高浜虚子の俳句




  • いつ死ぬる金魚と知らず美しき
  • おもひ川渡れば叉も花の雨
  • かわかわと大きくゆるく寒鴉
  • くはれもす八雲旧居の秋の蚊に
  • この庭の遅日の石のいつまでも
  • この里の苗代寒むといへる頃
  • これよりは恋や事業や水温む
  • すぐ来いといふ子規の夢明易き
  • たとふれば独楽のはじける如くなり
  • どかと解く夏帯に句を書けとこそ
  • なつかしきあやめの水の行方かな
  • はなやぎて月の面にかかる雲
  • ふるさとの月の港をよぎるのみ
  • ほろほろと泣き合ふ尼や山葵漬
  • むづかしき禅門出れば葛の花
  • ものの芽のあらはれ出でし大事かな
  • もの置けばそこに生れぬ秋の蔭
  • もの言ひて露けき夜と覚えたり
  • やはらかき餅の如くに冬日かな
  • やり羽子や油のやうな京言葉
  • ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に
  • よろよろと棹がのぼりて柿挟む
  • わだつみに物の命のくらげかな
  • われが来し南の国のザボンかな
  • われの星燃えてをるなり星月夜
  • コスモスの花あそびをる虚空かな
  • コレラ怖ぢて奇麗に住める女かな
  • バス来るや虹の立ちたる湖畔村
  • 一つ根に離れ浮く葉や春の水
  • 一を知つて二を知らぬなり卒業す
  • 一人の強者唯(ただ)出よ秋の風
  • 一切の行蔵寒にある思ひ
  • 一切を抛擲し去り大昼寝
  • 不精にて年賀を略す他意あらず
  • 世の中を遊びごころや氷柱折る
  • 亀鳴くや皆愚かなる村のもの
  • 人生の台風圏に今入りし
  • 何よりもとり戻したる花明り
  • 何事も知らずと答へ老の春
  • 兄弟の心異る寒さかな
  • 先生が瓜盗人でおはせしか
  • 其中に金鈴をふる虫一つ
  • 冬帝(とうてい)先ず日をなげかけて駒ケ岳
  • 凡(およ)そ天下に去来程の小さき墓に参りけり
  • 初空や大悪人虚子の頭上に
  • 初蝶を夢の如くに見失ふ
  • 初蝶来何色と問ふ黄と答ふ
  • 北風に人細り行き曲り消え
  • 北風や石を敷きたるロシア町
  • 去年今年貫く棒の如きもの
  • 古庭を魔になかへしそ蟇
  • 句を玉と暖めてをる炬燵かな
  • 向日葵が好きで狂ひて死にし画家
  • 命かけて芋虫憎む女かな
  • 咲き満ちてこぼるる花もなかりけり
  • 囀や絶えず二三羽こぼれ飛び
  • 土塊を一つ動かし物芽出づ
  • 地球凍てぬ月光之を照しけり
  • 夕影は流るる藻にも濃かりけり
  • 夕立や森を出で来る馬車一つ
  • 大いなるものが過ぎ行く野分かな
  • 大寒の埃の如く人死ぬる
  • 大寒や見舞にゆけば死んでをり
  • 大寺を包みてわめく木の芽かな
  • 大根の花紫野大徳寺
  • 大根を水くしやくしやにして洗ふ
  • 大海のうしほはあれど旱かな
  • 大濤にをどり現れ初日の出
  • 大空にうかめる如き玉椿
  • 大空に伸び傾ける冬木かな
  • 大空に又わき出でし小鳥かな
  • 大空に羽子の白妙とどまれり
  • 大空の青艶(えん)にして流れ星
  • 大紅葉燃え上がらんとしつつあり
  • 大紅蓮大白蓮の夜明かな
  • 大試験山の如くに控へたり
  • 天の川のもとに天智天皇と虚子と
  • 天地の間にほろと時雨かな
  • 天日のうつりて暗し蝌蚪の水
  • 子規逝くや十七日の月明に
  • 宇治川をわたりおほせし胡蝶かな
  • 宮柱太しく立ちて神無月
  • 寒鯉の一擲したる力かな
  • 山国の蝶を荒しと思はずや
  • 山深く狂女に逢へり葛の花
  • 川を見るバナナの皮は手より落ち
  • 己が羽の抜けしを啣(くわ)へ羽抜鶏
  • 年を以て巨人としたり歩み去る
  • 底の石ほと動き湧く清水かな
  • 彼一語我一語秋深みかも
  • 怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜
  • 悪なれば色悪よけれ老の春
  • 悲しさはいつも酒気ある夜学の師
  • 我れが行く天地万象凍てし中
  • 我を指す人の扇をにくみけり
  • 我を見て舌を出したる大蜥蜴
  • 我心或時軽し罌粟の花
  • 我生の今日の昼寝も一大事
  • 手鞠唄かなしきことをうつくしく
  • 放屁虫俗論党を憎みけり
  • 新涼の驚き貌に来りけり
  • 新涼や仏にともし奉る
  • 旗のごとなびく冬日をふと見たり
  • 日のくれと子供が言ひて秋の暮
  • 旧城市柳絮とぶことしきりなり
  • 早春の庭をめぐりて門を出でず
  • 早苗饗や神棚遠く灯ともりぬ
  • 明易や花鳥諷詠南無阿弥陀
  • 春の山屍をうめてむなしかり
  • 春の浜大いなる輪が画いてある
  • 春寒のよりそひ行けば人目ある
  • 春水をたたけばいたく窪むなり
  • 春潮といへば必ず門司を思ふ
  • 春燈の下に我あり汝あり
  • 春雨の衣桁に重し恋衣
  • 春風や闘志いだきて丘に立つ
  • 時ものを解決するや春を待つ
  • 晩涼に池の萍(うきくさ)皆動く
  • 月浴びて玉崩れをる噴井かな
  • 木曽川の今こそ光れ渡り鳥
  • 村の名も法隆寺なり麦を蒔く
  • 東山静に羽子の舞ひ落ちぬ
  • 松過ぎの又も光陰矢の如く
  • 柴漬(ふしづけ)に見るもかなしき小魚かな
  • 栞して山家集あり西行忌
  • 桐一葉日当りながら落ちにけり
  • 歌留多とる皆美しく負けまじく
  • 此村を出でばやと思ふ畦を焼く
  • 死神を蹴る力無き蒲団かな
  • 波音の由比ケ浜より初電車
  • 流れ行く大根の葉の早さかな
  • 浴衣着て少女の乳房高からず
  • 海に入りて生れかはらう朧月
  • 海女とても陸こそよけれ桃の花
  • 海女とても陸(くが)こそよけれ桃の花
  • 火の山の裾に夏帽振る別れ
  • 灯をともす指の間の春の闇
  • 炎天の空美しや高野山
  • 焚火かなし消えんとすれば育てられ
  • 熱燗に泣きをる上戸ほつておけ
  • 爛々と昼の星見え菌(きのこ)生え
  • 狐火の出てゐる宿の女かな
  • 独り句の推敲をして遅き日を
  • 玉虫の光残して飛びにけり
  • 白酒の紐の如くにつがれけり
  • 白雲と冬木と終にかかはらず
  • 白(はく)牡丹といふといへども紅(こう)ほのか
  • 盗んだる案山子の笠に雨急なり
  • 眼つむれば若き我あり春の宵
  • 短夜の星が飛ぶなり顔の上
  • 石ころも露けきものの一つかな
  • 神にませばまこと美はし那智の滝
  • 神慮今鳩をたたしむ初詣
  • 秋天にわれがぐんぐんぐんぐんと
  • 秋天の下に野菊の花弁欠く
  • 秋扇や寂しき顔の賢夫人
  • 秋灯や夫婦互に無き如く
  • 秋空を二つに断てり椎大樹
  • 秋風にふえてはへるや法師蟬
  • 秋風やとある女の或る運命
  • 秋風や心の中の幾山河
  • 秋風や心激して口吃る
  • 秋風や眼中のもの皆俳句
  • 稲妻をふみて跣足の女かな
  • 穴を出る蛇を見て居(お)る鴉かな
  • 箒木に影といふものありにけり
  • 箱庭の人に古りゆく月日かな
  • 紅梅の紅の通へる幹ならん
  • 絵ぶみして生き残りたる女かな
  • 翡翠の紅一点につづまりぬ
  • 老人と子供と多し秋祭
  • 聾青畝ひとり離れて花下に笑む
  • 能すみし面の衰へ暮の秋
  • 自から其頃となる釣忍
  • 芳草や黒き烏も濃紫
  • 茎右往左往菓子器のさくらんぼ
  • 葡萄の種吐き出して事を決しけり
  • 蓑虫よ父よと鳴きて母もなし
  • 薄氷の草を離るゝ汀かな
  • 虚子一人銀河と共に西へ行く
  • 虫螻蛄と侮られつつ生を享(う)く
  • 虹消えて忽ち君の無き如し
  • 蛇穴を出て見れば周の天下なり
  • 蛇逃げて我を見し眼の草に残る
  • 蜘蛛に生れ網をかけねばならぬかな
  • 蝶々のもの食ふ音の静かさよ
  • 行年や歴史の中に今我あり
  • 行春や畳んで古き恋衣
  • 行水の女にほれる烏かな
  • 襟巻の狐の顔は別にあり
  • 運命は笑ひ待ちをり卒業す
  • 道のべに阿波の遍路の墓あはれ
  • 遠山に日の当りたる枯野かな
  • 酒うすしせめては燗を熱うせよ
  • 野を焼いて帰れば燈火母やさし
  • 金亀子(こがねむし)擲(なげう)つ闇の深さかな
  • 鎌とげば藜(あかざ)悲しむけしきかな
  • 鎌倉を驚かしたる余寒あり
  • 闇なれば衣まとふ間の裸かな
  • 闇汁の杓子を逃げしものや何
  • 雨の中に立春大吉の光あり
  • 霜降れば霜を楯とす法(のり)の城
  • 露の幹静かに蟬の歩きをり
  • 鞦韆に抱き乗せて沓に接吻す
  • 顔抱いて犬が寝てをり菊の宿
  • 風が吹く仏来給うけはひあり
  • 風生と死の話して涼しさよ
  • 飛んで来る物恐ろしき野分かな
  • 餅も好き酒もすきなりけさの春
  • 鮟鱇の肝うかみ出し鮟鱇鍋
  • 鮟鱇鍋箸もぐらぐら煮ゆるなり
  • 鳰(にお)がゐて鳰の海とは昔より
  • 鴨の中の一つの鴨を見てゐたり
  • 鴨の嘴(はし)よりたらたらと春の泥
  • 鴬や洞然として昼霞
  • 鷹の目の佇む人に向はざる
  • 龍の玉深く蔵すといふことを
  • 門松の其中に立つ都かな
  • 餅もすき酒もすきなりけさの春
  • 酒もすき餅もすきなり今朝の春
  • 元日や比枝も愛宕も雪の山
  • もとよりも恋は曲ものの懸想文
  • 初暦妻めとる日も見当らず
  • 屠蘇臭くして酒に若かざる憤り
  • 遣羽子や久松も交り美しき
  • 老後の兒賢にして筆始かな
  • 梨壺の使の童明けの春
  • 元日の事皆非なるはじめかな
  • 破魔弓や重藤の弓取りの家
  • 元朝の氷すてたり手水鉢
  • 蓬莱に徐福と申す鼠かな
  • 琴棋書画松の内なる遊びかな
  • 藪入のうかりし人はめとりけり
  • 年禮や故人わび住む小石川
  • 年禮やいたく老ぬる人の褄
  • 禮受の人恥しや筒井筒
  • 禮帳やたてまはしたる金屏風
  • 門松や我にうかりし人の門
  • 門松や五軒長屋の端の家
  • 何もなき床に置きけり福寿草
  • 十ついて百ついてわたす手毬かな
  • 遣羽子やかはりの羽子を額髪
  • 藪入のすこし覚えし京言葉
  • 隠家をなほたづね来る賀客かな
  • 我子早やいろはかるたを取るやうに
  • 幼きと遊ぶ十六むさしかな
  • 座を挙げて恋ほのめくや歌かるた
  • 遣羽子の二人隠るる大木かな
  • 乱好む人誰々ぞ弓始
  • 松の内鼓の會のあり處
  • 一学系を率ゐて食ふ雑煮かな
  • 起り来るところのものを松の内
  • 禮者西門に入る主人東籬に在り
  • 庖丁の痕一つ俎はじめかな
  • 明日死ぬる命めでたし小豆粥
  • 人形まだ生きて動かず傀儡師
  • 初冨士や双親草の庵に在り
  • 初冨士や草庵を出て十歩なる
  • 初冨士を見て嬉しさや君を訪ふ
  • 浪音の由比ケ濱より初電車
  • 初暦頼みもかけず掛けにけり
  • 掃きぞめの帚や土になれ始む
  • 謹で君が遺稿を讀みはじむ
  • ゆるぎなき柱の下の雑煮かな
  • 御佛に尼が掛け居るかざりかな
  • 東山静かに羽子の舞落ちぬ
  • 掃きぞめの帚にくせもなかりけり
  • 子供等に雙六まけて老の春
  • 初鶏や動きそめたる山かづら
  • たてかけてあたりものなき破魔矢かな
  • 梅を持ち破魔矢を持ちて往来かな
  • よく笑ふ女禮者や草の庵
  • 羽子をつく娘と孫のおない同志
  • 鎌倉は古き都や注連の内
  • 人々を率てちらばりて初詣
  • つく羽子の静に高し誰やらん
  • 描初の壺に仲秋の句を題す
  • 子の日する昔の人のあらまほし
  • 石段に一歩をかけぬ初詣
  • 餅花の賽は鯛より大きけれ
  • 巫女舞をすかせ給ひて神の春
  • 腰まげて後ろ手に杖老の春
  • 神近き大提灯や初詣
  • 仰ぎて嗽ひ伏して手洗ひ初詣
  • 石段の伸び行くがごと初詣
  • 神慮いま鳩をたゝしむ初詣
  • 男山仰ぎて受くる破魔矢かな
  • つく羽子の同じ高さに姉妹
  • からからと初湯の桶をならしつつ
  • 初島田結ひ汚なき割烹着
  • 薮入の田舎の月の明るさよ
  • 物売も佇む人も神の春
  • 人に恥ぢ神には恥ぢず初詣
  • 神は唯みそなはすのみ初詣
  • 推し量る神慮かしこし初詣
  • 七種に更に嫁菜を加へけり
  • 双六に負けおとなしく美しく
  • 初句会浮世話をするよりも
  • 粛々と群聚はすゝむ初詣
  • 褄とりて独り静に羽子をつく
  • 追羽子のいづれも上手姉妹
  • 床の花已に古びや松の内
  • 初詣神慮は測り難けれど
  • 願ぎ事はもとより一つ初詣
  • 薮入や母にいはねばならぬこと
  • 初乗や油井の渚を駒竝めて
  • 羽子板を犬咥へ来し芝生かな
  • 福寿草遺産といふは蔵書のみ
  • 松過ぎの又も光陰矢の如し
  • 万才の佇み見るは紙芝居
  • まろびたる娘より転がる手毬かな
  • 萬歳のうしろ姿も恵方道
  • 初凪や大きな浪のときに来る
  • 口あけて腹の底まで初笑
  • 道のべに延命地蔵古稀の春
  • 片づけて福寿草のみ置かれあり
  • 初夢の唯空白を存したり
  • 初笑深く蔵してほのかなる
  • 京洛の衢に満つる初笑
  • 有るものを摘み来よ乙女若菜の日
  • おのづから極楽へとる恵方道
  • 去年今年追善のことかにかくに
  • 歌留多とる声にとどめて老の杖
  • 母姉と謡ひ伝へて手毬唄
  • 掃初や白手拭に赤襷
  • 大勢の子育て来し雑煮かな
  • 両の手に玉と石とや老の春
  • 慇懃にいと古風なる礼者かな
  • 見栄もなく誇も無くて老の春
  • 元朝や座右の銘は母の言
  • 賽の目の仮の運命よ絵双六
  • ほろびゆくものの姿や松の内
  • 世に四五歩常に遅れて老の春
  • 元日の門を出づれば七人の敵
  • 下手謡稽古休まず老の春
  • 目悪きことも合ッ点老の春
  • 傲岸と人見るまゝに老の春
  • 各々の年を取りたる年賀かな
  • 屠蘇酌みて温故知新といふ事を
  • 放擲し去り放擲し去り明の春
  • 脱落し去り脱落し去り明の春
  • やゝ酔ひし妹が弾初いざ聴かん
  • 争はぬことはよろしや弓始
  • 書き留めて即ち忘れ老の春
  • 数の子に老の歯茎を鳴らしけり
  • 晨鐘を今打ち出だす去年今年
  • 乱雑の中に秩序や去年今年
  • 元日や炬燵の間にも客招じ
  • いのち守る寒燈一つ去年今年
  • 元日や句は須く大らかに
  • 元日や深く心に思ふこと
  • 例の如く草田男年賀二日夜
  • 松ケ枝にかゝりて太き初日かな
  • 老の春写真をくれと人いふも
  • ぶらぶらと恵方ともなく歩きけり
  • 起り来る事に備へて去年今年
  • 移り住む田舎の地図や年始状
  • 赫奕として初日あり草の庵
  • 耄碌と人に言はせて老の春
  • 忘るゝが故に健康老の春
  • 鎌倉の此処に住み古り初日の出
  • 三ケ日昔恋しいと遊びけり
  • 貧乏の昔恋しや三ケ日
  • 祖母の世の裏打ちしたる絵双六
  • 初空や東西南北其下に
  • 初空を仰ぎ佇む個人我
  • 傷一つ翳一つなき初御空
  • 古を恋ひ泣く老や屠蘇の酔
  • 推敲を重ぬる一句去年今年
  • 元日や午後のよき日が西窓に
  • 初夢のうきはしとかや渡りゆく
  • 吉兆を呉れぬ破魔矢を贈らばや
  • 先づ女房の顔を見て年改まる
  • 日輪は古びて廻り年新た
  • 若水や妹早くおきてもやひ井戸
  • 三園を抜けて福神詣かな
  • 年禮の城をめぐりて暮れにけり
  • 年玉の十にあまりし手毬かな
  • 故郷の母と姉との初便
  • 鎌倉の古き宿屋の松飾り
  • 輪飾の少しゆがみて目出度けれ
  • 煙突に注連飾して川蒸汽
  • 歯朶勝の三方置くや草の庵
  • 楪の赤き筋こそにじみたれ
  • 手毬唄かなしきことをうつくしく
  • 獅子舞の藪にかくれて現れぬ
  • 三條の橋を背中に傀儡師
  • 三方に登りて追はれ嫁が君
  • 縫ぞめ堺の鋏京の針
  • 売初や町内一の古暖簾
  • はだかりし府中の町の初荷馬
  • 新しき櫛や油やすき始め
  • まだ何も映らでありぬ初鏡
  • 老の頬うつりてをかし初鏡
  • 敷舞台拭き清めあり謡初
  • 弾初の姉のかげなる妹かな
  • 病人のある気がかりや初芝居
  • 吾妹子が敷いてくれたる宝船
  • 出初式ありて湘南草の庵
  • 書襖の金泥古し小松引
  • 餅花と女房に狭き帳場かな
  • 注連貰の中に我子を見出せし
  • 轍あと絶えざる門や鳥總松
  • 薮入や箪笥の上の立て鏡
  • 順礼の笠に願ある櫻かな
  • 更けゆくや花に降りこむ雨の音
  • 花吹雪狂女の袖に乱れけり
  • 京女花に狂はぬ罪深し
  • 朝櫻一度に露をこぼしけり
  • 餅うるや春を近江の三井の寺
  • 落葉焚いて春立つ庭や知恩院
  • 川添ひの片頬つめたき二月かな
  • 鍋さげて田螺ほるなり京はづれ
  • 雉子なく滋賀の山人老ぬらし
  • 春雨のともし火細し普門品
  • 春雨や傘渡る裏の川
  • 藪の中にほこらの灯見ゆ春の雨
  • 春雨の貴船に詣る女かな
  • 松一木獨り畑打つ男かな
  • 家ありや木曽の谷間に畑打つ
  • 鶏の築地をくづす日永かな
  • 山里や薪割る庭の桃の花
  • 金殿に灯す春の夕かな
  • 春の夜の金屏くらし大広間
  • 花の雲ふし拜み行く社かな
  • ちる時を夕風さそふさくらかな
  • 夕暮の汐干淋しやうつせ貝
  • 島原や片側町の菜種咲く
  • 蝶ひらひら仁王の面の夕日かな
  • 春風やかけならべたる能衣装
  • 山裾や蠶の小村灯のともる
  • 諏訪近し桑の山畑ところどころ
  • 裏山の紫つつじ色薄し
  • 行春や心もとなき京便り
  • 行春や三千の宮女怨あり
  • 行春や昔男の文のから
  • 雨になつて今年の春もくれにけり
  • 酒を妻妻を酒にして春くるる
  • おひつくもおくるるも春の一人旅
  • 春立つや六枚屏風六歌仙
  • 礎や畑の中の梅の花
  • 太秦や木佛はげて梅の花
  • 梅さくや礎のこる十二坊
  • 王城を鎮守の寺の梅遅し
  • 折れ曲がり折れ曲がり梅の根岸かな
  • あたたかや蜆ふえたる裏の川
  • 春雨や布団の上の謡本
  • 降りつづく弥生半ばとなりにけり
  • 川に添ふ一筋町の日永かな
  • 飯くふてねむたくなりし日永かな
  • 山寺に線香もゆる日永かな
  • 藍流しながし村の日永かな
  • 大船の尻振りかはる日永かな
  • 桃さいてものぞゆかしききなこ飯
  • 木瓜咲いて薬いやがる女かな
  • 春の夜の金屏に鴛鴦のつがひかな
  • 車どめ老木の櫻咲きにけり
  • 捕虜居る御寺の櫻咲きにけり
  • うたたねをよび起されて櫻かな
  • 朱雀門花見車のもどりけり
  • 春潮や海老はね上る岩の上
  • むかうむいて茶摘女の歌ひけり
  • 炭とりて反古籠にしてくるる春
  • 寶塔の鐸落ちて響く春の庭
  • 翠帳に薫す春の恨みかな
  • 石の上に春帝の駕の朽ちてあり
  • 湖見えて道岐れたる焼野かな
  • 散る梅の掃かれずにある窪みかな
  • 忽然と石割れ出る内裏雛
  • 白桃にかくれまします古雛
  • 雛より小さき嫁を貰ひけり
  • 春の山筧に添うて登りけり
  • 山寺や壁一杯の涅槃像
  • 暖き乗合船の京言葉
  • 爐塞いで師の坊来ますあいそなき
  • 難波女や軍になれて畑打つ
  • 女木に登り軍見てゐる霞かな
  • 踏めばゆらぐ一枚石の日永かな
  • 瀬戸を擁く陸と島との桃二本
  • 部屋に沿うて船浮めけり桃の花
  • 木瓜咲くや糟糠の妻病んで薬を煮る
  • 名所かな春の曙笠を著て
  • 面白い話の中へ春の月
  • 春月の出たとも知らず東山
  • 河童身を投げて沈みもやらず朧月
  • 女等のぬれて戻りぬ花の雨
  • 千木見えて花に埋もる社かな
  • 山門も伽藍も花の雲の上
  • 花に高尾八文字ふめ伽羅の下駄
  • 白丁や花に草鞋の新らしき
  • 弦音や花に鯛買ふ裏の門
  • 園の戸に花見車の忍びよる
  • 音たてて春の潮の流れけり
  • 菜の花にねり塀長き御寺かな
  • 菜の花や化されてゐる女の子
  • 石楠花に碁の音響く山深し
  • 行春を尼になるとの便りあり
  • 火の残る焼野を踏んで戻りけり
  • 雛の灯に油つぎたし遊びけり
  • 山吹に流れよりたる雛かな
  • もたれあひて倒れずにある雛かな
  • 牡丹餅に夕飯遅き彼岸かな
  • 永き日を遠巻きにする軍かな
  • 永き日の尺を織りたる錦かな
  • 青柳や人出づべくとして門の内
  • 町はづれ花すこしある社かな
  • 金屏におしつけて生けし櫻かな
  • 提灯は恋の辻占夕ざくら
  • 具足櫃に謡本あり花の陣
  • 温泉の村や家ごとに巣くふ燕
