目次
尾崎放哉の俳句一覧
春
- 行春や母が遺愛の筑紫琴
未分類
- あらしがすつかり青空にしてしまつた
- うつろの心に眼が二つあいてゐる
- こんなよい月を一人で見て寝る
- こんな大きな石塔の下で死んでゐる
- すばらしい乳房だ蚊が居る
- せきをしてもひとり
- とんぼが淋しい机にとまりに来てくれた
- ひとをそしる心をすて豆の皮むく
- わがからだ焚火にうらおもてあぶる
- わが顔ぶらさげてあやまりにゆく
- 一日もの云はず蝶の影さす
- 何か求むる心海へ放つ
- 働きに行く人ばかりの電車
- 入れものが無い両手で受ける
- 咳をしても一人
- 墓のうらに廻る
- 壁の新聞の女はいつも泣いて居る
- 大空のました帽子かぶらず
- 妹と夫婦めく秋草
- 山に登れば淋しい村がみんな見える
- 底がぬけた柄杓で水を呑まうとした
- 心をまとめる鉛筆とがらす
- 春の山のうしろから煙が出だした
- 月夜の葦が折れとる
- 枯枝ほきほき折るによし
- 汽車が走る山火事
- 沈黙の池に亀一つ浮き上る
- 淋しいからだから爪がのびだす
- 淋しい寝る本がない
- 渚白い足出し
- 漬物桶に塩ふれと母は産んだか
- 爪切つたゆびが十本ある
- 片つ方の耳にないしよ話しに来る
- 窓あけた笑ひ顔だ
- 紅葉明るし手紙よむによし
- 肉がやせて来る太い骨である
- 蛍光らない堅くなつてゐる
- 蜥蜴の切れた尾がはねている太陽
- 足のうら洗へば白くなる
- 追つかけて追ひ付いた風の中
- 障子あけて置く海も暮れきる
- 障子しめきつて淋しさをみたす
- 霜とけ島光る
- 鳥がだまつてとんで行つた
- 教場に机ばかりや冬休暇
- 新しき電信材や菜たね道
- 鯉幟を下して居るやにはか雨
- 露多き萩の小家や町はづれ
- 寒菊やころばしてある臼の下
- 病いへずうつうつとして春くるる
- 見ゆるかぎり皆若葉なり国境
- 元日を初雪降るや二三寸
- 雨はれてげんげ咲く野の夕日かな
- 峠路や時雨はれたる馬の声
- 森の雪河原の雪や冬の月
- 鯛味噌に松山時雨きく夜かな
- 茶の花や庵さざめかす寒雀
- 煮凝や彷彿として物の味
- 開墾地種播く人に晴れにけり
- 春浅き恋もあるべし籠り堂
- 露ふむで指す方もなき花野哉
- 行秋の居座り雲に夜明けけり
- 水汲みに来ては柳の影を乱す
- 山吹やほきほき折れて髄白し
- 鯛膾二舟相寄る朧かな
- 春水や泥深く居る烏貝
- 灌仏や美しと見る僧の袈裟
- 心太清水の中にちゞみけり
- 寝て聞けば遠き昔を鳴く蚊かな
- 夕立や渚晴れゆく波高し
- 稲妻や豊年祭過ぎし空
- 轡虫籠ふるはして鳴きにけり
- 潮風に赤らむ柿の漁村かな
- 鶏頭や紺屋の庭に紅久し
- 団栗を呑んでや君の黙したる
- 短日や已に灯して寄席のあり
- 餌をやる人に鶴舞ふ初日かな
- 草の家の屏風に張れり絵双六
- 御降に新しき足袋ぬらしけり
- 返り花あからさまなる梢かな
- 別れ来て淋しさに折る野菊かな
- 君去つて椅子のさびしき暖炉哉
- 水に遠き冬川堤の焚火哉
- 冬の山神社に遠き鳥居哉
- 枯野原見覚えのある一路哉
- 炬燵ありと障子に書きし茶店哉
- 提灯を雪に置きけり草鞋はく
