ぼろいち「襤褸市(冬)生活」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




襤褸市の指輪の箱の脱脂綿  茅根知子「赤い金魚(2021)本阿弥書店」

季語は襤褸市。東京世田谷など各地で行われる古着・古物市のこと。世田谷のものは12月と1月の2回、代官屋敷を中心としたボロ市通りで営まれます。700もの露店が連なる様は壮観。古着はもちろん骨董、陶磁器、用途不明の道具、中には白木の神棚まで販売されます。

さて動詞が一つも入っていない掲句。がっちり組み合わさった寄木細工のように、堅固な構成となっています。襤褸市とまず場所を示し、指輪の箱、脱脂綿と段々に小さなものに焦点があってゆきます。なんと言っても脱脂綿が秀逸。指輪の箱の中から指輪が出てきたのなら当たり前ですが、意表をついて脱脂綿とは。この指輪のお値段や、古ぼけた感じまで見事に表現されているではありませんか。高価な指輪なら、おそらく絹のしとねに包まれている筈。脱脂綿というからには、少々おもちゃっぽくて紛い物かもしれない、そんな雰囲気を色濃く纏っています。

この句が発表された句会には私も参加していました。かなりの高得点だったことを覚えています。実はその時、気になったことがありました。箱の中に指輪があったのかどうか、ということです。脱脂綿は描かれていますが、肝心の指輪がありません。ただし時間がたって読み返してみると、まさにその事が 句の味わいを深いものにしていることに気づきます。@あらかじめ失われている指輪。箱を手に取った作者と指輪のかつての持ち主と。読者は、出会うはずだったかもしれない二人の交わることのない軌跡を思います。この句が少々ほろ苦い読後感を持っているのは、そうした理由からではないでしょうか。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(冬)

 






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