  • 去年の巣に燕を待つ酒屋かな
  • 梅林や轟然として夕列車
  • 梅三株漁村を守る社かな
  • 穴を出る蛇を見て居る鴉かな
  • 爐塞の誰まつとしもなき身かな
  • 爐塞いで人にくれたる庵かな
  • 幌馬車は葵の上や春の雨
  • 塊に菫さきたり鍬の上
  • 春潮や巌の上の家二軒
  • 春風や馬を乗せたる貢船
  • 宿借さぬ蠶の村や行きすぎし
  • 逡巡として繭ごもらざる蠶かな
  • 蠶飼ふ麓の村や托鉢す
  • 雨戸たてて遠くなりたる蛙かな
  • 間道の藤多き辺へ出でたりし
  • 年々の見物顔や薪能
  • 薪能もつとも老いし脇師かな
  • 鶯や文字も知らずに歌心
  • 二日灸玉の膚をけがしけり
  • 二日灸旅する足をいたはりぬ
  • 富士浅間二日灸の煙かな
  • 浄瑠璃を讀んで聞かせぬ二日灸
  • 宿直して暁寒し春の雪
  • 摘草に裏戸を出でてつれ立ちぬ
  • 物売りの翁の髷や壬生念仏
  • 春寒き火鉢によるや歌語り
  • 藤壺の猫梨壺に通ひけり
  • 春の夜や机の上の肱まくら
  • 美しき人や蠶飼の玉襷
  • 老若や彼岸詣りの渡し船
  • 春雨や降りこめられし女客
  • 春雨やかけ竝べたる花衣
  • 膚脱いで髪すく庭や木瓜の花
  • 灯ともしに門の行燈や春の宵
  • 大江山花に戻るや小盗人
  • 山寺の宝物見るや花の雨
  • 三味ひくや花に埋れて瞽女一人
  • 夜櫻や用ありげなる小提灯
  • 夜櫻や紅提灯のもえて落つ
  • 夜櫻や芸者幇間の六歌仙
  • 花見船菜の花見ゆるあたり迄
  • 山駕や酒手乞はれて櫻人
  • 汐干船浮み上りて歸るなり
  • 蛤に劣る浅蜊や笊の中
  • 繪暖簾に東風吹く茶屋や弁天座
  • 春の水弁天堂を浮めけり
  • 舟棹に散りて影なし柳鮠
  • 花衣脱ぎもかへずに芝居かな
  • 装束をつけて端居や風光る
  • 苗代や西の京まで道遠し
  • 髪結は早見たと云ふ二の替
  • 雪どけに下駄はく僧や天竜寺
  • 雪どけや木曽の裏山家二軒
  • 梅林に行く上下のわたしかな
  • 小僧皆士の子や梅の寺
  • 野を行くや離落離落の梅を見て
  • 城山の鶯来鳴く士族町
  • 坂の茶屋前ほとばしる春の水
  • わが為に皆野に遊ぶ乳母が宿
  • 野遊びの草臥足を道後の湯
  • 草餅や出流れの茶をあたためて
  • 三つ食へば葉三片や桜餅
  • 春月に網うち下る小舟かな
  • 朧夜や一力を出る小提灯
  • 朧夜や東上りに都の灯
  • 朧夜や裏町にある小料理屋
  • 叡山を下るや花菜見えそむる
  • 裏山に藤波かかるお寺かな
  • 如月の駕に火を抱く山路かな
  • 白々と寝釈迦の顔の胡粉かな
  • 裏打の反古の悲しや涅槃像
  • 挿木して我に後なき思ひかな
  • 垣根草芳しうして宿恋し
  • 叡山を下りて母とふ暮の春
  • 春惜む人白面の書生かな
  • 春淋しうき世話をしに上る
  • 賃仕事ためて遊ぶや針供養
  • おのづから水はぬるみぬ薪樵る
  • 我妻もかすめばをかし根深畑
  • 灯火の下に土産や桜餅
  • 連翹に見えて居るなり隠れんぼ
  • 春の夜や恋の奴の二人住み
  • 春の夜ををかしがらせぬたいこもち
  • 高浪の上に描くや春の月
  • 太秦で提灯買ふや櫻狩
  • 草の戸に終る花見の廻し文
  • 山人の垣根づたひや桜狩
  • 野路はれて蝶を埃と見る日かな
  • 桑摘むや妙義の雨の落ちぬ間に
  • 草に置いて提灯ともす蛙かな
  • 藤の茶屋女房ほめほめ馬士つどふ
  • 春惜む趣向に集ふ草の宿
  • 雪どけや屋根を走るは鼬かな
  • 僧は里に男は納屋に雪解かな
  • 初午の行燈や薮に曲り入る
  • 初午や篝焚き居る藪の中
  • 我袖に誰が春雨の傘雫
  • 里内裏老木の花もほのめきぬ
  • 荒れ馬にとりすがりたる落花かな
  • 北嵯峨や藪の中なる花の寺
  • 上人を恋ひて詮なき櫻かな
  • 左丹塗の文箱ゆきかふ花の幕
  • 鎌倉のここ焦したる野焼かな
  • 春寒や砂より出でし松の幹
  • 年々に見古るす家や梅の道
  • この谷の梅の遅速を独り占む
  • 先人も惜しみし命二日灸
  • 菊根分剣気つつみて背丸し
  • この後の古墳の月日椿かな
  • この谷の遅日におはす庵主かな
  • 庖厨に草餅あり京に移住の議
  • 山居杉に親しめば連翹野に恋し
  • 杉大樹春の曙に立てりけり
  • 僧一人交りて春の宵集ひ
  • よき調度枕上なり夜半の春
  • 春の夜を更かし帰りてさす戸かな
  • 柳暮れて人船に乗る別離かな
  • 舟岸につけば柳に星一つ
  • 花暮れて夜のもとゐとなりにけり
  • 濡縁にいづくとも無き落花かな
  • 提灯に落花の風の見ゆるかな
  • 山吹に深山の雲のかかるなり
  • 山吹や人に怖ぢざる渓の魚
  • 鎌倉を驚かしたる餘寒あり
  • いつの間に水草生ひて住める門
  • 春雨やすこしもえたる手提灯
  • 草摘みし今日の野いたみ夜雨来る
  • 嫉妬とは美しき人の宵の春
  • 近よれば白粉の穢や櫻人
  • 料理屋は皆花人の下駄草履
  • 園深し雀を逃げて人に蝶
  • 舞台暫し空しくありぬ壬生念仏
  • 亡国の狭斜美し春惜む
  • 春惜む輪廻の月日窓に在り
  • 鶯や卒然として霞める日
  • 雲静かに影落し過ぎし接木かな
  • 造花已に忙を極めたる接木かな
  • 山吹や裏戸あきたり人未だ
  • 宮普請和布かけたる鳥居あり
  • 静さや花なき庭の春の雨
  • 雛の灯のほかとともりて暮遅し
  • 春水や矗々として菖蒲の芽
  • 風落ちて窪める水や蘆の角
  • 船橋の浅き汀や蘆の角
  • 葛城の神みそなはせ青き踏む
  • 棒切れをつつめる垢や蝌蚪の水
  • 山吹の雨や双親堂にあり
  • 枯枝に初春の雨の玉圓かな
  • 野を焼いて帰れば燈下母やさし
  • 春雪を拂ひて高し風の藪
  • 水温む利根の堤や吹くは北
  • 駕二挺重なり下る雉子の谷
  • 本尊にと持たせよこしぬ草の餅
  • 国難や本尊の前の草の餅
  • 春雷や大玻璃障子うち曇り
  • 板踏めば春泥こたへ動きけり
  • 腐れ水椿落つれば窪むなり
  • 藤の根に猫蛇相搏つ妖々と
  • 雪解の雫すれすれに干蒲団
  • 一匹の鰆を以てもてなさん
  • いただきを蜘がいためぬ沈丁花
  • 群集する人を木の間に御忌の寺
  • 道急になれば春水迸る
  • 鉢伏に雲のかかれば春の雨
  • 暁の春の御あかし消えんとす
  • 春の灯をおつかぶさりてともしけり
  • 春の潮先帝祭も近づきぬ
  • 春寒や脱ぎつ重ねつ旅衣
  • うち晴れて鶯に居る主かな
  • さしくれし春雨傘を受取りし
  • 早蕨を誰がもたらせし厨かな
  • 松の間の大念仏や暮遅き
  • 囀の大樹の下の茶店かな
  • 二の替古き外題の好もしき
  • 春寒のよりそひ行けば人目あり
  • 我が猫をよその垣根に見る日かな
  • 我が庵をゆるがし落ちぬ猫の恋
  • 麦踏んで戻りし父や庭にあり
  • 足あげて日もすがらあり麦を踏む
  • 麦踏んで若き我あり人や知る
  • 春雪のちらつきそめし芝居前
  • 春めきし水を渡りて向島
  • 皿の繪の漂ひ浮み春の水
  • 草摘に出し万葉の男かな
  • 春宵や柱のかげの少納言
  • 青淵に桑摘の娘の映り居り
  • 早春の鎌倉山の椿かな
  • 恋猫をあはれみつつもうとむかな
  • 夙くくれし志やな蕗の薹
  • 老の手のほとびて白し海苔の桶
  • てのひらの上よそよそと流れ海苔
  • 棹見えて海苔舟見えず粗朶隠れ
  • 岩の上に傾き置きぬ海苔の桶
  • 鶯や洞然として昼霞
  • 袖に来て遊び消ゆるや春の雪
  • 手に持ちて線香売りぬ彼岸道
  • 芽ぐむなる大樹の幹に耳を寄せ
  • 古椿ここたく落ちて齢かな
  • 春の月蛤買うて仰ぎけり
  • 日輪を飛び隠したる蝶々かな
  • 老猫の恋のまとゐに居りにけり
  • 古雛を今めかしくぞ飾りける
  • 木々の芽のわれに迫るや法の山
  • うなり落つ蜂や大地を怒り這ふ
  • 春山の名もをかしさや鷹ケ峰
  • 見るうちにものあらはれ来涅槃像
  • 春雨や忽ち曇る鷹ヶ峰
  • もたし置く春雨傘や茶室の戸
  • 斯く翳す春雨傘か昔人
  • 春雨や少し水ます紙屋川
  • 春雨の傘さしつれて金閣寺
  • くぬぎはらささやく如く木の芽かな
  • うち笑める老を助けて青き踏む
  • 踏青や川を隔てて相笑める
  • 踏青や古き石階あるばかり
  • 装ひて来る村嬢や芹の水
  • 暮遅し人ちらばりて相寄らず
  • 啓書記の達磨暗しや花の雨
  • 一片の落花見送る静かな
  • 竹藪を外れて花の嵐山
  • 静かさや松の花ある龍安寺
  • 花茶屋に隣りて假の交番所
  • うたたねのさめて日高し櫻人
  • 鹿の峰の紺屋なほあり豆の花
  • 行春や西山の辺の丹波路
  • 院の前雪解の水の走り居る
  • 鶯の声の大きく静かさよ
  • 水に浮く柄杓の上の春の雪
  • 楼門のありて春山聳えたり
  • 草間に光りつづける春の水
  • 宿の名の春雨傘をさしつらね
  • 宿のもの春雨傘を一抱へ
  • 両の掌にすくひてこぼす蝌蚪の水
  • 行人の落花の風を顧し
  • 思ひ川渡ればまたも花の雨
  • 白雲の過ぎ行く峰の櫻かな
  • 遅桜なほもたづねて奥の宮
  • 無住寺の扉に耳や春惜む
  • 神主の肴さげたり一の午
  • 色さめし針山並ぶ供養かな
  • 此の村を出でばやと思ふ畦を焼く
  • 紅梅に立ち去り難き一人あり
  • 縄がこひして草萌を待つばかり
  • すみずみの溝ぶちまでも名草の芽
  • 泥落ちてとけつつ沈む芹の水
  • 桂出て尚餘りある春日かな
  • 裏山の木瓜掘つて来てまだ植ゑず
  • 後手に人渉る春の水
  • 春宵のもとゐに若き我なりし
  • 半蔀を上げてお茶屋や山櫻
  • 今一つ中のお茶屋や山櫻
  • 漕ぎ乱す大堰の水や花見船
  • 石段を上り下りの智恵詣
  • 虻落ちてもがけば丁子香るなり
  • おもむろに窓に入り来る柳絮かな
  • 大空にあらはれ来る柳絮かな
  • 草焼くや迷へる人に立つ仏
  • 瀬の石に立てば春水にぎやかに
  • 琴坂の左右や春水迸る
  • 宇治川の舟行飛燕頻りなり
  • 竹籬にかかり連る落椿
  • 半日を提げし土産のさくらもち
  • 春灯の下に我あり汝あり
  • 谷深く尚わたり居る落花かな
  • 蕗の薹の舌を逃げゆくにがさかな
  • 東より春は来ると植ゑし梅
  • 植木屋の掘りかけてある梅一樹
  • 沖の方曇り来れば春の雷
  • 蜥蜴以下啓蟄の虫くさぐさなり
  • 落椿くぐりて水のほとばしり
  • もり上り花あるところお寺かな
  • 花だより書くひまありし貴船かな
  • 土佐日記懐にあり散る桜
  • 山櫻又現れて来りけり
  • 国境の橋の小さし山櫻
  • 身をよせて西行櫻親しけれ
  • 花篝衰へつつも人出かな
  • 岩の間に人かくれ蝶現るる
  • 川波に山吹映り澄まんとす
  • 学僧に梅の月あり猫の恋
  • ぱつと火になりたる蜘や草を焼く
  • 我心漸く楽し草を焼く
  • 風の日の麦踏み遂にをらずなりぬ
  • わが好きの紅梅のある絵巻物
  • 叱られて泣きに這入るや雛の間
  • 春の水流れ流れて又ここに
  • 鯉群れて膨れ上りぬ春の水
  • 草萌や大地総じてものものし
  • 一本の枯木がくれの歸雁かな
  • 燕のゆるく飛び居る何の意ぞ
  • 大方は泥をかぶりて蘆の角
  • 鎌倉の此道いつも落椿
  • 行平に土筆煮え居る母の居間
  • 落ち込んで鼠の逃ぐる芹の水
  • 西山の山寺にあり春一日
  • 山寺の古文書もなく長閑なり
  • 電燈を下げて土産のさくらもち
  • 慌し花信到りて雨到る
  • 花の雨降りこめられて謡かな
  • 花の雨傘持ちかへて仰ぎ居り
  • 花に消え松に現れ雨の絲
  • 結縁は疑もなき花盛り
  • 落花のむ鯉はしやれもの鬚長し
  • 宴未だはじまらずして花疲れ
  • 花篝燃ゆるが上に浮ける花
  • 砂の上曳ずり行くや櫻鯛
  • 蝶々の高く上るは潦
  • 折りて持てる山吹風にしなひをり
  • 春日野の馬酔木の花は尚盛り
  • 縄ぼこり立ちて消えつつ桑ほどく
  • 山寺や巌を這へる藤の花
  • 雪解くる囁き滋し小笹原
  • 山焼の煙の上の根なし雲
  • 紅梅の莟は固し言はず
  • 鶯や御幸の輿もゆるめけん
  • 草萌や百花園主のそぞろなる
  • 園丁の往きつもどりつ草萌ゆる
  • 春山もこめて温泉の國造り
  • 春の水熊野男の渉る
  • 葺き替し屋根にほころぶ絲櫻
  • 人込みの春雨傘にぬれにけり
  • 春雨にぬれて迎へぬ吉右衛門
  • 鴨の嘴よりたらたらと春の泥
  • 頼風の片葉の葭は芽ぐみをり
  • 漁村の娘醜からずよ椿咲く
  • 卒業の眉打ち上げて来りたり
  • 籠あけて蓬にまじる塵を選る
  • 草餅の黄粉落せし胸のへん
  • 老婆子の船を上りて桃の里
  • 立ちならぶ辛夷の莟行く如し
  • 朧夜や伊達にともしぬ小提灯
  • 燈台を花の梢に見上げたり
  • 鬢に手を花に御詠歌あげて居り
  • 三熊野の花の遅速を訪ねつつ
  • 石に腰縁起買ひ読む花の下
  • 諸人の花に詣るや道成寺
  • 絵巻物にあるげの櫻咲いてをり
  • あちこちの花のたよりや京の宿
  • 秀衡の櫻といふに憩ひけり
  • 白濱の牡丹櫻に名残あり
  • 花疲れ東寺の塀に沿ひ曲る
  • 対岸の花人は唯行く如し
  • 青ざめてうつむいてをり花の酔
  • 下駄はいて這入つて行くや春の海
  • 裏濱は家族ばかりの汐干潟
  • 春草に脱ぎし草履の重なりぬ
  • ちらつける雪に農婦や枝垂梅
  • 炭竃のだんだん多し梅の谿
  • かくれ家をかいま見すれば雛飾る
  • 後澗に入らず春山歩をかへす
  • 歸る雁幽かなるかな小手かざす
  • 竹林にすき見ゆ家や春の雨
  • 雨の傘燕にあげぬ橋の人
  • 畑打も女が多し南伊勢
  • 神前の花に進める修交使
  • 白雲のほとおこり消ゆ花の雨
  • ひそやかに花見弁当うちかこみ
  • 磯遊び二つの島のつづきをり
  • 川舟に岸の山吹揺れなびき
  • 四畳半三間の幽居や小米花
  • 桑蔵の戸は開け放し蠶飼かな
  • 事務多忙頭を上げて春惜む
  • 猫柳光りて漁翁現れし
  • 立止まりと見る園主に萌ゆる草
  • 里方の葵の紋や雛の幕
  • 雛の幕引きも絞りて美しや
  • 雛壇の前より人の居流れし
  • 春の山増上教寺聳えたり
  • 蓑つけて主出かけぬ鮎汲みに
  • 齢とれば彼岸詣りも心急き
  • 燕のしば鳴き飛ぶや大堰川
  • 園丁の指に従ふ春の土
  • 蕨背に湯の山道を下り来る
  • 姉の留守妹が炊ぐ蕨飯
  • 秋篠はげんげの畦に仏かな
  • 遅き妓は東をどりの出番とや
  • 船の出るまで花隈の朧月
  • 旅荷物しまひ終りて花にひま
  • ちろちろと燃ゆる煖爐や山櫻
  • 中堂よ大講堂よ山櫻
  • よき椅子にどかと落ちこみ花の館
  • 賓客となりて一日や花の館
  • 椿先づ揺れて見せたる春の風
  • 仰向けて奉捨受けけり遍路笠
  • 鹿の峰の狭き縄手や遍路行く
  • 音もなき老の朝寝の気がかりな
  • 藤垂れて今宵の船も波なけん
  • 奈良茶飯出来るに間あり藤の花
  • 熊野灘少し荒れたり梅を思ふ
  • 梅を見て明日玄海の船にあり
  • 風師山梅ありといふ登らばや
  • 日本を去るにのぞみて梅十句
  • 梅水仙王一亭の応接間
  • 長江の濁りまだあり春の海
  • 春潮や窓一杯のローリング
  • 上海やつつじ倚り咲く太湖石
  • 名を書くや春の野茶屋の記名帳
  • 春の寺パイプオルガン鳴り渡る
  • 色硝子透す春日や棺の上
  • 売家を買はんかと思ふ春の旅
  • 雀等も人を恐れぬ国の春
  • 春雨に濡れては乾く古城かな
  • 木々の芽や素十住みけん家はどこ
  • 望楼ある山の上まで耕され
  • フランスの女美し木の芽また
  • 霞む日や破壊半ばのトロカデロ
  • 真直ぐに歩調そろへて青き踏む
  • 倫敦の春草を踏む我が草履
  • コルシカに春の日赤く今沈む
  • 宝石の大塊のごと春の雲
  • 国境の駅の両替遅日かな
  • 卓上の桃あわて咲き葉を出しぬ
  • 舟橋を渡れば梨花のコブレンツ
  • 両岸の梨花にラインの渡し舟
  • 梨花村の直ぐ上にあり雪の山
  • 我宿は巴里外れの春の月
  • 三人の旅の親子に春の月
  • 欠伸すぐ唄になりけり花の茶屋
  • 箸で食うふ花の弁当来て見よや
  • ベルギーは山なき国やチューリップ
  • 踏みて直ぐデージーの花起き上る
  • 春風や柱像屋根を支へたる
  • 折からの夜宴の花やライラック
  • 夜話遂に句会となりぬリラの花
  • かりそめの情は仇よ春寒し
  • 化粧して気分すぐれず春の風邪
  • 客ありて梅の軒端の茶の煙
  • 御霊屋に枝垂梅あり君知るや
  • そのままに君紅梅の下に立て
  • 雛の顔鼻無きがごとつるつると
  • 折り折りて尚花多き宮椿
  • 一枚の葉の凛として挿木かな
  • 雨晴れておほどかなるや春の空
  • 別荘を出て別荘へ花の坂
  • 畦を塗る鍬の光をかへしつつ
  • 畦塗るや首をかしげて懇に
  • 馬酔木折つて髪に翳せば昔めき
  • 町娘笑みかはし行く針供養
  • 春寒はなかなか老につらかりき
  • 病にも色あらば黄や春の風邪
  • 猫柳又現はれし漁翁かな
  • 猫柳ほほけし上にかかれる日
  • 提灯の照らせる空や夜の梅
  • うしほ今和布を東に流しをり
  • 潮の中和布を刈る鎌の行くが見ゆ
  • 煎つてゐる雛のあられの花咲きつ
  • 啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く
  • 橋に立てば春水我に向つて来
  • 春水に水棹の泥のすぐほどけ
  • 遠ざけて引寄せもする春火桶
  • 竹林に黄なる春日を仰ぎけり
  • 藁屋根に春空青くそひ下る
  • 手を上げて別るる時の春の月
  • 桜貝波にものいひ拾ひ居る
  • 鬱々と花暗く人病にけり
  • 肴屑俎にあり花の宿
  • 語り伝へ謡ひ伝へて梅若忌
  • 忌あり碑あり梅若物語
  • 遠足の野路の子供の列途切れ
  • 垣外の暮春の道の小ささよ
  • 春闌暑しといふは勿体なし
  • 分け行けば躑躅の花粉袖にあり
  • 冴えかへるそれも覚悟のことなれど
  • 春寒もいつまでつづく梅椿
  • 花のごと流るる海苔をすくひ網
  • 花まばら小笹原なる風の梅
  • 紅梅の旧正月の門辺かな
  • 春の波小さき石に一寸躍り
  • 物の芽にふりそそぐ日をうち仰ぎ
  • 土手の上に顔出し話す草を摘む
  • 春雲は棚曳き機婦は織り止めず
  • 草餅をつまみ江川遙なり
  • 面つつむ津軽をとめや花林檎
  • 黄いろなる真赤なるこの木瓜の雨
  • 細き幹伝ひ流るる木瓜の雨
  • 春暁やまことに玉の玉椿
  • くもりたる古鏡の如し朧月
  • 昔ここ六浦とよばれ汐干狩
  • 緑竹の下やそぞろに青む草
  • 春草のこの道何かなつかしく
  • 立ち上り而して歩む春惜しむ
  • 薄氷の上にかぐはし春の塵
  • 又ここに猫の恋路とききながし
  • 芝焼いて青き小草の現るる
  • 子を抱いて老いたる蟹や猫柳
  • 尼寺に小句会あり鳴雪忌
  • 語りつつ歩々紅梅に歩み寄る
  • 鎌倉に実朝忌あり美しき
  • 寿福寺はおくつきどころ実朝忌
  • 実朝忌油井の浪音今も高し
  • 春の水風が押へて窪むまま
  • 裏口を出て来る家鴨春の川
  • 春の川ゴルフリンクに大曲り
  • 窓の灯の消えて綾なし春の泥
  • 一鍬も己が力をたのみ打つ
  • おほどかに日を遮りぬ春の雲
  • 桜餅女の会はつつましく
  • 桜餅籠無造作に新しき
  • ここに又住まばやと思ふ春の暮
  • 春宵の此一刻を惜むべし
  • 蝶もとびふるさと人もたもとほり
  • 花散るや鈍な鴉の翅あたり
  • やや暑く八重の桜の日蔭よし
  • 花の宿ならざるはなき都かな
  • 春眠を起すすべなく見まもれり
  • 春眠の一笑まひして美しき
  • 高殿や四方の山に藤かかる
  • ゆく春の書に対すれば古人あり
  • 風吹いて暮春の蝶のあわただし
  • 書乏しけれども梅花書屋かな
  • 北に富士南に我が家梅の花
  • 雛納め雛のあられも色褪せて
  • 人影の映り去りたる水温む
  • 春水をせせらぐやうにしつらへし
  • 春水に落るが如くほとりせり
  • 牛曳きて春川に飲ひにけり
  • 書を置いて開かずにあり春炬燵
  • 燕やヨットクラブの窓の外
  • 飛燕にも心ありとも思はるる
  • 乱れ飛ぶ飛燕かなしと見やりけり
  • 破れ傘を笑ひさしをり春の雨
  • 春雨や茶屋の傘休みなく
  • 春雨の傘の柄漏りも懐しく
