んんん?(あとがきに代えて)【超初心者向け俳句百科ハイクロペディア/蜂谷一人】

俳句を作る意味を問われたらなんと答えますか?「んんん?」ですよね。恥ずかしながら、私は長い間考えたことがありませんでした。句会では点が入ることだけを目指し、時には選者にちょっと褒められたいと思い、そんな軽い気持ちで俳句を楽しんできました。そんな状態が続いたある日、ふと思い出した出来事がありました。

もう30年近く前 NHKスペシャルという番組の取材でイラク北部のシャニダールを訪れたときのことです。最近中東のニュースで新聞によく登場するモスルの近くです。当時はイランイラク戦争の直後で、道には壊れた戦車が放置されていました。原野の小高い丘に洞窟がありました。間口20メートル奥行45メートルの大きなものでかつてヒトが住んでいました。ただし我々と同じヒトではありません。ネアンデルタール人です。

彼らは火と石器を使用していました。言葉を持っていました。狩をして生活をしていました。最も重要なことは 祭祀を行っていました。アメリカの人類学者ラルフ・ソレッキ教授は数回にわたり洞窟の発掘調査を行っています。私たちの取材は教授に同行してのものでした。

教授は6万年前の地層から体を曲げた状態で埋葬された人骨を発見しました。

ラスコーの壁画が2万年前ですからどれだけ古いかわかるかと思います。その周囲から大量の花粉が見つかったのです。タチアオイ、アザミなど8種類の植物。偶然洞窟内にまぎれこんだにしては花粉の密度があまりにも濃かったこと、花粉が死者の上半身に集中していたことなどから、教授は死者の胸に花束を置いたものと結論づけました。シャニダールにあったのは人類最初の葬式の遺跡だったのです。

6万年も前 野蛮人とされてきたこのヒトたちは死者に花束を捧げました。教えられたわけではない、芸術や自己表現のためでもない。ただ死者を悼みたいという気持ちを花束に託したのです。

受賞後 私が思い出したのはそのことでした。人は花束を贈る心を持って生まれてくる。俳句は言葉の花束であればいい。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

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