俳句の必殺技の一つ。少し俳句に慣れてきたら是非お勧めしたいかたちです。
見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮 藤原定家
新古今和歌集に登場する有名な歌です。この歌では、花、紅葉という華やかなものを出しておいて、いきなり「なかりけり」と否定します。カラフルな残像が消えてゆくような効果をあげているのがわかりますか。否定形を使うと作品に奥行きが生まれます。俳句さく咲く!で詠まれた句を例に使い方を説明しましょう。
そよ風を入れて揺るるは室の花 櫻井紗季
室の花とは、温室の促成栽培の花のこと。櫂未知子さんはこの句を添削して否定形にしました。
そよ風の入りて揺るがず室の花
風に室の花が揺れるのは当たりまえ。否定形を用いることで、温室育ちの花の意外なたくましさが感じられるようになりました。否定形は俳句作りの必殺技。毎回使うとうるさく感じますが、ここぞというときに繰り出せば必ず効果をあげてくれます。
バレンタインデー止り木に誰も居ず 星野高士
さて、もう一句 星野高士さんの否定形の句を挙げてみました。この止り木は鳥かごではなく、バーの椅子でしょう。折角のバレンタインデーにバーに寄ったら、誰もいなかったという句です。期待が裏切られ、実生活ではちょっとさみしい出来事ですが、詩の世界では余韻が生まれます。仮に
バレンタインデー止り木に我一人
だったらどうでしょう。描かれている景は同じですが、効果は随分違うと、星野さんは自ら記しています。我一人の方は報告めいているが、誰も居ずの方は、みんなどこに行ってしまったのか想像が膨らむとのこと。否定形をうまく使えば一句の世界が広く、深くなるのです。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」