  • 水くねり流るる邑や柳かげ
  • 経の声和し高まり花の寺
  • 神域の心得読むや花の下
  • 日当りて電燈ともり町桜
  • 花にゆく老の歩みの遅くとも
  • 春草を踏み越え踏み越え鳩あるく
  • 蝶とまり獅子の睡りを醒しけり
  • なとがめそ子供がなくて朝寝妻
  • 唄ひつつ笑まひつつ行く春の人
  • 春泥に映りすぎたる小提灯
  • 閻王の眉は発止と逆立てり
  • 窓外の風塵春の行かんとす
  • 元禄の昔男と春惜む
  • 春寒や陶々亭の赤火鉢
  • 海苔掻の女や波を逃げもして
  • 粗末なる軒端の梅も咲きにけり
  • 好もしく低き机や雛の間
  • 春めくと思ひつつ執る事務多忙
  • 油の目大きく二つ春の水
  • 濡れてゆく女や僧や春の雨
  • 風折の烏帽子の如きもの芽あり
  • 失せてゆく目刺のにがみ酒ふくむ
  • 人々は皆芝に腰たんぽぽ黄
  • たんぽぽの黄が目に残り障子に黄
  • しづしづとクローバを踏み茶を運ぶ
  • 連翹の一枝円を描きたり
  • あやまつてしどみの花を踏むまじく
  • 騒人にひたと閉して花の寺
  • 行き当り行き当り行く花の客
  • 遠足も今は駆足池の端
  • 美しき眉をひそめて朝寝かな
  • 春惜しむベンチがあれば腰おろし
  • 大仏の下にやすらふ古稀の春
  • 御胸に春の塵とや申すべき
  • 京言葉浪花言葉や春の旅
  • 尾は蛇の如く動きて春の猫
  • 芝焼いて旧居のままのたたずまひ
  • 日をのせて浪たゆたへり海苔の海
  • 別荘もあり茶屋もあり梅の寺
  • 大仏の境内梅に遠会釈
  • 宿の梅あるじと共に老いにけり
  • 紅梅に薄紅梅色重ね
  • 春の水梭を出でたる如くなり
  • 川下の娘の家を訪ふ春の水
  • 長谷寺に法鼓轟く彼岸かな
  • ふるさとに防風摘みにと来し吾ぞ
  • 春蘭を掘り提げもちて高嶺の日
  • 永き日や昔初瀬の堂籠り
  • 麗かにふるさと人と打ちまじり
  • 沈丁の香の石階に佇みぬ
  • 行き過ぎて顧すれば花しどみ
  • 朧とは今日の隅田の月のこと
  • 一様に岸辺の柳吹き靡き
  • 比叡遠く愛宕近しや花の里
  • 花の寺末寺一念三千寺
  • 花咲きて堂塔埋れ尽すべし
  • 手にうけて開け見て落花なかりけり
  • 謡会すすむにつれて夕桜
  • 藁さがるけふは二筋雀の巣
  • ここにある離宮裏門竹の秋
  • 一蝶の舞ひ現れて雨あがる
  • ふたりづつふたりづつ行く春の風
  • 法外の朝寝もするやよくも降る
  • 藤房の垂れて小暗き産屋かな
  • 藤蔓の船の屋根摺る音なりし
  • 寵愛の仔猫の鈴の鳴り通し
  • スリツパを越えかねてゐる仔猫かな
  • 春惜むいのち惜むに異らず
  • 脇息に手を置き春を惜みけり
  • 雪よりも真白き春の猫二匹
  • 美しく残れる雪を踏むまじく
  • 洋服の襟をつかみて春寒し
  • けふも亦春の寒さか合点ぢや
  • かかはりもなくて互に梅椿
  • 犬ふぐり星のまたたく如くなり
  • 白酒の餅の如くに濃かりけり
  • 五女の家に次女と駆け込む春の雷
  • 開帳の時は今なり南無阿弥陀
  • 春雨のくらくなりゆき極まりぬ
  • 芽吹く木々おのおの韻を異にして
  • 蒼海の色尚存す目刺かな
  • 枯蔓をいかに脱がんと椿かな
  • 落椿道の真中に走り出し
  • 鴎の目鋭きかなや春の空
  • 娘の部屋を仮の書斎や沈丁花
  • うは風の沈丁の香の住居かな
  • 参詣の人に俄かな花の雨
  • もてなしの心を花に語らしめ
  • 手を挙げて走る女や山桜
  • 楼上に客たり花は主たり
  • 春風や離れの縁の小座蒲団
  • 風多き小諸の春は住み憂かり
  • 鍬を借り畑作りや春来る
  • 雪解の庭ここもとにたまり水
  • 雪解や人たづね来る五六人
  • 四方の戸のがたがた鳴りて雪解風
  • 雪解水林へだてて二流れ
  • 枝垂梅一枝を蔓のからみたる
  • 目薄くなりて故郷の梅に住む
  • 紅梅や旅人我になつかしく
  • 春雷や傘を借りたる野路の家
  • 音高き春の野水に歩をとどめ
  • 耕牛の谷を隔てて高く居る
  • 耕の鍬かたげつつ訪ひよりぬ
  • 古城趾といふ石崖のさいたづま
  • 蓼科に春の雲動きをり
  • 里人は皆畑に居り桃の花
  • 木蓮を折りかつぎ来る山がへり
  • 我が作る田はこれこれと春の風
  • 城壁にもたれて花見疲れかな
  • 梭のごと蝶ぬけとべる瓜の垣
  • 春潮にたとひ櫓櫂は重くとも
  • 雪の後雨となりけり寒明くる
  • 寒明けの雪どつと来し山家かな
  • 浅き春空のみどりもやや薄く
  • 春めきし人の起居に冴え返る
  • 時々はわかさぎ舟の舸子謡ふ
  • 雪解の音をききつつ籠り居り
  • 雪解の俄に人のゆききかな
  • 田一枚一枚づつに残る雪
  • 残雪の這ひをる畑のしりへかな
  • 薪を割る人に残雪遠くあり
  • 猫柳折られながらに呆けたる
  • 猫柳薪の上に折られあり
  • 黄色き日空にかかりぬ猫柳
  • 障子越し碁の音聞え梅の花
  • 煎豆やお手のくぼして梅の花
  • 紙折つて雛のあられを其上に
  • 雛あられ染める染粉は町で買ひ
  • 色紙なる繪雛の袖のはね上り
  • 美しきぬるき炬燵や雛の間
  • まろまろとふわふわとして春の山
  • 斯く迄に囁くものか春の水
  • 裏川に獨り蜆を掘る女
  • うるほえる天神地祇や春の雨
  • 春泥の庭を散歩の足駄かな
  • ものかげの黒くうるほふ春の土
  • 耕すにつけ読むにつけ唯独り
  • 耕しの我のみ頼む痩地かな
  • 鍬かつぐ男女ゆき合ひ畑打
  • 畑打つて飛鳥文化のあととかや
  • 山畑や鍬ふり上げて打下ろす
  • 瓶青し白玉椿挿はさむ
  • 交はれる二木の枝の木の芽かな
  • 金堂の扉を叩く木の芽風
  • 陽炎の中に二間の我が庵
  • 草餅の重の風呂敷紺木綿
  • 縁側に盆に草餅庭に人
  • 桃咲くや足なげ出して針仕事
  • 祠あり一木の桃の花盛り
  • 朧とは行きかふ人の顔白く
  • 大学は花に埋もれ日曜日
  • 落花地に戯れ蝶は蝶を追ひ
  • 婦長来て瓶の櫻をなほし行き
  • 門衛は居らざる如し櫻散る
  • 大根の花を生けたるバケツかな
  • 初蝶が来ぬと炬燵に首を曲げ
  • もつれつつ蝶どこまでも上がり行く
  • 人と蝶美しく又はかなけれ
  • 蝶飛びて其あとに曳く老の杖
  • 皿洗ふ絵模様抜けて飛ぶ蝶か
  • 円を描き弧を描く花の蝶々かな
  • 伸ばしたる子の手届かず蝶の空
  • 玻璃内の眼を感じつつ親雀
  • 親雀身を細うして子雀に
  • 四ところに連翹ありて庭広し
  • 今年又径の角なる苗代田
  • 小諸まだ陽気遅れて苗代寒
  • 塗畦に尾をつけてゐる烏かな
  • 塗畦の土を支へて茅萱かな
  • 毎日の風も暮春の習ひなり
  • 妻病みて春浅き我が誕生日
  • 首縮め雪解雫を仰ぎつつ
  • 解けかけし雪そのままに氷りたる
  • 出不精の又出ず仕舞春寒し
  • 山里の春はやうやく猫柳
  • 下萌や石をうごかすはかりごと
  • 下萌や地を動かして枕をうつ
  • 山里の雛の花は猫柳
  • お茶うけの雛のあられに貝杓子
  • 天井にとどけ雛の高御座
  • カレンダーめくりあらはる雛の日
  • 桃活けて雛無き草の庵かな
  • 雛あられ四日の客に茶うけかな
  • 道迷ひつつ春の水渉り
  • だき抱へ跳り渉りぬ春の水
  • 春水に逆さになりて手を洗ふ
  • 春雨の相合傘の柄漏りかな
  • 春雨のかくまで暗くなるものか
  • 川渉り来る人もある桃の宿
  • 綿羊の子はおでこにて桃の花
  • 山羊の子がしきりにはねる金ぽうげ
  • 囀りの尾をしわめ鳴く鳥は何
  • 海苔粗朶にゆたのたゆたの小舟かな
  • 山門も無くて梅林覺園寺
  • 墓参して寿福禅寺の梅にあり
  • 針山も見えて尼寺梅の花
  • 大いなるうなりに乗りて和布刈舟
  • いと長き和布刈の棹を使ひけり
  • 岩伝ひ下り来る人や春の水
  • 春水の石にもつれつほどけつつ
  • 春水に両手ひろげて愉快なり
  • 行きあひし尼に会釈の彼岸道
  • 久々に家を出づれば春の泥
  • もの芽出る籬の外には電車行く
  • 尼寺の縁側近きもの芽かな
  • 枯蔓をかぶりし儘に木の芽かな
  • 目白来て躍りとまるや風椿
  • 造化又赤を好むや赤椿
  • 葉のかげににじみそめたる椿かな
  • 庭散歩椿に向ひまた背き
  • 春蘭を鍬に載せ提げ戻り來る
  • 春蘭の曾ての山の日を恋ひて
  • 草餅や盆の上なる料紙筆
  • 春宵の我にかしづく小人形
  • 町中に紫を引く春の宵
  • 人の世の小唄習ふも春の宵
  • 春の夜や互に通ふ文使
  • 舟人の渦漕ぎ抜けて花仰ぎ
  • 大玻璃の落花大きく現れし
  • 諸人の花に会して宇治の宿
  • 椅子の竹通して駕や山櫻
  • たばしたる先づ眼福や櫻鯛
  • 鳥羽湾の島々高く大汐干
  • 羽痛めたる蝶々の憂き眉毛
  • 山の蝶仏の如く美しき
  • 遠足の埃の中の鳥居かな
  • 親雀人を恐れて見せにけり
  • 見廻して顧みもして親雀
  • 海棠の雨といふ間もなく傷み
  • 赤き斑やつつじの瓣に蕊染みて
  • 行春や垣外を行く赤き衣
  • 冴え返る寒さに炬燵又熱く
  • しつこくも春寒き日の続きけり
  • 老友の病を訪ふや春時雨
  • 堂塔につつかひ棒や梅の寺
  • 志摩の蜑の和布刈の竿のながながと
  • 岩の和布に今とどきたる竿ゆれて
  • 雛納めしつつ外面は嵐かな
  • 啓蟄に篠つく雨の降り注ぎ
  • 春水に映る二階の人逆さ
  • 春雨に濡るるがままの渡り廊
  • 深々と春雨傘をさせる人
  • 春雨のうたたね覚めて謡かな
  • 白水晶緑水晶玉椿
  • 繋がれし犬が嗅ぎより落椿
  • 林檎散る晝かみなりの鳴るなべに
  • 旅にあることも忘れて朝寝かな
  • 河北潟見ゆる限りの霞かな
  • 能登の畑打つ運命にや生れけん
  • 老一日落花も仇に踏むまじく
  • 花はまだ輪島の町は北を受け
  • 風呂落す音も聞えて花の宿
  • 能登言葉親しまれつつ花の旅
  • 家持の妻恋舟か春の海
  • 春潮や倭寇の子孫汝と我
  • 潮じみて重ね著したり海女衣
  • 繋がれし犬が退屈蝶が飛び
  • 山吹の花の蕾や数珠貰ふ
  • 老僧と一期一会や春惜しし
  • 温泉のとはにあふれて春尽きず
  • 春塵をやり過したる眉目かな
  • 老大事春の風邪などひくまじく
  • 下萌の大磐石をもたげたる
  • 春山をすこし上りて四つ目垣
  • 古びたる赤き布団や春炬燵
  • 拜観の御苑雉子啼きどよもせり
  • 春雨の音滋き中今我あり
  • 一点の黄色は目白赤椿
  • 葉ごもりに引つかかりつつ椿落つ
  • 林なす潮の岬の崖椿
  • 鎌倉のそこここに垣繕へる
  • 湯に入りて春の日餘りありにけり
  • 垣外を春日遅々と人通り
  • 障子今しまり春の灯ほとともり
  • 花の下那智の聖といふに逢ふ
  • 主亡し花も調度も其ままに
  • 主亡し落花流るる門の川
  • 老の杖とばし転ぶも花の坂
  • 草臥の一日々々や花の旅
  • 浪花出て熊野めぐりて花の旅
  • 突風の吹きて忽ち花曇
  • 春風の心を人に頒たばや
  • 春惜む命惜むに異らず
  • 故郷は昔ながらの粽かな
  • 信濃路や蠶飼の檐端菖蒲葺く
  • 旅の夜の菖蒲湯ぬるき宿りかな
  • 人行かぬ旧道せまし茨の花
  • 短夜の闇に聳ゆる碓氷かな
  • 短夜の山の低さや枕許
  • 木曽に入りて十里は来たり栗の花
  • 五月雨の和田の古道馬もなし
  • 五月雨の夕雲早し木曽の里
  • 五月雨や檜の山の水の音
  • 蝸牛葉裏に雨の三日ほど
  • 松竝木美濃路の螢大いなり
  • 恐ろしき峠にかかる螢かな
  • 住みなれし宿なれば蚊もおもしろや
  • 子規鳴く頃寒し浅間山
  • 家二軒笠取山の時鳥
  • 子規鳴き過ぐ雲や瀧の上
  • ほととぎす月上弦の美濃路行く
  • 大粒の雨になりけりほととぎす
  • 十抱への椎の木もあり夏木立
  • ひしひしと黒門の夏木立かな
  • 傘さして行く人を見る夕立かな
  • 夏山の小村の夕静かなり
  • 木曽深し夏の山家の夕行燈
  • 木曽を出れば夏山丸く裾長し
  • きのふけふ繭ごもるとの便りかな
  • 常磐木の落葉踏みうき別かな
  • 海を見つ松の落葉の欄に倚る
  • 和田村で合羽買ひけり五月雨
  • 蝸牛の妻も籠れり杓の中
  • 湖をめぐりて雨の田植かな
  • さはさはと真菰動くや鎌の音
  • 引網の夕汐時やほととぎす
  • 夏草や古井の底の水の音
  • 夕立やぬれて戻りて欄に倚る
  • 手も足もおしうづむ砂の清水かな
  • 涼しさや雨吹き下す空の闇
  • 行夏や彌陀の後ろの蚊のうなり
  • 両岸の若葉せまりて船早し
  • 茨の花二軒竝んで貸家あり
  • 裏戸近く夕汐さすや茨の花
  • 日高きに宿もとめ得つ栗の花
  • 五月雨の雲に灯うつる峯の寺
  • 蚊の多き根岸に更けて詩会あり
  • 古蚊帳の大いなるを僧にまゐらせつ
  • 蚊帳越しに薬煮る母をかなしみつ
  • 月出でて鬼にもならぬ蚊遣かな
  • 病む人の蚊遣見てゐる蚊帳の中
  • 薫風や白帆竝びかねつ八郎潟
  • 薫風に昼のともし火瀧の前
  • 故郷の月ほととぎすでもなきさうな
  • 縄朽ちて水鶏叩けばあく戸なり
  • 岩の上に金冠のこる清水かな
  • 旅人の酒冷したる清水かな
  • 女多き四條五條の涼みかな
  • 鮒鮓や膳所の城下に浪々の身
  • いくさになれて鮓売りにくる女かな
  • 人病むやひたと来て鳴く壁の蝉
  • 帰省して書斎なつかしむ澁団扇
  • 五六騎のかくれし寺や棕櫚の花
  • 藻の花に日当らざるお堀かな
  • 溝板踏んで蚊の中に入る裏戸かな
  • 山を越えて他藩に出でし夏野かな
  • 女房の古りにけるかも笹粽
  • 僧俗の交りあはき粽かな
  • 妻ごめに八重垣つくる二つ繭
  • 百人一首を行列にする祭りかな
  • 薔薇の花楽器いだいて園にいでぬ
  • 芝居見はおしろい花に紅の花
  • へご鉢の水まさりけり五月雨
  • 梅の実を必ずくるる隣あり
  • 夜半に起きて蚊をやく母の病かな
  • 蚊をやいて子をいとほしむ火影かな
  • 草の家にひくくたれたる蚊帳かな
  • 蚊遣火の煙遮る団扇かな
  • 蚊遣火やこの時出づる蚊喰鳥
  • 蚊遣火や縁に置いたる馬の沓
  • 盥舟雲の峰迄至るべく
  • 磐石の微動してゐる清水かな
  • 旅人の立ちよる裏の清水かな
  • 橋涼み笛吹く人をとりまきぬ
  • 打水や空にかかれる箒星
  • 打水や石燈籠にともすべく
  • 早鮓や人をもてなす夕まうけ
  • 法華経を枕にしたる昼寝かな
  • 病む母に父の形見の土用干
  • 蓮臭き佛の飯を茶漬かな
  • 菖蒲湯や彼の蘭湯に浴すとふ
  • 薔薇剪つて短き詩をぞ作りける
  • 薔薇呉れて聖書かしたる女かな
  • 薔薇散るや前髪崩れたる如く
  • 短夜や灯を消しに来る宿の者
  • 五月雨に郵便遅し山の宿
  • 五月雨や魚とる人の流るべう
  • ほととぎす啼きどよもすや墳の上
  • 夕立や朝顔の蔓よるべなき
  • 夕歩き宿の団扇を背にして
  • 目洗へば目明らかに清水かな
  • 音のして草がくれなる清水かな
  • 鮓の石に月登りけり草の庵
  • 一日をひるねに行くや甥の寺
  • 物なくて軽き袂や更衣
  • 雨に濡れ日に乾きたる幟かな
  • うち立てて見えぬ幟の破れかな
  • 川狩の謡もうたふ仲間かな
  • 山の上の涼しき神や夕まゐり
  • 煙管のむ手品の下手や夕涼み
  • 鼻緒ゆるき宿屋の下駄や夕涼み
  • うり西瓜うなづきあひて冷えにけり
  • 雨二滴日は照りかへす麦の秋
  • 真清水にうかべる麦の埃かな
  • 打水にしばらく藤の雫かな
  • 鼓あぶる夏の火桶や時鳥
  • 夏木立蔚然として楠多し
  • 長き根に秋風を待つ鴨足草
  • 鬼の面ぬげば涼しき美男かな
  • 何蟲ぞ姫向日葵の葉を喰ふは
  • 藺の花の上漕ぐ船や五月雨
  • 田舎馬車乗りおくれたる螢かな
  • 嵐山の闇に對する螢かな
  • 唐人の文字正しき扇かな
  • 寺を出る稚兒三人の日傘かな
  • 涼しさや山を見飽きて蚊帳に入る
  • 葛水に松風塵を落すなり
  • 夏に籠る師に薪水の労をとる
  • 市中の寺にかくるる一夏かな
  • 或時は谷深く折る夏花かな
  • 雨雲の離れぬ比枝や田植時
  • うち竝ぶ早乙女笠や湖を前
  • 三軒家蚊帳つる時のほととぎす
  • 山を出でて山に入る月や蚊帳の外
  • 薫風や瀧の腹見る寺の縁
  • 御車に牛かくる空やほととぎす
  • 草山やこの面かの面の百合の花
  • 古家にもの新らしき団扇かな
  • 山寺にうき世の団扇見ゆるかな
  • 先づ食うて先づ去る僧や心太
  • 長橋を降りかくす雨や心太
  • 無用の書紙魚食ひあきて死ぬるらん
  • 茄子汁主人好めば今日も今日も
  • 繭もぐや太子の宮の妃に宣下
  • 鎌とげば藜悲しむけしきかな
  • 明易き閨に妹あらず炊ぐらん
  • 老いそめて里に下るや紅藍の花
  • 御僧の沓かりはくや牡丹見る
  • 浮巣見て事足りぬれば漕ぎ返る
  • 河骨の花に神鳴る野道かな
  • 客人に下れる蜘や草の宿
  • 蜘掃けば太鼓落して悲しけれ
  • 蚊柱や酒屋の店の枡の上
  • さしかゆる佛の花に昼蚊かな
  • 蚊遣火や縁に腰かけ話し去る
  • 沼に出れば魚とり居る夏野かな
  • 拓きかけて木綿つくれる夏野かな
  • 雨戸あけて水鶏も啼くといふ貸家
  • 雷にうちふるふ家や水のへり
  • 汗ばまぬ人上品の佛かな
  • 僧堂や昼寝覚めよの銅鑼が鳴る
  • 隠家にほのめく鎗や土用干
  • 今敷きし船の毛布や松落葉
  • 寂として残る土階や花茨
  • 卯の花や佛も願はず隠れ住む
  • 山の温泉の一号室や明易き
  • 十薬も咲ける隈あり枳殻邸
  • 門額の大字に点す蝸牛かな
  • 主客閑話ででむし竹を上るなり
  • 怠らぬ読書日課や枇杷を食ふ
  • 高僧も爺で坐しぬ枇杷を食す
  • 上人の俳諧の灯や灯取虫
  • 青田より水の高さや蓴沼
  • 二人して荷ふ夜振の獲物かな
  • すたれゆく町や蝙蝠人に飛ぶ
  • 御領地の堺木うちに夏野かな
  • 二階人暑さにまけてやめりけり
  • かちととぶ髪切蟲や茂り中
  • かくて身は蟻にひかるる毛蟲かな
  • 稚児の手の墨ぞ涼しき松の寺
  • 冷奴死を出で入りしあとの酒
  • 灯消えたり卓上に鮓の香迷ふ
  • さる程に金魚にもあく奢りかな
  • 君が代の裸みはやせ常陸山
  • 夏痩の細き面輪に冠かな
  • 夏痩の身をつとめけり婦人会
  • 麻の中月の白さに送りけり
  • 袷著て假の世にある我等かな
  • 酒旗高し高野の麓鮎の里
  • 老僧の骨刺しに来る藪蚊かな
  • 明易き第一峰のお寺かな
  • 我犬のきき耳や何夏木立
  • 鹽蓼の壺中に減るや自ら
  • 羽抜鶏吃々として高音かな
  • ぢぢと鳴く蝉草にある夕立かな
  • 金亀虫擲つ闇の深さかな
  • 泉へと人没し去る葎かな
  • 駒の鼻ふくれて動く泉かな
  • 葛水にかき餅添へて出されけり
  • 旅中頑健飯の代りに心太
  • 岸に釣る人の欠伸や舟遊
  • 曝書風強し赤本飛んで金平怒る
  • 書函序あり天地玄黄と曝しけり
  • 年々や三本つくる帚草
  • 白き雲鼠にかはる百日紅
  • 病葉や大地に何の病ある
  • 頼政も鵺も昔の宿帳に
  • 広き道一筋夏の園に在り
  • 蟇の居る石に玉巻く芭蕉かな
  • 師僧遷化芭蕉玉巻く御寺かな
  • 箏の前に人ゐずなりぬ若楓
  • 棕櫚の花句作につけて見る日かな
  • 田植すみて東海道雨の人馬かな
  • 雑談も夜涼に帰せり灯取虫
  • 灯取虫燭を離れて主客あり
  • 灯ともせば早そことべり灯取虫
  • 舟べりにとまりてうすき螢かな
  • 寝し家を喜びとべる蛍かな
  • 蛍追ふ子ありて人家近きかな
  • 翡翠去つて人船繋ぐ杭かな
  • 福を待つ床の置物夏座敷
  • 今日の日も衰へあほつ日除かな
  • 心中の屍つつむ土用浪
  • 茣蓙取れば青き祭の畳かな
  • うき草のそぞろに生ふる古江かな
  • 蟻の国の事知らで掃く帚かな
  • 清水のめば汗軽らかになりにけり
  • 汗をたたむ額の皺の深きかな
  • 月空に在りて日蔽を外しけり
  • 日蔽の繪様やものの半なる
  • 川向ひ皆日蔽せし温泉宿かな
  • 昼寝客起すは茶屋の亭主かな
  • 緑蔭清泉一人立ちたる裸かな
  • 紅袍の下に袷の古びかな
  • 袷著て袂に何もなかりけり
  • 麦笛や四十の恋の合図吹く
  • 涼しさは空に花火のある夜かな
  • 浴衣著て老ゆるともなく坐りけり
  • 生涯の今の心や金魚見る
