おしくらまんじゅう手の甲にパスワード 北山順「ふとノイズ(2021)現代俳句協会」
おしくらまんじゅうは、お互いに押し合い体を暖かくする冬の遊び。「おしくらまんじゅう、押されて泣くな」と囃しあいます。載っていない歳時記もありますが、ここでは冬の季語として用いられています。子どもの頃を回想した句かと思ったら、パスワードが出てきてびっくり。何かを暗記しなければならない時に、急いで手に書き留めることってありますよね。それがパスワードだった。押し合ううちに消えてしまわないか、気になっているのでしょうか。そんな筈はないのに、おしくらまんじゅうに入るパスワードのようにも読めて想像が広がります。パスワードという当世風のものと、昔の子どもの遊びを取り合わせた着眼点が冴えている一句。
さて句集の後書きにはこんなことが記されています。「私は仮名遣いというものにあまりにも無頓着でいて、これまでに書きためたノートを見返すと歴史的仮名遣いと現代仮名遣いのどちらの句も混在しているという状況でした。そのため句集内の一章には現代仮名遣いで書いた句を、それ以外の章では歴史仮名遣いで書いた句を収めることといたしました」
へーと思いました。そうであれば句集の仮名遣いを統一しそうなものですが、そうしなかったのは味わいが変わってしまうからでしょうか。掲句は現代仮名遣いの一句。歴史的仮名遣いなら「おしくらまんぢゆう手の甲にパスワード」となるでしょう。原句と比べると違いが明らか。歴史的仮名遣いでは、パスワードという言葉が浮いてしまいます。ここはやはり「おしくらまんじゅう」でなくてはならなかった。表記と内容の関係について、貴重な示唆をいただいた一句でした。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(冬)