- 駒帰り峠に向ふ霰哉
- 大木にかくれて雪の地蔵かな
- あたゝかき炬燵を出る別れ哉
- 今朝秋や庭を掃き居る陰陽師
- 筆筒にいつまで秋の扇かな
- 風邪の神覗く障子の穴目かな
- 日傘さす人に栄えある渡船かな
- 雪よけの長き廂や蚊喰鳥
- 蝉なくや草の中なる力石
- 蛍とぶ門が嬉しき帰省かな
- 鶏頭や犬の喧嘩に棒ちぎり
- 路傍のはやらぬ神も恵方哉
- 焼印や金剛杖に立てる春
- 釣堀に傘の雫や春の雨
- 一里来て疲るゝ足や女郎花
- 芋掘るは愚也金掘るは尚愚也
- 炉開いてはたと客なき一日かな
- 花白き春やむかしの夢さむし
- 鶴を折る間に眠る児や宵の春
- 雛の頬の冷たきに寄す我が頬哉
- 椿咲く島へ三里や浪高し
- 木犀に人を思ひて徘徊す
- だらだらと要領を得ぬ糸瓜哉
- うつむきて、ふくらむ一重桔梗哉
- 冷や冷やと見え透く藪や白き蝶
- みゝずくの耳を打たれてねる夜かな
- 新内ヲ門二呼ビケリ宵ノ春
- 常夏の真赤な二時の陽の底冷ゆる
- 湖へ強く風吹き暮るゝとんぼとんぼ
- 葱青々と寒雨つゞくかな
- ひねもす曇り浪音の力かな
- 護岸荒るる波に乏しくなりし花
- 海が明け居り窓一つ開かれたり
- 水の音濃くなり行けば赤い灯が
- 子等と行く足もと浪がころがれり
- あかつきの木木をぬらして過ぎし雨
- 海は黒く眠りをり宿につきたり
- 花屋のはさみの音朝寝してをる
- 窓あけて居る朝の女にしじみ売
- つと叫びつつ駈け去りし人の真夜中
- 雪晴れしみち停車場に着く車
- つめたく咲き出でし花のその影
- 大戸あくればひとすぢの朝日つばくら
- 駈けざまにこけし児が泣かで又駈ける
- とはに隔つ棺の釘を打ち終へたり
- 焼き場の煙突の大いさをあふぐ
- 若葉の匂の中焼場につきたり
- 御仏の黄な花に薫りもなくて
- 今日一日の終りの鐘をききつつあるく
- 青服の人等帰る日が落ちた町
- 軍艦のどれもより朝の喇叭が鳴れり
- 霜ふる音の家が鳴る夜ぞ
- 妻が留守の障子ぽつりと暮れたり
- 雪は晴れたる小供等の声に日が当る
- 眼をやめば片眼淋しく手紙書き居る
- 赤い房さげて重い車を引く馬よ
- 元日暮れたりあかりしづかに灯して
- 日が少し長くなり夕煙あかるく
- 小供等さけび居り夕日に押合へる家
- 流るる水にそれぞれの灯をもちて船船
- 肴屋が肴読みあぐる陽だまり
- 芽ぐめるもの見てありく土の匂
- チャブ台に置かるる縁日の赤い花
- 山深々と来て親しくはなす
- ぢつと子の手を握る大きなわが手
- 落つる日の方へ空ひとはけにはかれたり
- 仏の花に折れば咲きつづくけしの花
- 松はあくまで光りて砂にならぶ墓
- 嵐のあけ朝顔一つ咲き居たり
- 大風の空の中にて鳴る鐘
- 日まはりこちら向く夕べの机となれり
- 寺の屋根見つつ木の葉ふる山を下り行く
- 葬列足早な足に暮色まつはり
- 亀を放ちやる昼深き水
- 嵐のまへの蟻等せんねん
- しみじみと水をかけやる墓石
- 電車の終点下りて墓地への一人
- 甕あたまふせられし土よりなく虫
- 草の中より風起り百合白う咲けり
- もぐらが持ちあげし土のその陽の色
- 蜜柑山の路のどこ迄も海とはなれず