  • 恋さめて金魚の色もうつろへり
  • 露の幹静かに蝉の歩き居り
  • 菖蒲葺いて元吉原のさびれやう
  • 祭舟装ひ立てて山青し
  • 大蟇先に在り小蟇後へに高歩み
  • 簗見廻つて口笛吹くや高嶺晴
  • 槇柱に清風の蠅を見つけたり
  • 胡瓜歯に鳴り友情面にあり
  • 避暑人に電燈這ひともる翠微かな
  • 船にのせて湖をわたしたる牡丹かな
  • 紫陽花や田舎源氏の表紙裏
  • 蚊帳吊りて草深く住み果つるかも
  • 夏草に下りて蛇うつ烏二羽
  • 葭戸はめぬ絶えずこぼれ居る水の音
  • 白扇や漆の如き夏羽織
  • 夏の月皿の林檎の紅を失す
  • 菖蒲剪るや遠く浮きたる葉一つ
  • 傾きて太し梅雨の手水鉢
  • 夕鰺を妻が値ぎりて瓜の花
  • 島と陸延びて逢はずよ雲の峰
  • 玉蟲に殖えて淋しき衣裳かな
  • 石一つ震ひ沈みゆく清水かな
  • 夏痩の頬を流れたる冠紐
  • 寝冷せし人不機嫌に我を見し
  • 牡丹主傀儡よび舞はす座敷かな
  • 蓬々と汝が著たる袷かな
  • 湯煙に人現るる時萱草も
  • 耶馬に来て羅漢寺の蚊に食はれけり
  • 夏草に石も上げ得ぬ我が力
  • 客はみな右舷日蔭の籐椅子に
  • 湯煙の消えてほのかや合歓の花
  • 遠雷やいと安らかにある病婦
  • 雷火燃ゆ大玻璃障子一杯に
  • 満潮の海の中なる日除かな
  • 碧玉の腸出たる毛蟲かな
  • 真清水も温泉も流るる儘に在り
  • 日盛りの人ひしめける温泉かな
  • セルを著て夫婦離れて椅子に在り
  • 厚板の錦の黴やつまはじき
  • 新しき帽子かけたり黴の宿
  • 螢追ふ子供に逢へり里近し
  • 早苗取る手許の水の小揺かな
  • 笠の端早苗すりすり取り束ね
  • 早苗籠負うて走りぬ雨の中
  • 螢灯の傷つき落つる水の上
  • 門前に蛍追ふ子や旅の宿
  • 梅雨晴の白雲いまだ収らず
  • 日覆に松の落葉の生れけり
  • 忘られし金魚の命淋しさよ
  • 棕櫚の花こぼれて掃くも五六日
  • 藪の道人の出て来る祭かな
  • 老禰宜の太鼓打居る祭かな
  • 耳元に蚊の聲のして唯眠し
  • 蚊の入りし声一筋や蚊帳の中
  • 蝙蝠や遅き子に立つ門の母
  • 百合折りぬやがてぞ捨てぬ水に沿ひ
  • 月ありて幾夕立の深空かな
  • 晩涼や池の萍皆動く
  • 山荘や打水流る門の坂
  • 炎帝の威の衰へに水を打つ
  • 暑に堪へて双親あるや水を打つ
  • 風鈴に大きな月のかかりけり
  • 月あびて玉崩れをる噴井かな
  • 雨風に任せて悼む牡丹かな
  • 白牡丹いづくの紅のうつりたる
  • 白牡丹といふといへども紅ほのか
  • 方丈に今届きたる新茶かな
  • セルを著て肩にもすそに木影かな
  • 田を植うる男許りの山田かな
  • 降りかくす森見て立ちし田植かな
  • 早乙女の重なり下りし植田かな
  • 真夜中の町幅廣し螢とぶ
  • 蚊の聲のむつと打ちたる面かな
  • 蚊いぶしの煙に遊ぶ蚊にくし
  • 美人繪の団扇持ちたる老師かな
  • 役者繪の団扇尚ある伯母の宿
  • 宗鑑の墓に花無き涼しさよ
  • 涼風の暫くしては又来る
  • 紅さして寝冷の顔をつくろひぬ
  • 寝られざる闇に描きし牡丹かな
  • 我入れば暫し菖蒲湯あふれやまず
  • 郷音をなつかしみ行く花茨
  • 花茨かぶさりかかる野水かな
  • 花茨此道行けば城下かな
  • 明やすや響きそめたる老の咳
  • 古書の文字生きて這ふかや灯取虫
  • 威儀の僧扇で払ふ灯取虫
  • うち立てば利根の風あり田草取
  • 清風に尚ほ蠅居るや一二匹
  • 古蚊帳の月おもしろく寝まりけり
  • 浅ましき昼の蚊帳を見せまじな
  • 橋暑し更に散歩を移すなる
  • 甲板にいつも空き居る籐椅子かな
  • 海風に吹きゐざりたる籐椅子かな
  • 唯一人船繋ぐ人や月見草
  • 夕立の池に足洗ふ男かな
  • 夏帯にはさみ没せし扇子かな
  • 舵取りて傾く舟の日覆かな
  • 今一つ奥なる瀧に九十九折
  • 草がくれ麗玉秘めし清水かな
  • 庭の石ほと動き湧く清水かな
  • いと軽き洗ひ晒しの古浴衣
  • 橋裏を皆打仰ぐ涼舟
  • 日焼して竝び出づるや松の門
  • 百官の衣更へにし奈良の朝
  • セルを着て病ありとも見えぬかな
  • 各々の薔薇を手にして園を出づ
  • 今朝も亦露のさうびをはさみけり
  • 徐ろに歩を移し剪るさうびかな
  • 鵜飼見の船よそほひや夕かげり
  • 松風に騒ぎとぶなり水馬
  • よりそひて静なるかなかきつばた
  • 夕立の虹見下ろして欄に倚る
  • 大夕立来るらし由布のかきくもり
  • くづをれて団扇づかひの老尼かな
  • 此方へと法の御山のみちをしへ
  • 客の座に朱の漆の鮓の桶
  • 日焼せし旅の戻りの京の宿
  • なく聲の大いなるかな汗疹の兒
  • 懇ろに寝冷えの顔を化粧けり
  • はなびらの垂れて静かや花菖蒲
  • 姉妹や麥藁籠にゆすらうめ
  • 萍の莖の長さや山の池
  • 川船のギイとまがるやよし雀
  • 扇取る法被の袖をかかげつつ
  • 繪扇にかくしおほせし面輪かな
  • 落語聞く静かに団扇使ひつつ
  • うち笑ひ団扇づかひのせはしなき
  • 清瀧の橋の上まで日蔽かな
  • 岩の間人出て瀧を仰ぎけり
  • 浴衣きし我等を闇の包みつつ
  • 広告の行燈通る橋すずみ
  • 満洲の野に咲く花のねぢあやめ
  • 短夜や露領に近き旅の宿
  • 宇治川の三方山や蛍狩
  • 止りたる蠅追ふことも只ねむし
  • 山蟻や昼寝の杣を越えて這ふ
  • 山羊群れて水溜ある夏野かな
  • 夕立や森を出て来る馬車一つ
  • 大江をつたひ下るや夕立雲
  • 夕立や救難船もまつしぐら
  • 門毎の涼み床几や東山
  • 病身をもてあつかひつ門涼み
  • 白玉にとけのこりたる砂糖かな
  • 裸子の逐へば家鴨の逃ぐるなり
  • 避暑宿の壁に貼りたる子供の繪
  • 日を仰ぎ牡丹の園に這入りけり
  • 己が葉をかむりて風の牡丹かな
  • ふるひ居る小さき蜘蛛や立葵
  • 落書の顔の大きく梅雨の塀
  • 神垣に枇杷の生りたるをかしさよ
  • 這入りたる虻にふくるる花擬宝珠
  • 蜘蛛打つて暫く心静まらず
  • いためたる羽立てて這ふ羽蟻かな
  • 羽抜鳥土をけたてて走りけり
  • 移り来て人住みにけり青すだれ
  • 三條の橋暮れて行く床涼み
  • 前の人誰ともわかず蓮の闇
  • 馬の尾の静に動く栗の花
  • いつまでも繋げる馬や栗の花
  • 蜘蛛の絲がんぴの花をしぼりたる
  • 今年は自序の正しき梅雨の入り
  • 笠のはし水につけつけ早苗とる
  • 早苗とる水うらうらと笠のうち
  • 大蛾来て動乱したる灯虫かな
  • 瀧水に現れそめし螢かな
  • 螢追ふ子順々に小さきかな
  • うき草の生ひしところに波見ゆる
  • 鮎の籠提げて釣橋走り來る
  • 赤ん坊の泣いてをるのに蠅たかる
  • 葉を抱く蜘の脚のみ見えてをり
  • 草抜けばよるべなき蚊のさしにけり
  • 飛騨の生れ名はとうといふほととぎす
  • 刈草を鎌出支へて門に入る
  • 干草の山が静まるかくれんぼ
  • 羽抜鳥身を細うしてかけりけり
  • 簀戸はめて柱も細き思ひかな
  • 戦場ヶ原の真中に籐椅子置く
  • このよしをひろ子に告げよ業平忌
  • 竜巻に添うて虹立つ室戸崎
  • 日蔽下少しの風も無かりけり
  • 内赤く外綠なる日傘かな
  • 赤なしの柿右衛門なる鮓の皿
  • ペルシアン・ブリューの鮓の皿もあり
  • 一々に送り迎へや牡丹園
  • 真直ぐに祭の町や東山
  • 蓑著けて出づ隠れ家や蕗の雨
  • 宇陀の野に都草とはなつかしや
  • 夏草に黄色き魚を釣り上げし
  • 榛名湖のふちのあやめに床机かな
  • よく滑る沼のほとりや五月雨
  • 簗かけて早泥鰌落つニ三匹
  • 雨の輪の浮葉のそばにさはしなき
  • 萍に雨のやみたる水の面かな
  • 蓴沼蛇の渡りて静なり
  • 藻多く船脚頓に重たけれ
  • 夏川に架かれる橋に木戸ありぬ
  • 我為に主婦が座右の蠅を打つ
  • 古簾越しに起居のしとやかに
  • にじみたる真赤なる繪や安団扇
  • 金亀虫擲つ闇をかへし来る
  • 京伝も一九も居るや夕涼み
  • 自ら其頃となる釣荵
  • 日焼せる子の顔を見て笑ひけり
  • 泳ぎ子の誰が誰やら判らざる
  • 牡丹の葉に包まれて崩れをり
  • 流れたる花粉のしみや白牡丹
  • たらたらと祭太鼓をうちつづけ
  • 澤水の川となり行く蕗がくれ
  • 塵すてて葵の花の傾けり
  • 子烏を飼へる茶店や松の下
  • 灯取蟲映画に飛んであぢきなや
  • 舟に乗る人や真菰に隠れ去る
  • 緑陰や人の時計をのぞき去る
  • 藻に乗りて蛇我舟を見送れり
  • 戻る子と行く母と逢ふ月見草
  • 月見草灯台守の子ははだし
  • 七つ葉は岩手の山の麓にも
  • ぐんぐんと伸び行く雲の峰のあり
  • 俯すごとく走れる人やはたた神
  • 虹立ちて雨逃げて行く廣野かな
  • 虹立つや湖畔の漁戸の両三戸
  • 火の山の麓の湖に舟遊
  • 石狩の源の瀧先づ三つ
  • 船涼し己が煙に包まれて
  • 羅の胸に懐紙の透き見ゆる
  • 神にませばまこと美はし那智の瀧
  • まぢまぢと寝てゐたりけり暑気中り
  • 一々の芥子に嚢や雲の峰
  • 背低く麦かつぎをる孀かな
  • 對の屋はあやめの水をへだてつつ
  • 灯取蟲盃洗の水にこぼれをる
  • 蚊遣焚く家やむつまじさうに見ゆ
  • 蝙蝠や原蒲原は間の宿
  • 蝙蝠に打水の杓高く上げ
  • 母子住む假の宿りや月見草
  • 妹が手をふるれば開く月見草
  • 玉蟲の光残して飛びにけり
  • 玉蟲に紺紙金泥の経を思ふ
  • 大寺の柱の下の涼しさよ
  • 黒揚羽花魁草にかけり来る
  • 旅戻り牡丹くづるる見て立てり
  • 己れ毒と知らで咲きけり罌粟の花
  • 老臣を犒ひたまふ花菖蒲
  • 白にして大いなるかな花菖蒲
  • 大夜宴主卓の花は杜若
  • 田植笠竝びかねたる如くなり
  • いかだの音ゆるく太しや行々子
  • 一しきり蠅打つことも日課かな
  • 蚊帳吊りて有明しある座敷かな
  • 緑蔭を出れば明るし芥子は実に
  • 瓜畑のつづく野路の暑さかな
  • 吹きつけて痩せたる人や夏羽織
  • 魚鼈居る水を踏まへて水馬
  • 雲そこを飛ぶ夏山の茶店かな
  • 一柄杓先づ御佛に石清水
  • 日よけ捲いて涼しき日なり沼の茶屋
  • 山の蝶飛んで乾くや宿浴衣
  • 山荘や南に夏の海すこし
  • 暑はげし柳わくら葉落ちつづく
  • 加はりし猿蓑夏の輪講に
  • 衣更て甲板に出ぬ島ありぬ
  • つくばひに杓横たふや若葉蔭
  • 孤島ありて麥畑ある洋の中
  • 上海の梅雨懐かしく上陸す
  • 家中の黴るはなしも可笑しけれ
  • 藻の水に手をひたし見る沼の情
  • 蠅よけもかぶせて猫は猫板に
  • 古家に蜘蛛を恐れて人住めり
  • 薫風や楊枝くはへて水夫立つ
  • ふんまへて南志那海風薫る
  • 我が前に夏木夏草動き来る
  • 置燈籠包む茂りも高からず
  • 美しき茂りの港目のあたり
  • 籐椅子出すボルネオ海を航行す
  • 籐椅子にあれば草木花鳥来
  • 洋上や遥かに薄き雲の峰
  • 帆舟あり浅瀬越しかね雲の峰
  • 沖紺に渚浅黄や雲の峰
  • 航海やよるひるとなき雲の峰
  • 眉目よしといふにあらねど紺浴衣
  • 船涼し左右に迎ふる対馬壱岐
  • 晩涼や大海椰子の蔭に立つ
  • 晩涼や火焔樹竝木斯くは行く
  • 蠍座が出て寝るとせん星涼み
  • 庭石に蚊遣置かしめ端居かな
  • 扇風機まはり熱風吹き起る
  • 扇風機吹き瓶の花撩乱す
  • 待合の簾の裾の路地西日
  • 夕焼の雲の中にも佛陀あり
  • 月青くかかる極暑の夜の町
  • 江水の濁りはじまる夏の海
  • 戻り来て瀬戸の夏海絵の如し
  • 夏潮を蹴つて戻りて陸に立つ
  • 葉高低雨後の蓮池にぎやかに
  • 麻の中雨すいすいと見ゆるかな
  • スコールの波窪まして進み來る
  • 重の内暖にして柏餅
  • 目立たぬや同じ色なる更衣
  • 昂然と泰山木の花に立つ
  • えにしだの黄色は雨もさまし得ず
  • 見るうちに薔薇たわたわと散り積る
  • 麦の穂の出揃ふ頃のすがすがし
  • 此宿はのぞく日輪さへも黴
  • 桑の実や父を従へ村娘
  • たたみ来る浮葉の波のたえまなく
  • 藻の花や母娘が乗りし沼渡舟
  • 釣堀の日蔽の下の潮青し
  • 松魚舟子供上りの漁夫もゐる
  • 老い人や夏木見上げてやすらかに
  • ユーカリを仰げば夏の日幽か
  • 急がしく煽ぐ団扇の紅は浮く
  • 玉虫の光を引きて飛びにけり
  • 夏山やよく雲かかりよく晴るる
  • 這ひよれる子に肌脱ぎの乳房あり
  • 大敷の網に夏海大うねり
  • 泳ぎ子の潮たれながら物捜す
  • へこみたる腹に臍あり水中り
  • 親竹に若竹添へて三幹竹
  • 坂なりにだんだん出来し祭店
  • 杉落葉して境内の広さかな
  • 梅雨傘をさげて丸ビル通り抜け
  • 休んだり休まなんだり梅雨工事
  • 国中の田植はじまる頃なりし
  • 蕊の朱が花弁にしみて孔雀草
  • 己が羽の抜けしを啣へ羽抜鳥
  • バスの棚の夏帽のよく落ること
  • 夏暖簾垂れて静に紋所
  • 虻と蝶向き合ひすがる九階草
  • 滴りの岩屋の仏花奉る
  • 校服の少女汗くさく活発に
  • 晩涼や謡の会も番すすみ
  • 端居して垣の外の世を見居る
  • 聞えざる涼み芝居を唯見をり
  • 箱庭の月日あり世の月日なし
  • 拝領のもの一竿や土用干
  • 鵜の森のあはれにも亦騒がしく
  • 道々の餘花をながめてみちのくへ
  • 餘花に逢ふ再び逢ひし人のごと
  • みちのくの旅に覚えし薄暑かな
  • 供華のため畦に芍薬つくるとか
  • 遠目にはあはれとも見つ栗の花
  • 君知るや薬草園に紫蘭あり
  • 梅雨といふ暗き頁の暦かな
  • 代馬は大きく津軽富士小さし
  • 相語り池の浮葉もうなづきぬ
  • かはほりや窓の女をかすめ飛ぶ
  • 岩の上の大夏木の根八方に
  • 葡萄榾ちよろちよろ燃えて夏炉かな
  • 夏山の彼方の温泉に子規は浴みし
  • 夏山のトンネル出れば立石寺
  • 夏山やトロに命を託しつつ
  • 銀杏の根床几斜に茶屋涼し
  • 島々に名札立ちたる涼しさよ
  • バスが著き遊船が出る波止場かな
  • 夏山に家たたまりて有馬かな
  • 崖ぞひの暗き小部屋が涼しくて
  • 雪渓の下にたぎれる黒部川
  • 梅雨晴間打水しある門を入る
  • 打水をよろめきよけて病犬
  • 夏の月かかりて色もねずが関
  • 夏風邪はなかなか老に重かりき
  • 浜茄子の丘を後にし旅つづく
  • 牡丹花の雨なやましく晴れんとす
  • 牡丹花の面影のこし崩れけり
  • 柏餅家系賤しといふにあらず
  • 山里や軒の菖蒲に雲ゆきき
  • 背の順に坐り並びぬ糸取女
  • 用心の寒さ暑さもセルの頃
  • どでどでと雨の祭の太鼓かな
  • 風折々汀のあやめ吹き撓め
  • 一院の静なるかな杜若
  • 松の雨ついついと吸ひ蟻地獄
  • 徳川の三百年の夏木あり
  • 大木の幹に纏ひて夏の影
  • 羽抜鳥卒然として駈けりけり
  • 青簾一枚吊れば幽かなり
  • ぼうたんに葭簀の雨はあらけなし
  • 頭にて突き上げ覗く夏暖簾
  • 雷雲に巻かれ来りし小鳥かな
  • 夏山の谷をふさぎし寺の屋根
  • 夏山のおつかぶさりて土産店
  • 鯉の水涼しく動きどうしかな
  • 世智辛き浮世咄や門涼み
  • 丹波の國桑田の郡氷室山
  • 牡丹崩る盃を銜みて悼まばや
  • 病人に結うてやりけり菖蒲髪
  • 旅するは薄暑の頃をよしとする
  • セルを着て白きエプロン糊硬く
  • 山荘の庭に長けたり夏蕨
  • 晴間見せ卯の花腐しなほつづく
  • 栗の花秋風嶺に今盛り
  • 梅雨雲や淡路島山横たはり
  • 暫は止みてありしが梅雨の漏り
  • ハンケチに雫をうけて枇杷すする
  • 田を植うる白き衣をかかげつつ
  • ベンチあり憩へば蜘蛛の下り来る
  • 本堂の隅なる蚊帳の吊手かな
  • 干魚の上を鳶舞ふ浜暑し
  • 沼ありて大江近き夏野かな
  • 鵲も稀に飛ぶのみ大夏野
  • 竜彫りし陛の割目の夏の草
  • 梅雨晴の波こまやかに門司ヶ関
  • 示寂すといふ言葉あり朴散華
  • ほととぎす鳴きすぐ宿の軒端かな
  • 牛も馬も人も橋下に野の夕立
  • 静に居団扇の風もたまに好し
  • 石段を登り漁村の寺涼し
  • 縁台にかけし君見て端居かな
  • 夕闇の迷ひ来にけり吊荵
  • 昼寝覚め又大陸の旅つづく
  • 西日今沈み終りぬ大対馬
  • 本堂の柱に避くる西日かな
  • 壱岐の島途切れて見ゆる夏の海
  • 壱岐低く対馬は高し夏の海
  • 夏潮の今退く平家亡ぶ時も
  • 松花江流れて丘は避暑地とや
  • 襷とりながら案内や避暑の宿
  • 紙魚の書を惜まざるにはあらざれど
  • ぼうたんの花の上なる蝶の空
  • セルを著て彼女健康其ものか
  • 老農は茄子の心も知りて植ゆ
  • 打ち晴れし神田祭の夜空かな
  • かんばせを綠に染めて人来る
  • 夕風に浮かみて罌粟の散りにけり
  • 夕風に散らまく罌粟の一重なる
  • 今日の興泰山木の花にあり
  • 妻をやる卯の花くだし降るなかを
  • 顔そむけ出づる内儀や溝浚
  • 裾からげ内儀わたせり五月雨
  • 黴の中わがつく息もかびて行く
  • 一匹の火蛾に思ひを乱すまじ
  • 鮎釣りの岩にはさまり見ゆるかな
  • 蚊遣火のなびけるひまに客主
  • 棟梁の材ばかりなり夏木立
  • 晝顔の花もとび散る籬を刈る
  • 中途よりついとそれたる竹落葉
  • 夏木あり之を頼りに葭簀茶屋
  • 用ふれば古籐椅子も用を為す
  • 山寺に絵像かけたり業平忌
  • 炎天や額の筋の怒りつつ
  • 木々の間を透きてしうねく西日かな
  • 雷火にも焼けず法燈ともりをり
  • 夜詣や茅の輪にさせる社務所の灯
  • 簡単に新茶おくると便りかな
  • 生きてゐるしるしに新茶おくるとか
  • 薄暑はや日蔭うれしき屋形船
  • 着倒れの京の祭を見に来り
  • 北嵯峨の祭の人出見に行かん
  • 昼の蚊の静に来にし雅会かな
  • 大いなる蚊が出て食ふ早雲寺
  • 顧みる七十年の夏木立
  • 草刈の顔は脚絆に埋もれて
  • 吹き上げて廊下あらはや夏暖簾
  • 夕立来て右往左往や仲の町
  • 幾本の蝉の大樹や早雲寺
  • いつの間に世に無き人ぞ梅雨寒し
  • いつの間に壁にかかりし帚草
  • 江山の晴れわたりたる幟かな
  • 昨日今日客あり今日は牡丹剪る
  • 道に立ち見てゐる人に早苗とる
  • 笠二つうなづき合ひて早苗とる
  • 満目の緑に坐る主かな
  • 箕を抱へ女出て来ぬ花菖蒲
  • 何某の院のあととや花菖蒲
  • 溝またぎ飛び越えもして梅落とす
  • 灯取虫稿をつがんとあせりつつ
  • 帯に落ち這ひ上るなり灯取虫
  • 灯取虫這ひて書籍の文字乱れ
  • 蜘蛛虫を抱き四脚踏み延ばし
  • 緑蔭に主鷺追ふ手をあげて
  • 会のたび花剪る今日は額を剪る
  • なつかしき紺の表紙の黴の本
  • 黒ずんだ染みが美し孔雀草
  • 木を伐りしあと夏山の乱れかな
  • 石を撫し傍らにある百合を剪る
  • 水遊びする子に滑川浅く
  • 炎天に立出でて人またたきす
  • 日盛りは今ぞと思ふ書に対す
  • 紙魚の書も黴の書も其のままにあり
  • 紙魚のあとひさしのひの字しの字かな
  • 麦の出来悪しと鳴くや行々子
  • 夏草に延びてからまる牛の舌
  • 田植見に西蒲原に来し我等
  • 木の形変りし闇や蛍狩
  • 山と藪相迫りつつ蛍狩
  • 提灯を借りて帰りぬ蛍狩
  • 提灯をさし出し照す蛍沢
  • 藤の雨漸く上り薄暑かな
  • 更衣裾をからげて帚持ち
  • とり出して祭提灯埃吹く
  • 大いなる新樹のどこか騒ぎをり
  • 風鎮は緑水晶鉄線花
  • 十薬の匂ひの高き草を刈る
  • 日当れば実梅一々数ふべし
  • 主人今暗き実梅に筆すすむ
  • 河骨の花に添ひ浮くいもりかな
  • 鮎釣の夕かたまけて去に仕度
  • 継竿の華奢を競ひて鮎仲間
  • ところどころ瀬の変りたる鮎の川
  • 卯の花のいぶせき門と答へけり
  • 浅間嶺の麓まで下り五月雲
  • 蛍火の鞠の如しやはね上り
  • 鍬置いて薄暑の畦に膝を抱き
  • 水車場へ小走りに用よし雀
  • 田植留守庭の真中に鍬置いて
  • 早苗饗のいつもの主婦の姉かぶり
  • 梅雨晴の夕茜してすぐ消えし
  • 我生の今日の昼寐も一大事
  • 手に当る五色団扇の赤を取る
  • 己れ刺あること知りて花さうび
  • 夏山を軒に大仏殿とかや
  • 涼しさや熱き茶を飲み下したる
