- いつ死ぬる金魚と知らず美しき
- おもひ川渡れば叉も花の雨
- かわかわと大きくゆるく寒鴉
- くはれもす八雲旧居の秋の蚊に
- この庭の遅日の石のいつまでも
- この里の苗代寒むといへる頃
- これよりは恋や事業や水温む
- すぐ来いといふ子規の夢明易き
- たとふれば独楽のはじける如くなり
- どかと解く夏帯に句を書けとこそ
- なつかしきあやめの水の行方かな
- はなやぎて月の面にかかる雲
- ふるさとの月の港をよぎるのみ
- ほろほろと泣き合ふ尼や山葵漬
- むづかしき禅門出れば葛の花
- ものの芽のあらはれ出でし大事かな
- もの置けばそこに生れぬ秋の蔭
- もの言ひて露けき夜と覚えたり
- やはらかき餅の如くに冬日かな
- やり羽子や油のやうな京言葉
- ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に
- よろよろと棹がのぼりて柿挟む
- わだつみに物の命のくらげかな
- われが来し南の国のザボンかな
- われの星燃えてをるなり星月夜
- コスモスの花あそびをる虚空かな
- コレラ怖ぢて奇麗に住める女かな
- バス来るや虹の立ちたる湖畔村
- 一つ根に離れ浮く葉や春の水
- 一を知つて二を知らぬなり卒業す
- 一人の強者唯(ただ)出よ秋の風
- 一切の行蔵寒にある思ひ
- 一切を抛擲し去り大昼寝
- 不精にて年賀を略す他意あらず
- 世の中を遊びごころや氷柱折る
- 亀鳴くや皆愚かなる村のもの
- 人生の台風圏に今入りし
- 何よりもとり戻したる花明り
- 何事も知らずと答へ老の春
- 兄弟の心異る寒さかな
- 先生が瓜盗人でおはせしか
- 其中に金鈴をふる虫一つ
- 冬帝(とうてい)先ず日をなげかけて駒ケ岳
- 凡(およ)そ天下に去来程の小さき墓に参りけり
- 初空や大悪人虚子の頭上に
- 初蝶を夢の如くに見失ふ
- 初蝶来何色と問ふ黄と答ふ
- 北風に人細り行き曲り消え
- 北風や石を敷きたるロシア町
- 去年今年貫く棒の如きもの
- 古庭を魔になかへしそ蟇
- 句を玉と暖めてをる炬燵かな
- 向日葵が好きで狂ひて死にし画家
- 命かけて芋虫憎む女かな
- 咲き満ちてこぼるる花もなかりけり
- 囀や絶えず二三羽こぼれ飛び
- 土塊を一つ動かし物芽出づ
- 地球凍てぬ月光之を照しけり
- 夕影は流るる藻にも濃かりけり
- 夕立や森を出で来る馬車一つ
- 大いなるものが過ぎ行く野分かな
- 大寒の埃の如く人死ぬる
- 大寒や見舞にゆけば死んでをり
- 大寺を包みてわめく木の芽かな
- 大根の花紫野大徳寺
- 大根を水くしやくしやにして洗ふ
- 大海のうしほはあれど旱かな
- 大濤にをどり現れ初日の出
- 大空にうかめる如き玉椿
- 大空に伸び傾ける冬木かな
- 大空に又わき出でし小鳥かな
- 大空に羽子の白妙とどまれり
- 大空の青艶(えん)にして流れ星
- 大紅葉燃え上がらんとしつつあり
- 大紅蓮大白蓮の夜明かな
- 大試験山の如くに控へたり
- 天の川のもとに天智天皇と虚子と
- 天地の間にほろと時雨かな
- 天日のうつりて暗し蝌蚪の水
- 子規逝くや十七日の月明に
- 宇治川をわたりおほせし胡蝶かな
- 宮柱太しく立ちて神無月
- 寒鯉の一擲したる力かな
- 山国の蝶を荒しと思はずや
- 山深く狂女に逢へり葛の花
- 川を見るバナナの皮は手より落ち
- 己が羽の抜けしを啣(くわ)へ羽抜鶏
- 年を以て巨人としたり歩み去る
- 底の石ほと動き湧く清水かな
- 彼一語我一語秋深みかも
- 怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜
- 悪なれば色悪よけれ老の春
- 悲しさはいつも酒気ある夜学の師
- 我れが行く天地万象凍てし中
- 我を指す人の扇をにくみけり
- 我を見て舌を出したる大蜥蜴
- 我心或時軽し罌粟の花
- 我生の今日の昼寝も一大事
- 手鞠唄かなしきことをうつくしく
- 放屁虫俗論党を憎みけり
- 新涼の驚き貌に来りけり
- 新涼や仏にともし奉る
- 旗のごとなびく冬日をふと見たり
- 日のくれと子供が言ひて秋の暮
- 旧城市柳絮とぶことしきりなり
- 早春の庭をめぐりて門を出でず
- 早苗饗や神棚遠く灯ともりぬ
- 明易や花鳥諷詠南無阿弥陀
- 春の山屍をうめてむなしかり
- 春の浜大いなる輪が画いてある
- 春寒のよりそひ行けば人目ある
- 春水をたたけばいたく窪むなり
- 春潮といへば必ず門司を思ふ
- 春燈の下に我あり汝あり
- 春雨の衣桁に重し恋衣
- 春風や闘志いだきて丘に立つ
- 時ものを解決するや春を待つ
- 晩涼に池の萍(うきくさ)皆動く
- 月浴びて玉崩れをる噴井かな
- 木曽川の今こそ光れ渡り鳥
- 村の名も法隆寺なり麦を蒔く
- 東山静に羽子の舞ひ落ちぬ
- 松過ぎの又も光陰矢の如く
- 柴漬(ふしづけ)に見るもかなしき小魚かな
- 栞して山家集あり西行忌
- 桐一葉日当りながら落ちにけり
- 歌留多とる皆美しく負けまじく
- 此村を出でばやと思ふ畦を焼く
- 死神を蹴る力無き蒲団かな
- 波音の由比ケ浜より初電車
- 流れ行く大根の葉の早さかな
- 浴衣着て少女の乳房高からず
- 海に入りて生れかはらう朧月
- 海女とても陸こそよけれ桃の花
- 海女とても陸(くが)こそよけれ桃の花
- 火の山の裾に夏帽振る別れ
- 灯をともす指の間の春の闇
- 炎天の空美しや高野山
- 焚火かなし消えんとすれば育てられ
- 熱燗に泣きをる上戸ほつておけ
- 爛々と昼の星見え菌(きのこ)生え
- 狐火の出てゐる宿の女かな
- 独り句の推敲をして遅き日を
- 玉虫の光残して飛びにけり
- 白酒の紐の如くにつがれけり
- 白雲と冬木と終にかかはらず
- 白(はく)牡丹といふといへども紅(こう)ほのか
- 盗んだる案山子の笠に雨急なり
- 眼つむれば若き我あり春の宵
- 短夜の星が飛ぶなり顔の上
- 石ころも露けきものの一つかな
- 神にませばまこと美はし那智の滝
- 神慮今鳩をたたしむ初詣
- 秋天にわれがぐんぐんぐんぐんと
- 秋天の下に野菊の花弁欠く
- 秋扇や寂しき顔の賢夫人
- 秋灯や夫婦互に無き如く
- 秋空を二つに断てり椎大樹
- 秋風にふえてはへるや法師蟬
- 秋風やとある女の或る運命
- 秋風や心の中の幾山河
- 秋風や心激して口吃る
- 秋風や眼中のもの皆俳句
- 稲妻をふみて跣足の女かな
- 穴を出る蛇を見て居(お)る鴉かな
- 箒木に影といふものありにけり
- 箱庭の人に古りゆく月日かな
- 紅梅の紅の通へる幹ならん
- 絵ぶみして生き残りたる女かな
- 翡翠の紅一点につづまりぬ
- 老人と子供と多し秋祭
- 聾青畝ひとり離れて花下に笑む
- 能すみし面の衰へ暮の秋
- 自から其頃となる釣忍
- 芳草や黒き烏も濃紫
- 茎右往左往菓子器のさくらんぼ
- 葡萄の種吐き出して事を決しけり
- 蓑虫よ父よと鳴きて母もなし
- 薄氷の草を離るゝ汀かな
- 虚子一人銀河と共に西へ行く
- 虫螻蛄と侮られつつ生を享(う)く
- 虹消えて忽ち君の無き如し
- 蛇穴を出て見れば周の天下なり
- 蛇逃げて我を見し眼の草に残る
- 蜘蛛に生れ網をかけねばならぬかな
- 蝶々のもの食ふ音の静かさよ
- 行年や歴史の中に今我あり
- 行春や畳んで古き恋衣
- 行水の女にほれる烏かな
- 襟巻の狐の顔は別にあり
- 運命は笑ひ待ちをり卒業す
- 道のべに阿波の遍路の墓あはれ
- 遠山に日の当りたる枯野かな
- 酒うすしせめては燗を熱うせよ
- 野を焼いて帰れば燈火母やさし
- 金亀子(こがねむし)擲(なげう)つ闇の深さかな
- 鎌とげば藜(あかざ)悲しむけしきかな
- 鎌倉を驚かしたる余寒あり
- 闇なれば衣まとふ間の裸かな
- 闇汁の杓子を逃げしものや何
- 雨の中に立春大吉の光あり
- 霜降れば霜を楯とす法(のり)の城
- 露の幹静かに蟬の歩きをり
- 鞦韆に抱き乗せて沓に接吻す
- 顔抱いて犬が寝てをり菊の宿
- 風が吹く仏来給うけはひあり
- 風生と死の話して涼しさよ
- 飛んで来る物恐ろしき野分かな
- 餅も好き酒もすきなりけさの春
- 鮟鱇の肝うかみ出し鮟鱇鍋
- 鮟鱇鍋箸もぐらぐら煮ゆるなり
- 鳰(にお)がゐて鳰の海とは昔より
- 鴨の中の一つの鴨を見てゐたり
- 鴨の嘴(はし)よりたらたらと春の泥
- 鴬や洞然として昼霞
- 鷹の目の佇む人に向はざる
- 龍の玉深く蔵すといふことを
- 門松の其中に立つ都かな
- 餅もすき酒もすきなりけさの春
- 酒もすき餅もすきなり今朝の春
- 元日や比枝も愛宕も雪の山
- もとよりも恋は曲ものの懸想文
- 初暦妻めとる日も見当らず
- 屠蘇臭くして酒に若かざる憤り
- 遣羽子や久松も交り美しき
- 老後の兒賢にして筆始かな
- 梨壺の使の童明けの春
- 元日の事皆非なるはじめかな
- 破魔弓や重藤の弓取りの家
- 元朝の氷すてたり手水鉢
- 蓬莱に徐福と申す鼠かな
- 琴棋書画松の内なる遊びかな
- 藪入のうかりし人はめとりけり
- 年禮や故人わび住む小石川
- 年禮やいたく老ぬる人の褄
- 禮受の人恥しや筒井筒
- 禮帳やたてまはしたる金屏風
- 門松や我にうかりし人の門
- 門松や五軒長屋の端の家
- 何もなき床に置きけり福寿草
- 十ついて百ついてわたす手毬かな
- 遣羽子やかはりの羽子を額髪
- 藪入のすこし覚えし京言葉
- 隠家をなほたづね来る賀客かな
- 我子早やいろはかるたを取るやうに
- 幼きと遊ぶ十六むさしかな
- 座を挙げて恋ほのめくや歌かるた
- 遣羽子の二人隠るる大木かな
- 乱好む人誰々ぞ弓始
- 松の内鼓の會のあり處
- 一学系を率ゐて食ふ雑煮かな
- 起り来るところのものを松の内
- 禮者西門に入る主人東籬に在り
- 庖丁の痕一つ俎はじめかな
- 明日死ぬる命めでたし小豆粥
- 人形まだ生きて動かず傀儡師
- 初冨士や双親草の庵に在り
- 初冨士や草庵を出て十歩なる
- 初冨士を見て嬉しさや君を訪ふ
- 浪音の由比ケ濱より初電車
- 初暦頼みもかけず掛けにけり
- 掃きぞめの帚や土になれ始む
- 謹で君が遺稿を讀みはじむ
- ゆるぎなき柱の下の雑煮かな
- 御佛に尼が掛け居るかざりかな
- 東山静かに羽子の舞落ちぬ
- 掃きぞめの帚にくせもなかりけり
- 子供等に雙六まけて老の春
- 初鶏や動きそめたる山かづら
- たてかけてあたりものなき破魔矢かな
- 梅を持ち破魔矢を持ちて往来かな
- よく笑ふ女禮者や草の庵
- 羽子をつく娘と孫のおない同志
- 鎌倉は古き都や注連の内
- 人々を率てちらばりて初詣
- つく羽子の静に高し誰やらん
- 描初の壺に仲秋の句を題す
- 子の日する昔の人のあらまほし
- 石段に一歩をかけぬ初詣
- 餅花の賽は鯛より大きけれ
- 巫女舞をすかせ給ひて神の春
- 腰まげて後ろ手に杖老の春
- 神近き大提灯や初詣
- 仰ぎて嗽ひ伏して手洗ひ初詣
- 石段の伸び行くがごと初詣
- 神慮いま鳩をたゝしむ初詣
- 男山仰ぎて受くる破魔矢かな
- つく羽子の同じ高さに姉妹
- からからと初湯の桶をならしつつ
- 初島田結ひ汚なき割烹着
- 薮入の田舎の月の明るさよ
- 物売も佇む人も神の春
- 人に恥ぢ神には恥ぢず初詣
- 神は唯みそなはすのみ初詣
- 推し量る神慮かしこし初詣
- 七種に更に嫁菜を加へけり
- 双六に負けおとなしく美しく
- 初句会浮世話をするよりも
- 粛々と群聚はすゝむ初詣
- 褄とりて独り静に羽子をつく
- 追羽子のいづれも上手姉妹
- 床の花已に古びや松の内
- 初詣神慮は測り難けれど
- 願ぎ事はもとより一つ初詣
- 薮入や母にいはねばならぬこと
- 初乗や油井の渚を駒竝めて
- 羽子板を犬咥へ来し芝生かな
- 福寿草遺産といふは蔵書のみ
- 松過ぎの又も光陰矢の如し
- 万才の佇み見るは紙芝居
- まろびたる娘より転がる手毬かな
- 萬歳のうしろ姿も恵方道
- 初凪や大きな浪のときに来る
- 口あけて腹の底まで初笑
- 道のべに延命地蔵古稀の春
- 片づけて福寿草のみ置かれあり
- 初夢の唯空白を存したり
- 初笑深く蔵してほのかなる
- 京洛の衢に満つる初笑
- 有るものを摘み来よ乙女若菜の日
- おのづから極楽へとる恵方道
- 去年今年追善のことかにかくに
- 歌留多とる声にとどめて老の杖
- 母姉と謡ひ伝へて手毬唄
- 掃初や白手拭に赤襷
- 大勢の子育て来し雑煮かな
- 両の手に玉と石とや老の春
- 慇懃にいと古風なる礼者かな
- 見栄もなく誇も無くて老の春
- 元朝や座右の銘は母の言
- 賽の目の仮の運命よ絵双六
- ほろびゆくものの姿や松の内
- 世に四五歩常に遅れて老の春
- 元日の門を出づれば七人の敵
- 下手謡稽古休まず老の春
- 目悪きことも合ッ点老の春
- 傲岸と人見るまゝに老の春
- 各々の年を取りたる年賀かな
- 屠蘇酌みて温故知新といふ事を
- 放擲し去り放擲し去り明の春
- 脱落し去り脱落し去り明の春
- やゝ酔ひし妹が弾初いざ聴かん
- 争はぬことはよろしや弓始
- 書き留めて即ち忘れ老の春
- 数の子に老の歯茎を鳴らしけり
- 晨鐘を今打ち出だす去年今年
- 乱雑の中に秩序や去年今年
- 元日や炬燵の間にも客招じ
- いのち守る寒燈一つ去年今年
- 元日や句は須く大らかに
- 元日や深く心に思ふこと
- 例の如く草田男年賀二日夜
- 松ケ枝にかゝりて太き初日かな
- 老の春写真をくれと人いふも
- ぶらぶらと恵方ともなく歩きけり
- 起り来る事に備へて去年今年
- 移り住む田舎の地図や年始状
- 赫奕として初日あり草の庵
- 耄碌と人に言はせて老の春
- 忘るゝが故に健康老の春
- 鎌倉の此処に住み古り初日の出
- 三ケ日昔恋しいと遊びけり
- 貧乏の昔恋しや三ケ日
- 祖母の世の裏打ちしたる絵双六
- 初空や東西南北其下に
- 初空を仰ぎ佇む個人我
- 傷一つ翳一つなき初御空
- 古を恋ひ泣く老や屠蘇の酔
- 推敲を重ぬる一句去年今年
- 元日や午後のよき日が西窓に
- 初夢のうきはしとかや渡りゆく
- 吉兆を呉れぬ破魔矢を贈らばや
- 先づ女房の顔を見て年改まる
- 日輪は古びて廻り年新た
- 若水や妹早くおきてもやひ井戸
- 三園を抜けて福神詣かな
- 年禮の城をめぐりて暮れにけり
- 年玉の十にあまりし手毬かな
- 故郷の母と姉との初便
- 鎌倉の古き宿屋の松飾り
- 輪飾の少しゆがみて目出度けれ
- 煙突に注連飾して川蒸汽
- 歯朶勝の三方置くや草の庵
- 楪の赤き筋こそにじみたれ
- 手毬唄かなしきことをうつくしく
- 獅子舞の藪にかくれて現れぬ
- 三條の橋を背中に傀儡師
- 三方に登りて追はれ嫁が君
- 縫ぞめ堺の鋏京の針
- 売初や町内一の古暖簾
- はだかりし府中の町の初荷馬
- 新しき櫛や油やすき始め
- まだ何も映らでありぬ初鏡
- 老の頬うつりてをかし初鏡
- 敷舞台拭き清めあり謡初
- 弾初の姉のかげなる妹かな
- 病人のある気がかりや初芝居
- 吾妹子が敷いてくれたる宝船
- 出初式ありて湘南草の庵
- 書襖の金泥古し小松引
- 餅花と女房に狭き帳場かな
- 注連貰の中に我子を見出せし
- 轍あと絶えざる門や鳥總松
- 薮入や箪笥の上の立て鏡
- 順礼の笠に願ある櫻かな
- 更けゆくや花に降りこむ雨の音
- 花吹雪狂女の袖に乱れけり
- 京女花に狂はぬ罪深し
- 朝櫻一度に露をこぼしけり
- 餅うるや春を近江の三井の寺
- 落葉焚いて春立つ庭や知恩院
- 川添ひの片頬つめたき二月かな
- 鍋さげて田螺ほるなり京はづれ
- 雉子なく滋賀の山人老ぬらし
- 春雨のともし火細し普門品
- 春雨や傘渡る裏の川
- 藪の中にほこらの灯見ゆ春の雨
- 春雨の貴船に詣る女かな
- 松一木獨り畑打つ男かな
- 家ありや木曽の谷間に畑打つ
- 鶏の築地をくづす日永かな
- 山里や薪割る庭の桃の花
- 金殿に灯す春の夕かな
- 春の夜の金屏くらし大広間
- 花の雲ふし拜み行く社かな
- ちる時を夕風さそふさくらかな
- 夕暮の汐干淋しやうつせ貝
- 島原や片側町の菜種咲く
- 蝶ひらひら仁王の面の夕日かな
- 春風やかけならべたる能衣装
- 山裾や蠶の小村灯のともる
- 諏訪近し桑の山畑ところどころ
- 裏山の紫つつじ色薄し
- 行春や心もとなき京便り
- 行春や三千の宮女怨あり
- 行春や昔男の文のから
- 雨になつて今年の春もくれにけり
- 酒を妻妻を酒にして春くるる
- おひつくもおくるるも春の一人旅
- 春立つや六枚屏風六歌仙
- 礎や畑の中の梅の花
- 太秦や木佛はげて梅の花
- 梅さくや礎のこる十二坊
- 王城を鎮守の寺の梅遅し
- 折れ曲がり折れ曲がり梅の根岸かな
- あたたかや蜆ふえたる裏の川
- 春雨や布団の上の謡本
- 降りつづく弥生半ばとなりにけり
- 川に添ふ一筋町の日永かな
- 飯くふてねむたくなりし日永かな
- 山寺に線香もゆる日永かな
- 藍流しながし村の日永かな
- 大船の尻振りかはる日永かな
- 桃さいてものぞゆかしききなこ飯
- 木瓜咲いて薬いやがる女かな
- 春の夜の金屏に鴛鴦のつがひかな
- 車どめ老木の櫻咲きにけり
- 捕虜居る御寺の櫻咲きにけり
- うたたねをよび起されて櫻かな
- 朱雀門花見車のもどりけり
- 春潮や海老はね上る岩の上
- むかうむいて茶摘女の歌ひけり
- 炭とりて反古籠にしてくるる春
- 寶塔の鐸落ちて響く春の庭
- 翠帳に薫す春の恨みかな
- 石の上に春帝の駕の朽ちてあり
- 湖見えて道岐れたる焼野かな
- 散る梅の掃かれずにある窪みかな
- 忽然と石割れ出る内裏雛
- 白桃にかくれまします古雛
- 雛より小さき嫁を貰ひけり
- 春の山筧に添うて登りけり
- 山寺や壁一杯の涅槃像
- 暖き乗合船の京言葉
- 爐塞いで師の坊来ますあいそなき
- 難波女や軍になれて畑打つ
- 女木に登り軍見てゐる霞かな
- 踏めばゆらぐ一枚石の日永かな
- 瀬戸を擁く陸と島との桃二本
- 部屋に沿うて船浮めけり桃の花
- 木瓜咲くや糟糠の妻病んで薬を煮る
- 名所かな春の曙笠を著て
- 面白い話の中へ春の月
- 春月の出たとも知らず東山
- 河童身を投げて沈みもやらず朧月
- 女等のぬれて戻りぬ花の雨
- 千木見えて花に埋もる社かな
- 山門も伽藍も花の雲の上
- 花に高尾八文字ふめ伽羅の下駄
- 白丁や花に草鞋の新らしき
- 弦音や花に鯛買ふ裏の門
- 園の戸に花見車の忍びよる
- 音たてて春の潮の流れけり
- 菜の花にねり塀長き御寺かな
- 菜の花や化されてゐる女の子
- 石楠花に碁の音響く山深し
- 行春を尼になるとの便りあり
- 火の残る焼野を踏んで戻りけり
- 雛の灯に油つぎたし遊びけり
- 山吹に流れよりたる雛かな
- もたれあひて倒れずにある雛かな