- 土くれのやうに雀居り青草もなし
- 松の実ほつほつたべる燈下の児無き夫婦ぞ
- 四ツ手網おろされ夕の野面ひつそり
- 稲がかけてある野面に人をさがせども
- 何もかも死に尽くしたる野面に我が足音
- 氷穿ちては釣の糸深々とたらす
- 氷れる路に頭を下げて引かるる馬よ
- 山ずそ親しく雪解水流れそめたり
- 海苔をあぶりては東京遠く来た顔ばかり
- 長雨あまる小窓で杏落つるばかり
- 昼火事の煙遠くへ冬木つらなる
- 焼跡はるかなる橋を淋しく見通し
- 春日の中に泥厚く塗りて家つくる
- かぎりなく煙吐き散らし風やまぬ煙突
- 母の日ぬくとくさやゑんどう出そめて
- 夏帽新しく睡蓮に昼の風あり
- 犬が覗いて行く垣根に何事もない昼
- わが胸からとつた黄色い水がフラスコで鳴る
- ここに死にかけた病人が居り演習の銃音をきく
- 遠く船見付けたる甲板の昼を人無く
- 山水ちろちろ茶碗真白く洗い去る
- ホツリホツリ闇に浸りて帰り来る人人
- 落葉掃き居る人の後ろの往来を知らず
- 流るる風に押され行き海に出る
- 船は皆出てしまひ雪の山山なり
- 砂浜ヒョッコリと人らしいもの出て来る
- つくづく淋しい我が影よ動かして見る
- ねそべつて書いて居る手紙を鶏に覗かれる
- 皆働きに出てしまひ障子あけた儘の家
- 静かなるかげを動かし客に茶をつぐ
- 花あわただしさの古き橋かかれり
- 夕日の中へ力いつぱい馬を追ひかける
- 落葉へらへら顔をゆがめて笑ふ事
- 月夜戻り来て長い手紙を書き出す
- あすは雨らしい青葉の中の堂を閉める
- 一日物云はず蝶の影さす
- 友を送りて雨風に追はれてもどる
- 雨の日は御灯ともし一人居る
- なぎさふりかへる我が足跡も無く
- 軽いたもとが嬉しい池のさざなみ
- 静もれる森の中をののける此の一葉
- 井戸の暗さにわが顔を見出す
- 鐘ついて去る鐘の余韻の中
- 炎天の底の蟻等ばかりの世となり
- 山の夕陽の墓地の空海へかたぶく
- 柘榴が口あけたたはけた恋だ
- たつた一人になりきつて夕空
- 墓原路とてもなく夕の漁村に下りる
- 高浪打ちかへす砂浜に一人を投げ出す
- 雨に降りつめられて暮るる外なし御堂
- 昼寝起きればつかれた物のかげばかり
- 何も忘れた気で夏帽をかぶつて
- ねむの花の昼すぎの釣鐘重たし
- 氷店がひよいと出来て白波
- 父子で住んで言葉少なく朝顔が咲いて
- 砂山赤い旗たてて海へ見せる
- 声かけて行く人に迎火の顔あげる
- 蛇が殺されて居る炎天をまたいで通る
- ほのかなる草花の匂を嗅ぎ出さうとする
- 潮満ちきつてなくはひぐらし
- 茄子もいできてぎしぎし洗ふ
- 朝顔の白が咲きつづくわりなし
- 蛙の子がふえたこと地べたのぬくとさ
- 船乗りと山の温泉に来て雨をきいてる
- あらしの闇を見つめるわが眼が灯もる
- 海のあけくれのなんにもない部屋
- 銅銭ばかりかぞへて夕べ事足りて居る
- 夕べひよいと出た一本足の雀よ
- たばこが消えて居る淋しさをなげすてる
- 空暗く垂れ大きな蟻が畳をはつてる
- 蚊帳の釣手を高くして僧と二人寝る
- 蟻を殺す殺すつぎから出てくる
- 雨の幾日かつづき雀と見てゐる
