いつせいに鳴る風鈴のどれ買はむ 村上鞆彦「遅日の岸(2015)ふらんす堂」
色鮮やかな風鈴を並べて売っているのです。風が吹くと一斉に鳴り出します。あれ、それぞれの風鈴の音がわからない。一つ一つ鳴らして買いたいのに、沢山の音が混じって聞き分けられない。そんな感じでしょうか。うるさいくらいだけれど、嫌な思いではない。むしろ「どれ買はむ」と迷いを楽しんでいるように思われる。鈴の彩、ガラスの光、澄んだ音色、触れてみる冷たさ、視覚聴覚触覚を同時に心地よく刺激してくれます。
風鈴は「鉄・ガラス・陶磁器などの小さな鐘型または壺型の鈴。内部に舌があり、短冊などを吊り下げる」と歳時記に。なるほど。つい鈴の方ばかり注目してしまいましたが、短冊の翻るさまも含めて風鈴なのですね。
ところで、人はなぜ風鈴を喜ぶのか。涼しげだから。そのとおりですが、よく考えて見れば音で涼しくなる訳もありません。ウィキペディアによれば「音の出る器物は、人類の歴史の古くから人間の暮らしや精神活動に深く関わってきた」とのこと。縄文時代にはすでに土鈴があったそうです。古代、鈴は獣や魔物を追い払って生命を守る道具、であったと同時に神を引き寄せる合図でもあったとか。そういえば、熊よけの鈴は現代でも用います。さらに除夜の鐘とか、仏壇の鈴とか、鈴や鐘は今でも信仰の場に欠かせません。おそらく鈴には遥かなものに呼びかけたり、害をなすものを遠ざけたりする力があるのでしょう。その系譜に連なるのが風鈴。鈴の霊力で暑さを払うもの。そう考えれば、存在理由がはっきりとします。
風鈴の音で、さっぱりとしたいい気持ちになるのには理由がありました。まさに鈴のパワーです。
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」