- 牡丹餅に夕飯遅き彼岸かな
- 永き日を遠巻きにする軍かな
- 永き日の尺を織りたる錦かな
- 青柳や人出づべくとして門の内
- 町はづれ花すこしある社かな
- 金屏におしつけて生けし櫻かな
- 提灯は恋の辻占夕ざくら
- 具足櫃に謡本あり花の陣
- 温泉の村や家ごとに巣くふ燕
- 去年の巣に燕を待つ酒屋かな
- 梅林や轟然として夕列車
- 梅三株漁村を守る社かな
- 穴を出る蛇を見て居る鴉かな
- 爐塞の誰まつとしもなき身かな
- 爐塞いで人にくれたる庵かな
- 幌馬車は葵の上や春の雨
- 塊に菫さきたり鍬の上
- 春潮や巌の上の家二軒
- 春風や馬を乗せたる貢船
- 宿借さぬ蠶の村や行きすぎし
- 逡巡として繭ごもらざる蠶かな
- 蠶飼ふ麓の村や托鉢す
- 雨戸たてて遠くなりたる蛙かな
- 間道の藤多き辺へ出でたりし
- 年々の見物顔や薪能
- 薪能もつとも老いし脇師かな
- 鶯や文字も知らずに歌心
- 二日灸玉の膚をけがしけり
- 二日灸旅する足をいたはりぬ
- 富士浅間二日灸の煙かな
- 浄瑠璃を讀んで聞かせぬ二日灸
- 宿直して暁寒し春の雪
- 摘草に裏戸を出でてつれ立ちぬ
- 物売りの翁の髷や壬生念仏
- 春寒き火鉢によるや歌語り
- 藤壺の猫梨壺に通ひけり
- 春の夜や机の上の肱まくら
- 美しき人や蠶飼の玉襷
- 老若や彼岸詣りの渡し船
- 春雨や降りこめられし女客
- 春雨やかけ竝べたる花衣
- 膚脱いで髪すく庭や木瓜の花
- 灯ともしに門の行燈や春の宵
- 大江山花に戻るや小盗人
- 山寺の宝物見るや花の雨
- 三味ひくや花に埋れて瞽女一人
- 夜櫻や用ありげなる小提灯
- 夜櫻や紅提灯のもえて落つ
- 夜櫻や芸者幇間の六歌仙
- 花見船菜の花見ゆるあたり迄
- 山駕や酒手乞はれて櫻人
- 汐干船浮み上りて歸るなり
- 蛤に劣る浅蜊や笊の中
- 繪暖簾に東風吹く茶屋や弁天座
- 春の水弁天堂を浮めけり
- 舟棹に散りて影なし柳鮠
- 花衣脱ぎもかへずに芝居かな
- 装束をつけて端居や風光る
- 苗代や西の京まで道遠し
- 髪結は早見たと云ふ二の替
- 雪どけに下駄はく僧や天竜寺
- 雪どけや木曽の裏山家二軒
- 梅林に行く上下のわたしかな
- 小僧皆士の子や梅の寺
- 野を行くや離落離落の梅を見て
- 城山の鶯来鳴く士族町
- 坂の茶屋前ほとばしる春の水
- わが為に皆野に遊ぶ乳母が宿
- 野遊びの草臥足を道後の湯
- 草餅や出流れの茶をあたためて
- 三つ食へば葉三片や桜餅
- 春月に網うち下る小舟かな
- 朧夜や一力を出る小提灯
- 朧夜や東上りに都の灯
- 朧夜や裏町にある小料理屋
- 叡山を下るや花菜見えそむる
- 裏山に藤波かかるお寺かな
- 如月の駕に火を抱く山路かな
- 白々と寝釈迦の顔の胡粉かな
- 裏打の反古の悲しや涅槃像
- 挿木して我に後なき思ひかな
- 垣根草芳しうして宿恋し
- 叡山を下りて母とふ暮の春
- 春惜む人白面の書生かな
- 春淋しうき世話をしに上る
- 賃仕事ためて遊ぶや針供養
- おのづから水はぬるみぬ薪樵る
- 我妻もかすめばをかし根深畑
- 灯火の下に土産や桜餅
- 連翹に見えて居るなり隠れんぼ
- 春の夜や恋の奴の二人住み
- 春の夜ををかしがらせぬたいこもち
- 高浪の上に描くや春の月
- 太秦で提灯買ふや櫻狩
- 草の戸に終る花見の廻し文
- 山人の垣根づたひや桜狩
- 野路はれて蝶を埃と見る日かな
- 桑摘むや妙義の雨の落ちぬ間に
- 草に置いて提灯ともす蛙かな
- 藤の茶屋女房ほめほめ馬士つどふ
- 春惜む趣向に集ふ草の宿
- 雪どけや屋根を走るは鼬かな
- 僧は里に男は納屋に雪解かな
- 初午の行燈や薮に曲り入る
- 初午や篝焚き居る藪の中
- 我袖に誰が春雨の傘雫
- 里内裏老木の花もほのめきぬ
- 荒れ馬にとりすがりたる落花かな
- 北嵯峨や藪の中なる花の寺
- 上人を恋ひて詮なき櫻かな
- 左丹塗の文箱ゆきかふ花の幕
- 鎌倉のここ焦したる野焼かな
- 春寒や砂より出でし松の幹
- 年々に見古るす家や梅の道
- この谷の梅の遅速を独り占む
- 先人も惜しみし命二日灸
- 菊根分剣気つつみて背丸し
- この後の古墳の月日椿かな
- この谷の遅日におはす庵主かな
- 庖厨に草餅あり京に移住の議
- 山居杉に親しめば連翹野に恋し
- 杉大樹春の曙に立てりけり
- 僧一人交りて春の宵集ひ
- よき調度枕上なり夜半の春
- 春の夜を更かし帰りてさす戸かな
- 柳暮れて人船に乗る別離かな
- 舟岸につけば柳に星一つ
- 花暮れて夜のもとゐとなりにけり
- 濡縁にいづくとも無き落花かな
- 提灯に落花の風の見ゆるかな
- 山吹に深山の雲のかかるなり
- 山吹や人に怖ぢざる渓の魚
- 鎌倉を驚かしたる餘寒あり
- いつの間に水草生ひて住める門
- 春雨やすこしもえたる手提灯
- 草摘みし今日の野いたみ夜雨来る
- 嫉妬とは美しき人の宵の春
- 近よれば白粉の穢や櫻人
- 料理屋は皆花人の下駄草履
- 園深し雀を逃げて人に蝶
- 舞台暫し空しくありぬ壬生念仏
- 亡国の狭斜美し春惜む
- 春惜む輪廻の月日窓に在り
- 鶯や卒然として霞める日
- 雲静かに影落し過ぎし接木かな
- 造花已に忙を極めたる接木かな
- 山吹や裏戸あきたり人未だ
- 宮普請和布かけたる鳥居あり
- 静さや花なき庭の春の雨
- 雛の灯のほかとともりて暮遅し
- 春水や矗々として菖蒲の芽
- 風落ちて窪める水や蘆の角
- 船橋の浅き汀や蘆の角
- 葛城の神みそなはせ青き踏む
- 棒切れをつつめる垢や蝌蚪の水
- 山吹の雨や双親堂にあり
- 枯枝に初春の雨の玉圓かな
- 野を焼いて帰れば燈下母やさし
- 春雪を拂ひて高し風の藪
- 水温む利根の堤や吹くは北
- 駕二挺重なり下る雉子の谷
- 本尊にと持たせよこしぬ草の餅
- 国難や本尊の前の草の餅
- 春雷や大玻璃障子うち曇り
- 板踏めば春泥こたへ動きけり
- 腐れ水椿落つれば窪むなり
- 藤の根に猫蛇相搏つ妖々と
- 雪解の雫すれすれに干蒲団
- 一匹の鰆を以てもてなさん
- いただきを蜘がいためぬ沈丁花
- 群集する人を木の間に御忌の寺
- 道急になれば春水迸る
- 鉢伏に雲のかかれば春の雨
- 暁の春の御あかし消えんとす
- 春の灯をおつかぶさりてともしけり
- 春の潮先帝祭も近づきぬ
- 春寒や脱ぎつ重ねつ旅衣
- うち晴れて鶯に居る主かな
- さしくれし春雨傘を受取りし
- 早蕨を誰がもたらせし厨かな
- 松の間の大念仏や暮遅き
- 囀の大樹の下の茶店かな
- 二の替古き外題の好もしき
- 春寒のよりそひ行けば人目あり
- 我が猫をよその垣根に見る日かな
- 我が庵をゆるがし落ちぬ猫の恋
- 麦踏んで戻りし父や庭にあり
- 足あげて日もすがらあり麦を踏む
- 麦踏んで若き我あり人や知る
- 春雪のちらつきそめし芝居前
- 春めきし水を渡りて向島
- 皿の繪の漂ひ浮み春の水
- 草摘に出し万葉の男かな
- 春宵や柱のかげの少納言
- 青淵に桑摘の娘の映り居り
- 早春の鎌倉山の椿かな
- 恋猫をあはれみつつもうとむかな
- 夙くくれし志やな蕗の薹
- 老の手のほとびて白し海苔の桶
- てのひらの上よそよそと流れ海苔
- 棹見えて海苔舟見えず粗朶隠れ
- 岩の上に傾き置きぬ海苔の桶
- 鶯や洞然として昼霞
- 袖に来て遊び消ゆるや春の雪
- 手に持ちて線香売りぬ彼岸道
- 芽ぐむなる大樹の幹に耳を寄せ
- 古椿ここたく落ちて齢かな
- 春の月蛤買うて仰ぎけり
- 日輪を飛び隠したる蝶々かな
- 老猫の恋のまとゐに居りにけり
- 古雛を今めかしくぞ飾りける
- 木々の芽のわれに迫るや法の山
- うなり落つ蜂や大地を怒り這ふ
- 春山の名もをかしさや鷹ケ峰
- 見るうちにものあらはれ来涅槃像
- 春雨や忽ち曇る鷹ヶ峰
- もたし置く春雨傘や茶室の戸
- 斯く翳す春雨傘か昔人
- 春雨や少し水ます紙屋川
- 春雨の傘さしつれて金閣寺
- くぬぎはらささやく如く木の芽かな
- うち笑める老を助けて青き踏む
- 踏青や川を隔てて相笑める
- 踏青や古き石階あるばかり
- 装ひて来る村嬢や芹の水
- 暮遅し人ちらばりて相寄らず
- 啓書記の達磨暗しや花の雨
- 一片の落花見送る静かな
- 竹藪を外れて花の嵐山
- 静かさや松の花ある龍安寺
- 花茶屋に隣りて假の交番所
- うたたねのさめて日高し櫻人
- 鹿の峰の紺屋なほあり豆の花
- 行春や西山の辺の丹波路
- 院の前雪解の水の走り居る
- 鶯の声の大きく静かさよ
- 水に浮く柄杓の上の春の雪
- 楼門のありて春山聳えたり
- 草間に光りつづける春の水
- 宿の名の春雨傘をさしつらね
- 宿のもの春雨傘を一抱へ
- 両の掌にすくひてこぼす蝌蚪の水
- 行人の落花の風を顧し
- 思ひ川渡ればまたも花の雨
- 白雲の過ぎ行く峰の櫻かな
- 遅桜なほもたづねて奥の宮
- 無住寺の扉に耳や春惜む
- 神主の肴さげたり一の午
- 色さめし針山並ぶ供養かな
- 此の村を出でばやと思ふ畦を焼く
- 紅梅に立ち去り難き一人あり
- 縄がこひして草萌を待つばかり
- すみずみの溝ぶちまでも名草の芽
- 泥落ちてとけつつ沈む芹の水
- 桂出て尚餘りある春日かな
- 裏山の木瓜掘つて来てまだ植ゑず
- 後手に人渉る春の水
- 春宵のもとゐに若き我なりし
- 半蔀を上げてお茶屋や山櫻
- 今一つ中のお茶屋や山櫻
- 漕ぎ乱す大堰の水や花見船
- 石段を上り下りの智恵詣
- 虻落ちてもがけば丁子香るなり
- おもむろに窓に入り来る柳絮かな
- 大空にあらはれ来る柳絮かな
- 草焼くや迷へる人に立つ仏
- 瀬の石に立てば春水にぎやかに
- 琴坂の左右や春水迸る
- 宇治川の舟行飛燕頻りなり
- 竹籬にかかり連る落椿
- 半日を提げし土産のさくらもち
- 春灯の下に我あり汝あり
- 谷深く尚わたり居る落花かな
- 蕗の薹の舌を逃げゆくにがさかな
- 東より春は来ると植ゑし梅
- 植木屋の掘りかけてある梅一樹
- 沖の方曇り来れば春の雷
- 蜥蜴以下啓蟄の虫くさぐさなり
- 落椿くぐりて水のほとばしり
- もり上り花あるところお寺かな
- 花だより書くひまありし貴船かな
- 土佐日記懐にあり散る桜
- 山櫻又現れて来りけり
- 国境の橋の小さし山櫻
- 身をよせて西行櫻親しけれ
- 花篝衰へつつも人出かな
- 岩の間に人かくれ蝶現るる
- 川波に山吹映り澄まんとす
- 学僧に梅の月あり猫の恋
- ぱつと火になりたる蜘や草を焼く
- 我心漸く楽し草を焼く
- 風の日の麦踏み遂にをらずなりぬ
- わが好きの紅梅のある絵巻物
- 叱られて泣きに這入るや雛の間
- 春の水流れ流れて又ここに
- 鯉群れて膨れ上りぬ春の水
- 草萌や大地総じてものものし
- 一本の枯木がくれの歸雁かな
- 燕のゆるく飛び居る何の意ぞ
- 大方は泥をかぶりて蘆の角
- 鎌倉の此道いつも落椿
- 行平に土筆煮え居る母の居間
- 落ち込んで鼠の逃ぐる芹の水
- 西山の山寺にあり春一日
- 山寺の古文書もなく長閑なり
- 電燈を下げて土産のさくらもち
- 慌し花信到りて雨到る
- 花の雨降りこめられて謡かな
- 花の雨傘持ちかへて仰ぎ居り
- 花に消え松に現れ雨の絲
- 結縁は疑もなき花盛り
- 落花のむ鯉はしやれもの鬚長し
- 宴未だはじまらずして花疲れ
- 花篝燃ゆるが上に浮ける花
- 砂の上曳ずり行くや櫻鯛
- 蝶々の高く上るは潦
- 折りて持てる山吹風にしなひをり
- 春日野の馬酔木の花は尚盛り
- 縄ぼこり立ちて消えつつ桑ほどく
- 山寺や巌を這へる藤の花
- 雪解くる囁き滋し小笹原
- 山焼の煙の上の根なし雲
- 紅梅の莟は固し言はず
- 鶯や御幸の輿もゆるめけん
- 草萌や百花園主のそぞろなる
- 園丁の往きつもどりつ草萌ゆる
- 春山もこめて温泉の國造り
- 春の水熊野男の渉る
- 葺き替し屋根にほころぶ絲櫻
- 人込みの春雨傘にぬれにけり
- 春雨にぬれて迎へぬ吉右衛門
- 鴨の嘴よりたらたらと春の泥
- 頼風の片葉の葭は芽ぐみをり
- 漁村の娘醜からずよ椿咲く
- 卒業の眉打ち上げて来りたり
- 籠あけて蓬にまじる塵を選る
- 草餅の黄粉落せし胸のへん
- 老婆子の船を上りて桃の里
- 立ちならぶ辛夷の莟行く如し
- 朧夜や伊達にともしぬ小提灯
- 燈台を花の梢に見上げたり
- 鬢に手を花に御詠歌あげて居り
- 三熊野の花の遅速を訪ねつつ
- 石に腰縁起買ひ読む花の下
- 諸人の花に詣るや道成寺
- 絵巻物にあるげの櫻咲いてをり
- あちこちの花のたよりや京の宿
- 秀衡の櫻といふに憩ひけり
- 白濱の牡丹櫻に名残あり
- 花疲れ東寺の塀に沿ひ曲る
- 対岸の花人は唯行く如し
- 青ざめてうつむいてをり花の酔
- 下駄はいて這入つて行くや春の海
- 裏濱は家族ばかりの汐干潟
- 春草に脱ぎし草履の重なりぬ
- ちらつける雪に農婦や枝垂梅
- 炭竃のだんだん多し梅の谿
- かくれ家をかいま見すれば雛飾る
- 後澗に入らず春山歩をかへす
- 歸る雁幽かなるかな小手かざす
- 竹林にすき見ゆ家や春の雨
- 雨の傘燕にあげぬ橋の人
- 畑打も女が多し南伊勢
- 神前の花に進める修交使
- 白雲のほとおこり消ゆ花の雨
- ひそやかに花見弁当うちかこみ
- 磯遊び二つの島のつづきをり
- 川舟に岸の山吹揺れなびき
- 四畳半三間の幽居や小米花
- 桑蔵の戸は開け放し蠶飼かな
- 事務多忙頭を上げて春惜む
- 猫柳光りて漁翁現れし
- 立止まりと見る園主に萌ゆる草
- 里方の葵の紋や雛の幕
- 雛の幕引きも絞りて美しや
- 雛壇の前より人の居流れし
- 春の山増上教寺聳えたり
- 蓑つけて主出かけぬ鮎汲みに
- 齢とれば彼岸詣りも心急き
- 燕のしば鳴き飛ぶや大堰川
- 園丁の指に従ふ春の土
- 蕨背に湯の山道を下り来る
- 姉の留守妹が炊ぐ蕨飯
- 秋篠はげんげの畦に仏かな
- 遅き妓は東をどりの出番とや
- 船の出るまで花隈の朧月
- 旅荷物しまひ終りて花にひま
- ちろちろと燃ゆる煖爐や山櫻
- 中堂よ大講堂よ山櫻
- よき椅子にどかと落ちこみ花の館
- 賓客となりて一日や花の館
- 椿先づ揺れて見せたる春の風
- 仰向けて奉捨受けけり遍路笠
- 鹿の峰の狭き縄手や遍路行く
- 音もなき老の朝寝の気がかりな
- 藤垂れて今宵の船も波なけん
- 奈良茶飯出来るに間あり藤の花
- 熊野灘少し荒れたり梅を思ふ
- 梅を見て明日玄海の船にあり
- 風師山梅ありといふ登らばや
- 日本を去るにのぞみて梅十句
- 梅水仙王一亭の応接間
- 長江の濁りまだあり春の海
- 春潮や窓一杯のローリング
- 上海やつつじ倚り咲く太湖石
- 名を書くや春の野茶屋の記名帳
- 春の寺パイプオルガン鳴り渡る
- 色硝子透す春日や棺の上
- 売家を買はんかと思ふ春の旅
- 雀等も人を恐れぬ国の春
- 春雨に濡れては乾く古城かな
- 木々の芽や素十住みけん家はどこ
- 望楼ある山の上まで耕され
- フランスの女美し木の芽また
- 霞む日や破壊半ばのトロカデロ
- 真直ぐに歩調そろへて青き踏む
- 倫敦の春草を踏む我が草履
- コルシカに春の日赤く今沈む
- 宝石の大塊のごと春の雲
- 国境の駅の両替遅日かな
- 卓上の桃あわて咲き葉を出しぬ
- 舟橋を渡れば梨花のコブレンツ
- 両岸の梨花にラインの渡し舟
- 梨花村の直ぐ上にあり雪の山
- 我宿は巴里外れの春の月
- 三人の旅の親子に春の月
- 欠伸すぐ唄になりけり花の茶屋
- 箸で食うふ花の弁当来て見よや
- ベルギーは山なき国やチューリップ
- 踏みて直ぐデージーの花起き上る
- 春風や柱像屋根を支へたる
- 折からの夜宴の花やライラック
- 夜話遂に句会となりぬリラの花
- かりそめの情は仇よ春寒し
- 化粧して気分すぐれず春の風邪
- 客ありて梅の軒端の茶の煙
- 御霊屋に枝垂梅あり君知るや
- そのままに君紅梅の下に立て
- 雛の顔鼻無きがごとつるつると
- 折り折りて尚花多き宮椿
- 一枚の葉の凛として挿木かな
- 雨晴れておほどかなるや春の空
- 別荘を出て別荘へ花の坂
- 畦を塗る鍬の光をかへしつつ
- 畦塗るや首をかしげて懇に
- 馬酔木折つて髪に翳せば昔めき
- 町娘笑みかはし行く針供養
- 春寒はなかなか老につらかりき
- 病にも色あらば黄や春の風邪
- 猫柳又現はれし漁翁かな
- 猫柳ほほけし上にかかれる日
- 提灯の照らせる空や夜の梅
- うしほ今和布を東に流しをり
- 潮の中和布を刈る鎌の行くが見ゆ
- 煎つてゐる雛のあられの花咲きつ
- 啓蟄や日はふりそそぐ矢の如く
- 橋に立てば春水我に向つて来
- 春水に水棹の泥のすぐほどけ
- 遠ざけて引寄せもする春火桶
- 竹林に黄なる春日を仰ぎけり
- 藁屋根に春空青くそひ下る
- 手を上げて別るる時の春の月
- 桜貝波にものいひ拾ひ居る
- 鬱々と花暗く人病にけり
- 肴屑俎にあり花の宿
- 語り伝へ謡ひ伝へて梅若忌
- 忌あり碑あり梅若物語
- 遠足の野路の子供の列途切れ
- 垣外の暮春の道の小ささよ
- 春闌暑しといふは勿体なし
- 分け行けば躑躅の花粉袖にあり
- 冴えかへるそれも覚悟のことなれど
- 春寒もいつまでつづく梅椿
- 花のごと流るる海苔をすくひ網
- 花まばら小笹原なる風の梅
- 紅梅の旧正月の門辺かな
- 春の波小さき石に一寸躍り
- 物の芽にふりそそぐ日をうち仰ぎ
- 土手の上に顔出し話す草を摘む
- 春雲は棚曳き機婦は織り止めず
- 草餅をつまみ江川遙なり
- 面つつむ津軽をとめや花林檎
- 黄いろなる真赤なるこの木瓜の雨
- 細き幹伝ひ流るる木瓜の雨
- 春暁やまことに玉の玉椿
- くもりたる古鏡の如し朧月
- 昔ここ六浦とよばれ汐干狩
- 緑竹の下やそぞろに青む草
- 春草のこの道何かなつかしく
- 立ち上り而して歩む春惜しむ
- 薄氷の上にかぐはし春の塵
- 又ここに猫の恋路とききながし
- 芝焼いて青き小草の現るる
- 子を抱いて老いたる蟹や猫柳
- 尼寺に小句会あり鳴雪忌
- 語りつつ歩々紅梅に歩み寄る
- 鎌倉に実朝忌あり美しき
- 寿福寺はおくつきどころ実朝忌
- 実朝忌油井の浪音今も高し
- 春の水風が押へて窪むまま
- 裏口を出て来る家鴨春の川
- 春の川ゴルフリンクに大曲り
- 窓の灯の消えて綾なし春の泥
- 一鍬も己が力をたのみ打つ
- おほどかに日を遮りぬ春の雲
- 桜餅女の会はつつましく
- 桜餅籠無造作に新しき
- ここに又住まばやと思ふ春の暮
- 春宵の此一刻を惜むべし
- 蝶もとびふるさと人もたもとほり
- 花散るや鈍な鴉の翅あたり
- やや暑く八重の桜の日蔭よし
- 花の宿ならざるはなき都かな
- 春眠を起すすべなく見まもれり
- 春眠の一笑まひして美しき
- 高殿や四方の山に藤かかる
- ゆく春の書に対すれば古人あり
- 風吹いて暮春の蝶のあわただし
