したたりぬ
- 扉うごけり合歓の花垂れたり
- 蛙さびしみわが行く道のはてもなし
- 蛙蛙独りぼつちの子と我れと
- ふと覚めて耳澄ましたり遠雷す
- 朝日まぶし走り来て梧桐をめぐる児ら
- けふの日も事なかりけり蝉暑し
- 桐並木おだやかに昇る月かな
- 桐の葉垂れつ沈みゆく街あかり
- 桐一葉一葉一葉の空仰ぎけり
- 蜻蛉二つ漂へる空の晴れてゆく
- 水を挟みて飛び競ふ蝗の真昼
- 稲は穂に穂を重ねたれ祭太鼓鳴る
- 空の深さ櫨の実摘む児のうららかさ
- 梅もどきひそかなる実のこぼれけり
- 雪ちらちら人走る方へ日落ちたり
- 一路白しま空の月の冴ゆるかな
- 鴉しきりに啼き炭火きえけり
- 死人そのままに砂のかがやき南無阿弥陀仏
- 朝顔のゆらぎかすかにも人の足音す
- 海鳴きこゆ朝顔の咲きけるよ
- 淋さ堪へがたし街ゆけば街の埃かな
- 霧のなか旭のなかかがやくはお城
- 泣きつ祈る人の子に落葉そそぐかな
- 蜜柑山かがやけり児らがうたふなり
- 落葉やがてわが足跡をうづめぬる
- 雪をよろこぶ児らにふる雪うつくしき
- 風つめたしはろかにまろびゆくものは
- 枯草ふかう一すぢの水湧きあがる
- しくしくと子が泣けば落つる葉のあり
- 冬木立人来り人去る
- 雪やみけり一列の兵士ただしく過ぐ
- あてもなくさまよふ路の墓地に来ぬ
- なつかしやふるさとの空雲なけれ
- 庭木ほのかな芽をふいて人あらず
- かなしき事のつづきて草が萌えそめし
- 木の芽さびしや旅人の袖に触れけり
- ひとりとなれば仰がるる空の青さかな
- いさかへる夫婦に夜蜘蛛さがりけり
- 兵営のラッパ鳴るなりさくら散るなり
- 若葉若葉かがやけば物みなよろし
- 泣く子叱る親の声暗き家かな
- 蚊帳の中なる親と子に雨音せまる
- 重荷おろす草青々とそよぎをり
- 蠅打つてさみしさの蠅を見つめけり
- 炎天の街のまんなか鉛煮ゆ
- 夜店の金魚すくはるるときのかがやき
- 暑さきはまる土に喰ひいるわが影ぞ
- ま夏ま昼の空のしたにて赤児泣く
- 放たれし蛍かや夜もすがらともす
- 夜空濃くゆるがぬ青葉しづくしてけり
- 桐青しわが子おとなしく遊ぶかな
- 空の青さ桐の青さそよぐ風かな
- 逞しき足が踏む過ぐる落葉ふかし
- 雪かなしく一人の夜となりけり
- 雪の中人影の来てやがて消えけり
- 春日こまやかに墓がならびけり
- 家が建てらる藪かげの梅咲きにけり
- 桐が芽をふく街いつぱいの日影かな
- 県庁の石垣のすみれ咲きいでにけり
- 監獄署見あぐれば若葉匂ふなり
- わが路遠く山に入る山のみどりかな
- 蝉ねらふ児の顔に日影ひとすぢ
- 二百十日桐の実のたわわ落ちんとす
- ふと頭をあげしに月が出てゐたり
- 雪解街灯されて人のなつかしき
- 冴えかへる月の光よ妻よ子よ
- 日影あふるる湯のなかのわが手わが足
- 飯の白さの梅干の赤さのたふとけれ
- 風吹きつのる草原の虫鳴きつのる
- 鳴く虫のひとつ店の隅にて更けてあり
- 木の実に伸ばすその手伸びきつたり
- 水はみな音たつる山のふかさかな
- あかあかと火を焚く人のなつかしや
- 生きもののいのちかなしく日向へいでし
- 汗を拭くわが肌なればいとほしく
- 店番まいにちほつかりと百合が開いたり
- 夜のふかさの百合の香のいよいよふかく
- 朝の雨青葉も濡れつ私も濡れつ
- 山の青さをまともにみんな黙りたり
- 炎天せまるわれとわが影を踏み
- 炎天の学校の銀杏いよよ青く
- 一つ咲けり一つ萎るる鉢の花
- 店を仕舞うて坐れば百合も匂ふなり
