動詞は一句に一つが原則です。せめて二つまで。三つとなると成功例が極端に少なくなります。多いのは困りますが少ないのは一向に構いません。動詞のない名句は沢山あります。
眼薬のおほかた頬に花の昼 安住敦
目薬を「さす」という動詞がなくても「頬に」で充分わかります。省略できる動詞は思い切って省略してしまいましょう。勿論どうしても動詞を用いないといけない場合もあります。その際にはどの動詞を用いるかに注意を注いでください。推敲という言葉の語源となった逸話は、唐の詩人 賈島が
僧は推す(おす)月下の門
僧は敲く(たたく)月下の門
のどちらにするか苦慮し韓愈に問うて「敲く」に決したというものでした。推す、と敲く、確かにニュアンスが異なります。動詞を選ぶときには慎重に。どれほど注意を払っても、払いすぎるということはありません。
さて先日の句会でこんな句が出ました。
長閑しや昇降機降りチンと鳴り 茂克
昇降機はエレベーター。チンと鳴るのは最新型ではなく古いデパートにあるような旧型のものでしょう。速度も遅く、いかにも長閑。気分はあっているのですが動詞が「降り」「鳴り」と二つあります。作者に尋ねると「「り」を重ねてリズムを出すために敢えて動詞二つにしたとのこと。よく考えています。しかし、このままでは昇降機が下の階へ降りたのか、作者が昇降機を降りたのか、わかりません。この場合は、やはり動詞を一つにしたほうがよいでしょう。
長閑けしやチンと鳴りたる昇降機
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」