- 書乏しけれども梅花書屋かな
- 北に富士南に我が家梅の花
- 雛納め雛のあられも色褪せて
- 人影の映り去りたる水温む
- 春水をせせらぐやうにしつらへし
- 春水に落るが如くほとりせり
- 牛曳きて春川に飲ひにけり
- 書を置いて開かずにあり春炬燵
- 燕やヨットクラブの窓の外
- 飛燕にも心ありとも思はるる
- 乱れ飛ぶ飛燕かなしと見やりけり
- 破れ傘を笑ひさしをり春の雨
- 春雨や茶屋の傘休みなく
- 春雨の傘の柄漏りも懐しく
- 水くねり流るる邑や柳かげ
- 経の声和し高まり花の寺
- 神域の心得読むや花の下
- 日当りて電燈ともり町桜
- 花にゆく老の歩みの遅くとも
- 春草を踏み越え踏み越え鳩あるく
- 蝶とまり獅子の睡りを醒しけり
- なとがめそ子供がなくて朝寝妻
- 唄ひつつ笑まひつつ行く春の人
- 春泥に映りすぎたる小提灯
- 閻王の眉は発止と逆立てり
- 窓外の風塵春の行かんとす
- 元禄の昔男と春惜む
- 春寒や陶々亭の赤火鉢
- 海苔掻の女や波を逃げもして
- 粗末なる軒端の梅も咲きにけり
- 好もしく低き机や雛の間
- 春めくと思ひつつ執る事務多忙
- 油の目大きく二つ春の水
- 濡れてゆく女や僧や春の雨
- 風折の烏帽子の如きもの芽あり
- 失せてゆく目刺のにがみ酒ふくむ
- 人々は皆芝に腰たんぽぽ黄
- たんぽぽの黄が目に残り障子に黄
- しづしづとクローバを踏み茶を運ぶ
- 連翹の一枝円を描きたり
- あやまつてしどみの花を踏むまじく
- 騒人にひたと閉して花の寺
- 行き当り行き当り行く花の客
- 遠足も今は駆足池の端
- 美しき眉をひそめて朝寝かな
- 春惜しむベンチがあれば腰おろし
- 大仏の下にやすらふ古稀の春
- 御胸に春の塵とや申すべき
- 京言葉浪花言葉や春の旅
- 尾は蛇の如く動きて春の猫
- 芝焼いて旧居のままのたたずまひ
- 日をのせて浪たゆたへり海苔の海
- 別荘もあり茶屋もあり梅の寺
- 大仏の境内梅に遠会釈
- 宿の梅あるじと共に老いにけり
- 紅梅に薄紅梅色重ね
- 春の水梭を出でたる如くなり
- 川下の娘の家を訪ふ春の水
- 長谷寺に法鼓轟く彼岸かな
- ふるさとに防風摘みにと来し吾ぞ
- 春蘭を掘り提げもちて高嶺の日
- 永き日や昔初瀬の堂籠り
- 麗かにふるさと人と打ちまじり
- 沈丁の香の石階に佇みぬ
- 行き過ぎて顧すれば花しどみ
- 朧とは今日の隅田の月のこと
- 一様に岸辺の柳吹き靡き
- 比叡遠く愛宕近しや花の里
- 花の寺末寺一念三千寺
- 花咲きて堂塔埋れ尽すべし
- 手にうけて開け見て落花なかりけり
- 謡会すすむにつれて夕桜
- 藁さがるけふは二筋雀の巣
- ここにある離宮裏門竹の秋
- 一蝶の舞ひ現れて雨あがる
- ふたりづつふたりづつ行く春の風
- 法外の朝寝もするやよくも降る
- 藤房の垂れて小暗き産屋かな
- 藤蔓の船の屋根摺る音なりし
- 寵愛の仔猫の鈴の鳴り通し
- スリツパを越えかねてゐる仔猫かな
- 春惜むいのち惜むに異らず
- 脇息に手を置き春を惜みけり
- 雪よりも真白き春の猫二匹
- 美しく残れる雪を踏むまじく
- 洋服の襟をつかみて春寒し
- けふも亦春の寒さか合点ぢや
- かかはりもなくて互に梅椿
- 犬ふぐり星のまたたく如くなり
- 白酒の餅の如くに濃かりけり
- 五女の家に次女と駆け込む春の雷
- 開帳の時は今なり南無阿弥陀
- 春雨のくらくなりゆき極まりぬ
- 芽吹く木々おのおの韻を異にして
- 蒼海の色尚存す目刺かな
- 枯蔓をいかに脱がんと椿かな
- 落椿道の真中に走り出し
- 鴎の目鋭きかなや春の空
- 娘の部屋を仮の書斎や沈丁花
- うは風の沈丁の香の住居かな
- 参詣の人に俄かな花の雨
- もてなしの心を花に語らしめ
- 手を挙げて走る女や山桜
- 楼上に客たり花は主たり
- 春風や離れの縁の小座蒲団
- 風多き小諸の春は住み憂かり
- 鍬を借り畑作りや春来る
- 雪解の庭ここもとにたまり水
- 雪解や人たづね来る五六人
- 四方の戸のがたがた鳴りて雪解風
- 雪解水林へだてて二流れ
- 枝垂梅一枝を蔓のからみたる
- 目薄くなりて故郷の梅に住む
- 紅梅や旅人我になつかしく
- 春雷や傘を借りたる野路の家
- 音高き春の野水に歩をとどめ
- 耕牛の谷を隔てて高く居る
- 耕の鍬かたげつつ訪ひよりぬ
- 古城趾といふ石崖のさいたづま
- 蓼科に春の雲動きをり
- 里人は皆畑に居り桃の花
- 木蓮を折りかつぎ来る山がへり
- 我が作る田はこれこれと春の風
- 城壁にもたれて花見疲れかな
- 梭のごと蝶ぬけとべる瓜の垣
- 春潮にたとひ櫓櫂は重くとも
- 雪の後雨となりけり寒明くる
- 寒明けの雪どつと来し山家かな
- 浅き春空のみどりもやや薄く
- 春めきし人の起居に冴え返る
- 時々はわかさぎ舟の舸子謡ふ
- 雪解の音をききつつ籠り居り
- 雪解の俄に人のゆききかな
- 田一枚一枚づつに残る雪
- 残雪の這ひをる畑のしりへかな
- 薪を割る人に残雪遠くあり
- 猫柳折られながらに呆けたる
- 猫柳薪の上に折られあり
- 黄色き日空にかかりぬ猫柳
- 障子越し碁の音聞え梅の花
- 煎豆やお手のくぼして梅の花
- 紙折つて雛のあられを其上に
- 雛あられ染める染粉は町で買ひ
- 色紙なる繪雛の袖のはね上り
- 美しきぬるき炬燵や雛の間
- まろまろとふわふわとして春の山
- 斯く迄に囁くものか春の水
- 裏川に獨り蜆を掘る女
- うるほえる天神地祇や春の雨
- 春泥の庭を散歩の足駄かな
- ものかげの黒くうるほふ春の土
- 耕すにつけ読むにつけ唯独り
- 耕しの我のみ頼む痩地かな
- 鍬かつぐ男女ゆき合ひ畑打
- 畑打つて飛鳥文化のあととかや
- 山畑や鍬ふり上げて打下ろす
- 瓶青し白玉椿挿はさむ
- 交はれる二木の枝の木の芽かな
- 金堂の扉を叩く木の芽風
- 陽炎の中に二間の我が庵
- 草餅の重の風呂敷紺木綿
- 縁側に盆に草餅庭に人
- 桃咲くや足なげ出して針仕事
- 祠あり一木の桃の花盛り
- 朧とは行きかふ人の顔白く
- 大学は花に埋もれ日曜日
- 落花地に戯れ蝶は蝶を追ひ
- 婦長来て瓶の櫻をなほし行き
- 門衛は居らざる如し櫻散る
- 大根の花を生けたるバケツかな
- 初蝶が来ぬと炬燵に首を曲げ
- もつれつつ蝶どこまでも上がり行く
- 人と蝶美しく又はかなけれ
- 蝶飛びて其あとに曳く老の杖
- 皿洗ふ絵模様抜けて飛ぶ蝶か
- 円を描き弧を描く花の蝶々かな
- 伸ばしたる子の手届かず蝶の空
- 玻璃内の眼を感じつつ親雀
- 親雀身を細うして子雀に
- 四ところに連翹ありて庭広し
- 今年又径の角なる苗代田
- 小諸まだ陽気遅れて苗代寒
- 塗畦に尾をつけてゐる烏かな
- 塗畦の土を支へて茅萱かな
- 毎日の風も暮春の習ひなり
- 妻病みて春浅き我が誕生日
- 首縮め雪解雫を仰ぎつつ
- 解けかけし雪そのままに氷りたる
- 出不精の又出ず仕舞春寒し
- 山里の春はやうやく猫柳
- 下萌や石をうごかすはかりごと
- 下萌や地を動かして枕をうつ
- 山里の雛の花は猫柳
- お茶うけの雛のあられに貝杓子
- 天井にとどけ雛の高御座
- カレンダーめくりあらはる雛の日
- 桃活けて雛無き草の庵かな
- 雛あられ四日の客に茶うけかな
- 道迷ひつつ春の水渉り
- だき抱へ跳り渉りぬ春の水
- 春水に逆さになりて手を洗ふ
- 春雨の相合傘の柄漏りかな
- 春雨のかくまで暗くなるものか
- 川渉り来る人もある桃の宿
- 綿羊の子はおでこにて桃の花
- 山羊の子がしきりにはねる金ぽうげ
- 囀りの尾をしわめ鳴く鳥は何
- 海苔粗朶にゆたのたゆたの小舟かな
- 山門も無くて梅林覺園寺
- 墓参して寿福禅寺の梅にあり
- 針山も見えて尼寺梅の花
- 大いなるうなりに乗りて和布刈舟
- いと長き和布刈の棹を使ひけり
- 岩伝ひ下り来る人や春の水
- 春水の石にもつれつほどけつつ
- 春水に両手ひろげて愉快なり
- 行きあひし尼に会釈の彼岸道
- 久々に家を出づれば春の泥
- もの芽出る籬の外には電車行く
- 尼寺の縁側近きもの芽かな
- 枯蔓をかぶりし儘に木の芽かな
- 目白来て躍りとまるや風椿
- 造化又赤を好むや赤椿
- 葉のかげににじみそめたる椿かな
- 庭散歩椿に向ひまた背き
- 春蘭を鍬に載せ提げ戻り來る
- 春蘭の曾ての山の日を恋ひて
- 草餅や盆の上なる料紙筆
- 春宵の我にかしづく小人形
- 町中に紫を引く春の宵
- 人の世の小唄習ふも春の宵
- 春の夜や互に通ふ文使
- 舟人の渦漕ぎ抜けて花仰ぎ
- 大玻璃の落花大きく現れし
- 諸人の花に会して宇治の宿
- 椅子の竹通して駕や山櫻
- たばしたる先づ眼福や櫻鯛
- 鳥羽湾の島々高く大汐干
- 羽痛めたる蝶々の憂き眉毛
- 山の蝶仏の如く美しき
- 遠足の埃の中の鳥居かな
- 親雀人を恐れて見せにけり
- 見廻して顧みもして親雀
- 海棠の雨といふ間もなく傷み
- 赤き斑やつつじの瓣に蕊染みて
- 行春や垣外を行く赤き衣
- 冴え返る寒さに炬燵又熱く
- しつこくも春寒き日の続きけり
- 老友の病を訪ふや春時雨
- 堂塔につつかひ棒や梅の寺
- 志摩の蜑の和布刈の竿のながながと
- 岩の和布に今とどきたる竿ゆれて
- 雛納めしつつ外面は嵐かな
- 啓蟄に篠つく雨の降り注ぎ
- 春水に映る二階の人逆さ
- 春雨に濡るるがままの渡り廊
- 深々と春雨傘をさせる人
- 春雨のうたたね覚めて謡かな
- 白水晶緑水晶玉椿
- 繋がれし犬が嗅ぎより落椿
- 林檎散る晝かみなりの鳴るなべに
- 旅にあることも忘れて朝寝かな
- 河北潟見ゆる限りの霞かな
- 能登の畑打つ運命にや生れけん
- 老一日落花も仇に踏むまじく
- 花はまだ輪島の町は北を受け
- 風呂落す音も聞えて花の宿
- 能登言葉親しまれつつ花の旅
- 家持の妻恋舟か春の海
- 春潮や倭寇の子孫汝と我
- 潮じみて重ね著したり海女衣
- 繋がれし犬が退屈蝶が飛び
- 山吹の花の蕾や数珠貰ふ
- 老僧と一期一会や春惜しし
- 温泉のとはにあふれて春尽きず
- 春塵をやり過したる眉目かな
- 老大事春の風邪などひくまじく
- 下萌の大磐石をもたげたる
- 春山をすこし上りて四つ目垣
- 古びたる赤き布団や春炬燵
- 拜観の御苑雉子啼きどよもせり
- 春雨の音滋き中今我あり
- 一点の黄色は目白赤椿
- 葉ごもりに引つかかりつつ椿落つ
- 林なす潮の岬の崖椿
- 鎌倉のそこここに垣繕へる
- 湯に入りて春の日餘りありにけり
- 垣外を春日遅々と人通り
- 障子今しまり春の灯ほとともり
- 花の下那智の聖といふに逢ふ
- 主亡し花も調度も其ままに
- 主亡し落花流るる門の川
- 老の杖とばし転ぶも花の坂
- 草臥の一日々々や花の旅
- 浪花出て熊野めぐりて花の旅
- 突風の吹きて忽ち花曇
- 春風の心を人に頒たばや
- 春惜む命惜むに異らず
- 故郷は昔ながらの粽かな
- 信濃路や蠶飼の檐端菖蒲葺く
- 旅の夜の菖蒲湯ぬるき宿りかな
- 人行かぬ旧道せまし茨の花
- 短夜の闇に聳ゆる碓氷かな
- 短夜の山の低さや枕許
- 木曽に入りて十里は来たり栗の花
- 五月雨の和田の古道馬もなし
- 五月雨の夕雲早し木曽の里
- 五月雨や檜の山の水の音
- 蝸牛葉裏に雨の三日ほど
- 松竝木美濃路の螢大いなり
- 恐ろしき峠にかかる螢かな
- 住みなれし宿なれば蚊もおもしろや
- 子規鳴く頃寒し浅間山
- 家二軒笠取山の時鳥
- 子規鳴き過ぐ雲や瀧の上
- ほととぎす月上弦の美濃路行く
- 大粒の雨になりけりほととぎす
- 十抱への椎の木もあり夏木立
- ひしひしと黒門の夏木立かな
- 傘さして行く人を見る夕立かな
- 夏山の小村の夕静かなり
- 木曽深し夏の山家の夕行燈
- 木曽を出れば夏山丸く裾長し
- きのふけふ繭ごもるとの便りかな
- 常磐木の落葉踏みうき別かな
- 海を見つ松の落葉の欄に倚る
- 和田村で合羽買ひけり五月雨
- 蝸牛の妻も籠れり杓の中
- 湖をめぐりて雨の田植かな
- さはさはと真菰動くや鎌の音
- 引網の夕汐時やほととぎす
- 夏草や古井の底の水の音
- 夕立やぬれて戻りて欄に倚る
- 手も足もおしうづむ砂の清水かな
- 涼しさや雨吹き下す空の闇
- 行夏や彌陀の後ろの蚊のうなり
- 両岸の若葉せまりて船早し
- 茨の花二軒竝んで貸家あり
- 裏戸近く夕汐さすや茨の花
- 日高きに宿もとめ得つ栗の花
- 五月雨の雲に灯うつる峯の寺
- 蚊の多き根岸に更けて詩会あり
- 古蚊帳の大いなるを僧にまゐらせつ
- 蚊帳越しに薬煮る母をかなしみつ
- 月出でて鬼にもならぬ蚊遣かな
- 病む人の蚊遣見てゐる蚊帳の中
- 薫風や白帆竝びかねつ八郎潟
- 薫風に昼のともし火瀧の前
- 故郷の月ほととぎすでもなきさうな
- 縄朽ちて水鶏叩けばあく戸なり
- 岩の上に金冠のこる清水かな
- 旅人の酒冷したる清水かな
- 女多き四條五條の涼みかな
- 鮒鮓や膳所の城下に浪々の身
- いくさになれて鮓売りにくる女かな
- 人病むやひたと来て鳴く壁の蝉
- 帰省して書斎なつかしむ澁団扇
- 五六騎のかくれし寺や棕櫚の花
- 藻の花に日当らざるお堀かな
- 溝板踏んで蚊の中に入る裏戸かな
- 山を越えて他藩に出でし夏野かな
- 女房の古りにけるかも笹粽
- 僧俗の交りあはき粽かな
- 妻ごめに八重垣つくる二つ繭
- 百人一首を行列にする祭りかな
- 薔薇の花楽器いだいて園にいでぬ
- 芝居見はおしろい花に紅の花
- へご鉢の水まさりけり五月雨
- 梅の実を必ずくるる隣あり
- 夜半に起きて蚊をやく母の病かな
- 蚊をやいて子をいとほしむ火影かな
- 草の家にひくくたれたる蚊帳かな
- 蚊遣火の煙遮る団扇かな
- 蚊遣火やこの時出づる蚊喰鳥
- 蚊遣火や縁に置いたる馬の沓
- 盥舟雲の峰迄至るべく
- 磐石の微動してゐる清水かな
- 旅人の立ちよる裏の清水かな
- 橋涼み笛吹く人をとりまきぬ
- 打水や空にかかれる箒星
- 打水や石燈籠にともすべく
- 早鮓や人をもてなす夕まうけ
- 法華経を枕にしたる昼寝かな
- 病む母に父の形見の土用干
- 蓮臭き佛の飯を茶漬かな
- 菖蒲湯や彼の蘭湯に浴すとふ
- 薔薇剪つて短き詩をぞ作りける
- 薔薇呉れて聖書かしたる女かな
- 薔薇散るや前髪崩れたる如く
- 短夜や灯を消しに来る宿の者
- 五月雨に郵便遅し山の宿
- 五月雨や魚とる人の流るべう
- ほととぎす啼きどよもすや墳の上
- 夕立や朝顔の蔓よるべなき
- 夕歩き宿の団扇を背にして
- 目洗へば目明らかに清水かな
- 音のして草がくれなる清水かな
- 鮓の石に月登りけり草の庵
- 一日をひるねに行くや甥の寺
- 物なくて軽き袂や更衣
- 雨に濡れ日に乾きたる幟かな
- うち立てて見えぬ幟の破れかな
- 川狩の謡もうたふ仲間かな
- 山の上の涼しき神や夕まゐり
- 煙管のむ手品の下手や夕涼み
- 鼻緒ゆるき宿屋の下駄や夕涼み
- うり西瓜うなづきあひて冷えにけり
- 雨二滴日は照りかへす麦の秋
- 真清水にうかべる麦の埃かな
- 打水にしばらく藤の雫かな
- 鼓あぶる夏の火桶や時鳥
- 夏木立蔚然として楠多し
- 長き根に秋風を待つ鴨足草
- 鬼の面ぬげば涼しき美男かな
- 何蟲ぞ姫向日葵の葉を喰ふは
- 藺の花の上漕ぐ船や五月雨
- 田舎馬車乗りおくれたる螢かな
- 嵐山の闇に對する螢かな
- 唐人の文字正しき扇かな
- 寺を出る稚兒三人の日傘かな
- 涼しさや山を見飽きて蚊帳に入る
- 葛水に松風塵を落すなり
- 夏に籠る師に薪水の労をとる
- 市中の寺にかくるる一夏かな
- 或時は谷深く折る夏花かな
- 雨雲の離れぬ比枝や田植時
- うち竝ぶ早乙女笠や湖を前
- 三軒家蚊帳つる時のほととぎす
- 山を出でて山に入る月や蚊帳の外
- 薫風や瀧の腹見る寺の縁
- 御車に牛かくる空やほととぎす
- 草山やこの面かの面の百合の花
- 古家にもの新らしき団扇かな
- 山寺にうき世の団扇見ゆるかな
- 先づ食うて先づ去る僧や心太
- 長橋を降りかくす雨や心太
- 無用の書紙魚食ひあきて死ぬるらん
- 茄子汁主人好めば今日も今日も
- 繭もぐや太子の宮の妃に宣下
- 鎌とげば藜悲しむけしきかな
- 明易き閨に妹あらず炊ぐらん
- 老いそめて里に下るや紅藍の花
- 御僧の沓かりはくや牡丹見る
- 浮巣見て事足りぬれば漕ぎ返る
- 河骨の花に神鳴る野道かな
- 客人に下れる蜘や草の宿
- 蜘掃けば太鼓落して悲しけれ
- 蚊柱や酒屋の店の枡の上
- さしかゆる佛の花に昼蚊かな
- 蚊遣火や縁に腰かけ話し去る
- 沼に出れば魚とり居る夏野かな
- 拓きかけて木綿つくれる夏野かな
- 雨戸あけて水鶏も啼くといふ貸家
- 雷にうちふるふ家や水のへり
- 汗ばまぬ人上品の佛かな
- 僧堂や昼寝覚めよの銅鑼が鳴る
- 隠家にほのめく鎗や土用干
- 今敷きし船の毛布や松落葉
- 寂として残る土階や花茨
- 卯の花や佛も願はず隠れ住む
- 山の温泉の一号室や明易き
- 十薬も咲ける隈あり枳殻邸
- 門額の大字に点す蝸牛かな
- 主客閑話ででむし竹を上るなり
- 怠らぬ読書日課や枇杷を食ふ
- 高僧も爺で坐しぬ枇杷を食す
- 上人の俳諧の灯や灯取虫
- 青田より水の高さや蓴沼
- 二人して荷ふ夜振の獲物かな
- すたれゆく町や蝙蝠人に飛ぶ
- 御領地の堺木うちに夏野かな
- 二階人暑さにまけてやめりけり
- かちととぶ髪切蟲や茂り中
- かくて身は蟻にひかるる毛蟲かな
- 稚児の手の墨ぞ涼しき松の寺
- 冷奴死を出で入りしあとの酒
- 灯消えたり卓上に鮓の香迷ふ
- さる程に金魚にもあく奢りかな
- 君が代の裸みはやせ常陸山
- 夏痩の細き面輪に冠かな
- 夏痩の身をつとめけり婦人会
- 麻の中月の白さに送りけり
- 袷著て假の世にある我等かな
- 酒旗高し高野の麓鮎の里
- 老僧の骨刺しに来る藪蚊かな
- 明易き第一峰のお寺かな
- 我犬のきき耳や何夏木立
- 鹽蓼の壺中に減るや自ら
- 羽抜鶏吃々として高音かな
- ぢぢと鳴く蝉草にある夕立かな
- 金亀虫擲つ闇の深さかな
- 泉へと人没し去る葎かな
- 駒の鼻ふくれて動く泉かな
- 葛水にかき餅添へて出されけり
- 旅中頑健飯の代りに心太
- 岸に釣る人の欠伸や舟遊
- 曝書風強し赤本飛んで金平怒る
- 書函序あり天地玄黄と曝しけり
- 年々や三本つくる帚草
- 白き雲鼠にかはる百日紅
- 病葉や大地に何の病ある
- 頼政も鵺も昔の宿帳に
- 広き道一筋夏の園に在り
- 蟇の居る石に玉巻く芭蕉かな
- 師僧遷化芭蕉玉巻く御寺かな
- 箏の前に人ゐずなりぬ若楓
- 棕櫚の花句作につけて見る日かな
- 田植すみて東海道雨の人馬かな
- 雑談も夜涼に帰せり灯取虫
- 灯取虫燭を離れて主客あり
- 灯ともせば早そことべり灯取虫