- でこぼこの道を来てさびしうなりぬ
- 妻を子をおもふとき水音たかく
- 木の実ぽつとり雨晴れし大地明るく
- ゆられゆられて来し窓の海寒う暮る
- 土のかたき踏み鳴らしつつふる郷へ来ぬ
- ふるさとや小犬しきりにこちを見る
- 焚火よく燃えふるさとのことおもふ山
- 一すぢの煙悲しや日輪しづむ
- 星空の冬木ひそかにならびゐし
- 大地より湧きあがる水をよよと飲む
- 人の汗馬の汗流るるままに
- 労れて戻る夜の角のいつものポストよ
- 霧ぼうぼうとうごめくは皆人なりし
- 電車路の草もやうやく枯れんとし
- 悲しみ澄みて煙まつすぐに昇る
- 電車終点ほつかりとした月ありし
- 光あまねく茶の木には茶の花咲いて
- 雪ふる中をかへりきて妻へ手紙かく
- とんぼ捕り捕るその児のむれにわが子なし
- 蚊やり線香のけむりますぐに子をおもふ
- ほころび縫う身に沁みて夜の雨
- 生き残つた虫の一つは灯をめぐる
- 夕日の竿にならんでとんぼうつつなき
- お日様かたむきとんぼの眼玉がひかるぞい
- 秋風の街角の一人となりし
- ひようひようとして落つる葉のあり鴉ありく
- 遊び倦いた子供らにさみしい落葉
- 噛みしめる飯のうまさよ秋の風
- おとなりの鉢木かれがれ秋ふかし
- 落葉あつめて墓守の焚く煙ひとすぢ
- 墓のしじまを身ひとつに落葉焚く
- 私ひとりでうららかに木の葉ちるかな
- さむざむと鉢木の雨の赤い実よ
- あかり消すやこころにひたと雨の音
- 一葉落つればまた一葉落つ地のしづか
- 一葉一葉おとして樹立澄みかへる
- 大銀杏しづけさのきはみ散りそめし
- 月澄むほどにわれとわが影踏みしめる
- 秋おだやかなお隣りの花を見るなり
- けふも托鉢ここもかしこも花ざかり
- 秋風の木の皮がはげる山寺
- 菩提樹によりかかりまた月と逢うてゐる
- 松はみな枝垂れて南無観世音
- 松風に明け暮れの鐘撞いて
- ひさしぶりに掃く垣根の花が咲いてゐる
- しとどに濡れてこれは道しるべの石
- 炎天をいただいて乞ひ歩く
- 鴉啼いてわたしも一人
- 踏みわける萩よすすきよ
- この旅、果もない旅のつくつくぼうし
- へうへうとして水を味ふ
- 落ちかかる月を観てゐるに一人
- ひとりで蚊にくはれてゐる
- 投げだしてまだ陽のある脚
- 山の奥から繭負うて来た
- 歩きつづける彼岸花咲きつづける
- だまつて今日の草鞋穿く
- 張りかへた障子のなかの一人
- 水に影ある旅人である
- 雪がふるふる雪見てをれば
- しぐるるやしぐるる山へ歩み入る
- 食べるだけはいただいた雨となり
- 木の芽草の芽あるきつづける
- 生き残つたからだ掻いてゐる
- わかれきてつくつくぼうし
- また見ることもない山が遠ざかる
- こほろぎに鳴かれてばかり
- れいろうとして水鳥はつるむ
- 百舌鳥啼いて身の捨てどころなし
- 涸れきつた川を渡る
- ぶらさがつてゐる烏瓜は二つ
- すすきのひかりさえぎるものなし
- すべつてころんで山がひつそり
- 雨の山茶花の散るでもなく
- しきりに落ちる大きい葉かな
- けさもよい日の星一つ
- すつかり枯れて豆となつてゐる
- つかれた脚へとんぼとまつた
- 枯山飲むほどの水はありて
- 法衣こんなにやぶれて草の実
- 旅のかきおき書きかへておく
- 岩かげまさしく水が湧いてゐる
- あの雲がおとした雨にぬれてゐる
- 蝉しぐれ死に場所をさがしてゐるのか
- 青葉に寝ころぶや死を感じつつ
- しづけさは死ぬるばかりの水がながれて
- かなかなないてひとりである
