なつたつ「夏立つ(夏)時候」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




夏立つや杉戸余さず白象図  井上弘美「夜須礼(2021)角川書店」

白象図は、京都養源院のもののことだと思いました。作者は俵屋宗達。二枚一組で、身を低くし敵に襲いかからんとする象と、それを見下ろす鋭い目つきの象が描かれています。

宗達といえば金箔の張り巡らされた「風神雷神図」などの屏風絵が有名。ですがここでは木目の残る杉の板に、単色の力強い線で描いています。画面いっぱいに描かれた象を「杉戸余さず」と踏み込んだ掲句の描写が秀逸。この「余さず」のおかげで、白象が飛び出して来そうな迫力を感じるのです。

「夏立つ」は新暦5月5日頃。暦の上ではこの日から夏が始まります。活気に満ちた夏の到来を感じさせる季語。生命力のみなぎる白象とのとりあわせが痛快です。

さて、白象は普賢菩薩の乗り物。養源院は将軍秀忠の正室、崇源院が伏見城の遺構を移して再建した寺です。伏見城落城の折自刃した徳川家臣の追悼のために、仏教にゆかりの深い霊獣を図案に選んだとされています。当時、俵屋宗達は、無名の扇絵職人。抜擢されて描いた白象などの作品が、名を轟かせるきっかけとなったと言われています。

最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html






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