  • 藍がめにひそみたる蚊の染まりつつ
  • いつ死ぬる金魚と知らず美しき
  • 一杯に赤くなりつつ金魚玉
  • 緑蔭に網を逃げたる蝶白し
  • 蛍見や声かけ過ぐる沢の家
  • 吊り下げし仮の日除の蓆かな
  • 虹を見て思ひ思ひに美しき
  • 虹の輪の中に走りぬ牧の柵
  • 葉の紺に染りて薄し茄子の花
  • 夕立のあとの闇夜の小提灯
  • 乾坤の夕立癖のつきにけり
  • 夕立の来て尚残る暑さかな
  • 夕焼の黄が染まり来ぬ夕立あと
  • 涼しさの肌に手を置き夜の秋
  • 夕暮の薄暗がりに茄子のぞき
  • 風あまり強くて日傘たたみもし
  • 雪渓のここに尽きたる力かな
  • 前通る人もぞろぞろ橋涼み
  • 橋涼み温泉宿の客皆出でて
  • 客を好む主や妻や胡瓜もみ
  • 取敢ず世話女房の胡瓜もみ
  • 胡瓜もみ世話女房といふ言葉
  • 蜜豆をたべるでもなくよく話す
  • 川向ふ西日の温泉宿五六軒
  • 裸子をひつさげ歩く温泉の廊下
  • 浩瀚の秋まで続く曝書かな
  • 夏痩や心の張りはありながら
  • 夏痩の人ことごとに腹を立て
  • 夏痩の言葉嶮しき内儀かな
  • 腹の上に寝冷えをえじと物を置き
  • 中堂に道は下りや落し文
  • 又しても新茶到来僧機嫌
  • 大蜘蛛の現れ小蜘蛛なきが如
  • 山登り憩へと云へば憩ひもし
  • 夏山にもて来て呉れし椅子に掛け
  • 故園荒る松を貫く今年竹
  • 雨浸みて巌の如き大夏木
  • 急ぎ来る五月雨傘の前かしぎ
  • 夏山の水際立ちし姿かな
  • 鞄積み重ねて避暑の宿らしく
  • 連峰の高嶺々々に夏の雲
  • 夏蝶の簾に当り飛び去りぬ
  • 惨として日をとどめたる大夏木
  • ありなしの簾の風を顧みし
  • 浅間背に日覆したる家並び
  • 蝉取の網過ぎてゆく塀の外
  • 大夏木日を遮りて余りある
  • 夕立や隣の竿の干衣
  • こち見る人の団扇の動き止み
  • 生かなし晩涼に坐し居眠れる
  • もろこしの雄花に広葉打ちかぶり
  • 新潟の初夏はよろしや佐渡も見え
  • 娘何か云へり薄暑の窓に立ち
  • 尼寺の蚊は殊更に辛辣に
  • 古庭のででむしの皆動きをり
  • 北海の梅雨の港にかかり船
  • よくぞ来し今青嵐につつまれて
  • 難航の梅雨の舟見てアイヌ立つ
  • 梅雨寒の白老村といふはここ
  • はまなすの棘が悲しや美しき
  • はまなすの棘が怒りて刺しにけり
  • 山の湖風雨の雷霆常ならず
  • 短夜の鉦鼓にまじる磬の音
  • 理学部は薫風楡の大樹陰
  • 楡新樹諸君は学徒我は老い
  • アカシヤに凭れて紀陽パリの夢
  • 夏の雲徐々に動くや大玻璃戸
  • 漁師の娘日焼眉目よし烏とぶ
  • 夏海や一帆の又見え来る
  • 夏の蝶眼鋭く駆けり来し
  • 母と娘の似たりし顔の夏痩も
  • 仮の世のひとまどろみや蝉涼し
  • 刻々と暑さ襲ひ来坐して堪ゆ
  • 十人をかくす夏木と見上げたり
  • 青梅の一つ落ちたるうひうひし
  • 蓮浮葉池ひと廻りして疲れ
  • わが浴衣われの如くに乾きをり
  • 冷麦と鴫焼とほか何にしよう
  • 日蝕し病葉落つるしきりなり
  • 一弁を仕舞ひ忘れて夕牡丹
  • 大杉を神とし祭り村祭
  • 細長き床几新らし杜若
  • 夏蝶のつと落ち来りとび翔り
  • 一面に蓮の浮葉の景色かな
  • 湯の島の薫風に舟近づきぬ
  • 手古奈母おはぎに新茶添へたばす
  • 静かさは筧の清水音たてて
  • 緑蔭の道平らかに続きけり
  • 木蔭なる池の蓮はまだ浮葉
  • セルを着て暑し寒しと思ふ日々
  • 老眼に炎天濁りあるごとし
  • たらたらと地に落ちにじむ紅さうび
  • 溝川に何とる人や五月雨
  • 梅雨の壁ぬれて乾きて又ぬれて
  • 明らみて一方暗し梅雨の空
  • 万緑の万物の中大仏
  • 濃く淹れし緑茶を所望梅雨眠し
  • 梅雨眠し安らかな死を思ひつつ
  • といふ間に用事たまりて梅雨眠し
  • 暑き日は暑きに住す庵かな
  • 日蔽が出来て暗さと静かさと
  • 大玻璃戸相しめ暑からず滝の宿
  • 旅衣汗じみしまま訪ねくれ
  • 森の中につきぬけてをる西日かな
  • 百尺の裸岩あり夏の海
  • 葉をかむりつつ向日葵の廻りをり
  • けさも亦波を見て来て夏に籠り
  • 子にかまけ末女最も夏痩せぬ
  • 竹の皮日蔭日向と落ちにけり
  • 雨戸開け夏木の香り面打ち
  • 能舞台地裏に夏の山入り来
  • ほととぎす日もすがら啼きどよもせり
  • 夏山のすぐそこにある軒端かな
  • はらはらと浜豌豆に雨来る
  • 若葉照り或は曇り時化模様
  • 水の面卯の花腐し今繁く
  • 花幽か樗に風の騒ぐとき
  • 蝶二つ蝶二つ飛ぶ花樗
  • 大仏の下に樗の花の雲
  • ぬかるみの梅雨の夜道を思ひやる
  • 鎌倉や牡丹の根に蟹遊ぶ
  • ででむしや昨日作りし袖垣に
  • 蝸牛の移り行く間の一仕事
  • 白き猫今あらはれぬ青芒
  • 庭もせに椿圧して椎茂る
  • 大空に突き上げゆがむ日蔽かな
  • 年を経て再び那智の瀧に来し
  • 風吹けばすこし乱れて那智の瀧
  • 千尺の神杉の上瀧かかる
  • 瀧見駕青岸渡寺の玄関に
  • 僧俗のまじりくつろぐ浴衣かな
  • 瓜の蔓動物のごと動きをり
  • 喩ふれば風鈴の音の違ふごと
  • 朝花火海水浴の人出かな
  • 卯の花を仏の花と手折りもし
  • 新緑の瑞泉寺とやいざ行かん
  • 手を頬に話ききをり目は百合に
  • 鉄線の蕊紫に高貴なり
  • 朴散華而し逝きし茅舎はも
  • くちなしを艶なりといふ肯はず
  • 鉄線の花は豪雨に堪へゐしか
  • 洗髪束ね小さき顔なりし
  • ひろびろと富士の裾野の西日かな
  • 老柳に精あり句碑は一片の石
  • 避暑の宿落葉松林とりかこみ
  • 山の避暑かはりがはりの泊り客
  • ここに又縁ある仏夏花折る
  • わが庭の牡丹の花の盛衰記
  • ひしひしと玻璃戸に灯虫湖の家
  • 湖を断つ夏木の幹ただ太し
  • 美人手を貸せばひかれて老涼し
  • 短夜や夢も現も同じこと
  • 人の世の今日は高野の牡丹見る
  • 短夜を旅の終りの朝寝かな
  • 日除け作らせつつ書屋書に対す
  • 何事も古りにけるかな古浴衣
  • 見る人は如何にありとも古浴衣
  • 金魚玉空しき後の月日かな
  • 古道に出たり左右の夏木立
  • このまとゐ楽しきかなや蚊を追ひて
  • 湖の今紺青に炎天下
  • 避暑に来て一と日帰農の友を訪ふ
  • 郭公も唯の鳥ぞと聞き馴れし
  • 朝顔の二葉より又はじまりし
  • 気にかかる事もなければ梅雨もよし
  • 鉄線にけふは若くものなき庭か
  • 避暑に来て保養といふも仕事かな
  • 避暑の宿蚋を怖れて戸を出でず
  • ほととぎすかならず来鳴く午後三時
  • 避暑宿に来ても変らぬ起居かな
  • 二つある籐椅子に掛け替へても見
  • 避暑の宿寂寞として寝まるなり
  • 長梅雨の明けて大きな月ありぬ
  • 午前九時始まる避暑の日課かな
  • 昼寝して覚めて乾坤新たなり
  • 影涼し皆濃紫さむらさき
  • 庭木皆よき形なる若葉かな
  • せせらぎの水音響く鮎の川
  • いつの間に庭木茂りて梅雨に入る
  • 天暗くなりて明るき薔薇の雨
  • よき鉢によき金魚飼ひ書を読めり
  • ダムに鳴く鳥は鶯ほととぎす
  • 蜘蛛の糸の顔にかからぬ日とてなし
  • 山寺に我老僧かほととぎす
  • 山寺に仏も我も黴びにけり
  • 仏生や叩きし蠅の生きかへり
  • 避暑に来て短か羽織を仮りに著て
  • 夏草も一景をなす坊の庭
  • 怪談の昨日のつづき涼み台
  • 古袷著てただ心豊かなり
  • 鉄線を咲かせて主書に籠る
  • 更衣したる筑紫の旅の宿
  • 山さけてくだけ飛び散り島若葉
  • 天草の島山高し夏の海
  • 美しき故不仕合せよき袷
  • 風薫る甘木市人集ひ来て
  • 蛍飛ぶ筑後河畔に佳人あり
  • 緑蔭にありて一歩も出でずをり
  • 大岩に根を下したる夏木かな
  • 梅雨暗し床の隅なる古き壺
  • 親蟹の子蟹誘うて穴に入る
  • 旅鞄開けて著なれし古浴衣
  • 自ら風の涼しき余生かな
  • 汝はいかにわれは静に暑に堪へん
  • 蠅叩われを待ちをる避暑の宿
  • 山寺に避暑の命を托しけり
  • 大昼寝して次の間の話し声
  • 一切を放擲し去り大昼寝
  • 力無きあくび連発日の盛り
  • 勤行の責め打つ太鼓明易き
  • 襟首を流るる汗や天瓜粉
  • 牡丹の一弁落ちぬ俳諧史
  • 彼一語我一語新茶淹れながら
  • 新茶よし碧瑠璃と云はんには薄し
  • 山やうやく左右に迫りて田植かな
  • 懐しや子規が浴せし山の温泉
  • 桑畑や女蓑著て頬被り
  • 夏山の襟を正して最上川
  • 白糸の滝も眺めや最上川
  • 俳諧を守りの神の涼しさよ
  • 大杉の又日を失し蔓手毬
  • 石に点し竹に点せし蝸牛
  • 田を植うる妙義の麓家二軒
  • 子を守りて大緑蔭を領したる
  • 寺の門はひらんとして風涼し
  • わが家も住みよかりけり青簾
  • 青簾世に隠れんとには非ず
  • 山寺や少々重き夏蒲団
  • 梅雨暗し床の花瓶の花白し
  • 蜘蛛に生れ網をかけねばばらぬかな
  • 浴衣著てわれも仏と山寺に
  • ほととぎす鳴くや仕合せ不仕合せ
  • 並び立つ松の蕊あり雲の峰
  • 涼しさや三年来ざりし山の荘
  • 夜の富士心にねむる避暑の荘
  • 山の日に乾き吹かるる浴衣かな
  • 風雪にいたみし山の荘に避暑
  • 寿を守る槐の木あり花咲きぬ
  • 心足り即ち下山避暑五日
  • 線と丸電信棒と田植傘
  • 夏草に埃の如き蝶の飛ぶ
  • しわしわと鴉飛びゆく田植かな
  • 前山の緑かたまり庭に飛び
  • 車降り我と夏木と佇みぬ
  • 春蝉や嘗て住みたる比叡の奥
  • かびの香に昼寐してをり山の坊
  • 湯を出でて満山の涼我に在り
  • 我生の美しき虹皆消えぬ
  • 夏山に対して朝の息をする
  • 俳諧の灯ともりけり月見草
  • 朝の蜘蛛殺さで払ふ避暑の荘
  • 年々に月見草咲き家建たず
  • 虎杖の花に牧歌の生れけり
  • 山荘のテラス暫く炎天下
  • 避暑の荘富士山を皆持つてゐる
  • 夏蝶の高く上りぬ大仏
  • 白波の一線となる時涼し
  • 見るうちに人ふえ夏の浜となる
  • かりそめに人入らしめず薔薇の門
  • 裏門に立てば夏蔭人通る
  • 夏山に東山あり京に来し
  • 雛芥子に秋風めきて日の当る
  • 青きところ白きところや夏の海
  • 鎌倉は海湾入し避暑の町
  • 彼岸より庭木動かし夏に入る
  • 日本に帰りて京の初夏の庭
  • 蚊の居るとつぶやきそめし卯月かな
  • 岬より折れ曲り来る卯浪かな
  • 就中御吹流し見事なり
  • 薬の日法の力に湧き出でて
  • 薬玉の人うち映えてゆききかな
  • 瓜苗に竹立てありぬ草の中
  • しづしづと馬の足掻や加茂祭
  • 磨りためし墨に塵なき夏書かな
  • 日々に色かはりゆく新樹かな
  • 山荘の道の左右の夏蕨
  • すき嫌ひなくて豆飯豆腐汁
  • 芍薬の花にふれたるかたさかな
  • うちかがみげんのしようこの花を見る
  • 花散りてうなづく芥子の坊主かな
  • 桐の花日かげを為すに至らざる
  • 谷川に卯の花腐しほとばしる
  • 妹が口海酸漿の赤きかな
  • 麥藁の散らばる道のあそこここ
  • 紫の斑の仏めく著莪の花
  • 江戸亡ぶ爼に在り初鰹
  • 雨だれにうたれてかたし柿の花
  • 軒下の破れ櫃に散る柘榴かな
  • 名月に蜘の圍ふるき軒端かな
  • 湖や秋静かなる瀬田の橋
  • 桐一葉月の光にひろがりて
  • 水うつてざぶと音する芭蕉かな
  • 下京のともし火ならぶ夜寒かな
  • 此夕桐の葉皆になりにけり
  • 七夕の竹屋の渡しわたりけり
  • えらみ置きし七夕竹を伐りにけり
  • 登戸や星祭る夜の俳句会
  • きぬぎぬのうき蕣の莟かな
  • 蚊柱もたたずなりたる芭蕉かな
  • とりかこみ月に飯くふゐろりかな
  • 野菊ちらほら先妻の墳墓荒れたりな
  • 鳥とんで掛稲うつる水田かな
  • けさの秋もの静かなる端居かな
  • 風が吹く佛来給ふけはひあり
  • 黍のなかに燈籠見ゆる藁屋かな
  • 朝貌や古白が住みし古庵
  • 朝顔の花咲かう間に起きもする
  • 朝顔の花咲きしぼむ野分かな
  • 泥ながら露けき歯朶の山路かな
  • 経箱の底に蟲なく清凉寺
  • すのこふめばはたと鳴きやむきりぎりす
  • 雨はれて月に傘さす男かな
  • 蜻蛉飛ぶ川添ひ行けば夕日かな
  • 手をそれて飛ぶ秋の蚊の行衛かな
  • 痩馬に車つなぐや鶏頭花
  • ぼうぼうと只秋風の吹く野かな
  • 一つ引けば田の面の鳴子なるを見よ
  • 膝抱いて淀の川船夜ぞ寒き
  • 枯蘆の入江につづく刈田かな
  • けづる如き山畳める如く雲の秋
  • 暗き火に燈籠まはること遅し
  • 寄席ききに走馬燈を消してゆく
  • 獨り淋しまはり燈籠にはひるべく
  • 走馬燈昼は淋しくすぼりたる
  • 走馬燈長い坊主がひかかつた
  • 遠花火嵐して空に吹き散るか
  • 丸き窓にともし火うつる芭蕉かな
  • 高き窓に芭蕉婆娑たる月夜かな
  • ばう然と野分の中を我来たり
  • 鶏の空時つくる野分かな
  • 秋草の襖にひたとよりそひつ
  • 秋草の名もなきをわが墓に植ゑよ
  • 芒より顔つき出せば路ありし
  • 松虫に恋しき人の書斎かな
  • 弟子僧にならせ給ひつ月の秋
  • 住まばやと思ふ廃寺に月を見つ
  • ころころと月と芋との別れかな
  • 盗なるかな茸狩りに来て芋を掘る
  • うかうかと風邪ひく秋の夕かな
  • 新酒飲んで酔ふべく我に頭痛あり
  • 案山子ばかり道とふべくもあらぬかな
  • 百舌鳥なくや棺下してニ三人
  • おもかげのかりに野菊と名づけんか
  • 柚味噌に佛の飯を湯漬かな
  • 稲妻の淋しき町に出でたりし
  • 苦桃に恋せじものと思ひける
  • 乾鮭に喝を與ふる小僧かな
  • 漸寒や一萬石の城下町
  • くたびれは栗のはさまる草鞋かな
  • 秋立つと驚いて去るを止むるな
  • 七夕に古き行燈を洗ひけり
  • 丁字落ちて暫く暗き燈籠かな
  • 据風呂や走馬燈の灯の明り
  • へご鉢に大文字の火のうつりけり
  • 朝顔のしぼりはものの鄙びたる
  • 朝顔の一いろにして花多し
  • 暁の紺朝顔や星一つ
  • 鶏にくれる米なし蓼の花
  • 地をすつて萩たのみなき野分かな
  • 芋の葉や泥いささかの露の玉
  • とり出す納戸のものや蟋蟀が
  • 秋風や古き柱に詩を題す
  • つづけ様に秋の夕の嚏かな
  • 菌狩隣の山へわたりけり
  • 無花果に愚なる鴉来りけり
  • 月の雲しどろの砧打ちも止めず
  • 星落つる籬の中や砧うつ
  • 草市やよそ目淋しき人だかり
  • 盆過ぎの墓にまゐるや老一人
  • 摂待や暫く憩ふ老一人
  • 水うつて白雲おこる芭蕉かな
  • 灯暗き露の伏屋に戻りけり
  • 蓑虫の父よと鳴きて母もなし
  • ニ三子の携へ来る新酒かな
  • 店さきに人酔うて寝る新酒かな
  • 灯明るき大路に出たる夜寒かな
  • 稲塚にしばしもたれて旅悲し
  • 三味置いてうち仰ぎたる花火かな
  • 小提灯夜長の門を出でにけり
  • 唐辛子乏しき酒の肴かな
  • 推せば鳴る草のとぼその鳴子かな
  • 送り火やかくて淋しき草の宿
  • 露の宿ほ句を命の主客あり
  • ラムプさげて人送り出る夜寒かな
  • 綿を干す寂光院を垣間見ぬ
  • 七夕や古りにし机に瓜二つ
  • 反古裏に書集めあり星の歌
  • 占に人よる辻や星の空
  • 手をとつてかかする梶の広葉かな
  • 摂待の寺賑はしや松の奥
  • 南瓜煮てこれも佛に供へけり
  • 田舎馬車ねぎりて乗るや稲の花
  • 草むらや蟷螂蝶を捕へたり
  • 蟷螂や扇をもつて打擲す
  • 我土に天下の芋を作りけり
  • 盗人が芋掘り去つて主泣く
  • 居酒屋を出入る人に霧深し
  • 秋晴や前山に絲の如き道
  • 秋日和子規お母君来ましけり
  • ものいはぬ二階の客や秋の暮
  • 淋しさにかるた取るなり秋の暮
  • 秋の暮門行く人の話聞く
  • 秋雨の泣く子を門に守る身かな
  • 日もすがら田の面の鳴子鳴る日かな
  • むづかしき禅門でれば葛の花
  • 秋風にふえてはへるや法師蝉
  • 仰木越漸く芒多きかな
  • 銅鑼の音の月に響くや鞍馬山
  • 清浄な月を見にけり峯の寺
  • 杉の下に人話し居る月夜かな
  • 此行やいざよふ月を見て終る
  • 学寮を出て来る僧に夜霧かな
  • 唐門の赤き壁見ゆ竹の春
  • 秋雨にぬれては乾く障子かな
  • 去来抄柿を喰ひつつ讀む夜かな
  • 荷を投げて休む山路の野菊かな
  • 黒谷がまづ打つ初夜や後の月
  • 道標や夜寒の顔を集め讀む
  • 苔青く紅葉遅しや二尊院
  • 祇王寺に女客ある紅葉かな
  • 柿紅葉山ふところを染めなせり
  • 鹿の声遠まさりして哀れなり
  • もの知りの長き面輪に秋立ちぬ
  • 初秋や軽き病に買ひ薬
  • 墓拜む人の後ろを通りけり
  • 業を繼ぐ我に恥無し墓参
  • 花提げて先生の墓や突当り
  • 端近く連歌よむ灯や露の宿
  • 相慕ふ村の灯二つ虫の声
  • 大いなる月を簾に印しけり
  • 月のみにかかる雲ありしばしほど
  • 月に飽きて明星嬉し森の上
  • 鵜籠置く庭広々と鶏頭花
  • 鵜籠負うて粟の穂がくれ男行く
  • 秋風に鵜を遣ひけり唯二匹
  • 秋風にいつまで遇はぬ野路二つ
  • 露けさに障子たてたり十三夜
  • 三人は淋しすぎたり後の月
  • 朝寒や行き遇ふ船も客一人
  • 荻ふくや提灯人を待つ久し
  • 荻吹くや葉山通ひの仕舞馬車
  • 牛の鼻繋ぎ上げたる紅葉かな
  • 竹青き紅葉の中の筧かな
  • 僧といへば立秋の偈を示さるる
  • 僧遠く一葉しにけり甃
  • 仲麿の舟は波間や天の川
  • 都なる祖先の墓に参りけり
  • 國にゐて家守る兄と墓参
  • 風の日は障子のうちに燈籠かな
  • 六十になりて母無き燈籠かな
  • うき人の誰見に来けん踊かな
  • としどしに月かかる松や踊りけり
  • 送火や母が心に幾佛
  • 天の芭蕉天のさぼてんと竝びけり
  • 女客我家気づかふ野分かな
  • 秋の空に届く一もと芒かな
  • 虫聞きに塔をめぐれる法師かな
  • 説法の日毎の場や捨扇
  • 主しるき忘れ扇の絵やうかな
  • 襟にさして忘れ扇や秋の風
  • 秋扇や淋しき顔の賢夫人
  • ひらひらと釣られて淋し今年鯊
  • 鬼灯はまことしやかに赤らみぬ
  • 老の頬に紅潮すや濁り酒
  • 豊年の稲に全き案山子かな
  • 鳴子引きて尚ほうと追ふ鴉かな
  • 引く人もなくて山田の鳴子かな
  • あらはなる昼の砧に恋もなし
  • 草市ややがて行くべき道の露
  • 谷に下りて先師の墓に参りけり
  • しづかなる此山蔭や墓詣り
  • 墓参り先祖の墓の小ささよ
  • 暁に消ゆる変化と踊りけり
  • 踊りうた我世の事ぞうたはるる
  • 手をひいて踊りの庭に走りけり
  • わぎも子が踊の髪の結ひはえぬ
  • 新涼のに蘇りたる草廬かな
  • いつ迄も紺朝顔の鄙にあり
  • 仲秋の其一峰は愛宕かな
  • 仲秋や峰の寺より歌だより
  • 仲秋をつつむ一句の主かな
  • 國に聞く人語新し野分跡
  • 螽とぶ音杼に似て低きかな
  • 藁寺に緑一團の芭蕉かな
  • 峻峰のいただきに月の小ささよ
  • 芋の味忘れし故に参りたり
  • 芋を掘る手をそのままに上京す
  • 冷かや湯治九旬の峯の月
  • 勝ちほこる心のひびや秋の風
  • 生涯に二度ある悔や秋の風
  • 秋風に又来りけり法隆寺
  • 政を聴いて夜食す柚味噌かな
  • 宰相を訪ふ俳諧の柚味噌かな
  • 鹿を聞く三千院の後架かな
  • 此月の満れば盆の月夜かな
  • 我村や月束嶺を出て孤なり
  • 高原や粟の不作に蕎麦の出来
  • 九月盡日、許六拜去来先生几下
  • 秋風に焼けたる町や湖のほとり
  • 灯火の穂に秋風の見ゆるかな
  • 灯ともれる障子ぬらすや秋の雨
  • 石の上の埃に降るや秋の雨
  • 裸火を抱く袖明し秋の雨
  • 秋雨や身をちぢめたる傘の下
  • 秋雨の雪に間近き山家かな
  • 南天の実太し鳥の嘴に
  • 紅葉客熊の平にどかと下りぬ
  • 濡縁に雨の後なる一葉かな
  • 蜻蛉は亡くなり終んぬ鶏頭花
  • 秋風や最善の力ただ尽す
  • 一人の強者唯出よ秋の風
  • 降り出せし雨に人無し葡萄園
  • 葡萄口に含んで思ふ事遠し
  • ただ一人いつまで稲を刈る人ぞ
  • 烏飛んでそこに通草のありにけり
  • 先帝を追慕す菊の奴かな
  • 秋雨や石に膠す蝶の羽