- 舟べりにとまりてうすき螢かな
- 寝し家を喜びとべる蛍かな
- 蛍追ふ子ありて人家近きかな
- 翡翠去つて人船繋ぐ杭かな
- 福を待つ床の置物夏座敷
- 今日の日も衰へあほつ日除かな
- 心中の屍つつむ土用浪
- 茣蓙取れば青き祭の畳かな
- うき草のそぞろに生ふる古江かな
- 蟻の国の事知らで掃く帚かな
- 清水のめば汗軽らかになりにけり
- 汗をたたむ額の皺の深きかな
- 月空に在りて日蔽を外しけり
- 日蔽の繪様やものの半なる
- 川向ひ皆日蔽せし温泉宿かな
- 昼寝客起すは茶屋の亭主かな
- 緑蔭清泉一人立ちたる裸かな
- 紅袍の下に袷の古びかな
- 袷著て袂に何もなかりけり
- 麦笛や四十の恋の合図吹く
- 涼しさは空に花火のある夜かな
- 浴衣著て老ゆるともなく坐りけり
- 生涯の今の心や金魚見る
- 恋さめて金魚の色もうつろへり
- 露の幹静かに蝉の歩き居り
- 菖蒲葺いて元吉原のさびれやう
- 祭舟装ひ立てて山青し
- 大蟇先に在り小蟇後へに高歩み
- 簗見廻つて口笛吹くや高嶺晴
- 槇柱に清風の蠅を見つけたり
- 胡瓜歯に鳴り友情面にあり
- 避暑人に電燈這ひともる翠微かな
- 船にのせて湖をわたしたる牡丹かな
- 紫陽花や田舎源氏の表紙裏
- 蚊帳吊りて草深く住み果つるかも
- 夏草に下りて蛇うつ烏二羽
- 葭戸はめぬ絶えずこぼれ居る水の音
- 白扇や漆の如き夏羽織
- 夏の月皿の林檎の紅を失す
- 菖蒲剪るや遠く浮きたる葉一つ
- 傾きて太し梅雨の手水鉢
- 夕鰺を妻が値ぎりて瓜の花
- 島と陸延びて逢はずよ雲の峰
- 玉蟲に殖えて淋しき衣裳かな
- 石一つ震ひ沈みゆく清水かな
- 夏痩の頬を流れたる冠紐
- 寝冷せし人不機嫌に我を見し
- 牡丹主傀儡よび舞はす座敷かな
- 蓬々と汝が著たる袷かな
- 湯煙に人現るる時萱草も
- 耶馬に来て羅漢寺の蚊に食はれけり
- 夏草に石も上げ得ぬ我が力
- 客はみな右舷日蔭の籐椅子に
- 湯煙の消えてほのかや合歓の花
- 遠雷やいと安らかにある病婦
- 雷火燃ゆ大玻璃障子一杯に
- 満潮の海の中なる日除かな
- 碧玉の腸出たる毛蟲かな
- 真清水も温泉も流るる儘に在り
- 日盛りの人ひしめける温泉かな
- セルを著て夫婦離れて椅子に在り
- 厚板の錦の黴やつまはじき
- 新しき帽子かけたり黴の宿
- 螢追ふ子供に逢へり里近し
- 早苗取る手許の水の小揺かな
- 笠の端早苗すりすり取り束ね
- 早苗籠負うて走りぬ雨の中
- 螢灯の傷つき落つる水の上
- 門前に蛍追ふ子や旅の宿
- 梅雨晴の白雲いまだ収らず
- 日覆に松の落葉の生れけり
- 忘られし金魚の命淋しさよ
- 棕櫚の花こぼれて掃くも五六日
- 藪の道人の出て来る祭かな
- 老禰宜の太鼓打居る祭かな
- 耳元に蚊の聲のして唯眠し
- 蚊の入りし声一筋や蚊帳の中
- 蝙蝠や遅き子に立つ門の母
- 百合折りぬやがてぞ捨てぬ水に沿ひ
- 月ありて幾夕立の深空かな
- 晩涼や池の萍皆動く
- 山荘や打水流る門の坂
- 炎帝の威の衰へに水を打つ
- 暑に堪へて双親あるや水を打つ
- 風鈴に大きな月のかかりけり
- 月あびて玉崩れをる噴井かな
- 雨風に任せて悼む牡丹かな
- 白牡丹いづくの紅のうつりたる
- 白牡丹といふといへども紅ほのか
- 方丈に今届きたる新茶かな
- セルを著て肩にもすそに木影かな
- 田を植うる男許りの山田かな
- 降りかくす森見て立ちし田植かな
- 早乙女の重なり下りし植田かな
- 真夜中の町幅廣し螢とぶ
- 蚊の聲のむつと打ちたる面かな
- 蚊いぶしの煙に遊ぶ蚊にくし
- 美人繪の団扇持ちたる老師かな
- 役者繪の団扇尚ある伯母の宿
- 宗鑑の墓に花無き涼しさよ
- 涼風の暫くしては又来る
- 紅さして寝冷の顔をつくろひぬ
- 寝られざる闇に描きし牡丹かな
- 我入れば暫し菖蒲湯あふれやまず
- 郷音をなつかしみ行く花茨
- 花茨かぶさりかかる野水かな
- 花茨此道行けば城下かな
- 明やすや響きそめたる老の咳
- 古書の文字生きて這ふかや灯取虫
- 威儀の僧扇で払ふ灯取虫
- うち立てば利根の風あり田草取
- 清風に尚ほ蠅居るや一二匹
- 古蚊帳の月おもしろく寝まりけり
- 浅ましき昼の蚊帳を見せまじな
- 橋暑し更に散歩を移すなる
- 甲板にいつも空き居る籐椅子かな
- 海風に吹きゐざりたる籐椅子かな
- 唯一人船繋ぐ人や月見草
- 夕立の池に足洗ふ男かな
- 夏帯にはさみ没せし扇子かな
- 舵取りて傾く舟の日覆かな
- 今一つ奥なる瀧に九十九折
- 草がくれ麗玉秘めし清水かな
- 庭の石ほと動き湧く清水かな
- いと軽き洗ひ晒しの古浴衣
- 橋裏を皆打仰ぐ涼舟
- 日焼して竝び出づるや松の門
- 百官の衣更へにし奈良の朝
- セルを着て病ありとも見えぬかな
- 各々の薔薇を手にして園を出づ
- 今朝も亦露のさうびをはさみけり
- 徐ろに歩を移し剪るさうびかな
- 鵜飼見の船よそほひや夕かげり
- 松風に騒ぎとぶなり水馬
- よりそひて静なるかなかきつばた
- 夕立の虹見下ろして欄に倚る
- 大夕立来るらし由布のかきくもり
- くづをれて団扇づかひの老尼かな
- 此方へと法の御山のみちをしへ
- 客の座に朱の漆の鮓の桶
- 日焼せし旅の戻りの京の宿
- なく聲の大いなるかな汗疹の兒
- 懇ろに寝冷えの顔を化粧けり
- はなびらの垂れて静かや花菖蒲
- 姉妹や麥藁籠にゆすらうめ
- 萍の莖の長さや山の池
- 川船のギイとまがるやよし雀
- 扇取る法被の袖をかかげつつ
- 繪扇にかくしおほせし面輪かな
- 落語聞く静かに団扇使ひつつ
- うち笑ひ団扇づかひのせはしなき
- 清瀧の橋の上まで日蔽かな
- 岩の間人出て瀧を仰ぎけり
- 浴衣きし我等を闇の包みつつ
- 広告の行燈通る橋すずみ
- 満洲の野に咲く花のねぢあやめ
- 短夜や露領に近き旅の宿
- 宇治川の三方山や蛍狩
- 止りたる蠅追ふことも只ねむし
- 山蟻や昼寝の杣を越えて這ふ
- 山羊群れて水溜ある夏野かな
- 夕立や森を出て来る馬車一つ
- 大江をつたひ下るや夕立雲
- 夕立や救難船もまつしぐら
- 門毎の涼み床几や東山
- 病身をもてあつかひつ門涼み
- 白玉にとけのこりたる砂糖かな
- 裸子の逐へば家鴨の逃ぐるなり
- 避暑宿の壁に貼りたる子供の繪
- 日を仰ぎ牡丹の園に這入りけり
- 己が葉をかむりて風の牡丹かな
- ふるひ居る小さき蜘蛛や立葵
- 落書の顔の大きく梅雨の塀
- 神垣に枇杷の生りたるをかしさよ
- 這入りたる虻にふくるる花擬宝珠
- 蜘蛛打つて暫く心静まらず
- いためたる羽立てて這ふ羽蟻かな
- 羽抜鳥土をけたてて走りけり
- 移り来て人住みにけり青すだれ
- 三條の橋暮れて行く床涼み
- 前の人誰ともわかず蓮の闇
- 馬の尾の静に動く栗の花
- いつまでも繋げる馬や栗の花
- 蜘蛛の絲がんぴの花をしぼりたる
- 今年は自序の正しき梅雨の入り
- 笠のはし水につけつけ早苗とる
- 早苗とる水うらうらと笠のうち
- 大蛾来て動乱したる灯虫かな
- 瀧水に現れそめし螢かな
- 螢追ふ子順々に小さきかな
- うき草の生ひしところに波見ゆる
- 鮎の籠提げて釣橋走り來る
- 赤ん坊の泣いてをるのに蠅たかる
- 葉を抱く蜘の脚のみ見えてをり
- 草抜けばよるべなき蚊のさしにけり
- 飛騨の生れ名はとうといふほととぎす
- 刈草を鎌出支へて門に入る
- 干草の山が静まるかくれんぼ
- 羽抜鳥身を細うしてかけりけり
- 簀戸はめて柱も細き思ひかな
- 戦場ヶ原の真中に籐椅子置く
- このよしをひろ子に告げよ業平忌
- 竜巻に添うて虹立つ室戸崎
- 日蔽下少しの風も無かりけり
- 内赤く外綠なる日傘かな
- 赤なしの柿右衛門なる鮓の皿
- ペルシアン・ブリューの鮓の皿もあり
- 一々に送り迎へや牡丹園
- 真直ぐに祭の町や東山
- 蓑著けて出づ隠れ家や蕗の雨
- 宇陀の野に都草とはなつかしや
- 夏草に黄色き魚を釣り上げし
- 榛名湖のふちのあやめに床机かな
- よく滑る沼のほとりや五月雨
- 簗かけて早泥鰌落つニ三匹
- 雨の輪の浮葉のそばにさはしなき
- 萍に雨のやみたる水の面かな
- 蓴沼蛇の渡りて静なり
- 藻多く船脚頓に重たけれ
- 夏川に架かれる橋に木戸ありぬ
- 我為に主婦が座右の蠅を打つ
- 古簾越しに起居のしとやかに
- にじみたる真赤なる繪や安団扇
- 金亀虫擲つ闇をかへし来る
- 京伝も一九も居るや夕涼み
- 自ら其頃となる釣荵
- 日焼せる子の顔を見て笑ひけり
- 泳ぎ子の誰が誰やら判らざる
- 牡丹の葉に包まれて崩れをり
- 流れたる花粉のしみや白牡丹
- たらたらと祭太鼓をうちつづけ
- 澤水の川となり行く蕗がくれ
- 塵すてて葵の花の傾けり
- 子烏を飼へる茶店や松の下
- 灯取蟲映画に飛んであぢきなや
- 舟に乗る人や真菰に隠れ去る
- 緑陰や人の時計をのぞき去る
- 藻に乗りて蛇我舟を見送れり
- 戻る子と行く母と逢ふ月見草
- 月見草灯台守の子ははだし
- 七つ葉は岩手の山の麓にも
- ぐんぐんと伸び行く雲の峰のあり
- 俯すごとく走れる人やはたた神
- 虹立ちて雨逃げて行く廣野かな
- 虹立つや湖畔の漁戸の両三戸
- 火の山の麓の湖に舟遊
- 石狩の源の瀧先づ三つ
- 船涼し己が煙に包まれて
- 羅の胸に懐紙の透き見ゆる
- 神にませばまこと美はし那智の瀧
- まぢまぢと寝てゐたりけり暑気中り
- 一々の芥子に嚢や雲の峰
- 背低く麦かつぎをる孀かな
- 對の屋はあやめの水をへだてつつ
- 灯取蟲盃洗の水にこぼれをる
- 蚊遣焚く家やむつまじさうに見ゆ
- 蝙蝠や原蒲原は間の宿
- 蝙蝠に打水の杓高く上げ
- 母子住む假の宿りや月見草
- 妹が手をふるれば開く月見草
- 玉蟲の光残して飛びにけり
- 玉蟲に紺紙金泥の経を思ふ
- 大寺の柱の下の涼しさよ
- 黒揚羽花魁草にかけり来る
- 旅戻り牡丹くづるる見て立てり
- 己れ毒と知らで咲きけり罌粟の花
- 老臣を犒ひたまふ花菖蒲
- 白にして大いなるかな花菖蒲
- 大夜宴主卓の花は杜若
- 田植笠竝びかねたる如くなり
- いかだの音ゆるく太しや行々子
- 一しきり蠅打つことも日課かな
- 蚊帳吊りて有明しある座敷かな
- 緑蔭を出れば明るし芥子は実に
- 瓜畑のつづく野路の暑さかな
- 吹きつけて痩せたる人や夏羽織
- 魚鼈居る水を踏まへて水馬
- 雲そこを飛ぶ夏山の茶店かな
- 一柄杓先づ御佛に石清水
- 日よけ捲いて涼しき日なり沼の茶屋
- 山の蝶飛んで乾くや宿浴衣
- 山荘や南に夏の海すこし
- 暑はげし柳わくら葉落ちつづく
- 加はりし猿蓑夏の輪講に
- 衣更て甲板に出ぬ島ありぬ
- つくばひに杓横たふや若葉蔭
- 孤島ありて麥畑ある洋の中
- 上海の梅雨懐かしく上陸す
- 家中の黴るはなしも可笑しけれ
- 藻の水に手をひたし見る沼の情
- 蠅よけもかぶせて猫は猫板に
- 古家に蜘蛛を恐れて人住めり
- 薫風や楊枝くはへて水夫立つ
- ふんまへて南志那海風薫る
- 我が前に夏木夏草動き来る
- 置燈籠包む茂りも高からず
- 美しき茂りの港目のあたり
- 籐椅子出すボルネオ海を航行す
- 籐椅子にあれば草木花鳥来
- 洋上や遥かに薄き雲の峰
- 帆舟あり浅瀬越しかね雲の峰
- 沖紺に渚浅黄や雲の峰
- 航海やよるひるとなき雲の峰
- 眉目よしといふにあらねど紺浴衣
- 船涼し左右に迎ふる対馬壱岐
- 晩涼や大海椰子の蔭に立つ
- 晩涼や火焔樹竝木斯くは行く
- 蠍座が出て寝るとせん星涼み
- 庭石に蚊遣置かしめ端居かな
- 扇風機まはり熱風吹き起る
- 扇風機吹き瓶の花撩乱す
- 待合の簾の裾の路地西日
- 夕焼の雲の中にも佛陀あり
- 月青くかかる極暑の夜の町
- 江水の濁りはじまる夏の海
- 戻り来て瀬戸の夏海絵の如し
- 夏潮を蹴つて戻りて陸に立つ
- 葉高低雨後の蓮池にぎやかに
- 麻の中雨すいすいと見ゆるかな
- スコールの波窪まして進み來る
- 重の内暖にして柏餅
- 目立たぬや同じ色なる更衣
- 昂然と泰山木の花に立つ
- えにしだの黄色は雨もさまし得ず
- 見るうちに薔薇たわたわと散り積る
- 麦の穂の出揃ふ頃のすがすがし
- 此宿はのぞく日輪さへも黴
- 桑の実や父を従へ村娘
- たたみ来る浮葉の波のたえまなく
- 藻の花や母娘が乗りし沼渡舟
- 釣堀の日蔽の下の潮青し
- 松魚舟子供上りの漁夫もゐる
- 老い人や夏木見上げてやすらかに
- ユーカリを仰げば夏の日幽か
- 急がしく煽ぐ団扇の紅は浮く
- 玉虫の光を引きて飛びにけり
- 夏山やよく雲かかりよく晴るる
- 這ひよれる子に肌脱ぎの乳房あり
- 大敷の網に夏海大うねり
- 泳ぎ子の潮たれながら物捜す
- へこみたる腹に臍あり水中り
- 親竹に若竹添へて三幹竹
- 坂なりにだんだん出来し祭店
- 杉落葉して境内の広さかな
- 梅雨傘をさげて丸ビル通り抜け
- 休んだり休まなんだり梅雨工事
- 国中の田植はじまる頃なりし
- 蕊の朱が花弁にしみて孔雀草
- 己が羽の抜けしを啣へ羽抜鳥
- バスの棚の夏帽のよく落ること
- 夏暖簾垂れて静に紋所
- 虻と蝶向き合ひすがる九階草
- 滴りの岩屋の仏花奉る
- 校服の少女汗くさく活発に
- 晩涼や謡の会も番すすみ
- 端居して垣の外の世を見居る
- 聞えざる涼み芝居を唯見をり
- 箱庭の月日あり世の月日なし
- 拝領のもの一竿や土用干
- 鵜の森のあはれにも亦騒がしく
- 道々の餘花をながめてみちのくへ
- 餘花に逢ふ再び逢ひし人のごと
- みちのくの旅に覚えし薄暑かな
- 供華のため畦に芍薬つくるとか
- 遠目にはあはれとも見つ栗の花
- 君知るや薬草園に紫蘭あり
- 梅雨といふ暗き頁の暦かな
- 代馬は大きく津軽富士小さし
- 相語り池の浮葉もうなづきぬ
- かはほりや窓の女をかすめ飛ぶ
- 岩の上の大夏木の根八方に
- 葡萄榾ちよろちよろ燃えて夏炉かな
- 夏山の彼方の温泉に子規は浴みし
- 夏山のトンネル出れば立石寺
- 夏山やトロに命を託しつつ
- 銀杏の根床几斜に茶屋涼し
- 島々に名札立ちたる涼しさよ
- バスが著き遊船が出る波止場かな
- 夏山に家たたまりて有馬かな
- 崖ぞひの暗き小部屋が涼しくて
- 雪渓の下にたぎれる黒部川
- 梅雨晴間打水しある門を入る
- 打水をよろめきよけて病犬
- 夏の月かかりて色もねずが関
- 夏風邪はなかなか老に重かりき
- 浜茄子の丘を後にし旅つづく
- 牡丹花の雨なやましく晴れんとす
- 牡丹花の面影のこし崩れけり
- 柏餅家系賤しといふにあらず
- 山里や軒の菖蒲に雲ゆきき
- 背の順に坐り並びぬ糸取女
- 用心の寒さ暑さもセルの頃
- どでどでと雨の祭の太鼓かな
- 風折々汀のあやめ吹き撓め
- 一院の静なるかな杜若
- 松の雨ついついと吸ひ蟻地獄
- 徳川の三百年の夏木あり
- 大木の幹に纏ひて夏の影
- 羽抜鳥卒然として駈けりけり
- 青簾一枚吊れば幽かなり
- ぼうたんに葭簀の雨はあらけなし
- 頭にて突き上げ覗く夏暖簾
- 雷雲に巻かれ来りし小鳥かな
- 夏山の谷をふさぎし寺の屋根
- 夏山のおつかぶさりて土産店
- 鯉の水涼しく動きどうしかな
- 世智辛き浮世咄や門涼み
- 丹波の國桑田の郡氷室山
- 牡丹崩る盃を銜みて悼まばや
- 病人に結うてやりけり菖蒲髪
- 旅するは薄暑の頃をよしとする
- セルを着て白きエプロン糊硬く
- 山荘の庭に長けたり夏蕨
- 晴間見せ卯の花腐しなほつづく
- 栗の花秋風嶺に今盛り
- 梅雨雲や淡路島山横たはり
- 暫は止みてありしが梅雨の漏り
- ハンケチに雫をうけて枇杷すする
- 田を植うる白き衣をかかげつつ
- ベンチあり憩へば蜘蛛の下り来る
- 本堂の隅なる蚊帳の吊手かな
- 干魚の上を鳶舞ふ浜暑し
- 沼ありて大江近き夏野かな
- 鵲も稀に飛ぶのみ大夏野
- 竜彫りし陛の割目の夏の草
- 梅雨晴の波こまやかに門司ヶ関
- 示寂すといふ言葉あり朴散華
- ほととぎす鳴きすぐ宿の軒端かな
- 牛も馬も人も橋下に野の夕立
- 静に居団扇の風もたまに好し
- 石段を登り漁村の寺涼し
- 縁台にかけし君見て端居かな
- 夕闇の迷ひ来にけり吊荵
- 昼寝覚め又大陸の旅つづく
- 西日今沈み終りぬ大対馬
- 本堂の柱に避くる西日かな
- 壱岐の島途切れて見ゆる夏の海
- 壱岐低く対馬は高し夏の海
- 夏潮の今退く平家亡ぶ時も
- 松花江流れて丘は避暑地とや
- 襷とりながら案内や避暑の宿
- 紙魚の書を惜まざるにはあらざれど
- ぼうたんの花の上なる蝶の空
- セルを著て彼女健康其ものか
- 老農は茄子の心も知りて植ゆ
- 打ち晴れし神田祭の夜空かな
- かんばせを綠に染めて人来る
- 夕風に浮かみて罌粟の散りにけり
- 夕風に散らまく罌粟の一重なる
- 今日の興泰山木の花にあり
- 妻をやる卯の花くだし降るなかを
- 顔そむけ出づる内儀や溝浚
- 裾からげ内儀わたせり五月雨
- 黴の中わがつく息もかびて行く
- 一匹の火蛾に思ひを乱すまじ
- 鮎釣りの岩にはさまり見ゆるかな
- 蚊遣火のなびけるひまに客主
- 棟梁の材ばかりなり夏木立
- 晝顔の花もとび散る籬を刈る
- 中途よりついとそれたる竹落葉
- 夏木あり之を頼りに葭簀茶屋
- 用ふれば古籐椅子も用を為す
- 山寺に絵像かけたり業平忌
- 炎天や額の筋の怒りつつ
- 木々の間を透きてしうねく西日かな
- 雷火にも焼けず法燈ともりをり
- 夜詣や茅の輪にさせる社務所の灯
- 簡単に新茶おくると便りかな
- 生きてゐるしるしに新茶おくるとか
- 薄暑はや日蔭うれしき屋形船
- 着倒れの京の祭を見に来り
- 北嵯峨の祭の人出見に行かん
- 昼の蚊の静に来にし雅会かな
- 大いなる蚊が出て食ふ早雲寺
- 顧みる七十年の夏木立
- 草刈の顔は脚絆に埋もれて
- 吹き上げて廊下あらはや夏暖簾
- 夕立来て右往左往や仲の町
- 幾本の蝉の大樹や早雲寺
- いつの間に世に無き人ぞ梅雨寒し
- いつの間に壁にかかりし帚草
- 江山の晴れわたりたる幟かな
- 昨日今日客あり今日は牡丹剪る
- 道に立ち見てゐる人に早苗とる
- 笠二つうなづき合ひて早苗とる
- 満目の緑に坐る主かな
- 箕を抱へ女出て来ぬ花菖蒲
- 何某の院のあととや花菖蒲
- 溝またぎ飛び越えもして梅落とす
- 灯取虫稿をつがんとあせりつつ
- 帯に落ち這ひ上るなり灯取虫
- 灯取虫這ひて書籍の文字乱れ
- 蜘蛛虫を抱き四脚踏み延ばし
- 緑蔭に主鷺追ふ手をあげて
- 会のたび花剪る今日は額を剪る
- なつかしき紺の表紙の黴の本
- 黒ずんだ染みが美し孔雀草
- 木を伐りしあと夏山の乱れかな
- 石を撫し傍らにある百合を剪る
- 水遊びする子に滑川浅く
- 炎天に立出でて人またたきす
- 日盛りは今ぞと思ふ書に対す
