風船に入る空気のちとぎくしやく 宮本佳世乃「301号室(2019)港の人」
風船に空気を吹き込みます。抵抗にあいます。なかなか膨らみません。初めはゴムの厚みがあって、それを引き伸ばさなければなりません。少し膨らむとゴムが薄くなり、抵抗が弱まります。もっと膨らむと、もっと薄くなりどんどん空気が入ります。風船が目に見えて大きくなっていきます。ところがだんだん沢山の空気が必要になり、息が切れてきます。風船の長さを二倍にするには八倍の空気が必要になる計算です。三倍にするには二十七倍です。吹いても吹いても、あまり変わらないような気がしてきます。それでも吹いていると、ゴムが薄くなってあるときパチンと破れてしまいます。これは相当怖い。あるいは、手を逃れてジェット風船になって飛んでゆきます。または首尾良く、端っこを結ばれて子どもの手に渡されます。掲句の「ちとぎくしやく」が絶妙。何度も経験している筈なのに忘れていた空気の抵抗を思い出しました。風船が春の季語。なぜかと言うと、もともと春祭りなどで子ども相手に売られていた五色の紙風船をさしていたから。ゴムの風船が登場するのは、のちの話です。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」