  • 木曽川のいまこそ光れ渡り鳥
  • 大空に又わき出し小鳥かな
  • 蔓切れて羽上りたる烏瓜
  • 天の川のもとに天智天皇と臣虚子と
  • 秋の灯に照らし出す仏皆観世音
  • 此松の下に佇めば露の我
  • 葉鶏頭の葉二三枚灯にまとも
  • 他愛もなく夜寒の話移りゆく
  • 何の木のもとともあらず栗拾ふ
  • 鹿を見ても恐ろしかりし昔かな
  • 梶の葉にかへて芭蕉に星のうた
  • 盗まれし後のふくべに野分かな
  • 見失ひし秋の昼蚊のおとほのか
  • 船に乗れば陸情あり暮の秋
  • 遠花火ちよぼちよぼとして涼しさよ
  • やうやうに残る暑さも萩の露
  • いたく揺れて来る提灯や露の道
  • 埋立地早コスモスの家を見し
  • 山のかひに砧の月を見出せし
  • 踊まだ人ちらほらとそこらかな
  • 水車小屋を推し包みたる芭蕉かな
  • 船頭遂に蓑笠つけて雨月かな
  • 空に伸ぶ花火の途の曲りつつ
  • 新涼の月こそかかれ槇柱
  • 茂りより芭蕉広葉の垂れし見ゆ
  • 先に行く提灯萩の水たまり
  • 萱に触れかなかりの露に驚きぬ
  • 秋風に向つて門を出でいけり
  • 柚子一つ供へてありぬ像の前
  • 提灯の明らかになる露の道
  • 月の友三人を追ふ一人かな
  • 灯火の明き無月の庵かな
  • 秋晴に足の赴くところかな
  • 仏前の灯をふきぬ秋の風
  • 麓川光りて見ゆる茸山
  • 木の実降る音からからと藪の中
  • 萩愛でてそぞろ歩きす松の間
  • もてなしの女あるじや萩の花
  • 母と娘の清らに住めり萩の宿
  • 千二百七十歩なり露の橋
  • 蜻蛉のさらさら流れ止まらず
  • 秋の蚊の居りてけはしき寺法かな
  • 秋雨のどつと寒しや山の町
  • 山川の斯るところに下り簗
  • 山々の紅葉しそめぬ下り簗
  • 廊下行く手燭に風や砧聞く
  • 稲刈りて道の遠さや清涼里
  • 崖下や打重なりて紅葉茶屋
  • 行秋や川をはさみて異国町
  • 墓生きて我を迎へぬ久しぶり
  • 一人居の廻り燈籠に灯を入れぬ
  • 提げて行く廻り燈籠を見舞かな
  • 避暑人のへりたる濱の花火かな
  • 花火やや飽きた空の眺められ
  • 我声の吹き飛び聞ゆ野分かな
  • 野分跡倒れし鶏頭皆起す
  • 父母の夜長くおはし給ふらん
  • 露葎老のかんばせうつるやと
  • 其中に金鈴をふる蟲一つ
  • 十六夜の月も待つなる母嫁かな
  • いちじくのまことしやかに一葉かな
  • 大江の両岸の蘆刈るとかや
  • 七夕の歌書く人によりそひぬ
  • 顔出来て浴衣著て居る踊り前
  • 棚ふくべ現れ出でぬ初嵐
  • 雨風や最も萩をいたましげ
  • 露の戸をよろぼひ入りて締めにけり
  • 端居して月に仰むく子供かな
  • 月明に仰ぎ伏したるベンチかな
  • 曼珠沙華あれば必ず鞭うたれ
  • 叢をうてば早や無し曼珠沙華
  • 松の塵こぼるる見ゆる秋日和
  • 秋の暮外の話に耳とむる
  • 頂に大きな旗や菌山
  • 峻峰の前に小さし菌山
  • 夕靄の静かに包む稲の村
  • 自らの老好もしや菊に立つ
  • 病よし菊の畑の荒を見る
  • はらはらと山の落葉や菊畑
  • 栗拾ふ却て椎の木の下に
  • 古寺を燈籠明りにたづねけり
  • はじまらん踊の場の人ゆきき
  • 大文字待ちつつ歩く加茂堤
  • 新涼や精進料理あきもする
  • 仲秋や月明かに人老いし
  • 御簾几帳吹きゆがめたる野分かな
  • 萩を見て暫くありておとなひぬ
  • 月の坂高野の僧に逢ふばかり
  • 遅月の山を出でたる暗さかな
  • 清閑にあれば尽き出づおのづから
  • 杭に繋ぐ一片舟や月の海
  • 楼の月柱にそひて昇りけり
  • 提灯を高く上げ見る夜霧かな
  • 蜻蛉とぶ紀の川広き眺かな
  • 秋天の下に浪あり墳墓あり
  • 豊年の田の面の案山子沈み居り
  • 柚味噌にさらさらまゐる茶漬かな
  • 料理屋に舟つなぎあり小門の秋
  • 草市や一からげなる走馬燈
  • 草の戸の残暑といふもきのふけふ
  • 女出て野分の門をとざしけり
  • 秋の灯や世を宇治山の頂に
  • 萩叢の一枝月にそびえたり
  • 萩刈りて蟲の音細くなりにけり
  • 遊船の舳揃へて月を待つ
  • 枝豆を喰へば雨月の情あり
  • 湖水より霧立ちのぼるばかりなり
  • 熔岩の上を跣足の島男
  • 秋晴に島のをとめの手をかざし
  • 手をかざし祇園詣や秋日和
  • 秋風に草の一葉のうちふるふ
  • 茸山やむしろの間の山帰来
  • ふみはづす蝗の顔の見ゆるかな
  • 山田守る案山子も兵兒の隼人かな
  • 御室田に法師姿の案山子かな
  • 聞きしよりあまり小さき柿の家
  • 弁当に拾ひためたる木の実かな
  • 旅笠に落ちつづきたる木の実かな
  • ツエツぺリン飛び來し國の盆の月
  • 温泉の客の減りては殖ゆる残暑かな
  • 百花園野分の跡を見に来たり
  • 七盛の墓包み降る椎の露
  • あと青く露の流るる芭蕉かな
  • 裏縁も月影さしてありにけり
  • 藪の穂の動く秋風見てゐるか
  • 禅寺の苔をついばむ小鳥かな
  • 朝に掃き夕に掃くや菊に住む
  • 六甲の裏の夜寒の有馬の湯
  • 横にやれ終には縦に破れ芭蕉
  • 日かげよりたたみはじめぬ籾むしろ
  • 舟漕いで亭主帰りぬ沼の秋
  • ふるへ居る棕櫚の葉もある野分かな
  • 小座蒲団萩の床几に敷いてあり
  • 露置くと月の芒に手を触れし
  • 椎の露香椎の宮に来りけり
  • 沼の月少し曇りて面白し
  • 大いなる月の暈あり巨椋池
  • 枝豆や舞子の顔に月上る
  • 赤きものつういと出でぬ吾亦紅
  • 秋山や椢をはじき笹を分け
  • 沼舟の棹高々と蘆がくれ
  • 泣きやめし子我を見る刈田道
  • 広重の七夕の画が祭りあり
  • 病人の根の尽きたる残暑かな
  • 雲の峰吹きたわみけり初嵐
  • いつまでも吠えゐる犬や木槿垣
  • おさへたる手重なりぬきりぎりす
  • 初潮に沈みて深き四ツ手かな
  • 蜻蛉や砂丘のかげに直江津が
  • 秋の蠅うてば減りたる淋しさよ
  • 引揚ぐる船を追ひうつ秋の波
  • 蚊帳干せる橋の手摺や鯊の汐
  • 突堤の先の鳥居や鯊の汐
  • 川中の杭に腰かけ鯊を釣る
  • 秋晴や太刀連峰は濃紫
  • 麓なき雲の峰あり秋の風
  • 秋風のだんだん荒し蘆の原
  • 秋雨の背の子は仰ぐ傘の裏
  • 破れたる網に蜘居る秋の雨
  • 門に出て夫婦喧嘩や落し水
  • 百舌鳥森に叫びおはぐろ藻にとべり
  • 干網のかげをあびをり菊の鉢
  • 掛稲をとりて黄菊の尚存す
  • 浦安の子は裸なり蘆の花
  • 団栗を掃きこぼし行く帚かな
  • 温泉の宿や蜩鳴きて飯となる
  • 朝出して闇の芭蕉に對しけり
  • 鶏を吹きほそめたる野分かな
  • 遅月の上りて暇申しけり
  • 山間の霧の小村に人と成る
  • 顔よせて人話し居る夜霧かな
  • 秋風や浜坂砂丘少しゆく
  • 秋雨に濡れてかわける砂丘かな
  • どこまでも柿転げゆく砂丘かな
  • 打よする波をふまへて鰯曳く
  • 菱採りしあとの菱の葉うらがへり
  • 秋風の急に寒しや分けの茶屋
  • 目の下に竹田村あり茸狩
  • 鶺鴒のとどまり難く走りけり
  • 大小の木の実を人にたとへたり
  • いたみ柿頬やけ阿弥陀に供へあり
  • いちじくをもぐ手に傳ふ雨雫
  • 刈萩をそろへて老の一休み
  • そこはかと刈田出来行く広野かな
  • 軒竝に焚く送り火や宿とらん
  • おもむろに助炭下ろして夜長し
  • 野付牛出でてほつほつ萩ありぬ
  • なだらかな萩の丘なり汽車登る
  • 露の原朝日よろこび躍るなり
  • 山の月温泉に病める子を見舞ふ
  • どこやらに花火の上る良夜かな
  • 清なる白浪見えて良夜かな
  • 芋を作り煙草をつくる那須野かな
  • 芋畑に鍬をかついで現れし
  • 皆降りて北見富士見る旅の秋
  • 帽取つて仰げばとはに霧雨が
  • 石狩の水上にして水澄まず
  • 十人は淋しからずよ秋の暮
  • 稲筵天塩の山も見ゆるかな
  • 燈台は低く霧笛は峙てり
  • 夜もすがら霧の港の人ゆきき
  • 霧の町玉蜀黍をやく火あり
  • 秋の蝶黄色が白にさめけらし
  • 鰯焚く漁村つづきや秋の濱
  • 竹切れに絲をつくれば鯊の竿
  • 秋天や羽山の端山雲少し
  • 秋山の美幌に越ゆる道見
  • 秋風やポプラの上の駒ヶ嶽
  • 秋風や秣の山の果もなく
  • 高原の山皆低し秋の風
  • 手を上げし人にこぼるる四十雀
  • 鶺鴒が枝垂桜にとまりたる
  • 空に雲薄く流るる菊日和
  • もぎかけし柚子を忘れて棹のあり
  • 此頃は柚子を仏に奉る
  • へだたりし話聞こえて野路の秋
  • 避暑宿に日々に親しや天の川
  • 墓参り尚あきたらず水そそぐ
  • 何となく人に親しや初嵐
  • 鳩我に身をすりよする野分かな
  • 葛の棚落ちたるままにそよぎ居り
  • 野分あと風遊びをる萩の花
  • 古の月あり舞の静なし
  • 枝豆に赤き辻占交りたる
  • 霧雨や湖畔の宿の旗下ろす
  • 木犀の縁にひれ伏す使かな
  • 浅草や秋風立ちし扇店
  • 秋風や何の煙か藪にしむ
  • 秋雨の社前の土のよくすべる
  • 並べある木の実に吾子の心思ふ
  • 星隕つる多摩の里人砧打つ
  • 蘆刈のいづち行きけん午餉時
  • 本堂の床下くぐり萱運ぶ
  • うで栗の湯気にゆらゆら主婦の顔
  • 土産店客に野分の戸を細目
  • 麗人とうたはれ月もまだ缺けず
  • 艪音のみして現れず霧の舟
  • 神とはに見る朝霧の明石の門
  • 秋の蚊のうかみ出でけり苔の上
  • 秋風や宇治の柴舟今もなほ
  • 歯朶勝の松茸籠を皆さげぬ
  • すみずみにつつましやかに小菊あり
  • 宇治川の流は早し柳散る
  • つくばひに廻り燈籠の灯影かな
  • 病人の精根つきし残暑かな
  • 山の宿残暑といふも少しの間
  • 稲妻のするスマトラを左舷に見
  • 我が息を吹きとどめたる野分かな
  • 鏡板に秋の出水のあとありぬ
  • 目さむれば貴船の芒生けてありぬ
  • 俳諧の忌日は多し萩の露
  • 萩の花も金森宗和の庭にあれば
  • はるばると人訪ふ約や月の秋
  • 月よけん芋の葉ずれの音もよし
  • 月の暈大いなるかな由比ヶ浜
  • 欄干によりて無月の隅田川
  • 秋袷身を引締めて稽古事
  • 露草を面影にして恋ふるかな
  • 秋の水木曽川といふ名にし負ふ
  • 椀ほどの竹生島見え秋日和
  • 秋の風衣と膚吹き分つ
  • 茸山の少し曇れば物淋し
  • 菌など山幸多き台所
  • からからと鳴子の音も空に消え
  • 曇りたる後の月なり障子締む
  • 掛稲に山又山の飛騨路かな
  • 避暑の濱稍さびれたる花火かな
  • 颱風の名残の驟雨あまたたび
  • 月あれば夜を遊びける世を思ふ
  • 聳えたるお西お東月の屋根
  • 秋天に赤き筋ある如くなり
  • 秋空や玉の如くに揺曳す
  • 屋根裏の窓の女や秋の雨
  • 智照尼は昔知る人薄紅葉
  • 今も亦一時雨あり薄紅葉
  • 此谷を一人守れる案山子かな
  • 黒きしみつとあり五郎兵衛柿とかや
  • 一足の石の高きに登りけり
  • 佇める人に菊花のうつ伏せり
  • 人去りて冷たき石に倚れる菊
  • 其人を恋ひつつ行けば野菊濃し
  • 落花生喰ひつつ読むや罪と罰
  • 実をつけてかなしき程の小草かな
  • 眼つむれば今日の錦の野山かな
  • 歴史悲し聞いては忘る老の秋
  • 雑踏の中に草市立つらしき
  • 大文字や人うろつける加茂堤
  • 友を葬る老の残暑の汗を見る
  • 病人に野分の夜を守りけり
  • 句拾ふや芒ささやき露語る
  • 一面に月の江口の舞台かな
  • 何某に扮して月に歩きをり
  • 我静なれば蜻蛉来てとまる
  • 紫蘇の実を鋏の鈴の鳴りて摘む
  • 棟竝めて早稲田大学秋の空
  • 破れ傘さして遊ぶ子秋の雨
  • 京に来て茸山あり手紙書く
  • 山河ここに集り来り下り簗
  • つややかな竹の床几を菊に置く
  • 夕闇の蘆荻音なく舟著きぬ
  • 病床の人訪ふたびに秋深し
  • 山々の男振り見よ甲斐の秋
  • 見苦しや残る暑さの久しきは
  • 三日月のにほやかにして情あり
  • 祖を守り俳諧を守り守武忌
  • 老松の己の露を浴びて濡れ
  • 老松に露の命の人往来
  • 月のごと大きな露の玉一つ
  • 松の月暗し暗しと轡蟲
  • 月も亦とどむるすべも無かりけり
  • 大空を見廻して月孤なりけり
  • 今一奮発奮発唐辛子
  • 母を呼ぶ娘や高原の秋澄みて
  • 秋風は芙蓉の花にややあらく
  • 老松のただ知る昔秋の風
  • 山の日は暑しといへど秋の風
  • 秋雨や刻々暮るる琵琶の湖
  • 坂少し下りて中堂薄紅葉
  • 思ひ侘び此夜寒しと寝まりけり
  • 雨の柚子とるとて妻の姉かぶり
  • 厨暗し置きある柚子の見えて来し
  • たかあしの膳び菓子盛り紅葉寺
  • 水際なる蘆の一葉も紅葉せり
  • 汝が為の願の絲と誰か知る
  • なかなかに二百十日の残暑かな
  • 隠家も現はになりし野分かな
  • 衰へし野分に鴉一羽飛び
  • 我命つづく限りの夜長かな
  • なつかしや花野に生ふる一つ松
  • 好もしき小さき山廬や萩の花
  • 霧の中小島頻りに渡りけり
  • 秋の海荒るるといふも少しばかり
  • 荷船にも釣る人ありて鯊の潮
  • 吾も亦紅なりとついと出で
  • 秋晴や心ゆるめば曇るべし
  • 高原に立ちはだかりて秋高し
  • 秋風の俄に荒し山の庵
  • 門前の坂に名附けん秋の風
  • 秋風に吹かれ白らめる面かな
  • 大杉に隠れて御堂秋の風
  • 秋雨の荒きは時化の来る知らせ
  • よろよろと棹がのび来て柿挟む
  • 大石に這ひ寄りかかる小菊かな
  • 木の実降る音を聞きつつ訪ひにけり
  • 立ち昇る茶碗の湯気の紅葉晴
  • 残したる任地の墓に参りけり
  • 墓の道狭められたる参りけり
  • 家建ちて厨あらはや墓参り
  • 夏木やや衰へたれど残暑かな
  • 秋の山首をうしろに仰ぎけり
  • 鰯雲日和いよいよ定まりぬ
  • 暖かき茶をふくみつつ萩の雨
  • 長待ちの川蒸気やな秋の雨
  • 大寺の戸樋を仰ぎぬ秋の雨
  • 燭を継ぐ孫弟子もある子規忌かな
  • その後の日月蝕す幾秋ぞ
  • 帯結ぶ肱にさはりて秋簾
  • 駈けり来し大烏蝶曼珠沙華
  • 藤袴吾亦紅など名にめでつ
  • 秋風に噴水の色なかりけり
  • 見失ひ又見失ふ秋の蝶
  • 新聞をほどけば月の芒かな
  • 露のやど仏のともしかんがりと
  • 弓少し張りうぎてあり鳥威し
  • 客稀に葭簀繕ふ茶屋主
  • 栗剥げと出されし庖丁大きけれ
  • 機織虫の鳴り響きつつ飛びにけり
  • 目にて書く大いなる文字秋の空
  • 菊車よろけ傾き立ち直り
  • 老の耳露ちる音を聞き澄ます
  • 土の香は遠くの草を刈つてをり
  • 木の股の抱ける暗さや秋の風
  • 鈴虫を聴く庭下駄を揃へあり
  • 苔の道辷りしあとや墓まゐり
  • 朝顔の鉢を置きたる墓の前
  • 町中に少し入りこみ盆の寺
  • だしぬけに吹きたる風も野分めき
  • わが前の畳に黒し秋の蠅
  • 大いなる団扇出てゐる残暑かな
  • 握り見て心に応ふ稲穂かな
  • 子規墓参それより月の俳句会
  • わが墓参済むを静かに待てる人
  • つばくろの飛び迷ひ居り霧の中
  • 玉蜀黍を二人互ひに土産かな
  • 茄子畠は紺一色や秋の風
  • 新米の其一粒の光かな
  • 新米を二粒づつや神の前
  • 到来の柿庭の柿取りまぜて
  • けふの日も早や夕暮や破芭蕉
  • つぎつぎに廻り出でたる木の実独楽
  • 黄葉して隠れ現る零余子蔓
  • 立秋の雲の動きのなつかしき
  • 自転車に花や線香や墓参り
  • 不思議やな汝が踊れば吾が泣く
  • 日出でて葉末の露の皆動く
  • 雲間より稲妻の尾の現れぬ
  • 秋雨を衝いて人来る山の庵
  • 萩叢の中に傘干す山の庵
  • 狼藉や芙蓉を折るは女の子
  • 芙蓉花の折り取られゆく花あはれ
  • 凄かりし月の団蔵七代目
  • よべの月よかりしけふの残暑かな
  • 月を待つ人皆ゆるく歩きをり
  • 歌膝を組み直しけり蟲の宿
  • いつまでも用ある秋の渋団扇
  • 取りもせぬ糸瓜垂らして書屋かな
  • 木犀の香は秋の香を近づけず
  • 北嵯峨の祭の人手見に行かん
  • 秋晴や諸手重ねて打ち翳し
  • 天高し雲行くままに我も行く
  • 白雲の餅の如しや秋の天
  • あの雲の昃り来るべし秋の晴
  • 渡り鳥堤の藪を木伝ひて
  • 一塵を見つけし空や秋の晴
  • 稲架遠く連り隠れ森のかげ
  • 礎の下の豆菊這ひ出でて
  • 木々紅葉せなばやまざる御法かな
  • 今も尚承陽殿に紅葉見る
  • 温泉に入りて暫しあたたか紅葉冷え
  • 君を送り紅葉がくれに逍遥す
  • 末枯の原をちこちの水たまり
  • 背中には銀河かかりて窓に腰
  • 此後は留守勝ならん萩の庵
  • 牛の子の大きな顔や草の花
  • 辛辣の質にて好む唐辛子
  • 親子相語りて浅間秋の晴
  • ラヂオよく聞こえ北佐久秋の晴
  • 秋晴の浅間仰ぎて主客あり
  • 秋晴の裾野に小さき小諸町
  • 見渡して月の友垣ならぬなし
  • 秋晴の郵便函や棒の先
  • 提灯を吹かれ野分の迎へ人
  • 街道の貫く町や粟を干す
  • 秋の風強し敷居に蝶とまり
  • 秋雨や浅間噴煙雲の中
  • 子供等も重荷を負うて秋の雨
  • 四方の山裾晴れかかり秋の雨
  • 焚火して土瓶かけたり菌山
  • 焚火あと草敷きしあと菌山
  • 案内の宿に長居や菌狩
  • 稲雀追ふ人もなく喧しき
  • 稲刈りて残る案山子や棒の尖
  • 停車場に夜寒の子守旅の我
  • 掛稲の向ふの坂の牛車
  • からからと鳴りをる小夜の稲扱機
  • 畦豆を積み新藁に屋根を葺き
  • 暫くは雑木紅葉の中を行く
  • 老の杖運びて果す墓参り
  • 秋蝉も泣き蓑虫も泣くのみぞ
  • 敵といふもの今は無し秋の月
  • 黎明を思ひ軒端の秋簾見る
  • 更級や姨捨山の月ぞこれ
  • 今朝は早薪割る音や月の宿
  • 秋晴や或は先祖の墓を撫し
  • 夕煙立ちこめたりし南瓜棚
  • ごみすてて汚なからずよ赤のまま
  • 溝そばと赤のまんまと咲きうづみ
  • 白露の抱きつつめり稲の花
  • 板塀の野分の小門締めしまま
  • 老の杖野分の中を散歩かな
  • 木々の霧柔かに延びちぢみかな
  • 稔りては乱れそめにし黍畑
  • 山畑の粟の稔りの早きかな
  • 坂急に鳴る秋水を顧みる
  • 秋晴や黒斑浅間は指呼の間
  • 秋晴や浅間は常に目にありて
  • 浅間低し我居るところ秋高し
  • 父のあと追ふ子を負ひて秋の山
  • 薄紅葉して静かなる大樹かな
  • 學校が真中にあり稲の村
  • 稲の波案山子も少し動きをり
  • もちの穂の黒く目出度し豊の秋
  • 空高く澄みたるもとに柿たわわ
  • 稲掛けて人の在らざる野を行きぬ
  • 一粒もおろそかならず稲を干す
  • ここに住む我子訪ひけり十三夜
  • 深秋といふことのあり人も亦
  • 夕紅葉色失ふを見つつあり
  • 草紅葉しぬと素顔を顧みて
  • 浅間八ツ左右に高く秋の立つ
  • 秋立つや藁の小家の百姓家
  • 立秋や時なし大根また播かん
  • わが足にからまる一葉大いなり
  • それぞれの形の墓を拜みけり
  • ひたすらに祖先の墓を拜みけり
  • 詣るにも小さき墓のなつかしく
  • 小さき墓その世のさまを伏し拝む
  • 雷に音をひそめたる秋の蝉
  • 山里の盆の月夜の明るさよ
  • 草花火たらたら落ちぬ芋の上
  • くさくさの稔りに入りし残暑かな
  • 一塊の雲ありいよよ天高し
  • 物の本西瓜の汁をこぼしたる
  • 朝の日を宿して落つる露の玉
  • 白露の広き菜園一眺め
  • 雷に音ひそめたる秋の蝉
  • 秋茄子の日に籠にあふれみつるかな
  • 蜻蛉の逆立ち杭の笑ひをり
  • 人顔の西瓜提灯ともし行く
  • 膝に来て稲妻うすく消ゆるかな
  • 稲妻の今宵は殊に心細そ
  • 一面に南瓜まとへる伏屋かな
  • 蓼の花小諸の径を斯く行かな
  • 秋の灯や夫婦互に無き如く
  • 水鉢にかぶさり萩のうねりかな
  • 道草にゆふべの露の落し物
  • 露葎露の鏡といひつべし
  • 月明き下提灯の火は黄色
  • 夜半すぎて障子の月の明るさよ
  • 澄み渡る月に心を乱すまじ
  • 町の子にからかはれゐる月の老
  • 月待つと早く障子の外にあり
  • 小諸とは月の裾野に家二千
  • 踏石に月明らかや庭の面
  • 寝るまでは明るかりしが月の雨
  • 提灯にもろこしをふと人かとも
  • もろこしにかくれ了せし隣かな