- このいただきに来て萩の花ざかり
- 旅のすすきのいつ穂にでたか
- 投げ出した足へ蜻蛉とまらうとする
- けふも旅のどこやらで虫がなく
- 身に触れて萩のこぼるるよ
- かさなつて山のたかさの空ふかく
- 霧島に見とれてゐれば赤とんぼ
- チヨツピリと駄菓子ならべて鳳仙花
- 朝焼け蜘蛛のいとなみのいそがしさ
- 霧島は霧にかくれて赤とんぼ
- 糸瓜の門に立つた今日は
- しんじつ秋空の雲はあそぶ
- あかつきの高千穂は雲かげもなくて
- 馬がふみにじる草は花ざかり
- 笠の蝗の病んでゐる
- 死ぬるばかりの蝗を草へ放つ
- 白浪おしよせてくる虫の声
- 岩のあひだにも畠があつて南瓜咲いてる
- 波音の稲がよう熟れてゐる
- 蕎麦の花にも少年の日がなつかしい
- お経あげてお米もらうて百舌鳥ないて
- 露草が露をふくんでさやけくも
- 一りん咲ける浜なでしこ
- 霽れてはつきりつくつくぼうし
- 休んでゆかう虫のないてゐるここで
- 子供ら仲よく遊んでゐる墓の中
- 大魚籃ひきあげられて秋雨のふる
- ここに白髪を剃り落して去る
- 熟れて垂れて稲は刈られるばかり
- 誰もゐないでコスモスそよいでゐる
- 剥いでもらつた柿のうまさが一銭
- 秋暑い乳房にぶらさがつてゐる
- 秋風の鶏を闘はせてゐる
- 秋が来た雑草にすわる
- 酔うてこほろぎと寝てゐたよ
- ちらほら家が見え出して鵙が鋭く
- こんなにうまい水があふれてゐる
- 窓をあけたら月がひよつこり
- ゆつくり歩かう萩がこぼれる
- 明月の戸をかたくとざして
- 故郷の人とはなしたのも夢か
- 伸ばした足に触れた隣は四国の人
- 松風ふいて墓ばかり
- 志布志へ一里の秋の風ふく
- 秋風の石を拾ふ
- 年とれば故郷こひしいつくつくぼうし
- 安宿のコスモスにして赤く白く
- 線路へこぼるる萩の花かな
- 秋晴れて柩を送る四五人に
- 岩が岩に薊咲かせてゐる
- 家を持たない秋がふかうなつた
- 捨ててある扇子ひらけば不二の山
- 秋の空高く巡査に叱られた
- 朝寒に旅焼けの顔をならべて
- それでよろしい落葉を掃く
- 水音といつしよに里へ下りて来た
- 山路咲きつづく中のをみなへしである
- だんだん晴れてくる山柿の赤さよ
- 休んでゐるそこの木はもう紅葉してゐる
- 茶の花はわびしい照り曇り
- しみじみ食べる飯ばかりの飯である
- こんなに米がとれても食へないといふのか
- 出来すぎた稲を刈りつつ呟いてゐる
- 刈つて挽いて米とするほこりはあれど
- コスモスいたづらに咲いて障子破れたまま
- 父が掃けば母は焚いてゐる落葉
- 朝の茶の花二つ見つけた
- まつたく雲がない笠をぬぎ
- 秋空、一点の飛行機をゑがく
- もぎのこされた柿の実いよいよ赤く
- 墓がならんでそこまで波がおしよせて
- 波の音しぐれて暗し
- 食べてゐるおべんたうもしぐれて
- しぐるるやみんな濡れてゐる
- さんざしぐれの山越えてまた山
- 休む外ない雨のひよろひよろコスモス
- 崖はコンクリートの蔦紅葉
- さみしさは松虫草の二つ三つ
- 日が落ちかかるその山は祖母山
- 暮れてなほ耕す人の影の濃く
- いただきの枯すすきしづもるまなし
- 犬が尾をふる柿がうれてゐる
- よろよろ歩いて故郷の方へ
- 枯山のけむり一すぢ
- 雨だれの音も年とつた
- 酔ひざめの水をさがすや竹田の宿で
- 谷の紅葉のしたたる水です
- 青空のした秋草のうへけふのべんたうひらく
- あばら屋の唐黍ばかりがうつくしい
- 宿までかまきりついてきたか
- 一きわ赤いお寺の紅葉