- 紙魚の書も黴の書も其のままにあり
- 紙魚のあとひさしのひの字しの字かな
- 麦の出来悪しと鳴くや行々子
- 夏草に延びてからまる牛の舌
- 田植見に西蒲原に来し我等
- 木の形変りし闇や蛍狩
- 山と藪相迫りつつ蛍狩
- 提灯を借りて帰りぬ蛍狩
- 提灯をさし出し照す蛍沢
- 藤の雨漸く上り薄暑かな
- 更衣裾をからげて帚持ち
- とり出して祭提灯埃吹く
- 大いなる新樹のどこか騒ぎをり
- 風鎮は緑水晶鉄線花
- 十薬の匂ひの高き草を刈る
- 日当れば実梅一々数ふべし
- 主人今暗き実梅に筆すすむ
- 河骨の花に添ひ浮くいもりかな
- 鮎釣の夕かたまけて去に仕度
- 継竿の華奢を競ひて鮎仲間
- ところどころ瀬の変りたる鮎の川
- 卯の花のいぶせき門と答へけり
- 浅間嶺の麓まで下り五月雲
- 蛍火の鞠の如しやはね上り
- 鍬置いて薄暑の畦に膝を抱き
- 水車場へ小走りに用よし雀
- 田植留守庭の真中に鍬置いて
- 早苗饗のいつもの主婦の姉かぶり
- 梅雨晴の夕茜してすぐ消えし
- 我生の今日の昼寐も一大事
- 手に当る五色団扇の赤を取る
- 己れ刺あること知りて花さうび
- 夏山を軒に大仏殿とかや
- 涼しさや熱き茶を飲み下したる
- 藍がめにひそみたる蚊の染まりつつ
- いつ死ぬる金魚と知らず美しき
- 一杯に赤くなりつつ金魚玉
- 緑蔭に網を逃げたる蝶白し
- 蛍見や声かけ過ぐる沢の家
- 吊り下げし仮の日除の蓆かな
- 虹を見て思ひ思ひに美しき
- 虹の輪の中に走りぬ牧の柵
- 葉の紺に染りて薄し茄子の花
- 夕立のあとの闇夜の小提灯
- 乾坤の夕立癖のつきにけり
- 夕立の来て尚残る暑さかな
- 夕焼の黄が染まり来ぬ夕立あと
- 涼しさの肌に手を置き夜の秋
- 夕暮の薄暗がりに茄子のぞき
- 風あまり強くて日傘たたみもし
- 雪渓のここに尽きたる力かな
- 前通る人もぞろぞろ橋涼み
- 橋涼み温泉宿の客皆出でて
- 客を好む主や妻や胡瓜もみ
- 取敢ず世話女房の胡瓜もみ
- 胡瓜もみ世話女房といふ言葉
- 蜜豆をたべるでもなくよく話す
- 川向ふ西日の温泉宿五六軒
- 裸子をひつさげ歩く温泉の廊下
- 浩瀚の秋まで続く曝書かな
- 夏痩や心の張りはありながら
- 夏痩の人ことごとに腹を立て
- 夏痩の言葉嶮しき内儀かな
- 腹の上に寝冷えをえじと物を置き
- 中堂に道は下りや落し文
- 又しても新茶到来僧機嫌
- 大蜘蛛の現れ小蜘蛛なきが如
- 山登り憩へと云へば憩ひもし
- 夏山にもて来て呉れし椅子に掛け
- 故園荒る松を貫く今年竹
- 雨浸みて巌の如き大夏木
- 急ぎ来る五月雨傘の前かしぎ
- 夏山の水際立ちし姿かな
- 鞄積み重ねて避暑の宿らしく
- 連峰の高嶺々々に夏の雲
- 夏蝶の簾に当り飛び去りぬ
- 惨として日をとどめたる大夏木
- ありなしの簾の風を顧みし
- 浅間背に日覆したる家並び
- 蝉取の網過ぎてゆく塀の外
- 大夏木日を遮りて余りある
- 夕立や隣の竿の干衣
- こち見る人の団扇の動き止み
- 生かなし晩涼に坐し居眠れる
- もろこしの雄花に広葉打ちかぶり
- 新潟の初夏はよろしや佐渡も見え
- 娘何か云へり薄暑の窓に立ち
- 尼寺の蚊は殊更に辛辣に
- 古庭のででむしの皆動きをり
- 北海の梅雨の港にかかり船
- よくぞ来し今青嵐につつまれて
- 難航の梅雨の舟見てアイヌ立つ
- 梅雨寒の白老村といふはここ
- はまなすの棘が悲しや美しき
- はまなすの棘が怒りて刺しにけり
- 山の湖風雨の雷霆常ならず
- 短夜の鉦鼓にまじる磬の音
- 理学部は薫風楡の大樹陰
- 楡新樹諸君は学徒我は老い
- アカシヤに凭れて紀陽パリの夢
- 夏の雲徐々に動くや大玻璃戸
- 漁師の娘日焼眉目よし烏とぶ
- 夏海や一帆の又見え来る
- 夏の蝶眼鋭く駆けり来し
- 母と娘の似たりし顔の夏痩も
- 仮の世のひとまどろみや蝉涼し
- 刻々と暑さ襲ひ来坐して堪ゆ
- 十人をかくす夏木と見上げたり
- 青梅の一つ落ちたるうひうひし
- 蓮浮葉池ひと廻りして疲れ
- わが浴衣われの如くに乾きをり
- 冷麦と鴫焼とほか何にしよう
- 日蝕し病葉落つるしきりなり
- 一弁を仕舞ひ忘れて夕牡丹
- 大杉を神とし祭り村祭
- 細長き床几新らし杜若
- 夏蝶のつと落ち来りとび翔り
- 一面に蓮の浮葉の景色かな
- 湯の島の薫風に舟近づきぬ
- 手古奈母おはぎに新茶添へたばす
- 静かさは筧の清水音たてて
- 緑蔭の道平らかに続きけり
- 木蔭なる池の蓮はまだ浮葉
- セルを着て暑し寒しと思ふ日々
- 老眼に炎天濁りあるごとし
- たらたらと地に落ちにじむ紅さうび
- 溝川に何とる人や五月雨
- 梅雨の壁ぬれて乾きて又ぬれて
- 明らみて一方暗し梅雨の空
- 万緑の万物の中大仏
- 濃く淹れし緑茶を所望梅雨眠し
- 梅雨眠し安らかな死を思ひつつ
- といふ間に用事たまりて梅雨眠し
- 暑き日は暑きに住す庵かな
- 日蔽が出来て暗さと静かさと
- 大玻璃戸相しめ暑からず滝の宿
- 旅衣汗じみしまま訪ねくれ
- 森の中につきぬけてをる西日かな
- 百尺の裸岩あり夏の海
- 葉をかむりつつ向日葵の廻りをり
- けさも亦波を見て来て夏に籠り
- 子にかまけ末女最も夏痩せぬ
- 竹の皮日蔭日向と落ちにけり
- 雨戸開け夏木の香り面打ち
- 能舞台地裏に夏の山入り来
- ほととぎす日もすがら啼きどよもせり
- 夏山のすぐそこにある軒端かな
- はらはらと浜豌豆に雨来る
- 若葉照り或は曇り時化模様
- 水の面卯の花腐し今繁く
- 花幽か樗に風の騒ぐとき
- 蝶二つ蝶二つ飛ぶ花樗
- 大仏の下に樗の花の雲
- ぬかるみの梅雨の夜道を思ひやる
- 鎌倉や牡丹の根に蟹遊ぶ
- ででむしや昨日作りし袖垣に
- 蝸牛の移り行く間の一仕事
- 白き猫今あらはれぬ青芒
- 庭もせに椿圧して椎茂る
- 大空に突き上げゆがむ日蔽かな
- 年を経て再び那智の瀧に来し
- 風吹けばすこし乱れて那智の瀧
- 千尺の神杉の上瀧かかる
- 瀧見駕青岸渡寺の玄関に
- 僧俗のまじりくつろぐ浴衣かな
- 瓜の蔓動物のごと動きをり
- 喩ふれば風鈴の音の違ふごと
- 朝花火海水浴の人出かな
- 卯の花を仏の花と手折りもし
- 新緑の瑞泉寺とやいざ行かん
- 手を頬に話ききをり目は百合に
- 鉄線の蕊紫に高貴なり
- 朴散華而し逝きし茅舎はも
- くちなしを艶なりといふ肯はず
- 鉄線の花は豪雨に堪へゐしか
- 洗髪束ね小さき顔なりし
- ひろびろと富士の裾野の西日かな
- 老柳に精あり句碑は一片の石
- 避暑の宿落葉松林とりかこみ
- 山の避暑かはりがはりの泊り客
- ここに又縁ある仏夏花折る
- わが庭の牡丹の花の盛衰記
- ひしひしと玻璃戸に灯虫湖の家
- 湖を断つ夏木の幹ただ太し
- 美人手を貸せばひかれて老涼し
- 短夜や夢も現も同じこと
- 人の世の今日は高野の牡丹見る
- 短夜を旅の終りの朝寝かな
- 日除け作らせつつ書屋書に対す
- 何事も古りにけるかな古浴衣
- 見る人は如何にありとも古浴衣
- 金魚玉空しき後の月日かな
- 古道に出たり左右の夏木立
- このまとゐ楽しきかなや蚊を追ひて
- 湖の今紺青に炎天下
- 避暑に来て一と日帰農の友を訪ふ
- 郭公も唯の鳥ぞと聞き馴れし
- 朝顔の二葉より又はじまりし
- 気にかかる事もなければ梅雨もよし
- 鉄線にけふは若くものなき庭か
- 避暑に来て保養といふも仕事かな
- 避暑の宿蚋を怖れて戸を出でず
- ほととぎすかならず来鳴く午後三時
- 避暑宿に来ても変らぬ起居かな
- 二つある籐椅子に掛け替へても見
- 避暑の宿寂寞として寝まるなり
- 長梅雨の明けて大きな月ありぬ
- 午前九時始まる避暑の日課かな
- 昼寝して覚めて乾坤新たなり
- 影涼し皆濃紫さむらさき
- 庭木皆よき形なる若葉かな
- せせらぎの水音響く鮎の川
- いつの間に庭木茂りて梅雨に入る
- 天暗くなりて明るき薔薇の雨
- よき鉢によき金魚飼ひ書を読めり
- ダムに鳴く鳥は鶯ほととぎす
- 蜘蛛の糸の顔にかからぬ日とてなし
- 山寺に我老僧かほととぎす
- 山寺に仏も我も黴びにけり
- 仏生や叩きし蠅の生きかへり
- 避暑に来て短か羽織を仮りに著て
- 夏草も一景をなす坊の庭
- 怪談の昨日のつづき涼み台
- 古袷著てただ心豊かなり
- 鉄線を咲かせて主書に籠る
- 更衣したる筑紫の旅の宿
- 山さけてくだけ飛び散り島若葉
- 天草の島山高し夏の海
- 美しき故不仕合せよき袷
- 風薫る甘木市人集ひ来て
- 蛍飛ぶ筑後河畔に佳人あり
- 緑蔭にありて一歩も出でずをり
- 大岩に根を下したる夏木かな
- 梅雨暗し床の隅なる古き壺
- 親蟹の子蟹誘うて穴に入る
- 旅鞄開けて著なれし古浴衣
- 自ら風の涼しき余生かな
- 汝はいかにわれは静に暑に堪へん
- 蠅叩われを待ちをる避暑の宿
- 山寺に避暑の命を托しけり
- 大昼寝して次の間の話し声
- 一切を放擲し去り大昼寝
- 力無きあくび連発日の盛り
- 勤行の責め打つ太鼓明易き
- 襟首を流るる汗や天瓜粉
- 牡丹の一弁落ちぬ俳諧史
- 彼一語我一語新茶淹れながら
- 新茶よし碧瑠璃と云はんには薄し
- 山やうやく左右に迫りて田植かな
- 懐しや子規が浴せし山の温泉
- 桑畑や女蓑著て頬被り
- 夏山の襟を正して最上川
- 白糸の滝も眺めや最上川
- 俳諧を守りの神の涼しさよ
- 大杉の又日を失し蔓手毬
- 石に点し竹に点せし蝸牛
- 田を植うる妙義の麓家二軒
- 子を守りて大緑蔭を領したる
- 寺の門はひらんとして風涼し
- わが家も住みよかりけり青簾
- 青簾世に隠れんとには非ず
- 山寺や少々重き夏蒲団
- 梅雨暗し床の花瓶の花白し
- 蜘蛛に生れ網をかけねばばらぬかな
- 浴衣著てわれも仏と山寺に
- ほととぎす鳴くや仕合せ不仕合せ
- 並び立つ松の蕊あり雲の峰
- 涼しさや三年来ざりし山の荘
- 夜の富士心にねむる避暑の荘
- 山の日に乾き吹かるる浴衣かな
- 風雪にいたみし山の荘に避暑
- 寿を守る槐の木あり花咲きぬ
- 心足り即ち下山避暑五日
- 線と丸電信棒と田植傘
- 夏草に埃の如き蝶の飛ぶ
- しわしわと鴉飛びゆく田植かな
- 前山の緑かたまり庭に飛び
- 車降り我と夏木と佇みぬ
- 春蝉や嘗て住みたる比叡の奥
- かびの香に昼寐してをり山の坊
- 湯を出でて満山の涼我に在り
- 我生の美しき虹皆消えぬ
- 夏山に対して朝の息をする
- 俳諧の灯ともりけり月見草
- 朝の蜘蛛殺さで払ふ避暑の荘
- 年々に月見草咲き家建たず
- 虎杖の花に牧歌の生れけり
- 山荘のテラス暫く炎天下
- 避暑の荘富士山を皆持つてゐる
- 夏蝶の高く上りぬ大仏
- 白波の一線となる時涼し
- 見るうちに人ふえ夏の浜となる
- かりそめに人入らしめず薔薇の門
- 裏門に立てば夏蔭人通る
- 夏山に東山あり京に来し
- 雛芥子に秋風めきて日の当る
- 青きところ白きところや夏の海
- 鎌倉は海湾入し避暑の町
- 彼岸より庭木動かし夏に入る
- 日本に帰りて京の初夏の庭
- 蚊の居るとつぶやきそめし卯月かな
- 岬より折れ曲り来る卯浪かな
- 就中御吹流し見事なり
- 薬の日法の力に湧き出でて
- 薬玉の人うち映えてゆききかな
- 瓜苗に竹立てありぬ草の中
- しづしづと馬の足掻や加茂祭
- 磨りためし墨に塵なき夏書かな
- 日々に色かはりゆく新樹かな
- 山荘の道の左右の夏蕨
- すき嫌ひなくて豆飯豆腐汁
- 芍薬の花にふれたるかたさかな
- うちかがみげんのしようこの花を見る
- 花散りてうなづく芥子の坊主かな
- 桐の花日かげを為すに至らざる
- 谷川に卯の花腐しほとばしる
- 妹が口海酸漿の赤きかな
- 麥藁の散らばる道のあそこここ
- 紫の斑の仏めく著莪の花
- 江戸亡ぶ爼に在り初鰹
- 雨だれにうたれてかたし柿の花
- 軒下の破れ櫃に散る柘榴かな
- 名月に蜘の圍ふるき軒端かな
- 湖や秋静かなる瀬田の橋
- 桐一葉月の光にひろがりて
- 水うつてざぶと音する芭蕉かな
- 下京のともし火ならぶ夜寒かな
- 此夕桐の葉皆になりにけり
- 七夕の竹屋の渡しわたりけり
- えらみ置きし七夕竹を伐りにけり
- 登戸や星祭る夜の俳句会
- きぬぎぬのうき蕣の莟かな
- 蚊柱もたたずなりたる芭蕉かな
- とりかこみ月に飯くふゐろりかな
- 野菊ちらほら先妻の墳墓荒れたりな
- 鳥とんで掛稲うつる水田かな
- けさの秋もの静かなる端居かな
- 風が吹く佛来給ふけはひあり
- 黍のなかに燈籠見ゆる藁屋かな
- 朝貌や古白が住みし古庵
- 朝顔の花咲かう間に起きもする
- 朝顔の花咲きしぼむ野分かな
- 泥ながら露けき歯朶の山路かな
- 経箱の底に蟲なく清凉寺
- すのこふめばはたと鳴きやむきりぎりす
- 雨はれて月に傘さす男かな
- 蜻蛉飛ぶ川添ひ行けば夕日かな
- 手をそれて飛ぶ秋の蚊の行衛かな
- 痩馬に車つなぐや鶏頭花
- ぼうぼうと只秋風の吹く野かな
- 一つ引けば田の面の鳴子なるを見よ
- 膝抱いて淀の川船夜ぞ寒き
- 枯蘆の入江につづく刈田かな
- けづる如き山畳める如く雲の秋
- 暗き火に燈籠まはること遅し
- 寄席ききに走馬燈を消してゆく
- 獨り淋しまはり燈籠にはひるべく
- 走馬燈昼は淋しくすぼりたる
- 走馬燈長い坊主がひかかつた
- 遠花火嵐して空に吹き散るか
- 丸き窓にともし火うつる芭蕉かな
- 高き窓に芭蕉婆娑たる月夜かな
- ばう然と野分の中を我来たり
- 鶏の空時つくる野分かな
- 秋草の襖にひたとよりそひつ
- 秋草の名もなきをわが墓に植ゑよ
- 芒より顔つき出せば路ありし
- 松虫に恋しき人の書斎かな
- 弟子僧にならせ給ひつ月の秋
- 住まばやと思ふ廃寺に月を見つ
- ころころと月と芋との別れかな
- 盗なるかな茸狩りに来て芋を掘る
- うかうかと風邪ひく秋の夕かな
- 新酒飲んで酔ふべく我に頭痛あり
- 案山子ばかり道とふべくもあらぬかな
- 百舌鳥なくや棺下してニ三人
- おもかげのかりに野菊と名づけんか
- 柚味噌に佛の飯を湯漬かな
- 稲妻の淋しき町に出でたりし
- 苦桃に恋せじものと思ひける
- 乾鮭に喝を與ふる小僧かな
- 漸寒や一萬石の城下町
- くたびれは栗のはさまる草鞋かな
- 秋立つと驚いて去るを止むるな
- 七夕に古き行燈を洗ひけり
- 丁字落ちて暫く暗き燈籠かな
- 据風呂や走馬燈の灯の明り
- へご鉢に大文字の火のうつりけり
- 朝顔のしぼりはものの鄙びたる
- 朝顔の一いろにして花多し
- 暁の紺朝顔や星一つ
- 鶏にくれる米なし蓼の花
- 地をすつて萩たのみなき野分かな
- 芋の葉や泥いささかの露の玉
- とり出す納戸のものや蟋蟀が
- 秋風や古き柱に詩を題す
- つづけ様に秋の夕の嚏かな
- 菌狩隣の山へわたりけり
- 無花果に愚なる鴉来りけり
- 月の雲しどろの砧打ちも止めず
- 星落つる籬の中や砧うつ
- 草市やよそ目淋しき人だかり
- 盆過ぎの墓にまゐるや老一人
- 摂待や暫く憩ふ老一人
- 水うつて白雲おこる芭蕉かな
- 灯暗き露の伏屋に戻りけり
- 蓑虫の父よと鳴きて母もなし
- ニ三子の携へ来る新酒かな
- 店さきに人酔うて寝る新酒かな
- 灯明るき大路に出たる夜寒かな
- 稲塚にしばしもたれて旅悲し
- 三味置いてうち仰ぎたる花火かな
- 小提灯夜長の門を出でにけり
- 唐辛子乏しき酒の肴かな
- 推せば鳴る草のとぼその鳴子かな
- 送り火やかくて淋しき草の宿
- 露の宿ほ句を命の主客あり
- ラムプさげて人送り出る夜寒かな
- 綿を干す寂光院を垣間見ぬ
- 七夕や古りにし机に瓜二つ
- 反古裏に書集めあり星の歌
- 占に人よる辻や星の空
- 手をとつてかかする梶の広葉かな
- 摂待の寺賑はしや松の奥
- 南瓜煮てこれも佛に供へけり
- 田舎馬車ねぎりて乗るや稲の花
- 草むらや蟷螂蝶を捕へたり
- 蟷螂や扇をもつて打擲す
- 我土に天下の芋を作りけり
- 盗人が芋掘り去つて主泣く
- 居酒屋を出入る人に霧深し
- 秋晴や前山に絲の如き道
- 秋日和子規お母君来ましけり
- ものいはぬ二階の客や秋の暮
- 淋しさにかるた取るなり秋の暮
- 秋の暮門行く人の話聞く
- 秋雨の泣く子を門に守る身かな
- 日もすがら田の面の鳴子鳴る日かな
- むづかしき禅門でれば葛の花
- 秋風にふえてはへるや法師蝉
- 仰木越漸く芒多きかな
- 銅鑼の音の月に響くや鞍馬山
- 清浄な月を見にけり峯の寺
- 杉の下に人話し居る月夜かな
- 此行やいざよふ月を見て終る
- 学寮を出て来る僧に夜霧かな
- 唐門の赤き壁見ゆ竹の春
- 秋雨にぬれては乾く障子かな
- 去来抄柿を喰ひつつ讀む夜かな
- 荷を投げて休む山路の野菊かな
- 黒谷がまづ打つ初夜や後の月
- 道標や夜寒の顔を集め讀む
- 苔青く紅葉遅しや二尊院
- 祇王寺に女客ある紅葉かな
- 柿紅葉山ふところを染めなせり
- 鹿の声遠まさりして哀れなり
- もの知りの長き面輪に秋立ちぬ
- 初秋や軽き病に買ひ薬
- 墓拜む人の後ろを通りけり
- 業を繼ぐ我に恥無し墓参
- 花提げて先生の墓や突当り
- 端近く連歌よむ灯や露の宿
- 相慕ふ村の灯二つ虫の声
- 大いなる月を簾に印しけり
- 月のみにかかる雲ありしばしほど
- 月に飽きて明星嬉し森の上
- 鵜籠置く庭広々と鶏頭花
- 鵜籠負うて粟の穂がくれ男行く
- 秋風に鵜を遣ひけり唯二匹
- 秋風にいつまで遇はぬ野路二つ
- 露けさに障子たてたり十三夜
- 三人は淋しすぎたり後の月
- 朝寒や行き遇ふ船も客一人
- 荻ふくや提灯人を待つ久し
- 荻吹くや葉山通ひの仕舞馬車
- 牛の鼻繋ぎ上げたる紅葉かな
- 竹青き紅葉の中の筧かな
- 僧といへば立秋の偈を示さるる
- 僧遠く一葉しにけり甃
- 仲麿の舟は波間や天の川
- 都なる祖先の墓に参りけり
- 國にゐて家守る兄と墓参
- 風の日は障子のうちに燈籠かな
- 六十になりて母無き燈籠かな
- うき人の誰見に来けん踊かな
- としどしに月かかる松や踊りけり
- 送火や母が心に幾佛
- 天の芭蕉天のさぼてんと竝びけり
- 女客我家気づかふ野分かな
- 秋の空に届く一もと芒かな
- 虫聞きに塔をめぐれる法師かな
- 説法の日毎の場や捨扇
- 主しるき忘れ扇の絵やうかな
- 襟にさして忘れ扇や秋の風
- 秋扇や淋しき顔の賢夫人
- ひらひらと釣られて淋し今年鯊
- 鬼灯はまことしやかに赤らみぬ
- 老の頬に紅潮すや濁り酒
- 豊年の稲に全き案山子かな
- 鳴子引きて尚ほうと追ふ鴉かな
- 引く人もなくて山田の鳴子かな
- あらはなる昼の砧に恋もなし
- 草市ややがて行くべき道の露
- 谷に下りて先師の墓に参りけり
- しづかなる此山蔭や墓詣り
- 墓参り先祖の墓の小ささよ
- 暁に消ゆる変化と踊りけり
- 踊りうた我世の事ぞうたはるる