  • 草庵はただもろこしに風強し
  • 秋晴や寒風山の瘤一つ
  • 秋晴や陸羽境の山低し
  • 客と居る小諸山廬の天高く
  • 秋扇を持ち垂らしをり膝抱いて
  • 向う家の秋の簾も垂れしまま
  • 帰りけりこれより案山子こしらゆと
  • お神楽や世話人何か立ち廻り
  • ほつほつと家ちらばりて秋野かな
  • 颱風の来るの来ぬのと稲の花
  • 酒折の宮はかしこや稲の花
  • 湯を出でて秋風吹いて汗も無く
  • 古城址は大きからねど秋の風
  • 秋風や静かに動く萩芒
  • 千年の秋の山裾善光寺
  • 物浸けて即ち水尾や秋の川
  • 百丈の断崖を見ず野菊見る
  • 野菊叢東尋坊に咲きなだれ
  • 病む人に各々野菊折り持ちて
  • 爽やかに衆僧読経の声起り
  • 寺なれば秋蚊合点廁借る
  • 柿赤く旅情漸く濃ゆきかな
  • 鳥渡る浜の松原伝ひにも
  • 菊生けて配膳青き畳かな
  • 汽車を見て立つや出水の稲を刈る
  • 濃紅葉に涙せき来る如何にせん
  • 一枚の紅葉且つ散る静かさよ
  • この杖の末枯野行き枯野行く
  • 柳散り蓮破れお濠尚存す
  • 伊賀の客名古屋の客や秋祭
  • 流れ星悲しと言ひし女かな
  • 掃き送る桐の一葉を先き立てて
  • 身に入みて身の上話花火の夜
  • 怪談はゆうべでしまひ秋の立つ
  • 隣る家の七夕紙は白ばかり
  • 隣り親し七夕竹を立てしより
  • 紙伸ばし水引なほしお中元
  • 中元の熨斗水引にこだはりて
  • 秋暑しニ三度部屋をめぐり坐す
  • 秋暑し主もうけの拭き掃除
  • 稲妻の包みて小さき伏屋かな
  • 膝に来て消ゆる稲妻薄きかな
  • 沓脱のあちこちにある鳳仙花
  • 干浴衣直ぐ乾きけり鳳仙花
  • 朝顔をあはれと見つつ障子しめ
  • 内湖の細江になりて蓼の花
  • 湖もこの辺にして雁渡る
  • 豆の蔓月にさ迷ふ如くなり
  • 何事も野分一過の心かな
  • 萩の戸に寄り添ひ立てば昔めき
  • 秋草をただ挿し賤しからざりし
  • 稲稔り蜻蛉つるみ子を背負ひ
  • 戸隠の山々沈み月高し
  • 山霧の襲ひ来神楽今祝詞
  • 故国荒る書斎に庭の蘭を剪り
  • 膝立てて月を友とすひとりかな
  • 月の下生なきものの如く行く
  • 小諸去る月に名残を惜みつつ
  • 新米や百万石を一握り
  • 湯殿ほとともりて月の伏家かな
  • 筆硯の用意無月の集ひかな
  • 心閑子規の忌日を迎へたる
  • 子規祭る供華に浅間の竜胆を
  • せせりゐる紫苑の蝶の一つ舞ひ
  • 案山子我に向ひて問答す
  • ここもとで引けばかしこで鳴子かな
  • 人々に更に紫苑に名残あり
  • 鬼灯の赤らみもして主ぶり
  • 走り来る秋水そこに沢の家
  • 去らんとすされど秋晴浅間山
  • 秋晴の名残の小諸杖ついて
  • 濁りしと思へど高し秋の空
  • 七十四その秋の暮さびしけれ
  • 雨の日はことにさびしや秋の暮
  • 爛々と昼の星見え菌生え
  • 客も亦帚とりつつ菊の庭
  • 大原は近し濃紅葉牛車
  • この寺は尼門跡や紅葉濃し
  • もののふの八十宇治川の秋の水
  • 宇治川のほとりの宿の夜寒かな
  • 胡桃割り呉るる女に幸あれと
  • 人を訪ひ今日立秋の時儀を陣べ
  • うち立てて七夕紙は少なくて
  • うち立てて七夕竹を恋ふるかな
  • 颱風の圏内にあり萩芙蓉
  • 野分あと早くも落葉掃ける門
  • 心易き家郷の月や暗くとも
  • 垣外を通る電車や月の庵
  • 人々が心に描き子規祭る
  • 又一つ岩現れ来秋の波
  • 蠅一つつきて離れず秋の濱
  • 竹伐りで道に出し居る行手かな
  • 尼寺の戒律ここに唐辛子
  • 秋日ちよと昃りて見せつよき庭を
  • 秋晴やなほもはびこる藪からし
  • 生徒皆築地に凭れ秋の晴
  • 秋山家障子をたてる音響く
  • 魂の一と揺るぎして秋の風
  • 秋雨の今日も汐木を拾ひ居り
  • 智照尼の衣短し薄紅葉
  • 遠足の子と女教師と薄紅葉
  • 水飲むが如く柿食ふ酔のあと
  • 尼寺の紅葉やとぼそ埒を結ひ
  • 大紅葉燃え上らんとしつつあり
  • 来る客を一々迎へ門紅葉
  • 紅葉山映る大玻璃障子かな
  • 能衣装うちかけしごと庭紅葉
  • 紅葉見や尼も小縁にかしこまり
  • あの音は如何なる音ぞ秋の立つ
  • 袖垣に桔梗ついと出秋の立つ
  • 銀河中天老の力をそれに得つ
  • 昴明く銀河の暗きところあり
  • 銀河西へ人は東へ流れ星
  • 西方の浄土は銀河落るところ
  • わが終り銀河の中に身を投げん
  • 香煙に心を残し墓参り
  • 伊予の日の暑しと思ふ墓参り
  • 墓参して直ちに海に浮びけり
  • 人生は陳腐なるかな走馬燈
  • 老人の日課の如く走馬燈
  • ものの絵にあるげの庭の花芙蓉
  • 朝顔の大輪にして重なりて
  • よき部屋の深き廂や萩の花
  • 尼ひろひためたる栗を土産かな
  • 伐出せし竹の太さや英勝寺
  • 雲あれど無きが如くに秋日和
  • 山川のくだくる水に秋の蝶
  • 本尊に茶を供ずれば秋蚊出る
  • 秋の波たたみたたみて火の国へ
  • 海底に珊瑚花咲く鯊を釣る
  • 桶に落つ秋水杓の廻り居り
  • 秋風に木々の透間の見えそめし
  • 秋雨や庭の帚目尚存す
  • 稲筵あり飯の山あり昔今
  • 稲筵つづきに伊予に這入りけり
  • 温泉煙に絶えず揺れゐる烏瓜
  • 巫女案内紅葉をくぐり橋を過ぎ
  • 深耶馬にトラック二台紅葉狩
  • 待ちたりし赤朝顔の今朝咲きし
  • 鎌倉の山に響きて花火かな
  • 朝顔の花に朝寝のあるじかな
  • 萩一つ咲きそめ露の置きそめし
  • 秋風の一刷したる草木かな
  • 天高し蔓の先皆よるべなき
  • 秋晴の命惜しくも覚えたり
  • 秋晴や客の主も庭歩き
  • 見る人に少しそよぎて萩の花
  • もろもろを吹きゆがめたる野分かな
  • 古家に釘打つ音の野分かな
  • 桔梗のしまひの花を剪りて挿す
  • 我袖も木の葉もそよぎ秋の風
  • 月よしと木々の梢の夕茜
  • 月の庭ふだん気附かぬもの見えて
  • 夕暮に家を立ち出で月の会
  • 老眼をしばだたきけり秋の晴
  • 秋風に庭の大木我隠れ
  • 白芙蓉松の雫を受けよごれ
  • 深霧の高原に出ぬ汽車の窓
  • 老いて尚芸人気質秋袷
  • よく見たる右廻りなる糸瓜蔓
  • 水車場へ道は平らや草紅葉
  • 粧へる浅間連山町の上
  • 朝寒の人各々の職につく
  • 首巻をして濃紅葉に染まるまま
  • 末枯の歩むにつれて小径現れ
  • 掃き出す萩と芒の間の塵
  • まだ書かぬ七夕色紙重ねあり
  • 朝顔の雨や書屋を開け放ち
  • 月を思ひ人を思ひて須磨にあり
  • 子規忌へと無月の海をわたりけり
  • 月を待つ立待月といふ名あり
  • ふるさとの此松伐るな竹伐るな
  • 秋風の伊丹古町今通る
  • 虫の音に浮き沈みする庵かな
  • 柿取るにまかせ庖丁縁にあり
  • 草庵を菊の館とも誇りけり
  • 草の戸に居ながらにして月を待つ
  • 野分暗しときどき玻璃の外面見る
  • 苔寺へ道の曲りの柿の家
  • 苔寺を出てその辺の秋の暮
  • 古都の空紫にして月白し
  • 欠伸せる口中に入る秋の山
  • 人顔は未ださだかに夕紅葉
  • 小国町南小国村芋水車
  • かけて見せ外しても見せ芋水車
  • 秋晴の翳の濃ゆさやものの隈
  • 何もせで一日ありぬ爽やかに
  • 人会しすぐ散らばつて秋の晴
  • 川音の高まり長き夜はくだち
  • 人の世の虹物語うすれつゝ
  • 野分跡倒れし木々も皆仏
  • 目の前にひらひらするは鳥威し
  • 遠ざかりをる人疎し秋の雨
  • 盂蘭盆会遠きゆかりとふし拝む
  • 山の名を思ひ出しつつ花野ゆく
  • 霧襲ひ来て佇める花野かな
  • たとふれば真萩の露のそれなりし
  • 白萩の露のあはれを見守りぬ
  • 参りたる墓は黙して語らざる
  • 快き秋の日和の匂ひかな
  • 娘の訪ひ来すぐ去ることも秋の風
  • 流れ星はるかに遠き空のこと
  • 大空の青艶にして流れ星
  • 星一つ命燃えつつ流れけり
  • 貴船出て立寄る柿の円通寺
  • ここも亦柿の村なる円通寺
  • よろめきて杖つき萩の花を見る
  • 暑かりし日を思ひつつ残暑かな
  • 大樹あり倚り佇めば秋の風
  • 暁烏文庫内灘秋の風
  • 門外は只秋風の円通寺
  • 石庭の石皆低し秋の風
  • 秋晴や一片雲も爪弾き
  • 昂ぶれる人見て悲し秋の風
  • ほどけゆく一塊の雲秋の空
  • 秋の雲大仏の上に結び解け
  • 朝顔を一輪挿に二輪かな
  • 秋の雲浮みて過ぎて見せにけり
  • 松原の続く限りの秋の晴
  • 秋風にもし色あらば色ヶ浜
  • 浅草に無く鎌倉で買ふ走馬燈
  • 爽として蜩の鳴き出でたりな
  • 我思索つくつく法師鳴くなべに
  • 草に生れ土に生れたる虫の声
  • 藤豆の垂れたるノの字ノの字かな
  • 秋の野の其の紫の草木染
  • 松虫のものがたりあり虫すだく
  • 秋雲は老の心にさも似たり
  • 破荷の茎面白や水の綾
  • 玄関の衝立隔て秋日和
  • ほのかなる空の匂ひや秋の晴
  • 二タ寺の境はここや秋の山
  • 白雲のち切れしところ秋の空
  • 粧ひし山の片袖初紅葉
  • 我杖の障れば飛ばん芒の穂
  • 立つても見坐りても見る秋の山
  • 金色の秋上品の仏かな
  • 大広間秋を坐断しひとりをる
  • 波間より秋立つ舟の戻りけり
  • 東京の空には薄し天の川
  • 傘かりて八瀬の里へとしぐれけり
  • 枯蘆を漕ぎ出て長し瀬田の橋
  • 傘さしてゆくや枯野の雨の音
  • はつしもや吉田の里の葱畑
  • 月の夜に笠きて出たり鉢叩
  • 我庵は大文字山の落葉かな
  • 時雨きや蠣むく家のうすあかり
  • 宵の雲横川の杉にしぐれけり
  • 其むかしむかし法師のしぐれけり
  • 冬空やからび切つたる天の川
  • 湯婆の都の夢のほのぼのと
  • 藍流す音無川の落葉かな
  • 落葉してあそこここなる古墳かな
  • 凩や猿ぶら下る角櫓
  • きのふけふ比叡に片よる時雨かな
  • 筋違に提灯通る冬木立
  • 黒谷の山門高し冬木立
  • 城あとの石垣のこる冬木立
  • 雉の尾の走りうせけり冬木立
  • 冬枯の道二筋に分れけり
  • 尾花枯れて焼石多き裾野かな
  • 冬の山うねうねとして入日かな
  • 冬ごもり親老いたまふ後ろかげ
  • 日当りや俵の中の炭の音
  • 大寺や庭一面の霜柱
  • 冬川の水落ちあひて菜屑かな
  • 大船や帆綱にからむ冬の月
  • 年の暮ただぼうぼうと風が吹く
  • 行年の松杉高し相国寺
  • 谷川や氷の底の水の音
  • しぐれつつ留守守る神の銀杏かな
  • 凩や水かれはてて石を吹く
  • 寺町や土塀の中の冬木立
  • 古墳や誰がさしすてし枯躑躅
  • 草枯れて夕日にさはるものもなし
  • 鮟鱇の口ばかりなり流しもと
  • 手にとればぶちやうはふなる海鼠かな
  • 冬籠髯でもすこしはやさうか
  • 身一つをなぐさめかぬる炬燵かな
  • 吾妹子とふりにけるかも桐火桶
  • 風呂敷に乾鮭つつむ師走かな
  • 火をくれぬ下宿わびしき師走かな
  • 御僧に似てをかしさよ笠の雪
  • 茶の花に黄檗山を立ち出でし
  • このごろは鴛鴦に恨もなかりけり
  • 走るやうに枯野を通る灯かな
  • 南縁に湯婆をあける日午なり
  • 隣から寒夜とひ来る裏戸かな
  • 君をおくつて凍ゆべく戸に彳みつ
  • 窓の灯に慕ひよりつつ拂ふ下駄の雪
  • 一筋道にして十夜の寺の人通り
  • 十銭の焼芋はあまり多かりし
  • あぢきなき炬燵の夢や占とはん
  • 叱られてもぐりこんだる蒲団かな
  • うつくしき蒲団わびしき病かな
  • 歳晩の二日になりて事多し
  • 大いなる霰ころがりて縁に消えざる
  • 信心の涙も氷る十夜かな
  • 門前に知る人もある十夜かな
  • 傘棚に古傘多きしぐれかな
  • 柴漬に見るもかなし小魚かな
  • 古濠や氷らぬ方にかいつぶり
  • 足早き提灯を追ふ寒さかな
  • 古著屋の門辺の柳枯れにけり
  • 路地口の貧しき柳枯れにけり
  • 寒潮に河豚の毒を洗ひけり
  • 牡蠣をむく火に鴨川の嵐かな
  • 耳とほき浮世のことや冬籠
  • 蒲団かたぐ人も乗せたり渡舟
  • 小日向に借家をさがす年のくれ
  • 霜やけの手を集めたる火鉢かな
  • 材木に雪積りけり川の中
  • 雪にとまる鐡道馬車や日本橋
  • 一筋に神をたのみて送りけり
  • 沢庵や家の掟の鹽加減
  • 昼寄席の下足すくなき寒さかな
  • 一人寒く佛の道に入りにけり
  • 物くれる阿蘭陀人やクリスマス
  • 昼過ぎの炬燵ある間を煤拂
  • かわり合ひて先生の餅をつきにけり
  • 顔見世や茶屋の傘行き通ひ
  • 山眠る如く机にもたれけり
  • したたむる旅の日記や榾明り
  • 百年の煤も掃かずに囲炉裏かな
  • 古傘で風呂焚く暮や煤拂
  • かくれ住む人訪ふ雪の野路かな
  • 河豚くふや短き命短き日
  • 河豚くふて尚生きてゐる汝かな
  • 俳諧に老いて好もし蕪汁
  • 生きのこる老のまとゐや蕪汁
  • 旅衣炬燵の裾にかけて寝ん
  • 浦嶋草一夜の霜に老いにけり
  • 一年の煤やきのふの雪の上
  • 高瀬川木屋町の煤流れけり
  • 爐開きや蜘動かざる灰の上
  • 茶の花に暖き日のしまひかな
  • 糟糠の妻が好みや納豆汁
  • 又借りの釈迦八相や冬ごもり
  • 書中古人に会す妻が炭ひく音すなり
  • 小説に己が天地や爐火おこる
  • 寒夜読書何か物鳴る腹の底
  • 銭湯に人走り入る冬の月
  • 石段を上る人無し杉の雪
  • 初冬や假普請して早住めり
  • 降り出すや傘さしかけて莖洗ふ
  • 鹽じみて幾夜経にけん莖の石
  • 川下は藍流す川や莖洗ふ
  • 山門に即非の額や山眠る
  • 八瀬の里眠れる比叡の麓かな
  • 温泉の宿や障子の外に眠る山
  • 炭をもて炭割る音やひびくなり
  • 炭出しに行く炭部屋や雪の中
  • 俵より炭うつす大火鉢かな
  • 夜晴れて朝又降る深雪かな
  • 雪深し社の裏の茶屋二軒
  • 傾きし木部屋悲しや雪の家
  • 雪掻くや行人袖を拂ひ過ぐ
  • 春待つや竹の里歌稿成りぬ
  • 冬の山低きところや法隆寺
  • 山眠る中に貴船の鳥居かな
  • 町と共に衰へし寺や除夜の鐘
  • からからと寒が入るなり竹の宿
  • 雑炊に魂入るや寒の内
  • 茶の花や黄檗の僧今は誰
  • 山茶花の掃き集めあるは夥し
  • 宿屋出て銭湯に行く時雨かな
  • 年若き人に誠の時雨かな
  • 忘れもの尚ある茶屋や枯柳
  • 煮ゆる時蕪汁とぞ匂ひける
  • 大寺や庫裡は人の世鷦鷯
  • 庭にこぼす十能の火や鷦鷯
  • 病める子の足のせ眠る湯婆かな
  • 年々に松うつ柱古りにけり
  • 今年も古き暦と忘れけり
  • 雪模様枯木の中を通りけり
  • 石段の深雪見上げて拜みけり
  • 兄病みて我方外の寒さかな
  • 宇治寒し名所も見ずに煮売屋へ
  • 積む萱も大破の屋根も時雨れけり
  • 三世の佛皆座にあれば寒からず
  • ある時は布団のおごり好もしき
  • 旅蒲団軽き恙に熟睡かな
  • 霜降れば霜を楯とす法の城
  • 灰の如き記憶ただあり年暮るる
  • 身一つを先づもたらしぬ雪の國
  • 寒燈に柱も細る思ひかな
  • 眠る山に帰る雲あり南禅寺
  • 霜白き窓外の景に焚く爐かな
  • 各々にそれぞれ古りし火桶かな
  • 能を見て故人に逢ひし師走かな
  • 凍てぬると車の音の聞こゆなり
  • 我を迎ふ旧山河雪を装へり
  • 水仙を剪りたる日よりみぞれけり
  • 水満てて春待つ石の手水鉢
  • 闇汁の闇はろはろと月麩かな
  • 虎落笛子供遊べる聲消えて
  • 喝食の面打ち終へし冬至かな
  • 茶屋の前広うして掃く散紅葉
  • 湯婆に唯一温の草廬なり
  • ニ三子や時雨るる心親しめり
  • 茶屋客や竝び受取る時雨傘
  • 今朝も亦焚火に耶蘇の話かな
  • 梅を探りて病める老尼にニ三言
  • 日向ぼこの我を乱さぬ客ならば
  • 行年や門司へわたりの人の中
  • 雪空にいつしか月の見えて暈
  • 雪空を支へて菊の覆ひかな
  • 冬帝先づ日をなげかけて駒ヶ嶽
  • 追分を聞いて冬海を明日渡る
  • 湾を抱く雪の山々は北海道
  • 枯萩のいつまで刈らであることか
  • 三聲ほど炭買はんかと云ふ聲す
  • 毛氈に色のあせたる散り紅葉
  • 散り紅葉ここも掃き居る二尊院
  • 落葉なほくすぶりありぬ戻り路
  • 霜を掃き山茶花を掃くばかりかな
  • 侘助や障子の内の話し聲
  • ひらひらと深きが上の落葉かな
  • 木枯や皆しぼみたるポプラの葉
  • 木枯の辻馬車に乗る早足に
  • 木枯や鞭につけたる赤き切れ
  • 洟かむや時雨日和をめでながら
  • 短日や馬車を駆りたる小買い物
  • 水鳥の夜半の羽音やあまたたたび
  • 水鳥の暫し流れて羽掻きかな
  • 水鳥に菜屑すてたり岸の家
  • 水鳥や岸辺の家の今日も暮れ
  • 河柳地に伏しなびく枯野かな
  • 蠣船の薄暗くなり船過ぐる
  • いつまでも炭ひいてゐる音すなり
  • 人住みて門松立てぬ城の門
  • 行年やかたみに留守の妻と我
  • 佇めば落葉ささやく日向かな
  • 軒借るや又時雨来と言ひながら
  • かりそめにかけし干菜のいつまでも
  • 干からびてちぎれなくなる干菜かな
  • 灯のともる干菜の窓やつむぐらん
  • 庫裡を出て納屋の後ろの冬の山
  • 國寒し四方の山より下ろす炭
  • ストーヴに遂に投ぜし手紙かな
  • 寒燈の油を惜む尼の君
  • とつかはと祠の神も旅立ちぬ
  • 爐開きに参る時雨の雨やどり
  • たまるに任せ落つるに任す屋根落葉
  • 徐々と掃く落葉帚に従へる
  • かりに著る女の羽織玉子酒
  • ふだん著の女美し玉子酒
  • 筒つぼを著て寒紅をつけにけり
  • 手にとればほのとぬくしや寒玉子
  • 藪の穂に村火事を見る渡舟かな
  • 山寺の鐘殷々と村の火事
  • 大原女に又ことづてや年の暮
  • 藪の池寒鮒釣りのはやあらず
  • ほつかりと灯ともる窓の干菜かな
  • 寒き風人持ち来る煖爐かな
  • しづかにも漕ぎ上る見ゆ雪見舟
  • 水仙を剪りに書堂を下りけり
  • 柊をさす母によりそひにけり
  • 生れゆく帚の先の落葉かな
  • ゆるやかに水鳥すすむ岸の松
  • 病床にある誰彼に年暮るる
  • 行く年のともしびなりと明うせよ
  • 万両の實は沈み居る苔の中
  • 鷲騒ぐ隣の檻に鷹静か
  • もろ翼しかと収めて鷹はあり
  • つく杖の先にささりし朴落葉
  • 踏みあるく落葉の音の違ひけり
  • 東京の南に低き冬日かな
  • 枯芒飛ぶ蟲さへも居らずなり
  • 鉛筆で助炭に書きし覚え書
  • ほつかりと梢に日あり霜の朝
  • 呉服屋が来てをる縁や干大根
  • 風の日の莖漬けてゐる女かな
  • 茎の水こぼれ流るる納屋の外
  • 落葉焚く煙を乱すものもなし
  • たらたらと藤の落葉の続くなり
  • 時雨つつ大原女言葉多きかな
  • 爐辺の人一人出て行く時雨かな
  • 女皆手拭かぶる時雨かな
  • 寺の傘茶店にありし時雨かな
  • あらぬ方に冬日の影の逃げてゐし
  • 弔ひのあるたび出づる冬籠
  • 炭斗は所定めず坐右にあり
  • 爐の灰に置きし土瓶もたぎりをり
  • 又一人婆の出て来る爐ばたかな
  • 侘住の炬燵布団の美しき
  • せはしげに叩く木魚や雪の寺
  • はさまりし古き落葉や小柴垣
  • 大原も時雨れぬ日あり暖し
  • 柴漬の古江に人の下りて行く
  • 庭広し冬木がくれの普請かな
  • 草枯や泣いてつき行く子ははだし
  • 靑き葉の火となりて行く焚火かな
  • 又人の住みかはるらし畳替
  • 水仙や表紙とれたる古言海
  • 茶の花の嵯峨の細道斯く行きぬ
  • 山裾のほかりとぬくしお茶の花
  • 大原の子は遊びをる時雨かな
  • 門さしに走り出づるや小夜時雨
  • 物指で背なかかくことも日短か
  • 来るとはや帰り支度や日短か
  • 枯蓮の間より鴨のつづき立つ
  • 息白く喧嘩してをる夫婦かな
  • 雑炊に非力ながらも笑ひけり
  • 爐話に煮こぼれてゐる蕪汁
  • 焼芋がこぼれて田舎源氏かな
  • 手より手に渡りて屏風運ばるる
  • 玉の緒をつなぐたんぽをかへにけり
  • つづけさまに嚏して威厳くづれけり
  • 嚏してまた襟巻を深々と
  • 襟巻の狐の顔は別に在り
  • 霜解の道返さんと顧し
  • 炎上を見かへりながら逃ぐるかな
  • 来る人に我は行く人慈善鍋
  • 煤竹を持つて喧嘩を見に出たり
  • 老一人いつまで煤の始末かな
  • 堀端の柳のもとに畳替