- 友の夏帽が新らしい海に行かうか
- 写真うつしたきりで夕風にわかれてしまつた
- 血がにじむ手で泳ぎ出た草原
- 昼の蚊たたいて古新聞よんで
- 人をそしる心をすて豆の皮むく
- はかなさは燈明の油が煮える
- 刈田で烏の顔をまぢかに見た
- 落葉木をふりおとして青空をはく
- からかさ干して落葉ふらして居る
- 傘さしかけて心寄り添へる
- 赤とんぼ夥しさの首塚ありけり
- 庭石一つすゑられて夕暮が来る
- 木槿が咲いて小学を読む自分であつた
- 藁屋根草はえれば花さく
- 今朝の夢を忘れて草むしりをして居た
- 鳩がなくま昼の屋根が重たい
- マツチの棒で耳かいて暮れてる
- 栗が落ちる音を児と聞いて居る夜
- 夕ベ落葉たいて居る赤い舌出す
- 自らをののしり尽きずあふむけに寝る
- 波音正しく明けて居るなり
- めつきり朝がつめたいお堂の戸をあける
- 青空ちらと見せ暮るるか
- 粉炭もたいなくほこほこおこして
- 小さい火鉢でこの冬を越さうとする
- 仏にひまをもらつて洗濯してゐる
- 大根が太つて来た朝ばん仏のお守りする
- ただ風ばかり吹く日の雑念
- 二人よつて狐がばかす話をしてる
- うそをついたやうな昼の月がある
- 酔のさめかけの星が出てゐる
- 考へ事して橋渡りきる
- おほらかに鶏なきて海空から晴れる
- 中庭の落葉となり部屋部屋のスリッパ
- 山に家をくつつけて 菊咲かせてる
- しも肥わが肩の骨にかつぐ
- 板じきに夕餉の両ひざをそろへる
- 傘干して傘のかげある一日
- 便所の落書が秋となり居る
- 竹の葉さやさや人恋しくて居る
- めしたべにおりるわが足音
- 猿を鎖につないで冬となる茶店
- 落葉たく煙の中の顔である
- 晩の煙りを出して居る古い窓だ
- 仏体にほられて石ありにけり
- 足音一つ来る小供共の足音
- 大根洗ひの手をかりに来られる
- 上天気の顔ひとつ置いてお堂
- 打ちそこねた釘が首を曲げた
- 烏がだまつてとんで行つた
- 尻からげして葱ぬいて居る
- しぐれますと尼僧にあいさつされて居る
- 水たまりが光るひよろりと夕風
- 針に糸を通しあへず青空を見る
- 糸瓜が笑つたやうな円右が死んだか
- すでにすつ裸の柿の木に物干す
- 冬帽かぶつてだまりこくつて居る
- 紅葉あかるく手紙よむによし
- 襟巻長くたれ橋にかかるすでに凍てたり
- 公園冬の小径いづこへともなくある
- 大地の苔の人間が帽子をかぶる
- 葱がよく出来てとつぷり暮れた家ある
- お盆にのせて椎の実出されふるさと
- 姉妹椎の実たべて東京の雑誌よんでる
- かへす傘又かりてかへる夕べの同じ道である
- 赤ン坊のなきごゑがする小さい庭を掃いてる
- 雀のあたたかさを握るはなしてやる
- 酒もうる煙草もうる店となじみになつた
- 灰の中から針一つ拾ひ出し話す人もなく
- 曇り日の落葉掃ききれぬ一人である
- たくさんの児等を叱つて大根漬けて居る
- 門をしめる大きな音さしてお寺が寝る
- うで玉子くるりとむいて児に持たせる
- あるものみな着てしまひ風邪ひいてゐる
- かまきりばたりと落ちて斧を忘れず
- 事実といふ事話しあつてる柿がころがつてゐる