- 手をひいて踊りの庭に走りけり
- わぎも子が踊の髪の結ひはえぬ
- 新涼のに蘇りたる草廬かな
- いつ迄も紺朝顔の鄙にあり
- 仲秋の其一峰は愛宕かな
- 仲秋や峰の寺より歌だより
- 仲秋をつつむ一句の主かな
- 國に聞く人語新し野分跡
- 螽とぶ音杼に似て低きかな
- 藁寺に緑一團の芭蕉かな
- 峻峰のいただきに月の小ささよ
- 芋の味忘れし故に参りたり
- 芋を掘る手をそのままに上京す
- 冷かや湯治九旬の峯の月
- 勝ちほこる心のひびや秋の風
- 生涯に二度ある悔や秋の風
- 秋風に又来りけり法隆寺
- 政を聴いて夜食す柚味噌かな
- 宰相を訪ふ俳諧の柚味噌かな
- 鹿を聞く三千院の後架かな
- 此月の満れば盆の月夜かな
- 我村や月束嶺を出て孤なり
- 高原や粟の不作に蕎麦の出来
- 九月盡日、許六拜去来先生几下
- 秋風に焼けたる町や湖のほとり
- 灯火の穂に秋風の見ゆるかな
- 灯ともれる障子ぬらすや秋の雨
- 石の上の埃に降るや秋の雨
- 裸火を抱く袖明し秋の雨
- 秋雨や身をちぢめたる傘の下
- 秋雨の雪に間近き山家かな
- 南天の実太し鳥の嘴に
- 紅葉客熊の平にどかと下りぬ
- 濡縁に雨の後なる一葉かな
- 蜻蛉は亡くなり終んぬ鶏頭花
- 秋風や最善の力ただ尽す
- 一人の強者唯出よ秋の風
- 降り出せし雨に人無し葡萄園
- 葡萄口に含んで思ふ事遠し
- ただ一人いつまで稲を刈る人ぞ
- 烏飛んでそこに通草のありにけり
- 先帝を追慕す菊の奴かな
- 秋雨や石に膠す蝶の羽
- 木曽川のいまこそ光れ渡り鳥
- 大空に又わき出し小鳥かな
- 蔓切れて羽上りたる烏瓜
- 天の川のもとに天智天皇と臣虚子と
- 秋の灯に照らし出す仏皆観世音
- 此松の下に佇めば露の我
- 葉鶏頭の葉二三枚灯にまとも
- 他愛もなく夜寒の話移りゆく
- 何の木のもとともあらず栗拾ふ
- 鹿を見ても恐ろしかりし昔かな
- 梶の葉にかへて芭蕉に星のうた
- 盗まれし後のふくべに野分かな
- 見失ひし秋の昼蚊のおとほのか
- 船に乗れば陸情あり暮の秋
- 遠花火ちよぼちよぼとして涼しさよ
- やうやうに残る暑さも萩の露
- いたく揺れて来る提灯や露の道
- 埋立地早コスモスの家を見し
- 山のかひに砧の月を見出せし
- 踊まだ人ちらほらとそこらかな
- 水車小屋を推し包みたる芭蕉かな
- 船頭遂に蓑笠つけて雨月かな
- 空に伸ぶ花火の途の曲りつつ
- 新涼の月こそかかれ槇柱
- 茂りより芭蕉広葉の垂れし見ゆ
- 先に行く提灯萩の水たまり
- 萱に触れかなかりの露に驚きぬ
- 秋風に向つて門を出でいけり
- 柚子一つ供へてありぬ像の前
- 提灯の明らかになる露の道
- 月の友三人を追ふ一人かな
- 灯火の明き無月の庵かな
- 秋晴に足の赴くところかな
- 仏前の灯をふきぬ秋の風
- 麓川光りて見ゆる茸山
- 木の実降る音からからと藪の中
- 萩愛でてそぞろ歩きす松の間
- もてなしの女あるじや萩の花
- 母と娘の清らに住めり萩の宿
- 千二百七十歩なり露の橋
- 蜻蛉のさらさら流れ止まらず
- 秋の蚊の居りてけはしき寺法かな
- 秋雨のどつと寒しや山の町
- 山川の斯るところに下り簗
- 山々の紅葉しそめぬ下り簗
- 廊下行く手燭に風や砧聞く
- 稲刈りて道の遠さや清涼里
- 崖下や打重なりて紅葉茶屋
- 行秋や川をはさみて異国町
- 墓生きて我を迎へぬ久しぶり
- 一人居の廻り燈籠に灯を入れぬ
- 提げて行く廻り燈籠を見舞かな
- 避暑人のへりたる濱の花火かな
- 花火やや飽きた空の眺められ
- 我声の吹き飛び聞ゆ野分かな
- 野分跡倒れし鶏頭皆起す
- 父母の夜長くおはし給ふらん
- 露葎老のかんばせうつるやと
- 其中に金鈴をふる蟲一つ
- 十六夜の月も待つなる母嫁かな
- いちじくのまことしやかに一葉かな
- 大江の両岸の蘆刈るとかや
- 七夕の歌書く人によりそひぬ
- 顔出来て浴衣著て居る踊り前
- 棚ふくべ現れ出でぬ初嵐
- 雨風や最も萩をいたましげ
- 露の戸をよろぼひ入りて締めにけり
- 端居して月に仰むく子供かな
- 月明に仰ぎ伏したるベンチかな
- 曼珠沙華あれば必ず鞭うたれ
- 叢をうてば早や無し曼珠沙華
- 松の塵こぼるる見ゆる秋日和
- 秋の暮外の話に耳とむる
- 頂に大きな旗や菌山
- 峻峰の前に小さし菌山
- 夕靄の静かに包む稲の村
- 自らの老好もしや菊に立つ
- 病よし菊の畑の荒を見る
- はらはらと山の落葉や菊畑
- 栗拾ふ却て椎の木の下に
- 古寺を燈籠明りにたづねけり
- はじまらん踊の場の人ゆきき
- 大文字待ちつつ歩く加茂堤
- 新涼や精進料理あきもする
- 仲秋や月明かに人老いし
- 御簾几帳吹きゆがめたる野分かな
- 萩を見て暫くありておとなひぬ
- 月の坂高野の僧に逢ふばかり
- 遅月の山を出でたる暗さかな
- 清閑にあれば尽き出づおのづから
- 杭に繋ぐ一片舟や月の海
- 楼の月柱にそひて昇りけり
- 提灯を高く上げ見る夜霧かな
- 蜻蛉とぶ紀の川広き眺かな
- 秋天の下に浪あり墳墓あり
- 豊年の田の面の案山子沈み居り
- 柚味噌にさらさらまゐる茶漬かな
- 料理屋に舟つなぎあり小門の秋
- 草市や一からげなる走馬燈
- 草の戸の残暑といふもきのふけふ
- 女出て野分の門をとざしけり
- 秋の灯や世を宇治山の頂に
- 萩叢の一枝月にそびえたり
- 萩刈りて蟲の音細くなりにけり
- 遊船の舳揃へて月を待つ
- 枝豆を喰へば雨月の情あり
- 湖水より霧立ちのぼるばかりなり
- 熔岩の上を跣足の島男
- 秋晴に島のをとめの手をかざし
- 手をかざし祇園詣や秋日和
- 秋風に草の一葉のうちふるふ
- 茸山やむしろの間の山帰来
- ふみはづす蝗の顔の見ゆるかな
- 山田守る案山子も兵兒の隼人かな
- 御室田に法師姿の案山子かな
- 聞きしよりあまり小さき柿の家
- 弁当に拾ひためたる木の実かな
- 旅笠に落ちつづきたる木の実かな
- ツエツぺリン飛び來し國の盆の月
- 温泉の客の減りては殖ゆる残暑かな
- 百花園野分の跡を見に来たり
- 七盛の墓包み降る椎の露
- あと青く露の流るる芭蕉かな
- 裏縁も月影さしてありにけり
- 藪の穂の動く秋風見てゐるか
- 禅寺の苔をついばむ小鳥かな
- 朝に掃き夕に掃くや菊に住む
- 六甲の裏の夜寒の有馬の湯
- 横にやれ終には縦に破れ芭蕉
- 日かげよりたたみはじめぬ籾むしろ
- 舟漕いで亭主帰りぬ沼の秋
- ふるへ居る棕櫚の葉もある野分かな
- 小座蒲団萩の床几に敷いてあり
- 露置くと月の芒に手を触れし
- 椎の露香椎の宮に来りけり
- 沼の月少し曇りて面白し
- 大いなる月の暈あり巨椋池
- 枝豆や舞子の顔に月上る
- 赤きものつういと出でぬ吾亦紅
- 秋山や椢をはじき笹を分け
- 沼舟の棹高々と蘆がくれ
- 泣きやめし子我を見る刈田道
- 広重の七夕の画が祭りあり
- 病人の根の尽きたる残暑かな
- 雲の峰吹きたわみけり初嵐
- いつまでも吠えゐる犬や木槿垣
- おさへたる手重なりぬきりぎりす
- 初潮に沈みて深き四ツ手かな
- 蜻蛉や砂丘のかげに直江津が
- 秋の蠅うてば減りたる淋しさよ
- 引揚ぐる船を追ひうつ秋の波
- 蚊帳干せる橋の手摺や鯊の汐
- 突堤の先の鳥居や鯊の汐
- 川中の杭に腰かけ鯊を釣る
- 秋晴や太刀連峰は濃紫
- 麓なき雲の峰あり秋の風
- 秋風のだんだん荒し蘆の原
- 秋雨の背の子は仰ぐ傘の裏
- 破れたる網に蜘居る秋の雨
- 門に出て夫婦喧嘩や落し水
- 百舌鳥森に叫びおはぐろ藻にとべり
- 干網のかげをあびをり菊の鉢
- 掛稲をとりて黄菊の尚存す
- 浦安の子は裸なり蘆の花
- 団栗を掃きこぼし行く帚かな
- 温泉の宿や蜩鳴きて飯となる
- 朝出して闇の芭蕉に對しけり
- 鶏を吹きほそめたる野分かな
- 遅月の上りて暇申しけり
- 山間の霧の小村に人と成る
- 顔よせて人話し居る夜霧かな
- 秋風や浜坂砂丘少しゆく
- 秋雨に濡れてかわける砂丘かな
- どこまでも柿転げゆく砂丘かな
- 打よする波をふまへて鰯曳く
- 菱採りしあとの菱の葉うらがへり
- 秋風の急に寒しや分けの茶屋
- 目の下に竹田村あり茸狩
- 鶺鴒のとどまり難く走りけり
- 大小の木の実を人にたとへたり
- いたみ柿頬やけ阿弥陀に供へあり
- いちじくをもぐ手に傳ふ雨雫
- 刈萩をそろへて老の一休み
- そこはかと刈田出来行く広野かな
- 軒竝に焚く送り火や宿とらん
- おもむろに助炭下ろして夜長し
- 野付牛出でてほつほつ萩ありぬ
- なだらかな萩の丘なり汽車登る
- 露の原朝日よろこび躍るなり
- 山の月温泉に病める子を見舞ふ
- どこやらに花火の上る良夜かな
- 清なる白浪見えて良夜かな
- 芋を作り煙草をつくる那須野かな
- 芋畑に鍬をかついで現れし
- 皆降りて北見富士見る旅の秋
- 帽取つて仰げばとはに霧雨が
- 石狩の水上にして水澄まず
- 十人は淋しからずよ秋の暮
- 稲筵天塩の山も見ゆるかな
- 燈台は低く霧笛は峙てり
- 夜もすがら霧の港の人ゆきき
- 霧の町玉蜀黍をやく火あり
- 秋の蝶黄色が白にさめけらし
- 鰯焚く漁村つづきや秋の濱
- 竹切れに絲をつくれば鯊の竿
- 秋天や羽山の端山雲少し
- 秋山の美幌に越ゆる道見
- 秋風やポプラの上の駒ヶ嶽
- 秋風や秣の山の果もなく
- 高原の山皆低し秋の風
- 手を上げし人にこぼるる四十雀
- 鶺鴒が枝垂桜にとまりたる
- 空に雲薄く流るる菊日和
- もぎかけし柚子を忘れて棹のあり
- 此頃は柚子を仏に奉る
- へだたりし話聞こえて野路の秋
- 避暑宿に日々に親しや天の川
- 墓参り尚あきたらず水そそぐ
- 何となく人に親しや初嵐
- 鳩我に身をすりよする野分かな
- 葛の棚落ちたるままにそよぎ居り
- 野分あと風遊びをる萩の花
- 古の月あり舞の静なし
- 枝豆に赤き辻占交りたる
- 霧雨や湖畔の宿の旗下ろす
- 木犀の縁にひれ伏す使かな
- 浅草や秋風立ちし扇店
- 秋風や何の煙か藪にしむ
- 秋雨の社前の土のよくすべる
- 並べある木の実に吾子の心思ふ
- 星隕つる多摩の里人砧打つ
- 蘆刈のいづち行きけん午餉時
- 本堂の床下くぐり萱運ぶ
- うで栗の湯気にゆらゆら主婦の顔
- 土産店客に野分の戸を細目
- 麗人とうたはれ月もまだ缺けず
- 艪音のみして現れず霧の舟
- 神とはに見る朝霧の明石の門
- 秋の蚊のうかみ出でけり苔の上
- 秋風や宇治の柴舟今もなほ
- 歯朶勝の松茸籠を皆さげぬ
- すみずみにつつましやかに小菊あり
- 宇治川の流は早し柳散る
- つくばひに廻り燈籠の灯影かな
- 病人の精根つきし残暑かな
- 山の宿残暑といふも少しの間
- 稲妻のするスマトラを左舷に見
- 我が息を吹きとどめたる野分かな
- 鏡板に秋の出水のあとありぬ
- 目さむれば貴船の芒生けてありぬ
- 俳諧の忌日は多し萩の露
- 萩の花も金森宗和の庭にあれば
- はるばると人訪ふ約や月の秋
- 月よけん芋の葉ずれの音もよし
- 月の暈大いなるかな由比ヶ浜
- 欄干によりて無月の隅田川
- 秋袷身を引締めて稽古事
- 露草を面影にして恋ふるかな
- 秋の水木曽川といふ名にし負ふ
- 椀ほどの竹生島見え秋日和
- 秋の風衣と膚吹き分つ
- 茸山の少し曇れば物淋し
- 菌など山幸多き台所
- からからと鳴子の音も空に消え
- 曇りたる後の月なり障子締む
- 掛稲に山又山の飛騨路かな
- 避暑の濱稍さびれたる花火かな
- 颱風の名残の驟雨あまたたび
- 月あれば夜を遊びける世を思ふ
- 聳えたるお西お東月の屋根
- 秋天に赤き筋ある如くなり
- 秋空や玉の如くに揺曳す
- 屋根裏の窓の女や秋の雨
- 智照尼は昔知る人薄紅葉
- 今も亦一時雨あり薄紅葉
- 此谷を一人守れる案山子かな
- 黒きしみつとあり五郎兵衛柿とかや
- 一足の石の高きに登りけり
- 佇める人に菊花のうつ伏せり
- 人去りて冷たき石に倚れる菊
- 其人を恋ひつつ行けば野菊濃し
- 落花生喰ひつつ読むや罪と罰
- 実をつけてかなしき程の小草かな
- 眼つむれば今日の錦の野山かな
- 歴史悲し聞いては忘る老の秋
- 雑踏の中に草市立つらしき
- 大文字や人うろつける加茂堤
- 友を葬る老の残暑の汗を見る
- 病人に野分の夜を守りけり
- 句拾ふや芒ささやき露語る
- 一面に月の江口の舞台かな
- 何某に扮して月に歩きをり
- 我静なれば蜻蛉来てとまる
- 紫蘇の実を鋏の鈴の鳴りて摘む
- 棟竝めて早稲田大学秋の空
- 破れ傘さして遊ぶ子秋の雨
- 京に来て茸山あり手紙書く
- 山河ここに集り来り下り簗
- つややかな竹の床几を菊に置く
- 夕闇の蘆荻音なく舟著きぬ
- 病床の人訪ふたびに秋深し
- 山々の男振り見よ甲斐の秋
- 見苦しや残る暑さの久しきは
- 三日月のにほやかにして情あり
- 祖を守り俳諧を守り守武忌
- 老松の己の露を浴びて濡れ
- 老松に露の命の人往来
- 月のごと大きな露の玉一つ
- 松の月暗し暗しと轡蟲
- 月も亦とどむるすべも無かりけり
- 大空を見廻して月孤なりけり
- 今一奮発奮発唐辛子
- 母を呼ぶ娘や高原の秋澄みて
- 秋風は芙蓉の花にややあらく
- 老松のただ知る昔秋の風
- 山の日は暑しといへど秋の風
- 秋雨や刻々暮るる琵琶の湖
- 坂少し下りて中堂薄紅葉
- 思ひ侘び此夜寒しと寝まりけり
- 雨の柚子とるとて妻の姉かぶり
- 厨暗し置きある柚子の見えて来し
- たかあしの膳び菓子盛り紅葉寺
- 水際なる蘆の一葉も紅葉せり
- 汝が為の願の絲と誰か知る
- なかなかに二百十日の残暑かな
- 隠家も現はになりし野分かな
- 衰へし野分に鴉一羽飛び
- 我命つづく限りの夜長かな
- なつかしや花野に生ふる一つ松
- 好もしき小さき山廬や萩の花
- 霧の中小島頻りに渡りけり
- 秋の海荒るるといふも少しばかり
- 荷船にも釣る人ありて鯊の潮
- 吾も亦紅なりとついと出で
- 秋晴や心ゆるめば曇るべし
- 高原に立ちはだかりて秋高し
- 秋風の俄に荒し山の庵
- 門前の坂に名附けん秋の風
- 秋風に吹かれ白らめる面かな
- 大杉に隠れて御堂秋の風
- 秋雨の荒きは時化の来る知らせ
- よろよろと棹がのび来て柿挟む
- 大石に這ひ寄りかかる小菊かな
- 木の実降る音を聞きつつ訪ひにけり
- 立ち昇る茶碗の湯気の紅葉晴
- 残したる任地の墓に参りけり
- 墓の道狭められたる参りけり
- 家建ちて厨あらはや墓参り
- 夏木やや衰へたれど残暑かな
- 秋の山首をうしろに仰ぎけり
- 鰯雲日和いよいよ定まりぬ
- 暖かき茶をふくみつつ萩の雨
- 長待ちの川蒸気やな秋の雨
- 大寺の戸樋を仰ぎぬ秋の雨
- 燭を継ぐ孫弟子もある子規忌かな
- その後の日月蝕す幾秋ぞ
- 帯結ぶ肱にさはりて秋簾
- 駈けり来し大烏蝶曼珠沙華
- 藤袴吾亦紅など名にめでつ
- 秋風に噴水の色なかりけり
- 見失ひ又見失ふ秋の蝶
- 新聞をほどけば月の芒かな
- 露のやど仏のともしかんがりと
- 弓少し張りうぎてあり鳥威し
- 客稀に葭簀繕ふ茶屋主
- 栗剥げと出されし庖丁大きけれ
- 機織虫の鳴り響きつつ飛びにけり
- 目にて書く大いなる文字秋の空
- 菊車よろけ傾き立ち直り
- 老の耳露ちる音を聞き澄ます
- 土の香は遠くの草を刈つてをり
- 木の股の抱ける暗さや秋の風
- 鈴虫を聴く庭下駄を揃へあり
- 苔の道辷りしあとや墓まゐり
- 朝顔の鉢を置きたる墓の前
- 町中に少し入りこみ盆の寺
- だしぬけに吹きたる風も野分めき
- わが前の畳に黒し秋の蠅
- 大いなる団扇出てゐる残暑かな
- 握り見て心に応ふ稲穂かな
- 子規墓参それより月の俳句会
- わが墓参済むを静かに待てる人
- つばくろの飛び迷ひ居り霧の中
- 玉蜀黍を二人互ひに土産かな
- 茄子畠は紺一色や秋の風
- 新米の其一粒の光かな
- 新米を二粒づつや神の前
- 到来の柿庭の柿取りまぜて
- けふの日も早や夕暮や破芭蕉
- つぎつぎに廻り出でたる木の実独楽
- 黄葉して隠れ現る零余子蔓
- 立秋の雲の動きのなつかしき
- 自転車に花や線香や墓参り
- 不思議やな汝が踊れば吾が泣く
- 日出でて葉末の露の皆動く
- 雲間より稲妻の尾の現れぬ
- 秋雨を衝いて人来る山の庵
- 萩叢の中に傘干す山の庵
- 狼藉や芙蓉を折るは女の子
- 芙蓉花の折り取られゆく花あはれ
- 凄かりし月の団蔵七代目
- よべの月よかりしけふの残暑かな
- 月を待つ人皆ゆるく歩きをり
- 歌膝を組み直しけり蟲の宿
- いつまでも用ある秋の渋団扇
- 取りもせぬ糸瓜垂らして書屋かな
- 木犀の香は秋の香を近づけず
- 北嵯峨の祭の人手見に行かん
- 秋晴や諸手重ねて打ち翳し
- 天高し雲行くままに我も行く
- 白雲の餅の如しや秋の天
- あの雲の昃り来るべし秋の晴
- 渡り鳥堤の藪を木伝ひて
- 一塵を見つけし空や秋の晴
- 稲架遠く連り隠れ森のかげ
- 礎の下の豆菊這ひ出でて
- 木々紅葉せなばやまざる御法かな
- 今も尚承陽殿に紅葉見る
- 温泉に入りて暫しあたたか紅葉冷え
- 君を送り紅葉がくれに逍遥す
- 末枯の原をちこちの水たまり
- 背中には銀河かかりて窓に腰
- 此後は留守勝ならん萩の庵
- 牛の子の大きな顔や草の花
- 辛辣の質にて好む唐辛子
- 親子相語りて浅間秋の晴
- ラヂオよく聞こえ北佐久秋の晴
- 秋晴の浅間仰ぎて主客あり
- 秋晴の裾野に小さき小諸町
- 見渡して月の友垣ならぬなし
- 秋晴の郵便函や棒の先
- 提灯を吹かれ野分の迎へ人
- 街道の貫く町や粟を干す
- 秋の風強し敷居に蝶とまり
- 秋雨や浅間噴煙雲の中
- 子供等も重荷を負うて秋の雨
- 四方の山裾晴れかかり秋の雨
- 焚火して土瓶かけたり菌山
- 焚火あと草敷きしあと菌山
- 案内の宿に長居や菌狩
- 稲雀追ふ人もなく喧しき
- 稲刈りて残る案山子や棒の尖
- 停車場に夜寒の子守旅の我
- 掛稲の向ふの坂の牛車
- からからと鳴りをる小夜の稲扱機
- 畦豆を積み新藁に屋根を葺き
- 暫くは雑木紅葉の中を行く
- 老の杖運びて果す墓参り
- 秋蝉も泣き蓑虫も泣くのみぞ
- 敵といふもの今は無し秋の月
- 黎明を思ひ軒端の秋簾見る
- 更級や姨捨山の月ぞこれ
- 今朝は早薪割る音や月の宿
- 秋晴や或は先祖の墓を撫し
- 夕煙立ちこめたりし南瓜棚
- ごみすてて汚なからずよ赤のまま
- 溝そばと赤のまんまと咲きうづみ
- 白露の抱きつつめり稲の花
- 板塀の野分の小門締めしまま
- 老の杖野分の中を散歩かな
- 木々の霧柔かに延びちぢみかな
- 稔りては乱れそめにし黍畑
- 山畑の粟の稔りの早きかな
- 坂急に鳴る秋水を顧みる
- 秋晴や黒斑浅間は指呼の間
- 秋晴や浅間は常に目にありて
- 浅間低し我居るところ秋高し