  • 悴める手を暖き手の包む
  • 駆け込みし女房の髪に霰かな
  • 見えてゐる御門遠しや御所の雪
  • 凍蝶の己が魂追うて飛ぶ
  • 大空をただ見てをりぬ檻の鷲
  • 落葉焚く過ぎゆく時雨見送りつ
  • 時雨るると茶屋から茶屋へ小走りに
  • 東西の両本願寺御講凪
  • 短日の駒形橋を今渡る
  • 傾きし大冬木ある社殿かな
  • 老夫婦いたはり合ひて根深汁
  • 焚火せる患家の門を這入りけり
  • 焚火のみして朽ち果つる徒に非ず
  • 焚火して雪空仰ぎゐたりけり
  • 拂ひ立つ焚火埃や雪催ひ
  • 釜すこし上げて囲炉裏を焚きくれし
  • トラムプの崩れちらばる置炬燵
  • 助炭かけてし漸く立ちし水仕かな
  • 勉めよと日記を買ひて與へけり
  • 大根の葉しごきながらに畑を出づ
  • 高きより落葉光を失しつつ
  • 水鳥を提灯照らし過ぎにけり
  • 水鳥の夜半の羽音静まりぬ
  • 灯火の窓辺に倚りぬ浮寝鳥
  • 日向ぼこりして焦燥を免れず
  • 観音は近づきやすし除夜詣
  • 提灯の碇の紋や除夜詣
  • 寒紅の店の内儀の美しき
  • 雪片の流れ止まる玻璃戸かな
  • 避寒宿荷物と書生先づ至る
  • 芭蕉忌や遠く宗祇に遡る
  • 帚あり即ちとつて落葉掃く
  • 母と子の拾ふ手許に銀杏散る
  • 鴨の中一つの鴨を見てゐたり
  • 枯れ果てしものの中なる藤袴
  • 枯萩に添ひ立てば我幽かなり
  • 枯芭蕉棒もたしかけありにけり
  • 彼女いづこにありや焚火の傍に在り
  • ストーヴの焔のもつれ見てゐたり
  • 古綿子著のみ著のまま鹿島立
  • 上海の霙るる波止場後にせり
  • 霙れゐる苦力みな手をこまねけり
  • 雪の暮茶の時頼に句の常世
  • 噴水の氷柱縺れてからみをり
  • 鉄板を踏めば叫ぶや冬の溝
  • 冬麗ら花は無けれど枝垂梅
  • 静さに耐へずして降る落葉かな
  • 鼻の上に落葉をのせて緋鯉浮く
  • 柴漬の悲しき小魚ばかりかな
  • 牛立ちて二三歩あるく短き日
  • 冬日柔か冬木柔か何れぞや
  • 酔ひたはれ握る冷たき老の手よ
  • 冬木中生徒の列の現れ来
  • マスクして我と汝でありしかな
  • 太陽を礼賛してぞ日向ぼこ
  • 倫敦の濃霧の話日向ぼこ
  • 伊太利の太陽の唄日向ぼこ
  • 雑炊や後生大事といふことを
  • 枯るる庭ものの草子にあるがごと
  • 話のせて車まつしぐら暮の町
  • かるがると上る目出度し餅の杵
  • 日ねもすの風花淋しからざるや
  • 寒雨降りそそげる中の枝垂梅
  • 羽ひらきたるまま流れ寒鴉
  • 鳴くたびに枝踏みゆるる寒鴉
  • 掃きしあと落葉を急ぐ大樹かな
  • 手拭にうち払ひつつ夕時雨
  • 清浄の空や一羽の寒鴉
  • せはしなく暮れ行く老の短き日
  • 爛々と暁の明星浮寝鳥
  • 焚火してくれる情に当りもし
  • 凍蝶の眉高々とあはれなり
  • 焚火そだてながら心は人を追ふ
  • 大枯木己が落葉を慕ひ立つ
  • 枯萩の立ちよれば粗に遠のけば
  • 老はものの何か忙がし短き日
  • 襟巻に深く埋もれ帰去来
  • 右手は勇左手は仁や懐手
  • 白眼に互に日向ぼこりかな
  • 畦一つ飛び越え羽搏つ寒鴉
  • 凍鶴の首を伸して丈高き
  • 人形の前に崩れぬ寒牡丹
  • 何事の頼みなけれど春を待つ
  • 麦蒔やいつまで休む老一人
  • 國安く冬ぬくかれと願ふのみ
  • うかうかと咲い出でしこの帰り花
  • 柴漬にまこと消ぬべき小魚かな
  • 鳰がゐて鳰の海とは昔より
  • なつかしき京の底冷え覚えつつ
  • 暮れて行く枯木も加茂の御社も
  • もの皆の枯るる見に来よ百花園
  • 枯草に尚さまざまの姿あり
  • 高々と枯れ了せたる芒かな
  • 冬籠書斎の天地狭からず
  • 湯婆の一温何にたとふべき
  • 一日もおろそかならず古暦
  • 見送りし仕事の山や年の暮
  • 大扉今しまりけり除夜詣
  • 悴める手は憎しみに震へをり
  • 雲乱れ霰忽ち降り来り
  • 石はふる人をさげすみ寒鴉
  • 大寒にまけじと老の起居かな
  • 初時雨あるべき空を見上げつつ
  • 鬣を振ひやまずよ大根馬
  • 吾も老いぬ汝も老いけり大根馬
  • 老い朽ちて子供の友や大根馬
  • 嘶きてよき機嫌なり大根馬
  • けふのこの小春日和を愛でずんば
  • 照り曇り心のままの冬日和
  • 冬ぬくし老の心も華やぎて
  • 立ち昇る炊煙の上に帰り花
  • 神前の落葉掃く賤相ついで
  • 時雨るるを仰げる人の眉目かな
  • 大仏に到りつきたる時雨かな
  • 悴める手にさし上げぬ火酒の杯
  • ないふりもかまはずなりて着膨れて
  • 雑踏や街の柳は枯れたれど
  • 日についでめぐれる月や水仙花
  • 避寒して世を逃るるに似たるかな
  • 水仙に春待つ心定まりぬ
  • 墨の線一つ走りて冬の空
  • 羽ばたきて覚めもやらざる浮寝鳥
  • マスクして我を見る目の遠くより
  • 我が生は淋しからずや日記買ふ
  • 鞄さげ時雨るる都と見かう見
  • 橋をゆく人悉く息白し
  • 年忘れ老は淋しく笑まひをり
  • うち笑める眉目秀でてマスクかな
  • さまよへる風はあれども日向ぼこ
  • 冬日濃しなべて生とし生けるもの
  • 北風に吹き歪められ顔嶮し
  • 伸び上り高く抛りぬ札納
  • 人顔はやうやく見えず除夜詣
  • 凍土につまづきがちの老の冬
  • 寒といふ字に金石の響あり
  • 大仏に袈裟掛にある冬日かな
  • 枯菊を剪らずに日毎あはれなり
  • 苞割れば笑みこぼれたり寒牡丹
  • 冬日濃き所を選みたもとほる
  • 過ぎて行く日を惜しみつつ春を待つ
  • 凍蝶の翅におく霜の重たさよ
  • 煤けたる都鳥とぶ隅田川
  • 胸出して鳩のぼり来る落葉坂
  • 大木の見上ぐるたびに落葉かな
  • 焚火踏み消して闇なる鈴ヶ森
  • 大根を洗ふ手に水従へり
  • 心ひまあれば柊花こぼす
  • 冬の空少し濁りしかと思ふ
  • 硝子戸におでんの湯気の消えてゆく
  • 戸の隙におでんの湯気の曲り消え
  • 波打てる畳に屏風傾ける
  • 寒き風持ち来る廻舞台かな
  • 年は唯黙々として行くのみぞ
  • 行く年の袖引とめて曰多謝
  • 帽廂滞りつつ冬日あり
  • 風さつと焚火の柱少し折れ
  • そのあたりほのとぬくしや寒牡丹
  • 妹が居といふべかりける桐火鉢
  • 海の日に少し焦げたる冬椿
  • 口に袖あててゆく人冬めける
  • 手慣たる木目を撫でて桐火鉢
  • 踏石を伝ひさしたる冬日かな
  • 鳩立つや銀杏落葉をふりかぶり
  • 落葉吹く風に追はれて地下室に
  • 凩の夜の灯うつる水溜
  • 冬ぬくし日当りよくて手狭くて
  • ついついと黄の走りつつ枯芒
  • 泉石に魂入りし時雨かな
  • 浮き沈む鳰の波紋の絶間なく
  • 灯せば忽ち仏寒からず
  • 枯蓮の池に横たふ暮色かな
  • 鳰の頭伸びしと見しが潜りけり
  • 冬木切り倒しぬ犬は尾を垂れて
  • 砕かるる冬木は鉈の思ふまま
  • 金屏に畳の縁は流れゐる
  • 一双の片方くらし金屏風
  • 倉庫今船荷呑みをり雪もよひ
  • 井戸端に仮に積み置く冬木かな
  • 都鳥とんで一字を畫きけり
  • 冬空に大樹の梢朽ちてなし
  • 香煙にくすぶつてゐる冬日かな
  • いと低き土塀わたりぬ冬木中
  • 初時雨その時世塵無かりけり
  • 両脚を伝ひて寒さ這ひ上る
  • 遠足の列くねり行く大枯木
  • 一門の睦み集ひて桃青忌
  • 切干もあらば供へよ翁の忌
  • 滝風は木々の落葉近寄せず
  • 廻廊を登るにつれて時雨冷え
  • 川にそひ行くまま草の枯るるまま
  • 北国のしぐるる汽車の混み合ひて
  • 敦賀まで送り送られ時雨降る
  • 無名庵に冬籠せし心はも
  • 湖の寒さを知りぬ翁の忌
  • 笠置路に俤描く桃青忌
  • ここに来てまみえし思ひ翁の忌
  • 冬空を見ず衆生を視大仏
  • ただ中にある思ひなり冬日和
  • 落葉吹く風に帚をとどめ見る
  • 人を見る目細く日向ぼこりかな
  • 干笊の動いてゐるは三十三才
  • うかとして何か見てをり年の暮
  • 年の暮らしき境内通り抜け
  • 枯木皆憐れみ合ひて立ちにけり
  • 振り向かず返事もせずにおでん食ふ
  • 甘藷焼けてゐる藁の火の美しく
  • 起き直り起き直らんと菊枯るる
  • 都鳥とんで一字を画きけり
  • 川の面にこころ遊びて都鳥
  • 初時雨しかと心にとめにけり
  • 袖をもて拂ひもぞする初時雨
  • 障子外通る許りや冬座敷
  • 寒菊に憐みよりて剪りにけり
  • 倉庫の扉打ち開きあり寒雀
  • 各々は小諸寒しとつぶやきて
  • 迷ひゐる雲や浅間は雪ならん
  • 舞うてゐし庭の落葉何時かなし
  • あとを追ふ子を置いて行く落葉径
  • 落葉踏みすべり尻もちつき笑ふ
  • 物をいふ風の枯葉に顧る
  • 蕎麦干して居てしぐるるを知らぬげに
  • 山の名を覚えし頃は雪の来し
  • 時雨るると娘手かざし父仰ぎ
  • 山国の冬は来にけり牛乳をのむ
  • 一塊の冬の朝日の山家かな
  • 冬山路俄にぬくき所あり
  • 冬山路浅間に向ひ或は外れ
  • 木枯に浅間の煙吹き散るか
  • その蔭のほのとあたたか枯づつみ
  • 石に腰しばらくかけて冷たくて
  • 雲少し枯木の空を過ぐるのみ
  • 子を先に冬枯道を帰りつつ
  • 紫苑枯れあはれ消えなん姿かな
  • 強霜に今日来る人を心待ち
  • 凍て衣昨日も今日も干してあり
  • 釣瓶置く石を包める厚氷
  • 凍てきびしされども空に冬日厳
  • 彼の道に黒きは雪の友ならん
  • 雪積みて傾く納屋の牛吼ゆる
  • 座敷迄炊ぎ煙や春を待つ
  • 枯菊に尚色とうふもの存す
  • 一冬の寒さ凌ぎし借頭巾
  • 老犬の我を嗅ぎ去る枯木中
  • 雪の道草臥れし時杖をとめ
  • 書読むは無為の一つや置炬燵
  • 吹く風は寒くとも暖遅くとも
  • 大根を鷲づかみにし五六本
  • 雪の底落葉乾ける山路かな
  • 船人は時雨見上げてやりすごし
  • 聞き役の炬燵話の一人かな
  • 寒からん山盧の我を訪ふ人は
  • 炬燵出ずもてなす心ありながら
  • よからずや小諸の宿の炬燵酒
  • 冬籠座右に千枚どほしかな
  • 冬籠心を籠めて手紙書く
  • 冬の日の尚ある力菊残る
  • 浅間今雪雲暗く封じたる
  • 山越えて来たり峠は雪なりし
  • 必ずしも小諸の炬燵悪しからず
  • 片頬に冬日ありつつ裏山へ
  • ごこやらに急に逃げたる冬日かな
  • 山茶花の花のこぼれに掃きとどむ
  • 枯菊に莚のはしのかかりけり
  • 冬枯の園とはいへど老の松
  • うせものをこだはり探す日短か
  • 人集ひ来れば暖か冬籠
  • 思ふこと書信に飛ばし冬籠
  • ニ三子と木の葉散り飛ぶ坂を行く
  • 古城跡の石垣ぬけて枯野かな
  • 地にとまる蝶の翅にも置く霜か
  • 里人はしみるといひぬ凍きびし
  • 凍きびししみると言葉交し行く
  • 雪晴の空に浅間の煙かな
  • 父を恋ふ心小春の日に似たる
  • 風の日は雪の山家も住み憂くて
  • 天地の色なほありて寒牡丹
  • 覆とり互いに見ゆ寒牡丹
  • とり落す物うらめしや悴む手
  • 悴みてうつむきて行きあひにけり
  • 霜やけの手にする布巾さばきかな
  • 霜やけの手を互に見目をそらし
  • はねかへす霰の脚の面白き
  • いづくとも無く風花の生れ来て
  • 風花の土に近づき吸ひつきて
  • 外に立ちて氷柱の我が家侘しと見
  • 山の雪胡粉をたたきつけしごと
  • いくばくの寒さに耐ゆる我身かも
  • 訪ひ来るや雪の門より人つづき
  • 冬籠障子隔てゝ人の訪ふ
  • 小包で届く薬や冬籠
  • 寒燈の下に文章口授筆記
  • 探梅や序でに僧に届けもの
  • 水仙や母のかたみの鼓箱
  • 何物かつまづく辻や厄落し
  • 我行けば枝一つ下り寒鴉
  • 見下ろしてやがて啼きけり寒鴉
  • 針金にひつかゝりをる雪の切れ
  • 鎌倉は今笹鳴に冬椿
  • 道ばたの雪の伏屋の鬼やらひ
  • 一百に足らず目出度し年の豆
  • 節分や鬼もくすしも草の戸に
  • 溝板の上をつういと風花が
  • 磐石の尻を据ゑたる冬籠
  • もてなしは門辺に焚火炉に榾火
  • 火鉢に手かざすのみにて静かに居
  • 旅鞄そのまゝ座右に冬籠
  • 山の日は鏡の如し寒櫻
  • 水の上をすれすれに鴨渡りけり
  • 枯萩にわが影法師うきしづみ
  • 手あぶりの僧に火鉢の俗対し
  • エレベーターどかと降りたる町師走
  • 二冬木立ちて互にかゝはらず
  • 冬籠人を送るも一事たり
  • 風花に山家住居もはや三年
  • 凍道を小きざみに突く老の杖
  • 御馳走の熱き炬燵に焦げてをり
  • 庭に下り四五歩歩くや冬籠
  • 冬晴や立ちて八ヶ岳を見浅間を見
  • 蓼科に片雲もなし冬の晴
  • 干足袋も裏返されて突つ張りて
  • 耳をなで額をこすり日向ぼこ
  • 北風寒しだまつて歩くばかりなり
  • 寒風に向ひて老を忘れをり
  • 水仙の一花心のままにいけ
  • 冬籠われを動かすものあらば
  • 凍蝶の蛾眉衰へずあはれなり
  • 木の根より下がる氷柱の揺れてをり
  • 寒月のいびつにうつる玻璃戸かな
  • 一つ啼き枝を踏み替へ寒鴉
  • 口明けてやうやく啼きぬ寒鴉
  • 今宵はもよろしき凍や豆腐吊る
  • 春を待つ炬燵の上に句帳置き
  • 食小さくなりて健か冬籠
  • 二行書き一行消すや寒灯下
  • 汚れたる雪の山家に日脚のぶ
  • 吹き込みし雪を掃き出す廁かな
  • 念力のゆるみし小春日和かな
  • 琴坂の落葉に運ぶ老の杖
  • 常寂光浄土に落葉敷きつめて
  • うち仰ぎ時雨るといひて船出かな
  • 時雨つゝ大原女言葉交しゆく
  • 生姜湯に顔しかめけり風邪の神
  • 腰あげてすぐ又坐る冬籠
  • 掃き寄する帚に焚火燃え移り
  • 燃え盛る焚火の音に障子開け
  • 荷造りもせずに火鉢や応対す
  • 蒲団荷造りそばに留別句会かな
  • 大雪に埋みてありぬ鶏小屋も
  • 吹き込みし雪を掃き出す厠かな
  • 雪るを忘れて山家暮しかな
  • 霜除けの縄の結びめきくきくと
  • 鎌倉は冬暖かに蚯蚓這ひ
  • 我こゝにかくれ終りし大冬木
  • 冬霞して昆陽の池ありとのみ
  • 山廬まだ存す岳麓枯木中
  • 枯木中仏に礼し僧帰る
  • 照り昃りはげしき時雨日和かな
  • 荒るるままその儘にして草枯れて
  • 冬海や一隻の舟難航す
  • カーテンに障子の桟の影くねり
  • 炬燵熱し牡丹開きたる思ひ
  • 幹事席火鉢一つに五六人
  • 毛布にくるまり時化の甲板に
  • 旅鞄しまひ借著の羽織著て
  • 霜除のその勢ひのくくり縄
  • 漁家二軒石蓴の岩を踏みて訪ふ
  • 彼来たり無駄話して日脚伸ぶ
  • 寒雨降りもの皆枯るゝ庭の面
  • 老いてゆく炬燵にありし或日のこと
  • この辺に時雨のあとの少しあり
  • 時雨るゝや四台静かに人力車
  • 手で顔を撫づれば鼻の冷たさよ
  • 短日の出発前の小句会
  • 顔見世にさそはれてゐてせはしくて
  • 冬空は澄み老眼は曇り
  • 大の字に子は挟つて居る枯木
  • 庭のもの急ぎ枯るるを見てゐたり
  • 冬山に両三歩かけ引返し
  • 主漸く焚火煙に現れし
  • 潮じみて暈ね著したり海女衣
  • だぶだぶの足袋を好みてはきにけり
  • 庭にあり皆外套の襟たてて
  • 霜除をとりし牡丹のうひうひし
  • 夜廻りの終りの柝の二つ急
  • 松立ちし妹が門辺を見て過ぎぬ
  • 雪催ひせる庭ながら下り立ちぬ
  • 霜の菊讃へて未だ剪らずをり
  • 茶の花に茜してすぐさめけらし
  • この落葉どこ迄まろび行くやらん
  • 落葉掃き集めある道行どまり
  • つきささる枯葉一枚枝の先
  • 大空の片隅にある冬日かな
  • 御仏と相合傘の時雨かな
  • 探しものして片づけて冬籠
  • 冬籠きのふの今日も探しもの
  • 冬ざれや石に腰かけ我孤独
  • 石に腰即ち時雨れ来りけり
  • 今日は寒し昨日は暑しと住み憂かり
  • おでんやの湯気吹き飛ばす空ツ風
  • 熱燗にあぐらをかいて女居士
  • 鰤どころ鯨どころや紀伊の海
  • 蓄へは軒下にある炭二俵
  • 訪へば庭にて焚火してありと
  • ストーヴの小さき煙突小書斎
  • 世の様の手に取る如く炬燵の間
  • ニ三度引き返す風邪流行りけり
  • 骨布団それにもなれて暖く
  • 霜よけももうとる頃よ縄ゆるみ
  • 門松を立てていよいよ淋しき町
  • 古家の畳替して目出度けれ
  • 緑竹に蒼松にある冬日かな
  • 山並の低きところに冬日兀
  • この冬を籠りて稿を起こさんと
  • 古き家によき絵かゝりて冬籠
  • 忘れゐし事にうろたへ冬籠
  • 欠伸して頭転換冬籠
  • 無駄な日と思ふ日もあり冬籠
  • 冬枯の庭を壺中の天地とも
  • 暖き冬日あり甘き空気あり
  • 草枯の礎石百官卿相を
  • 贈り来し写真見てをる炬燵かな
  • わが眉の白きに燃ゆる冬日かな
  • 炭斗のふくべの形見飽きたり
  • 炭斗のありし所になかりけり
  • 雨晴れて枯木潤ふけしきかな
  • 炬燵あり城に籠るが如くなり
  • 縁に腰そのまゝ日向ぼこりかな
  • 我が仕事炬燵の上に移りたる
  • 歩み去る年を追ふかに庭散歩
  • 眠れねばいろいろの智慧夜半の冬
  • 短日のきしむ雨戸を引きにけり
  • 寒むければ防空頭巾著て書見
  • 眠れねば足の先き冷えまさりつゝ
  • 硝子戸に頬すりつけて冬日恋ふ
  • しぐれつゝ梢の柿のまだ残り
  • 冬枯にわれは佇み人は行く
  • 昃りし障子四枚や時雨来し
  • 三汀の墓は質素や水仙花
  • この寒さ身を引締めてつとめけり
  • 山茶花の真白に紅を過まちし
  • 洛北の殊に大原の時雨かな
  • 石庭に魂入りし時雨かな
  • わが癖や右の火鉢に左の手
  • 冬日あり実に頼もしき限りかな
  • 岩壁に這ひ上る如落葉積み
  • 静なる落葉の下にわれは在り
  • 掃く時も佇む時も落葉降る
  • ほこほこと落葉が土になりしかな
  • 園丁の鉈の切れ味枯枝飛び
  • 霜除に霜なき朝の寒さかな
  • 冬梅の香の一筋の社頭かな
  • 石蕗咲いて時雨るゝ庭と覚えたり
  • 光りつゝ冬雲消えて失せんとす
  • 時雨るゝとたゝずむ汝と我とかな
  • 我心歩き高ぶる時雨かな
  • 水涸れてこれぞ名に負ふ滑川
  • 子規墓参今年おくれし時雨かな
  • 谷々の家々にある冬日かな
  • 我が額冬日兜の如くなり
  • よき炭のよき灰になるあはれさよ
  • 母が餅やきし火鉢を恋ひめやも
  • 埋火や稿を起してより十日
  • 埋火の絶えなん命守りつゝ
  • 別の間に違ふ客ある師走かな
  • 志俳諧にありおでん食ふ
  • 静なる我住む町の年の暮
  • 君は君我は我なり年の暮
  • ふとしたることにあはてゝ年の暮
  • 枯芝を尻に背中につけてをり
  • 人住んで売屋敷なり枇杷の花
  • 風呂吹きを釜ながら出してまゐらする
  • 葱多く鴨少し皿に残りけり
  • 納豆汁も富みて嗜めば奢かな
  • 里神楽柿くひながら見る人よ
  • 重なりて眠れる山は鞍馬かな
  • 毎日の笹鳴きに居る主かな
  • 磯畑の千鳥にまじる鴉かな
  • 牡蠣の酢の濁るともなき曇りかな
  • 月明りに粉炭乏しくなりにけり
  • 日の当る焚火煙や濃紫
  • 耳遠く病もなくて火燵かな
  • 尼君の寒がりおはす火桶かな
  • おしおして遂にふせりぬ風邪の妻
  • マスクして揺れて居るなり汽車の客
  • 大いなる手袋忘れありにけり
  • 人形の足袋うち反りてはかれけり
  • 虎落笛眠に落ちる子供かな
  • 掃きすてし今朝のほこりや霜柱
  • 煙突の煙棒のごと冬の雨
  • 石蕗の葉に雪片を見る 霙かな
  • 大船や帆網にからむ冬の月
  • 日曜にあたりて遊ぶ冬至かな
  • 今日はしも柚湯なりける旅の宿
  • 餅搗くや草の庵の這入口
  • ふさはしき大年といふ言葉あり
  • 垂れ下る氷柱の紐を結ばばや
  • 惨として驕らざるこの寒牡丹
  • 寒菊や年々同じ庭の隅
  • 鎌倉や冬草青く松緑
  • 寒紅梅馥郁として招魂社
  • 冬梅の既に情を含みをり
  • 満開にして淋しさや寒桜
  • 雪かぶる日もありて咲く冬椿
  • 椿咲きその外春の遠からじ
  • 柊を挿す母によりそひにけり
  • 吉田屋の畳にふみぬ年の豆

高浜虚子 プロフィール

高浜 虚子(たかはま きょし、旧字体: 高濱 虛子、1874年〈明治7年〉2月22日 - 1959年〈昭和34年〉4月8日)






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