ふりかへるたびにしぐれてきたりけり 岩岡中正「文事(2021)朔出版」
すべてひらがなで記された一句。後ろから時雨が迫っているのでしょう。道を急ぐ作者は、何度も振り返って時雨の位置を確かめています。時雨とは冬の初めの雨。晴れていても急に雲が生じて雨になり、すぐに止んでまた降り始める。そんな雨のことです。もともと京都で用いられた気象用語でしたが、次第に各地の冬の通り雨を言うようになりました。「北山時雨」「能登時雨」などとのように使われます。さて掲句。私が思い出すのは種田山頭火の句です。
うしろすがたのしぐれてゆくか
こちらもひらがなばかりの一句。時雨に背を見せて追われるように去ってゆく自分の姿を、自嘲しているのでしょうか。
ふりかへるたびにしぐれてきたりけり
並べてみると、まるで一対の作品のようです。作者と放蕩無頼の自由律俳人・山頭火。時代も作風も異なる二人ですが、実は見ている景が近いのではないか、私にはそう思えます。風雨の中を人としての歩みを貫いてゆくのは、容易いことではありません。時雨に包まれた身ほとりは茫漠として、来し方行く末のすべてが、もはや幻のようです。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(冬)