- 淋しいぞ一人五本のゆびを開いて見る
- 火ばしがそろはぬ儘の一冬なりけり
- 朝の白波高し漁師家に居る
- 草履が片つ方つくられたばこにする
- 島の女のはだしにはだしでよりそふ
- 秋風のお堂で顔が一つ
- 菊の乱れは月が出てゐる夜中
- 今日も生きて虫なきしみる倉の白壁
- 黒眼鏡かけた女が石に休んで居るばかり
- 釘に濡手拭かけて凍てる日である
- つめたい風の耳二つかたくついてる
- お堂しめて居る雀がたんともどつてくる
- 庭を掃いて行く庭の隅なるけいとう
- 降る雨庭に流をつくり侘び居る
- のら犬の脊の毛の秋風に立つさへ
- 師走の夜の釣鐘ならす身となりて
- 師走の夜のつめたい寝床が一つあるきり
- けもの等がなく師走の動物園のま下を通る
- 雪を漕いで来た姿で朝の町に入る
- 大雪となる兎の赤い眼玉である
- 女と淋しい顔して温泉の村のお正月
- 破れた靴がばくばく口あけて今日も晴れる
- 寒鮒をこごえた手で数へてくれた
- 落葉掃けばころころ木の実
- 犬をかかへたわが肌には毛が無い
- かたい梨子をかじつて議論してゐる
- 渓深く入り来てあかるし
- 池を干す水たまりとなれる寒月
- 蜜柑を焼いて喰ふ小供と二人で居る
- 両手をいれものにして木の実をもらふ
- 女に捨てられたうす雪の夜の街燈
- 濠端犬つれて行く雪空となる
- 落葉拾うて棄てて別れたきり
- 紺の香きつく着て冬空の下働く
- あけた事がない扉の前で冬陽にあたつてゐる
- きたない下駄ぬいで法話の灯に遠く坐る
- 冬川にごみを流してもどる
- 臼ひく女が自分にうたをきかせて居る
- 堅い大地となり這ふ虫もなし
- ゆるい鼻緒の下駄で雪道あるきつづける
- ふところの焼芋のあたたかさである
- 霰ふりやむ大地のでこぼこ
- ひげがのびた顔を火鉢の上にのつける
- にくい顔思ひ出し石ころをける
- 粉雪散らし来る大根洗ふ顔を上げず
- 雀がさわぐお堂で朝の粥腹をへらして居る
- 爪切るはさみさへ借りねばならぬ
- 犬よちぎれるほど尾をふつてくれる
- 寒に入る地蔵鼻かけ給ふ
- 節分の豆をだまつてたべて居る
- 雪空一羽の烏となりて暮れる
- 花が咲いた顔のお湯からあがつてくる
- 歯をむきだした鯛を威張つて売る
- コスモスなんぼでも高うなる小さい家で
- 夕の鐘つき切つたぞみの虫
- 夕飯たべてなほ陽をめぐまれてゐる
- あたまをそつて帰る青梅たくさん落ちてる
- 剃つたあたまが夜更けた枕で覚めて居る
- 一人分の米白々と洗ひあげたる
- 時計が動いて居る寺の荒れてゐる
- 乞食に話しかける我となつて草もゆ
- 考へ事をしてゐるたにしが歩いて居る
- 風が落ちたままの駅であるたんぽぽの中
- 新緑の山となり山の道となり
- 留守番をして地震にゆられて居る
- 臍に湯をかけて一人夜中の温泉である
- かぎりなく 蟻が出てくる穴の音なく
- 眼の前筍が出てゐる下駄をなほして居る
- 豆を煮つめる自分の一日だつた
- 雨のあくる日の柔らかな草をひいて居る
- とかげの美しい色がある廃庭
- 寺に来て居て青葉の大降りとなる
- 池の朝がはぢまる水すましである
- 土塀に突かひ棒をしてオルガンひいてゐる学校
