クローズアップ【超初心者向け俳句百科ハイクロペディア/蜂谷一人】




俳人の岸本尚毅さんは、「吟行にカメラを持っていってはいけない」とおっしゃっています。写真を撮ろうとすると、そこで起こったことをフィルムに定着させることに全神経を注ぎます。しかし、俳人がすべきことはフィルムに定着させることではなく、ことばに定着させることです。いわば、自分自身がカメラになる必要があります。写真を撮っている間、肝心な心の目を塞いでしまう方が実に多いのです。さて、この俳句カメラには、様々な機能が備わっています。クローズアップもそのひとつ。

蛇のあとしづかに草の立ち直る   邊見京子

草原を蛇が進んでいます。草の丈が高いですから全身は見えません。ただなぎ倒されて草が倒れ、蛇が過ぎたあと立ち直る。その様子が見えるばかりです。しづかに、という言葉で過ぎた後の静寂、何もなかったような、しんとした景が目に浮かびます。作者の眼には、蛇と草以外のものは映っていません。そこにあるはずの木や花、虫や風、空さえも描かれていないのです。これがクローズアップの効果です。小さな世界に俳句カメラがズームインしているのがわかりますか。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html






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