- 父のあと追ふ子を負ひて秋の山
- 薄紅葉して静かなる大樹かな
- 學校が真中にあり稲の村
- 稲の波案山子も少し動きをり
- もちの穂の黒く目出度し豊の秋
- 空高く澄みたるもとに柿たわわ
- 稲掛けて人の在らざる野を行きぬ
- 一粒もおろそかならず稲を干す
- ここに住む我子訪ひけり十三夜
- 深秋といふことのあり人も亦
- 夕紅葉色失ふを見つつあり
- 草紅葉しぬと素顔を顧みて
- 浅間八ツ左右に高く秋の立つ
- 秋立つや藁の小家の百姓家
- 立秋や時なし大根また播かん
- わが足にからまる一葉大いなり
- それぞれの形の墓を拜みけり
- ひたすらに祖先の墓を拜みけり
- 詣るにも小さき墓のなつかしく
- 小さき墓その世のさまを伏し拝む
- 雷に音をひそめたる秋の蝉
- 山里の盆の月夜の明るさよ
- 草花火たらたら落ちぬ芋の上
- くさくさの稔りに入りし残暑かな
- 一塊の雲ありいよよ天高し
- 物の本西瓜の汁をこぼしたる
- 朝の日を宿して落つる露の玉
- 白露の広き菜園一眺め
- 雷に音ひそめたる秋の蝉
- 秋茄子の日に籠にあふれみつるかな
- 蜻蛉の逆立ち杭の笑ひをり
- 人顔の西瓜提灯ともし行く
- 膝に来て稲妻うすく消ゆるかな
- 稲妻の今宵は殊に心細そ
- 一面に南瓜まとへる伏屋かな
- 蓼の花小諸の径を斯く行かな
- 秋の灯や夫婦互に無き如く
- 水鉢にかぶさり萩のうねりかな
- 道草にゆふべの露の落し物
- 露葎露の鏡といひつべし
- 月明き下提灯の火は黄色
- 夜半すぎて障子の月の明るさよ
- 澄み渡る月に心を乱すまじ
- 町の子にからかはれゐる月の老
- 月待つと早く障子の外にあり
- 小諸とは月の裾野に家二千
- 踏石に月明らかや庭の面
- 寝るまでは明るかりしが月の雨
- 提灯にもろこしをふと人かとも
- もろこしにかくれ了せし隣かな
- 草庵はただもろこしに風強し
- 秋晴や寒風山の瘤一つ
- 秋晴や陸羽境の山低し
- 客と居る小諸山廬の天高く
- 秋扇を持ち垂らしをり膝抱いて
- 向う家の秋の簾も垂れしまま
- 帰りけりこれより案山子こしらゆと
- お神楽や世話人何か立ち廻り
- ほつほつと家ちらばりて秋野かな
- 颱風の来るの来ぬのと稲の花
- 酒折の宮はかしこや稲の花
- 湯を出でて秋風吹いて汗も無く
- 古城址は大きからねど秋の風
- 秋風や静かに動く萩芒
- 千年の秋の山裾善光寺
- 物浸けて即ち水尾や秋の川
- 百丈の断崖を見ず野菊見る
- 野菊叢東尋坊に咲きなだれ
- 病む人に各々野菊折り持ちて
- 爽やかに衆僧読経の声起り
- 寺なれば秋蚊合点廁借る
- 柿赤く旅情漸く濃ゆきかな
- 鳥渡る浜の松原伝ひにも
- 菊生けて配膳青き畳かな
- 汽車を見て立つや出水の稲を刈る
- 濃紅葉に涙せき来る如何にせん
- 一枚の紅葉且つ散る静かさよ
- この杖の末枯野行き枯野行く
- 柳散り蓮破れお濠尚存す
- 伊賀の客名古屋の客や秋祭
- 流れ星悲しと言ひし女かな
- 掃き送る桐の一葉を先き立てて
- 身に入みて身の上話花火の夜
- 怪談はゆうべでしまひ秋の立つ
- 隣る家の七夕紙は白ばかり
- 隣り親し七夕竹を立てしより
- 紙伸ばし水引なほしお中元
- 中元の熨斗水引にこだはりて
- 秋暑しニ三度部屋をめぐり坐す
- 秋暑し主もうけの拭き掃除
- 稲妻の包みて小さき伏屋かな
- 膝に来て消ゆる稲妻薄きかな
- 沓脱のあちこちにある鳳仙花
- 干浴衣直ぐ乾きけり鳳仙花
- 朝顔をあはれと見つつ障子しめ
- 内湖の細江になりて蓼の花
- 湖もこの辺にして雁渡る
- 豆の蔓月にさ迷ふ如くなり
- 何事も野分一過の心かな
- 萩の戸に寄り添ひ立てば昔めき
- 秋草をただ挿し賤しからざりし
- 稲稔り蜻蛉つるみ子を背負ひ
- 戸隠の山々沈み月高し
- 山霧の襲ひ来神楽今祝詞
- 故国荒る書斎に庭の蘭を剪り
- 膝立てて月を友とすひとりかな
- 月の下生なきものの如く行く
- 小諸去る月に名残を惜みつつ
- 新米や百万石を一握り
- 湯殿ほとともりて月の伏家かな
- 筆硯の用意無月の集ひかな
- 心閑子規の忌日を迎へたる
- 子規祭る供華に浅間の竜胆を
- せせりゐる紫苑の蝶の一つ舞ひ
- 案山子我に向ひて問答す
- ここもとで引けばかしこで鳴子かな
- 人々に更に紫苑に名残あり
- 鬼灯の赤らみもして主ぶり
- 走り来る秋水そこに沢の家
- 去らんとすされど秋晴浅間山
- 秋晴の名残の小諸杖ついて
- 濁りしと思へど高し秋の空
- 七十四その秋の暮さびしけれ
- 雨の日はことにさびしや秋の暮
- 爛々と昼の星見え菌生え
- 客も亦帚とりつつ菊の庭
- 大原は近し濃紅葉牛車
- この寺は尼門跡や紅葉濃し
- もののふの八十宇治川の秋の水
- 宇治川のほとりの宿の夜寒かな
- 胡桃割り呉るる女に幸あれと
- 人を訪ひ今日立秋の時儀を陣べ
- うち立てて七夕紙は少なくて
- うち立てて七夕竹を恋ふるかな
- 颱風の圏内にあり萩芙蓉
- 野分あと早くも落葉掃ける門
- 心易き家郷の月や暗くとも
- 垣外を通る電車や月の庵
- 人々が心に描き子規祭る
- 又一つ岩現れ来秋の波
- 蠅一つつきて離れず秋の濱
- 竹伐りで道に出し居る行手かな
- 尼寺の戒律ここに唐辛子
- 秋日ちよと昃りて見せつよき庭を
- 秋晴やなほもはびこる藪からし
- 生徒皆築地に凭れ秋の晴
- 秋山家障子をたてる音響く
- 魂の一と揺るぎして秋の風
- 秋雨の今日も汐木を拾ひ居り
- 智照尼の衣短し薄紅葉
- 遠足の子と女教師と薄紅葉
- 水飲むが如く柿食ふ酔のあと
- 尼寺の紅葉やとぼそ埒を結ひ
- 大紅葉燃え上らんとしつつあり
- 来る客を一々迎へ門紅葉
- 紅葉山映る大玻璃障子かな
- 能衣装うちかけしごと庭紅葉
- 紅葉見や尼も小縁にかしこまり
- あの音は如何なる音ぞ秋の立つ
- 袖垣に桔梗ついと出秋の立つ
- 銀河中天老の力をそれに得つ
- 昴明く銀河の暗きところあり
- 銀河西へ人は東へ流れ星
- 西方の浄土は銀河落るところ
- わが終り銀河の中に身を投げん
- 香煙に心を残し墓参り
- 伊予の日の暑しと思ふ墓参り
- 墓参して直ちに海に浮びけり
- 人生は陳腐なるかな走馬燈
- 老人の日課の如く走馬燈
- ものの絵にあるげの庭の花芙蓉
- 朝顔の大輪にして重なりて
- よき部屋の深き廂や萩の花
- 尼ひろひためたる栗を土産かな
- 伐出せし竹の太さや英勝寺
- 雲あれど無きが如くに秋日和
- 山川のくだくる水に秋の蝶
- 本尊に茶を供ずれば秋蚊出る
- 秋の波たたみたたみて火の国へ
- 海底に珊瑚花咲く鯊を釣る
- 桶に落つ秋水杓の廻り居り
- 秋風に木々の透間の見えそめし
- 秋雨や庭の帚目尚存す
- 稲筵あり飯の山あり昔今
- 稲筵つづきに伊予に這入りけり
- 温泉煙に絶えず揺れゐる烏瓜
- 巫女案内紅葉をくぐり橋を過ぎ
- 深耶馬にトラック二台紅葉狩
- 待ちたりし赤朝顔の今朝咲きし
- 鎌倉の山に響きて花火かな
- 朝顔の花に朝寝のあるじかな
- 萩一つ咲きそめ露の置きそめし
- 秋風の一刷したる草木かな
- 天高し蔓の先皆よるべなき
- 秋晴の命惜しくも覚えたり
- 秋晴や客の主も庭歩き
- 見る人に少しそよぎて萩の花
- もろもろを吹きゆがめたる野分かな
- 古家に釘打つ音の野分かな
- 桔梗のしまひの花を剪りて挿す
- 我袖も木の葉もそよぎ秋の風
- 月よしと木々の梢の夕茜
- 月の庭ふだん気附かぬもの見えて
- 夕暮に家を立ち出で月の会
- 老眼をしばだたきけり秋の晴
- 秋風に庭の大木我隠れ
- 白芙蓉松の雫を受けよごれ
- 深霧の高原に出ぬ汽車の窓
- 老いて尚芸人気質秋袷
- よく見たる右廻りなる糸瓜蔓
- 水車場へ道は平らや草紅葉
- 粧へる浅間連山町の上
- 朝寒の人各々の職につく
- 首巻をして濃紅葉に染まるまま
- 末枯の歩むにつれて小径現れ
- 掃き出す萩と芒の間の塵
- まだ書かぬ七夕色紙重ねあり
- 朝顔の雨や書屋を開け放ち
- 月を思ひ人を思ひて須磨にあり
- 子規忌へと無月の海をわたりけり
- 月を待つ立待月といふ名あり
- ふるさとの此松伐るな竹伐るな
- 秋風の伊丹古町今通る
- 虫の音に浮き沈みする庵かな
- 柿取るにまかせ庖丁縁にあり
- 草庵を菊の館とも誇りけり
- 草の戸に居ながらにして月を待つ
- 野分暗しときどき玻璃の外面見る
- 苔寺へ道の曲りの柿の家
- 苔寺を出てその辺の秋の暮
- 古都の空紫にして月白し
- 欠伸せる口中に入る秋の山
- 人顔は未ださだかに夕紅葉
- 小国町南小国村芋水車
- かけて見せ外しても見せ芋水車
- 秋晴の翳の濃ゆさやものの隈
- 何もせで一日ありぬ爽やかに
- 人会しすぐ散らばつて秋の晴
- 川音の高まり長き夜はくだち
- 人の世の虹物語うすれつゝ
- 野分跡倒れし木々も皆仏
- 目の前にひらひらするは鳥威し
- 遠ざかりをる人疎し秋の雨
- 盂蘭盆会遠きゆかりとふし拝む
- 山の名を思ひ出しつつ花野ゆく
- 霧襲ひ来て佇める花野かな
- たとふれば真萩の露のそれなりし
- 白萩の露のあはれを見守りぬ
- 参りたる墓は黙して語らざる
- 快き秋の日和の匂ひかな
- 娘の訪ひ来すぐ去ることも秋の風
- 流れ星はるかに遠き空のこと
- 大空の青艶にして流れ星
- 星一つ命燃えつつ流れけり
- 貴船出て立寄る柿の円通寺
- ここも亦柿の村なる円通寺
- よろめきて杖つき萩の花を見る
- 暑かりし日を思ひつつ残暑かな
- 大樹あり倚り佇めば秋の風
- 暁烏文庫内灘秋の風
- 門外は只秋風の円通寺
- 石庭の石皆低し秋の風
- 秋晴や一片雲も爪弾き
- 昂ぶれる人見て悲し秋の風
- ほどけゆく一塊の雲秋の空
- 秋の雲大仏の上に結び解け
- 朝顔を一輪挿に二輪かな
- 秋の雲浮みて過ぎて見せにけり
- 松原の続く限りの秋の晴
- 秋風にもし色あらば色ヶ浜
- 浅草に無く鎌倉で買ふ走馬燈
- 爽として蜩の鳴き出でたりな
- 我思索つくつく法師鳴くなべに
- 草に生れ土に生れたる虫の声
- 藤豆の垂れたるノの字ノの字かな
- 秋の野の其の紫の草木染
- 松虫のものがたりあり虫すだく
- 秋雲は老の心にさも似たり
- 破荷の茎面白や水の綾
- 玄関の衝立隔て秋日和
- ほのかなる空の匂ひや秋の晴
- 二タ寺の境はここや秋の山
- 白雲のち切れしところ秋の空
- 粧ひし山の片袖初紅葉
- 我杖の障れば飛ばん芒の穂
- 立つても見坐りても見る秋の山
- 金色の秋上品の仏かな
- 大広間秋を坐断しひとりをる
- 波間より秋立つ舟の戻りけり
- 東京の空には薄し天の川
- 傘かりて八瀬の里へとしぐれけり
- 枯蘆を漕ぎ出て長し瀬田の橋
- 傘さしてゆくや枯野の雨の音
- はつしもや吉田の里の葱畑
- 月の夜に笠きて出たり鉢叩
- 我庵は大文字山の落葉かな
- 時雨きや蠣むく家のうすあかり
- 宵の雲横川の杉にしぐれけり
- 其むかしむかし法師のしぐれけり
- 冬空やからび切つたる天の川
- 湯婆の都の夢のほのぼのと
- 藍流す音無川の落葉かな
- 落葉してあそこここなる古墳かな
- 凩や猿ぶら下る角櫓
- きのふけふ比叡に片よる時雨かな
- 筋違に提灯通る冬木立
- 黒谷の山門高し冬木立
- 城あとの石垣のこる冬木立
- 雉の尾の走りうせけり冬木立
- 冬枯の道二筋に分れけり
- 尾花枯れて焼石多き裾野かな
- 冬の山うねうねとして入日かな
- 冬ごもり親老いたまふ後ろかげ
- 日当りや俵の中の炭の音
- 大寺や庭一面の霜柱
- 冬川の水落ちあひて菜屑かな
- 大船や帆綱にからむ冬の月
- 年の暮ただぼうぼうと風が吹く
- 行年の松杉高し相国寺
- 谷川や氷の底の水の音
- しぐれつつ留守守る神の銀杏かな
- 凩や水かれはてて石を吹く
- 寺町や土塀の中の冬木立
- 古墳や誰がさしすてし枯躑躅
- 草枯れて夕日にさはるものもなし
- 鮟鱇の口ばかりなり流しもと
- 手にとればぶちやうはふなる海鼠かな
- 冬籠髯でもすこしはやさうか
- 身一つをなぐさめかぬる炬燵かな
- 吾妹子とふりにけるかも桐火桶
- 風呂敷に乾鮭つつむ師走かな
- 火をくれぬ下宿わびしき師走かな
- 御僧に似てをかしさよ笠の雪
- 茶の花に黄檗山を立ち出でし
- このごろは鴛鴦に恨もなかりけり
- 走るやうに枯野を通る灯かな
- 南縁に湯婆をあける日午なり
- 隣から寒夜とひ来る裏戸かな
- 君をおくつて凍ゆべく戸に彳みつ
- 窓の灯に慕ひよりつつ拂ふ下駄の雪
- 一筋道にして十夜の寺の人通り
- 十銭の焼芋はあまり多かりし
- あぢきなき炬燵の夢や占とはん
- 叱られてもぐりこんだる蒲団かな
- うつくしき蒲団わびしき病かな
- 歳晩の二日になりて事多し
- 大いなる霰ころがりて縁に消えざる
- 信心の涙も氷る十夜かな
- 門前に知る人もある十夜かな
- 傘棚に古傘多きしぐれかな
- 柴漬に見るもかなし小魚かな
- 古濠や氷らぬ方にかいつぶり
- 足早き提灯を追ふ寒さかな
- 古著屋の門辺の柳枯れにけり
- 路地口の貧しき柳枯れにけり
- 寒潮に河豚の毒を洗ひけり
- 牡蠣をむく火に鴨川の嵐かな
- 耳とほき浮世のことや冬籠
- 蒲団かたぐ人も乗せたり渡舟
- 小日向に借家をさがす年のくれ
- 霜やけの手を集めたる火鉢かな
- 材木に雪積りけり川の中
- 雪にとまる鐡道馬車や日本橋
- 一筋に神をたのみて送りけり
- 沢庵や家の掟の鹽加減
- 昼寄席の下足すくなき寒さかな
- 一人寒く佛の道に入りにけり
- 物くれる阿蘭陀人やクリスマス
- 昼過ぎの炬燵ある間を煤拂
- かわり合ひて先生の餅をつきにけり
- 顔見世や茶屋の傘行き通ひ
- 山眠る如く机にもたれけり
- したたむる旅の日記や榾明り
- 百年の煤も掃かずに囲炉裏かな
- 古傘で風呂焚く暮や煤拂
- かくれ住む人訪ふ雪の野路かな
- 河豚くふや短き命短き日
- 河豚くふて尚生きてゐる汝かな
- 俳諧に老いて好もし蕪汁
- 生きのこる老のまとゐや蕪汁
- 旅衣炬燵の裾にかけて寝ん
- 浦嶋草一夜の霜に老いにけり
- 一年の煤やきのふの雪の上
- 高瀬川木屋町の煤流れけり
- 爐開きや蜘動かざる灰の上
- 茶の花に暖き日のしまひかな
- 糟糠の妻が好みや納豆汁
- 又借りの釈迦八相や冬ごもり
- 書中古人に会す妻が炭ひく音すなり
- 小説に己が天地や爐火おこる
- 寒夜読書何か物鳴る腹の底
- 銭湯に人走り入る冬の月
- 石段を上る人無し杉の雪
- 初冬や假普請して早住めり
- 降り出すや傘さしかけて莖洗ふ
- 鹽じみて幾夜経にけん莖の石
- 川下は藍流す川や莖洗ふ
- 山門に即非の額や山眠る
- 八瀬の里眠れる比叡の麓かな
- 温泉の宿や障子の外に眠る山
- 炭をもて炭割る音やひびくなり
- 炭出しに行く炭部屋や雪の中
- 俵より炭うつす大火鉢かな
- 夜晴れて朝又降る深雪かな
- 雪深し社の裏の茶屋二軒
- 傾きし木部屋悲しや雪の家
- 雪掻くや行人袖を拂ひ過ぐ
- 春待つや竹の里歌稿成りぬ
- 冬の山低きところや法隆寺
- 山眠る中に貴船の鳥居かな
- 町と共に衰へし寺や除夜の鐘
- からからと寒が入るなり竹の宿
- 雑炊に魂入るや寒の内
- 茶の花や黄檗の僧今は誰
- 山茶花の掃き集めあるは夥し
- 宿屋出て銭湯に行く時雨かな
- 年若き人に誠の時雨かな
- 忘れもの尚ある茶屋や枯柳
- 煮ゆる時蕪汁とぞ匂ひける
- 大寺や庫裡は人の世鷦鷯
- 庭にこぼす十能の火や鷦鷯
- 病める子の足のせ眠る湯婆かな
- 年々に松うつ柱古りにけり
- 今年も古き暦と忘れけり
- 雪模様枯木の中を通りけり
- 石段の深雪見上げて拜みけり
- 兄病みて我方外の寒さかな
- 宇治寒し名所も見ずに煮売屋へ
- 積む萱も大破の屋根も時雨れけり
- 三世の佛皆座にあれば寒からず
- ある時は布団のおごり好もしき
- 旅蒲団軽き恙に熟睡かな
- 霜降れば霜を楯とす法の城
- 灰の如き記憶ただあり年暮るる
- 身一つを先づもたらしぬ雪の國
- 寒燈に柱も細る思ひかな
- 眠る山に帰る雲あり南禅寺
- 霜白き窓外の景に焚く爐かな
- 各々にそれぞれ古りし火桶かな
- 能を見て故人に逢ひし師走かな
- 凍てぬると車の音の聞こゆなり
- 我を迎ふ旧山河雪を装へり
- 水仙を剪りたる日よりみぞれけり
- 水満てて春待つ石の手水鉢
- 闇汁の闇はろはろと月麩かな
- 虎落笛子供遊べる聲消えて
- 喝食の面打ち終へし冬至かな
- 茶屋の前広うして掃く散紅葉
- 湯婆に唯一温の草廬なり
- ニ三子や時雨るる心親しめり
- 茶屋客や竝び受取る時雨傘
- 今朝も亦焚火に耶蘇の話かな
- 梅を探りて病める老尼にニ三言
- 日向ぼこの我を乱さぬ客ならば
- 行年や門司へわたりの人の中
- 雪空にいつしか月の見えて暈
- 雪空を支へて菊の覆ひかな
- 冬帝先づ日をなげかけて駒ヶ嶽
- 追分を聞いて冬海を明日渡る
- 湾を抱く雪の山々は北海道
- 枯萩のいつまで刈らであることか
- 三聲ほど炭買はんかと云ふ聲す
- 毛氈に色のあせたる散り紅葉
- 散り紅葉ここも掃き居る二尊院
- 落葉なほくすぶりありぬ戻り路
- 霜を掃き山茶花を掃くばかりかな
- 侘助や障子の内の話し聲
- ひらひらと深きが上の落葉かな
- 木枯や皆しぼみたるポプラの葉
- 木枯の辻馬車に乗る早足に
- 木枯や鞭につけたる赤き切れ
- 洟かむや時雨日和をめでながら
- 短日や馬車を駆りたる小買い物
- 水鳥の夜半の羽音やあまたたたび
- 水鳥の暫し流れて羽掻きかな
- 水鳥に菜屑すてたり岸の家
- 水鳥や岸辺の家の今日も暮れ
- 河柳地に伏しなびく枯野かな
- 蠣船の薄暗くなり船過ぐる
- いつまでも炭ひいてゐる音すなり
- 人住みて門松立てぬ城の門
- 行年やかたみに留守の妻と我
- 佇めば落葉ささやく日向かな
- 軒借るや又時雨来と言ひながら
- かりそめにかけし干菜のいつまでも
- 干からびてちぎれなくなる干菜かな
- 灯のともる干菜の窓やつむぐらん
- 庫裡を出て納屋の後ろの冬の山
- 國寒し四方の山より下ろす炭
- ストーヴに遂に投ぜし手紙かな
- 寒燈の油を惜む尼の君
- とつかはと祠の神も旅立ちぬ
- 爐開きに参る時雨の雨やどり
- たまるに任せ落つるに任す屋根落葉
- 徐々と掃く落葉帚に従へる
- かりに著る女の羽織玉子酒
- ふだん著の女美し玉子酒
- 筒つぼを著て寒紅をつけにけり
- 手にとればほのとぬくしや寒玉子
- 藪の穂に村火事を見る渡舟かな
- 山寺の鐘殷々と村の火事
- 大原女に又ことづてや年の暮
- 藪の池寒鮒釣りのはやあらず
- ほつかりと灯ともる窓の干菜かな
- 寒き風人持ち来る煖爐かな
- しづかにも漕ぎ上る見ゆ雪見舟
- 水仙を剪りに書堂を下りけり
- 柊をさす母によりそひにけり
