なだれ「雪崩(春)地理」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】

蕎麦は音立てて食ふもの遠雪崩   佐藤郁良

春先、山に積もった雪が気候の変化で緩み崩れ落ちる、それが雪崩。歳時記には「風を捲き白煙を上げるその轟然たる響きは凄まじく、時に家を埋め人命を奪う」と記されています。掲句、スキー場の食堂のような場所を想像しました。蕎麦をずずっと啜った時、遠くの雪崩が目に入った。偶然ながら、タイミングが合いすぎていて啜る音で雪崩が起きたのかと、一瞬思った、そんな風に読みました。作者の句には時折こうした俳諧味を感じます。

そもそも日本人は何故蕎麦を啜るのか。ものの本によると「蕎麦は口の中で香りを楽しむもの。音を立てて啜り、空気を蕎麦と一緒に取り込んで広がる香りを楽しむ」とあります。あの細長い形も、その説を裏付けます。古くは蕎麦がきとして食べられていた蕎麦。当時は、啜ることもできませんでした。16世紀末、または17世紀初めに麺になった蕎麦、つまり蕎麦切りが登場し、初めて物理的に啜る行為が可能になったのです。大きな音を立てれば立てるほど、強い香りが広がります。蕎麦の音を詠んだ俳句はこれまでもあったでしょうが、雪崩と一緒に詠んだのは珍しい。見逃さず、すかさず一句にしたところに俳人魂を感じます。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

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