かわりゆくきご 変わりゆく季語【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】

続々と生まれる季語。角川歳時記、最新版にはブーツなどの新しい季語が収録されています。また言葉としては昔からあったけれども、意味するものが変わってしまっている場合もあります。掲句の鮓など、さしずめその典型でしょう。

回転寿司注文タッチパネルの起動に間  池田瑠奈

ここで描かれているのは、あの回転鮓。誰でも知ってはいても俳句に詠むのは躊躇する代物です。歳時記に季語として載っているのは「鮓」。米と魚を自然発酵させて作る保存食品のことで、滋賀名産の鮒鮨などがこれにあたります。ですから、同じすしでも握り鮨は季語の実感に乏しい。ましてやカニカマやプリンまで回る回転寿司を季語と見なせるのか。

しかし、作者は回転寿司に季節感を見いだしたのでしょう。確かにプリンもありますが旬の魚も扱います。現代の風物を果敢に読もうとする姿勢が評価出来る一句です。

回転寿司 注文タッチパネルの 起動に間 6 11 5 ですから22音。五七五の定型におさまっているのは最後の五音だけですが臨場感があります。タッチパネルを句に読むだけならまだしも、「起動に間」。空腹で早く食べたいのに、この機械の奴なかなか立ちあがろうとしない。まさに緊迫の瞬間です。上五中七がはみ出しているから、下五の定型が効果をあげるのです。ハヤクタベタイハヤクタベタイと焦燥感が高まって、いよいよというところで「起動に間」。ちょっとした脱力感のあと、やっと画面が明るくなってきます。ここで読者は、作者の仕掛けた「字余りの罠」にまんまとはまったことを覚ります。言葉を詰め込むから、Jポップのように早く読もうとする。そこにスピード感が生まれるのです。

さて作者はよほどひもじかったのか、この後四句も回転寿司が続きます。

回転寿司レーンに「全皿99円」の札も
回転寿司レーン皿渋滞をなほす男
回転寿司屋厨房酢飯握り機稼働
回転寿司出づ樹脂の小皿の塔残し

いずれもよく目にする光景ですが、句に詠まれることは稀でしょう。共通するのは無機質の冷たさ。皿の渋滞を直す男なんて、まるでチャップリンのモダンタイムスを思わせるではありませんか。ここに描かれているのは回転寿司ではなく、回転寿司が象徴する現代社会。機械が人間を支配する構図です。そういえば初めて回転寿司を目にした時、工場のベルトコンベアみたいだなと思ったものでした。やがて普及すると同時に、感慨は失われて行ったものです。しかしモダンタイムス的状況が、なくなった訳ではありません。むしろ行き渡ったと言えるでしょう。この作品群は、そんなことに気づかせてくれます。いわば回転寿司のディストピア。人間同士の接触を忌み嫌うウイズ・コロナの世界の中で、状況は加速しています。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 




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