- 母の無い児の父であつたよ
- 淋しいからだから爪がのび出す
- ころりと横になる今日が終つて居る
- 一本のからかさを貸してしまつた
- 藪の中わたしだちの道の筍
- 小芋ころころはかりをよくしてくれる
- 山寺灯されて見て通る
- 昼寝の足のうらが見えてゐる訪ふ
- 宵のくちなしの花を嗅いで君に見せる
- 蜘蛛がとんぼをとつた軒の下で住んでる
- 逢ひに来たその顔が風呂を焚いてゐた
- 旧暦の節句の鯉がをどつて居る
- 眼の前魚がとんで見せる島の夕陽に来て居る
- 町の盆灯ろうたくさん見て船に乗る
- 花火があがる空の方が町だよ
- 木槿の花がおしまひになつて風吹く
- あけがたとろりとした時の夢であつたよ
- おそい月が町からしめ出されてゐる
- 蓮の葉押しわけて出て咲いた花の朝だ
- 切られる花を病人見てゐる
- お祭り赤ン坊寝させてゐる
- 陽が出る前の濡れた烏とんでる
- 木槿一日うなづいて居て暮れた
- お遍路木槿の花をほめる杖つく
- 白い夾竹桃の花の下まいばん掃く
- 病人花活けるほどになりし
- 朝靄豚が出てくる人が出てくる
- 迷つて来たまんまの犬で居る
- すでに秋の山山となり机に迫り来
- 久し振りの雨の雨だれの音
- 都のはやりうたうたつて島のあめ売り
- 畳を歩く雀の足音を知つて居る
- 淋しきままに熱さめて居り
- 月夜風ある一人咳して
- お粥煮えてくる音の鍋ぶた
- 一つ二つ螢見てたづぬる家
- 鳳仙花の実をはねさせて見ても淋しい
- 秋日さす石の上に背の児を下ろす
- 朝月嵐となる
- 秋山広い道に出る
- 口あけぬ蜆死んでゐる
- 墓地からもどつて来ても一人
- 恋心四十にして穂芒
- なんと丸い月が出たよ窓
- ゆうべ底がぬけた柄杓で朝
- 自分が通つただけの冬ざれの石橋
- 麦まいてしまひ風吹く日ばかり
- 今朝の霜濃し先生として行く
- となりにも雨の葱畑
- くるりと剃つてしまつた寒ン空
- 夜なべが始まる河音
- 雨萩に降りて流れ
- 師走の木魚たたいて居る
- 松かさそつくり火になつた
- 風吹きくたびれて居る青草
- 嵐が落ちた夜の白湯を呑んでゐる
- 寒ン空シヤツポがほしいな
- 蜜柑たべてよい火にあたつて居る
- とつぷり暮れて足を洗つて居る
- 昼の鶏なく漁師の家ばかり
- 海凪げる日の大河を入れる
- 山火事の北国の大空
- あすは元日が来る仏とわたくし
- 夕空見てから夜食の箸とる
- おそくなつて月夜となつた庵
- 小さい島に住み島の雪
- 名残の夕陽ある淋しさ山よ
- 故郷の冬空にもどつて来た
- 雨の中泥手を洗ふ
- 山畑麦が青くなる一本松
- 窓まで這つて来た顔出して青草
- 貧乏して植木鉢並べて居る
- 霜とけ鳥光る
- あついめしがたけた野茶屋
- 森に近づき雪のある森
- 一つの湯呑を置いてむせてゐる
- やせたからだを窓に置き船の汽笛
- すつかり病人になつて柳の糸が吹かれる
- 春の山のうしろから烟が出だした
尾崎放哉 プロフィール
尾崎 放哉(おざき ほうさい、本名:尾崎 秀雄〈おざき ひでお〉、1885年〈明治18年〉1月20日 - 1926年〈大正15年〉4月7日)