ふゆのもや「冬の靄(冬)天文」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




ヴェネツィアは亡びを急ぎ冬の靄   小林貴子「黄金分割(2019)朔出版」

ヴェネツィアは沈みゆく街です。原初の時代、ここには大陸からの川の流れに乗ってくる土砂と、アドリア海の波によって作られた湿地帯が広がっていました。北イタリアの都市の住民が、蛮族の侵入から逃れて干潟に街を築いたのは5世紀。地中海貿易で財をなし華麗な文化を育てながら、一方では常に水没の危険と戦いながら歴史を紡いできたのです。最近では2019年に高潮に見舞われ、最高水位は1メートル87センチを記録しました。有名なサン・マルコ広場が海水に沈んだ映像をご覧になった方も多いのではないでしょうか。地球温暖化が海面の上昇をもたらし、歴史ある街を沈めようとしています、まさに掲句の通り、亡びを急いでいる街。冬の靄は「空気中の水蒸気が凝結してうっすらと漂う現象。霧が乳白色であるのに対し薄青く見える」と歳時記に記されています。

この句は、私に映画「ベニスに死す」の冒頭を思い出させました。冬ではなく、夏の景色でしたが靄に包まれた島々が映し出され、マーラーの交響曲第4番からアダージェットが用いられていました。美しく悲劇を予感させる旋律です。トーマス・マンを思わせる老年を迎えた作家が美少年に恋して、疫病の街を去ることが出来なくなる物語。愛のために死を選ぶ作家の姿が、滅びゆく街の光景に重なります。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(冬)

 






おすすめの記事