- 大空の下にして御飯のひかり
- 阿蘇がなつかしいりんだうの花
- しぐるるや人のなさけに涙ぐむ
- 山家の客となり落葉ちりこむ
- ここちやうねる今宵は由布岳の下
- 雑木紅葉のぼりついてトンネル
- おべんたうをひらく落葉ちりくる
- 大銀杏散りつくしたる大空
- 鉄鉢、散りくる葉をうけた
- 山の紅葉へ胸いつぱいの声
- また逢へた山茶花も咲いてゐる
- 晴れてくれさうな八ツ手の花
- しぐるるや供養されてゐる
- 酔うて急いで山国川を渡る
- 冬空のふる郷へちかづいてひきかへす
- しぐるる街のみんなあたたかう着てゐる
- しぐれてる浮標が赤いな
- けふもしぐれて落ちつく場所がない
- しぐるるや煙突数のかぎりなく
- また逢ふまでの山茶花の花
- しぐるるやあんたの家をたづねあてた
- をりをり羽ばたく水鳥の水
- 枝をさしのべてゐる冬木
- そこもここも岩の上には仏さま
- 枯木かこんで津波蕗の花
- 見すぼらしい影とおもふに木の葉ふる
- 逢ひたい捨炭山が見えだした
- もう一度よびとめる落葉
- ボタ山のただしぐれてゐる
- 冬雨の橋が長い
- 重いもの提げてきた冬の雨
- ひとりのあんたをひとりの私が冬の雨
- ほどよい雨の冬空であります
- 侮れれても寒い日だ
- また逢ふまでの霜をふみつつ
- 二三歩ついてきてさようなら
- 親一人子一人しぐれ日和で
- お寺の大銀杏散るだけ散つた
- しぐるるやラヂオの疳高い声
- ふけてアスフアルトも鈴蘭燈もしぐれます
- 暮れ残る頂の枯すすき
- 小春日有縁無縁の墓を洗ふ
- しんせつに教へられた道の落葉
- つめたい雨のうつくしい草をまたぐ
- 山茶花散つて貧しい生活
- 落葉うづたかく御仏ゐます
- 水仙一りんのつめたい水をくみあげる
- あるけばあるけば木の葉ちるちる
- 柵をくぐつて枯野へ出た
- 明日の網をつくらうてゐる寒い風
- 別れきてからたちの垣
- あてもなくさまよう笠に霜ふるらしい
- 餅搗く声ばかり聞かされてゐる
- 師走のポストぶつ倒れた
- 師走夕暮、広告人形動く
- どしやぶり、正月の餅もらうてもどる
- 暮れてまだ搗いて餅のおいしからう
- 鐘が鳴る師走の鐘が鳴りわたる
- 街は師走の広告燈の明滅
- 寒い風の広告人形がよろめく
- 葉ぼたん抜かれる今年も暮れる
- 今年も今夜かぎりの雨となり
- 元旦の捨犬が鳴きやめない
- 水仙いちりんのお正月です
- ひとり煮てひとり食べるお雑煮
- 先祖代々菩提とぶらふ水仙の花
- うまい手品も寒い寒い風
- 正月二日の金峰山も晴れてきた
- お正月の熊本を見おろす
- 自動車も輪飾かざつて走る
- お正月も暮れてまだ羽子をついてゐる
- お正月のまんまるいお月さんだ
- 水仙けさも一りんひらいた
- 今年のお正月もお隣りのラヂオ
- ひそかに蓄音機かけてしぐれる
- ひとり住んで捨てる物なし
- 戻れば水仙咲ききつてゐる
- おみくじひいてかへるぬかるみ
- しぐれ、まいにち他人の銭を数へる
- 干し物そのままにしてしぐれてゐる
- 星が寒うはれてくるデパートの窓も
- いちりんのその水仙もしぼんだ
- 雪夜、隣室は聖書ものがたり
- 安か安か寒か寒か雪雪
- かあいらしい雪兎が解けます
- 雪の朝郵便も来ない
- 十分に食べて雪ふる
- 凍て土をひた走るバスも空つぽ
- 雪の日の葱一把
- 一把一銭の根深汁です
- 晴れて遠く阿蘇がまともにまつしろ
- 凩に焼かれる魚がうごいてゐる
- 霙ふる、売らなきやならない花をならべる
