日盛や漂流物のなかに櫛 夏井いつき「伊月集 龍(2015復刊)朝日出版社」
季語は日盛。「夏の日中、日が最も強くて照りつける正午ごろから午後2、3時ごろまでを言う。物の影が真下に落ち、眩しさと不思議な静けさがある」と歳時記に。不思議な静けさというところに共感します。
掲句は日盛の静けさに包まれたある午後のこと。岸に櫛が流れ着いたのです。どこから流れて来たのか。誰の持ち物だったのか。不思議に思います。黒髪を梳る櫛ですから、おそらく持ち主は女性。古来、日本では流れ寄るものに霊力が宿ると考えられてきました。神話ではスサノオが川上から流れてきた箸を拾うことでクシナダヒメに出会います。年端もいかぬ少女でしたが、八岐大蛇の生贄にされそうになっています。スサノオは、少女を櫛に変え頭に挿して大蛇と戦います。ここでも漂流と櫛がキイワードになっています。
神話的な意味を背負った言葉が用いられ、重層性を感じさせる掲句。日盛という季語のおかげで、すべてが幻なのかもしれないと感じられる一句です。
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」