- 霙ふるポストへ投げこんだ無心状
- 凩に明るく灯して母子です
- 凩のラヂオをりをりきこえる
- 凩、餅がふくれあがる
- 日向ぼつこする猫も親子
- ホウレン草の一把一銭ありがたや
- 小春日、仏像を買うて戻つた
- 餅二つ、けふのいのち
- 木枯やぼうぼうとしてゐる
- よろめくや寒空ふけて
- 夫婦喧嘩もいつしかやんだ寒の月
- 寒空、別れなければならない
- いちにちいちりんの水仙ひらく
- 握りしめるその手のヒビだらけ
- ラジオ声高う寒夜へ話しかけてゐる
- 逢ふまへのたんぽぽ咲いてゐる
- ここに住みなれてヒビアカギレ
- ふるさとを去るけさの髯を剃る
- 旅から旅へ山山の雪
- ここからは筑紫路の枯草山
- うしろすがたのしぐれてゆくか
- しぐれて反橋二つ渡る
- 右近の橘の実のしぐるるや
- 大樟も私も犬もしぐれつつ
- 街は師走の売りたい鯉を泳がせて
- 師走のゆききの知らない顔ばかり
- しぐれて犬はからだ舐めてゐる
- 越えてゆく山また山は冬の山
- 枯草に寝ころぶやからだ一つ
- 水音の、新年が来た
- 松のお寺のしぐれとなつて
- 遠く近く波音のしぐれてゐる
- 木の葉の笠に音たてて霰
- 鉄鉢の中へも霰
- けふは霰にたたかれて
- 山寺の山柿のうれたまま
- いつまで旅するの爪をきる
- 朝凪の島を二つおく
- ふりかへる領巾振山はしぐれてゐる
- 冬曇の大釜の罅
- すつかり剥げて布袋は笑ひつづけてゐる
- 冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ
- もう転ぶまい道のたんぽぽ
- ふるさとの山なみ見える雪ふる
- 雪の法衣の重うなる
- 土手草萌えて鼠も行つたり来たりする
- 春が来た法衣を洗ふ
- 湯壷から桜ふくらんだ
- ゆつくり湯に浸り沈丁花
- ふるさとは遠くして木の芽
- サクラがさいてサクラがちつて踊子踊る
- 物乞ふとシクラメンのうつくしいこと
- すみれたんぽぽさいてくれた
- さくらが咲いて旅人である
- 草餅のふるさとの香をいただく
- 休み石、それをめぐつて草萌える
- よい湯からよい月へ出た
- はや芽吹く樹で啼いてゐる
- 明日はひらかう桜もある宿です
- 春夜のふとんから大きな足だ
- ここまでは道路が出来た桃の花
- お地蔵さんもあたたかい涎かけ
- 汽車が通れば蓬つむ手をいつせいにあげ
- 何やら咲いてゐる春のかたすみに
- 蕨がもう売られてゐる
- 学校も役場もお寺もさいたさいた
- しづかな道となりどくだみの芽
- 朝からの騒音へ長い橋かかる
- 遍路さみしくさくらさいて
- 春雨の放送塔が高い
- 移りきて無花果も芽ぶいてきた
- 枝をさしのべて葉ざくら
- 廃坑、若葉してゐるはアカシヤ
- ここにも畑があつて葱坊主
- 香春をまともに別れていそぐ
- 若葉清水に柄そへてある杓
- 海から五月の風が日の丸をゆする
- あざみあざやかにあさのあめあがり
- 右は上方道とある藤の花
- 穂麦、おもひでのうごきやう
- 若葉のしづくで笠のしづくで
- やつとお天気になり金魚、金魚
- 晴れて鋭い故郷の山を見直す
- 育ててくれた野は山は若葉
- ふるさとの夜がふかいふるさとの夢
- バスを待ちわびてゐる藤の花
- 曲つて曲る青葉若葉
- 苺ほつほつ花つけてゐた
- つつましく金盞花二三りん
- 鳴いてくれたか青蛙
- 葉桜となつて水に影ある
- きんぽうげ、むかしの友とあるく
- 山ふところで桐の花
- 青葉の心なぐさまない
- 初夏の水たたへてゐる
- 柿の若葉が見えるところで寝ころぶ
- 蜜柑の花がこぼれるこぼれる井戸のふた
- ふるさとはみかんのはなのにほふとき
- 若葉かげよい顔のお地蔵様
- ボタ山へ月見草咲きつづき
- ほととぎすしきりに啼くやほととぎす
- ふたたび渡る関門は雨
- ほうたるこいほうたるこいふるさとにきた
- 家をさがすや山ほととぎす
- 暗さ匂へば蛍
- お寺のたけのこ竹になつた
- いちご、いちご、つんではたべるパパとボウヤ
- 山ゆけば水の水すまし
- ゆふぐれは子供だらけの青葉
- 家をめぐつてどくだみの花
- 山ほととぎすいつしか明けた
- 大楠の枝から枝へ青あらし
- 田植唄もうたはず植ゑてゐる
- 竿がとどかないさくらんぼで熟れる
- 水田青空に植ゑつけてゆく
- とうとう道がなくなつた茂り
- ひとりきてきつつき
- ここの土とならうお寺のふくろう
- ここもそこもどくだみの花ざかり
- 水田たたへようとするかきつばたのかげ
- 梅雨晴れの山がちぢまり青田がかさなり
- つつましくここにも咲いてげんのしようこ
- うまい水の流れるところ花うつぎ
- 山薊いちりんの風がでた
- 水のほとり石をつみかさねては
- 梅雨の満月が本堂のうしろから
- 炎天の影をひいてさすらふ
- 生えてあやめの露けく咲いてる
- しぼんだりひらいたりして壺のかきつばた
- 花いばら、ここの土とならうよ
- 握つてくれた手のつめたさで葉ざくら
- 待つてゐるさくらんぼ熟れてゐる
- 梅雨晴の梅雨の葉おちる
- 雨にあけて燕の子もどつてゐる
- どうやら晴れさうな青柿しづか
- 松へざくろの咲きのこる曇り
- なぐさまないこころを山のみどりへはなつ
- 何だかなつかしうなるくちなしさいて
- 畦豆も伸びあがる青田風
- 青田青田へ鯉児を放つ
- 墓から墓へ夕蜘蛛が網を張らうとする
- 墓に紫陽花咲きかけてゐる
- 水ただやうて桐一葉
- 青葉ふかくいち高い樹のアンテナ
- この汽車通過、青田風
- 山の仏には山の花
- 蜩のなくところからひきかへす
- 食べるもの食べきつたかなかな
- 夜どほし浴泉があるのうせんかつら
- 山のいちにち蟻もあるいてゐる
- 禁札の文字にべつたり青蛙
- このみちや合歓の咲きつづき
- つきあたつて蔦がからまる石仏
- いそいでもどるかなかなかなかな
- 暮れてなほ田草とるかなかな
- 穂すすきへけふいちにちの泥を洗ふ
- 月あかり撰りわける夏みかんの数
- 山の夏みかんもぐより売れた
- 朝は涼しい茗荷の子
- はだかではだかの子をだいてゆふべ
- 紫陽花もをはりの色の曇つてゐる
- ゆふ雲のうつくしさはかなかなないて
- 墓へも紫陽花咲きつづける
- 泣いてはなさい蝉が鳴きさわぐ
- 水瓜ごろりと垣の中
- つゆけくもせみのぬけがらや
- 朝曇朝蜘蛛ぶらさがらせてをく
- 押売が村から村へ雲の峰
- 炎天のポストへ無心状である
- とんぼくはえてきた親つばめ子つばめ
- あをむけば蜘蛛のいとなみ
- 日ざかり、われとわがあたまを剃り
- どうしてもねむれない夜の爪をきる
- 更けてさまよへばなくよきりぎりす
- 旅のこころもおちついてくる天の川まうへ
- 夾竹桃、そのかげで氷うりだした
- 石にとんぼはまひるの夢みる
- 昼寝ふかい村から村へのうせんかづら
- 日ざかり、学校の風車まはつたるまはらなかつたり
- 青田かさなり池の朝雲うごく
- 朝風の青柿おちてゐて一つ
- ふるさとの蟹の鋏の赤いこと
- ふるさとの河原月草咲きみだれ
- お墓の、いくとせぶりの夏草をぬく
- 秋草や、ふるさとちかうきて住めば
- 虫が鳴く一人になりきつた
- 一人となればつくつくぼうし
- いつも一人で赤とんぼ
- 墓へ藷の蔓
- 秋風のふるさと近うなつた
- 朝月にこほろぎの声もととなうた
- 雨ふるふるさとははだしであるく
- 三日月、遠いところをおもふ
- 木の実草の実みんなで食べる
- 枯れようとして朝顔の白さ二つ
- 鳴いてきてもう死んでゐる虫だ
- こほろぎがわたしのたべるものをたべた
- また逢ふまでのくつわ虫なく
- お祭ちかい秋の道を掃いてゆく
- 案山子、その一つは赤いべべ着せられてゐる
- 鳴くかよこほろぎ私も眠れない
- 二百十日の山草を刈る
- 秋の水ひとすぢの道をくだる
- すわればまだ咲いてゐるなでしこ
- かるかやへかるかやのゆれてゐる
- 月がある、あるけばあるく影の濃く
- こほろぎよ、食べるものがなくなつた
- 月かげひとりの米とぐ
- おまつりのきものきてゆふべのこらは
- まづしいくらしのふろしきづつみ
- 斬られても斬られても曼珠沙華
- ほつとさいたかひよろひよろコスモス
- まづたのむ柿の実のたわわなる
- なつめたわわにうれてここに住めとばかりに
- 枝もたわわに柿の実の地へとどき
- 彼岸花の赤さがあるだけ
- 移つてきてお彼岸花の花ざかりの
- 柿が落ちるまた落ちるしづかにも
- 柿は落ちたまま落ちるままにしてをく
- 身にちかくあまりにちかくつくつくぼうし
- つくつくぼうしつくつくぼうしと鳴いて去る
- 咲いてこぼれて萩である
- しづけさはこほろぎのとぶ
- 夜の奥から虫があつまつてくる
- 三日月、おとうふ買うてもどる
- ひとりで酔へばこうろぎこうろぎ
- 朝やけ雨ふる大根まかう
- ふるさとの柿のすこししぶくて
- 秋晴れの道が分かれるポストが赤い
- 秋ふかく、声が出なくなつた
- 道がなくなり萩さいてゐる
- またふるさとにかへりそばのはな
- そばのはな、ここにおちつくほかはない
- お寺の鐘も、よう出来た稲の穂
- 墓がならびそうしてそばのはな
- 家がとぎれてだんだんばたけそばばたけ
- 刈田はればれと案山子である
- 貧乏のどんぞこで百舌鳥がなく
- 隣も咳入つてゐる柿落葉
- 住みなれて茶の花さいた
- わかれてもどる木の実をひらふ
- 寝るよりほかない月を見てゐる
- 萩もをはりの、藤の実は垂れ
- 落ちついてどちら眺めても柿ばかり
- 夕雨小雨そよぐコスモス
- 壺のコスモスもひらきました
- 垣のそとへ紫苑コスモスそして柿に実
- ふるさとはからたちの実となつてゐる
- 近眼と老眼とこんがらがつて秋寒く
- ゆふ空から柚子の一つをもぎとる
- 壺のコスモスみんなひらいた
- ゆふ空の柚子二つ三つ見つけとく
- 月にむいて誰をまつとなくくつわむし
- 露も落葉もみんな掃きよせる
- あてもなくあるけば月がついてくる
- みほとけのかげにぬかづくもののかげ
- 草もかれゆくこうろぎとびあるく
- 柿をもぐ長い長い竿の空
- ただ百舌鳥のするどさの柿落葉
- 空からもいで柚味噌すつた
- 待つて待つて葉がちる葉がちる
- つぎつぎにひらいてはちる壺の茶の花
- 朝はよいかな落ちた葉の落ちぬ葉も
- わたくしのほうれんさうが四つ葉になつた
- ああしてかうして草のうへで日向ぼこして
- 水音の秋風の石をみがいてゐる
- 水はたたへて秋の雲うつりゆく
種田山頭火 プロフィール
種田 山頭火(たねだ さんとうか、1882年(明治15年)12月3日 - 1940年(昭和15年)10月11日)