- 生れゆく帚の先の落葉かな
- ゆるやかに水鳥すすむ岸の松
- 病床にある誰彼に年暮るる
- 行く年のともしびなりと明うせよ
- 万両の實は沈み居る苔の中
- 鷲騒ぐ隣の檻に鷹静か
- もろ翼しかと収めて鷹はあり
- つく杖の先にささりし朴落葉
- 踏みあるく落葉の音の違ひけり
- 東京の南に低き冬日かな
- 枯芒飛ぶ蟲さへも居らずなり
- 鉛筆で助炭に書きし覚え書
- ほつかりと梢に日あり霜の朝
- 呉服屋が来てをる縁や干大根
- 風の日の莖漬けてゐる女かな
- 茎の水こぼれ流るる納屋の外
- 落葉焚く煙を乱すものもなし
- たらたらと藤の落葉の続くなり
- 時雨つつ大原女言葉多きかな
- 爐辺の人一人出て行く時雨かな
- 女皆手拭かぶる時雨かな
- 寺の傘茶店にありし時雨かな
- あらぬ方に冬日の影の逃げてゐし
- 弔ひのあるたび出づる冬籠
- 炭斗は所定めず坐右にあり
- 爐の灰に置きし土瓶もたぎりをり
- 又一人婆の出て来る爐ばたかな
- 侘住の炬燵布団の美しき
- せはしげに叩く木魚や雪の寺
- はさまりし古き落葉や小柴垣
- 大原も時雨れぬ日あり暖し
- 柴漬の古江に人の下りて行く
- 庭広し冬木がくれの普請かな
- 草枯や泣いてつき行く子ははだし
- 靑き葉の火となりて行く焚火かな
- 又人の住みかはるらし畳替
- 水仙や表紙とれたる古言海
- 茶の花の嵯峨の細道斯く行きぬ
- 山裾のほかりとぬくしお茶の花
- 大原の子は遊びをる時雨かな
- 門さしに走り出づるや小夜時雨
- 物指で背なかかくことも日短か
- 来るとはや帰り支度や日短か
- 枯蓮の間より鴨のつづき立つ
- 息白く喧嘩してをる夫婦かな
- 雑炊に非力ながらも笑ひけり
- 爐話に煮こぼれてゐる蕪汁
- 焼芋がこぼれて田舎源氏かな
- 手より手に渡りて屏風運ばるる
- 玉の緒をつなぐたんぽをかへにけり
- つづけさまに嚏して威厳くづれけり
- 嚏してまた襟巻を深々と
- 襟巻の狐の顔は別に在り
- 霜解の道返さんと顧し
- 炎上を見かへりながら逃ぐるかな
- 来る人に我は行く人慈善鍋
- 煤竹を持つて喧嘩を見に出たり
- 老一人いつまで煤の始末かな
- 堀端の柳のもとに畳替
- 悴める手を暖き手の包む
- 駆け込みし女房の髪に霰かな
- 見えてゐる御門遠しや御所の雪
- 凍蝶の己が魂追うて飛ぶ
- 大空をただ見てをりぬ檻の鷲
- 落葉焚く過ぎゆく時雨見送りつ
- 時雨るると茶屋から茶屋へ小走りに
- 東西の両本願寺御講凪
- 短日の駒形橋を今渡る
- 傾きし大冬木ある社殿かな
- 老夫婦いたはり合ひて根深汁
- 焚火せる患家の門を這入りけり
- 焚火のみして朽ち果つる徒に非ず
- 焚火して雪空仰ぎゐたりけり
- 拂ひ立つ焚火埃や雪催ひ
- 釜すこし上げて囲炉裏を焚きくれし
- トラムプの崩れちらばる置炬燵
- 助炭かけてし漸く立ちし水仕かな
- 勉めよと日記を買ひて與へけり
- 大根の葉しごきながらに畑を出づ
- 高きより落葉光を失しつつ
- 水鳥を提灯照らし過ぎにけり
- 水鳥の夜半の羽音静まりぬ
- 灯火の窓辺に倚りぬ浮寝鳥
- 日向ぼこりして焦燥を免れず
- 観音は近づきやすし除夜詣
- 提灯の碇の紋や除夜詣
- 寒紅の店の内儀の美しき
- 雪片の流れ止まる玻璃戸かな
- 避寒宿荷物と書生先づ至る
- 芭蕉忌や遠く宗祇に遡る
- 帚あり即ちとつて落葉掃く
- 母と子の拾ふ手許に銀杏散る
- 鴨の中一つの鴨を見てゐたり
- 枯れ果てしものの中なる藤袴
- 枯萩に添ひ立てば我幽かなり
- 枯芭蕉棒もたしかけありにけり
- 彼女いづこにありや焚火の傍に在り
- ストーヴの焔のもつれ見てゐたり
- 古綿子著のみ著のまま鹿島立
- 上海の霙るる波止場後にせり
- 霙れゐる苦力みな手をこまねけり
- 雪の暮茶の時頼に句の常世
- 噴水の氷柱縺れてからみをり
- 鉄板を踏めば叫ぶや冬の溝
- 冬麗ら花は無けれど枝垂梅
- 静さに耐へずして降る落葉かな
- 鼻の上に落葉をのせて緋鯉浮く
- 柴漬の悲しき小魚ばかりかな
- 牛立ちて二三歩あるく短き日
- 冬日柔か冬木柔か何れぞや
- 酔ひたはれ握る冷たき老の手よ
- 冬木中生徒の列の現れ来
- マスクして我と汝でありしかな
- 太陽を礼賛してぞ日向ぼこ
- 倫敦の濃霧の話日向ぼこ
- 伊太利の太陽の唄日向ぼこ
- 雑炊や後生大事といふことを
- 枯るる庭ものの草子にあるがごと
- 話のせて車まつしぐら暮の町
- かるがると上る目出度し餅の杵
- 日ねもすの風花淋しからざるや
- 寒雨降りそそげる中の枝垂梅
- 羽ひらきたるまま流れ寒鴉
- 鳴くたびに枝踏みゆるる寒鴉
- 掃きしあと落葉を急ぐ大樹かな
- 手拭にうち払ひつつ夕時雨
- 清浄の空や一羽の寒鴉
- せはしなく暮れ行く老の短き日
- 爛々と暁の明星浮寝鳥
- 焚火してくれる情に当りもし
- 凍蝶の眉高々とあはれなり
- 焚火そだてながら心は人を追ふ
- 大枯木己が落葉を慕ひ立つ
- 枯萩の立ちよれば粗に遠のけば
- 老はものの何か忙がし短き日
- 襟巻に深く埋もれ帰去来
- 右手は勇左手は仁や懐手
- 白眼に互に日向ぼこりかな
- 畦一つ飛び越え羽搏つ寒鴉
- 凍鶴の首を伸して丈高き
- 人形の前に崩れぬ寒牡丹
- 何事の頼みなけれど春を待つ
- 麦蒔やいつまで休む老一人
- 國安く冬ぬくかれと願ふのみ
- うかうかと咲い出でしこの帰り花
- 柴漬にまこと消ぬべき小魚かな
- 鳰がゐて鳰の海とは昔より
- なつかしき京の底冷え覚えつつ
- 暮れて行く枯木も加茂の御社も
- もの皆の枯るる見に来よ百花園
- 枯草に尚さまざまの姿あり
- 高々と枯れ了せたる芒かな
- 冬籠書斎の天地狭からず
- 湯婆の一温何にたとふべき
- 一日もおろそかならず古暦
- 見送りし仕事の山や年の暮
- 大扉今しまりけり除夜詣
- 悴める手は憎しみに震へをり
- 雲乱れ霰忽ち降り来り
- 石はふる人をさげすみ寒鴉
- 大寒にまけじと老の起居かな
- 初時雨あるべき空を見上げつつ
- 鬣を振ひやまずよ大根馬
- 吾も老いぬ汝も老いけり大根馬
- 老い朽ちて子供の友や大根馬
- 嘶きてよき機嫌なり大根馬
- けふのこの小春日和を愛でずんば
- 照り曇り心のままの冬日和
- 冬ぬくし老の心も華やぎて
- 立ち昇る炊煙の上に帰り花
- 神前の落葉掃く賤相ついで
- 時雨るるを仰げる人の眉目かな
- 大仏に到りつきたる時雨かな
- 悴める手にさし上げぬ火酒の杯
- ないふりもかまはずなりて着膨れて
- 雑踏や街の柳は枯れたれど
- 日についでめぐれる月や水仙花
- 避寒して世を逃るるに似たるかな
- 水仙に春待つ心定まりぬ
- 墨の線一つ走りて冬の空
- 羽ばたきて覚めもやらざる浮寝鳥
- マスクして我を見る目の遠くより
- 我が生は淋しからずや日記買ふ
- 鞄さげ時雨るる都と見かう見
- 橋をゆく人悉く息白し
- 年忘れ老は淋しく笑まひをり
- うち笑める眉目秀でてマスクかな
- さまよへる風はあれども日向ぼこ
- 冬日濃しなべて生とし生けるもの
- 北風に吹き歪められ顔嶮し
- 伸び上り高く抛りぬ札納
- 人顔はやうやく見えず除夜詣
- 凍土につまづきがちの老の冬
- 寒といふ字に金石の響あり
- 大仏に袈裟掛にある冬日かな
- 枯菊を剪らずに日毎あはれなり
- 苞割れば笑みこぼれたり寒牡丹
- 冬日濃き所を選みたもとほる
- 過ぎて行く日を惜しみつつ春を待つ
- 凍蝶の翅におく霜の重たさよ
- 煤けたる都鳥とぶ隅田川
- 胸出して鳩のぼり来る落葉坂
- 大木の見上ぐるたびに落葉かな
- 焚火踏み消して闇なる鈴ヶ森
- 大根を洗ふ手に水従へり
- 心ひまあれば柊花こぼす
- 冬の空少し濁りしかと思ふ
- 硝子戸におでんの湯気の消えてゆく
- 戸の隙におでんの湯気の曲り消え
- 波打てる畳に屏風傾ける
- 寒き風持ち来る廻舞台かな
- 年は唯黙々として行くのみぞ
- 行く年の袖引とめて曰多謝
- 帽廂滞りつつ冬日あり
- 風さつと焚火の柱少し折れ
- そのあたりほのとぬくしや寒牡丹
- 妹が居といふべかりける桐火鉢
- 海の日に少し焦げたる冬椿
- 口に袖あててゆく人冬めける
- 手慣たる木目を撫でて桐火鉢
- 踏石を伝ひさしたる冬日かな
- 鳩立つや銀杏落葉をふりかぶり
- 落葉吹く風に追はれて地下室に
- 凩の夜の灯うつる水溜
- 冬ぬくし日当りよくて手狭くて
- ついついと黄の走りつつ枯芒
- 泉石に魂入りし時雨かな
- 浮き沈む鳰の波紋の絶間なく
- 灯せば忽ち仏寒からず
- 枯蓮の池に横たふ暮色かな
- 鳰の頭伸びしと見しが潜りけり
- 冬木切り倒しぬ犬は尾を垂れて
- 砕かるる冬木は鉈の思ふまま
- 金屏に畳の縁は流れゐる
- 一双の片方くらし金屏風
- 倉庫今船荷呑みをり雪もよひ
- 井戸端に仮に積み置く冬木かな
- 都鳥とんで一字を畫きけり
- 冬空に大樹の梢朽ちてなし
- 香煙にくすぶつてゐる冬日かな
- いと低き土塀わたりぬ冬木中
- 初時雨その時世塵無かりけり
- 両脚を伝ひて寒さ這ひ上る
- 遠足の列くねり行く大枯木
- 一門の睦み集ひて桃青忌
- 切干もあらば供へよ翁の忌
- 滝風は木々の落葉近寄せず
- 廻廊を登るにつれて時雨冷え
- 川にそひ行くまま草の枯るるまま
- 北国のしぐるる汽車の混み合ひて
- 敦賀まで送り送られ時雨降る
- 無名庵に冬籠せし心はも
- 湖の寒さを知りぬ翁の忌
- 笠置路に俤描く桃青忌
- ここに来てまみえし思ひ翁の忌
- 冬空を見ず衆生を視大仏
- ただ中にある思ひなり冬日和
- 落葉吹く風に帚をとどめ見る
- 人を見る目細く日向ぼこりかな
- 干笊の動いてゐるは三十三才
- うかとして何か見てをり年の暮
- 年の暮らしき境内通り抜け
- 枯木皆憐れみ合ひて立ちにけり
- 振り向かず返事もせずにおでん食ふ
- 甘藷焼けてゐる藁の火の美しく
- 起き直り起き直らんと菊枯るる
- 都鳥とんで一字を画きけり
- 川の面にこころ遊びて都鳥
- 初時雨しかと心にとめにけり
- 袖をもて拂ひもぞする初時雨
- 障子外通る許りや冬座敷
- 寒菊に憐みよりて剪りにけり
- 倉庫の扉打ち開きあり寒雀
- 各々は小諸寒しとつぶやきて
- 迷ひゐる雲や浅間は雪ならん
- 舞うてゐし庭の落葉何時かなし
- あとを追ふ子を置いて行く落葉径
- 落葉踏みすべり尻もちつき笑ふ
- 物をいふ風の枯葉に顧る
- 蕎麦干して居てしぐるるを知らぬげに
- 山の名を覚えし頃は雪の来し
- 時雨るると娘手かざし父仰ぎ
- 山国の冬は来にけり牛乳をのむ
- 一塊の冬の朝日の山家かな
- 冬山路俄にぬくき所あり
- 冬山路浅間に向ひ或は外れ
- 木枯に浅間の煙吹き散るか
- その蔭のほのとあたたか枯づつみ
- 石に腰しばらくかけて冷たくて
- 雲少し枯木の空を過ぐるのみ
- 子を先に冬枯道を帰りつつ
- 紫苑枯れあはれ消えなん姿かな
- 強霜に今日来る人を心待ち
- 凍て衣昨日も今日も干してあり
- 釣瓶置く石を包める厚氷
- 凍てきびしされども空に冬日厳
- 彼の道に黒きは雪の友ならん
- 雪積みて傾く納屋の牛吼ゆる
- 座敷迄炊ぎ煙や春を待つ
- 枯菊に尚色とうふもの存す
- 一冬の寒さ凌ぎし借頭巾
- 老犬の我を嗅ぎ去る枯木中
- 雪の道草臥れし時杖をとめ
- 書読むは無為の一つや置炬燵
- 吹く風は寒くとも暖遅くとも
- 大根を鷲づかみにし五六本
- 雪の底落葉乾ける山路かな
- 船人は時雨見上げてやりすごし
- 聞き役の炬燵話の一人かな
- 寒からん山盧の我を訪ふ人は
- 炬燵出ずもてなす心ありながら
- よからずや小諸の宿の炬燵酒
- 冬籠座右に千枚どほしかな
- 冬籠心を籠めて手紙書く
- 冬の日の尚ある力菊残る
- 浅間今雪雲暗く封じたる
- 山越えて来たり峠は雪なりし
- 必ずしも小諸の炬燵悪しからず
- 片頬に冬日ありつつ裏山へ
- ごこやらに急に逃げたる冬日かな
- 山茶花の花のこぼれに掃きとどむ
- 枯菊に莚のはしのかかりけり
- 冬枯の園とはいへど老の松
- うせものをこだはり探す日短か
- 人集ひ来れば暖か冬籠
- 思ふこと書信に飛ばし冬籠
- ニ三子と木の葉散り飛ぶ坂を行く
- 古城跡の石垣ぬけて枯野かな
- 地にとまる蝶の翅にも置く霜か
- 里人はしみるといひぬ凍きびし
- 凍きびししみると言葉交し行く
- 雪晴の空に浅間の煙かな
- 父を恋ふ心小春の日に似たる
- 風の日は雪の山家も住み憂くて
- 天地の色なほありて寒牡丹
- 覆とり互いに見ゆ寒牡丹
- とり落す物うらめしや悴む手
- 悴みてうつむきて行きあひにけり
- 霜やけの手にする布巾さばきかな
- 霜やけの手を互に見目をそらし
- はねかへす霰の脚の面白き
- いづくとも無く風花の生れ来て
- 風花の土に近づき吸ひつきて
- 外に立ちて氷柱の我が家侘しと見
- 山の雪胡粉をたたきつけしごと
- いくばくの寒さに耐ゆる我身かも
- 訪ひ来るや雪の門より人つづき
- 冬籠障子隔てゝ人の訪ふ
- 小包で届く薬や冬籠
- 寒燈の下に文章口授筆記
- 探梅や序でに僧に届けもの
- 水仙や母のかたみの鼓箱
- 何物かつまづく辻や厄落し
- 我行けば枝一つ下り寒鴉
- 見下ろしてやがて啼きけり寒鴉
- 針金にひつかゝりをる雪の切れ
- 鎌倉は今笹鳴に冬椿
- 道ばたの雪の伏屋の鬼やらひ
- 一百に足らず目出度し年の豆
- 節分や鬼もくすしも草の戸に
- 溝板の上をつういと風花が
- 磐石の尻を据ゑたる冬籠
- もてなしは門辺に焚火炉に榾火
- 火鉢に手かざすのみにて静かに居
- 旅鞄そのまゝ座右に冬籠
- 山の日は鏡の如し寒櫻
- 水の上をすれすれに鴨渡りけり
- 枯萩にわが影法師うきしづみ
- 手あぶりの僧に火鉢の俗対し
- エレベーターどかと降りたる町師走
- 二冬木立ちて互にかゝはらず
- 冬籠人を送るも一事たり
- 風花に山家住居もはや三年
- 凍道を小きざみに突く老の杖
- 御馳走の熱き炬燵に焦げてをり
- 庭に下り四五歩歩くや冬籠
- 冬晴や立ちて八ヶ岳を見浅間を見
- 蓼科に片雲もなし冬の晴
- 干足袋も裏返されて突つ張りて
- 耳をなで額をこすり日向ぼこ
- 北風寒しだまつて歩くばかりなり
- 寒風に向ひて老を忘れをり
- 水仙の一花心のままにいけ
- 冬籠われを動かすものあらば
- 凍蝶の蛾眉衰へずあはれなり
- 木の根より下がる氷柱の揺れてをり
- 寒月のいびつにうつる玻璃戸かな
- 一つ啼き枝を踏み替へ寒鴉
- 口明けてやうやく啼きぬ寒鴉
- 今宵はもよろしき凍や豆腐吊る
- 春を待つ炬燵の上に句帳置き
- 食小さくなりて健か冬籠
- 二行書き一行消すや寒灯下
- 汚れたる雪の山家に日脚のぶ
- 吹き込みし雪を掃き出す廁かな
- 念力のゆるみし小春日和かな
- 琴坂の落葉に運ぶ老の杖
- 常寂光浄土に落葉敷きつめて
- うち仰ぎ時雨るといひて船出かな
- 時雨つゝ大原女言葉交しゆく
- 生姜湯に顔しかめけり風邪の神
- 腰あげてすぐ又坐る冬籠
- 掃き寄する帚に焚火燃え移り
- 燃え盛る焚火の音に障子開け
- 荷造りもせずに火鉢や応対す
- 蒲団荷造りそばに留別句会かな
- 大雪に埋みてありぬ鶏小屋も
- 吹き込みし雪を掃き出す厠かな
- 雪るを忘れて山家暮しかな
- 霜除けの縄の結びめきくきくと
- 鎌倉は冬暖かに蚯蚓這ひ
- 我こゝにかくれ終りし大冬木
- 冬霞して昆陽の池ありとのみ
- 山廬まだ存す岳麓枯木中
- 枯木中仏に礼し僧帰る
- 照り昃りはげしき時雨日和かな
- 荒るるままその儘にして草枯れて
- 冬海や一隻の舟難航す
- カーテンに障子の桟の影くねり
- 炬燵熱し牡丹開きたる思ひ
- 幹事席火鉢一つに五六人
- 毛布にくるまり時化の甲板に
- 旅鞄しまひ借著の羽織著て
- 霜除のその勢ひのくくり縄
- 漁家二軒石蓴の岩を踏みて訪ふ
- 彼来たり無駄話して日脚伸ぶ
- 寒雨降りもの皆枯るゝ庭の面
- 老いてゆく炬燵にありし或日のこと
- この辺に時雨のあとの少しあり
- 時雨るゝや四台静かに人力車
- 手で顔を撫づれば鼻の冷たさよ
- 短日の出発前の小句会
- 顔見世にさそはれてゐてせはしくて
- 冬空は澄み老眼は曇り
- 大の字に子は挟つて居る枯木
- 庭のもの急ぎ枯るるを見てゐたり
- 冬山に両三歩かけ引返し
- 主漸く焚火煙に現れし
- 潮じみて暈ね著したり海女衣
- だぶだぶの足袋を好みてはきにけり
- 庭にあり皆外套の襟たてて
- 霜除をとりし牡丹のうひうひし
- 夜廻りの終りの柝の二つ急
- 松立ちし妹が門辺を見て過ぎぬ
- 雪催ひせる庭ながら下り立ちぬ
- 霜の菊讃へて未だ剪らずをり
- 茶の花に茜してすぐさめけらし
- この落葉どこ迄まろび行くやらん
- 落葉掃き集めある道行どまり
- つきささる枯葉一枚枝の先
- 大空の片隅にある冬日かな
- 御仏と相合傘の時雨かな
- 探しものして片づけて冬籠
- 冬籠きのふの今日も探しもの
- 冬ざれや石に腰かけ我孤独
- 石に腰即ち時雨れ来りけり
- 今日は寒し昨日は暑しと住み憂かり
- おでんやの湯気吹き飛ばす空ツ風
- 熱燗にあぐらをかいて女居士
- 鰤どころ鯨どころや紀伊の海
- 蓄へは軒下にある炭二俵
- 訪へば庭にて焚火してありと
- ストーヴの小さき煙突小書斎
- 世の様の手に取る如く炬燵の間
- ニ三度引き返す風邪流行りけり
- 骨布団それにもなれて暖く
- 霜よけももうとる頃よ縄ゆるみ
- 門松を立てていよいよ淋しき町
- 古家の畳替して目出度けれ
- 緑竹に蒼松にある冬日かな
- 山並の低きところに冬日兀
- この冬を籠りて稿を起こさんと
- 古き家によき絵かゝりて冬籠
- 忘れゐし事にうろたへ冬籠
- 欠伸して頭転換冬籠
- 無駄な日と思ふ日もあり冬籠
- 冬枯の庭を壺中の天地とも
- 暖き冬日あり甘き空気あり
- 草枯の礎石百官卿相を
- 贈り来し写真見てをる炬燵かな
- わが眉の白きに燃ゆる冬日かな
- 炭斗のふくべの形見飽きたり
- 炭斗のありし所になかりけり
- 雨晴れて枯木潤ふけしきかな
- 炬燵あり城に籠るが如くなり
- 縁に腰そのまゝ日向ぼこりかな
- 我が仕事炬燵の上に移りたる
- 歩み去る年を追ふかに庭散歩
- 眠れねばいろいろの智慧夜半の冬
- 短日のきしむ雨戸を引きにけり
- 寒むければ防空頭巾著て書見
- 眠れねば足の先き冷えまさりつゝ
- 硝子戸に頬すりつけて冬日恋ふ
- しぐれつゝ梢の柿のまだ残り
- 冬枯にわれは佇み人は行く
- 昃りし障子四枚や時雨来し
- 三汀の墓は質素や水仙花
- この寒さ身を引締めてつとめけり
- 山茶花の真白に紅を過まちし
- 洛北の殊に大原の時雨かな
- 石庭に魂入りし時雨かな
- わが癖や右の火鉢に左の手
- 冬日あり実に頼もしき限りかな
- 岩壁に這ひ上る如落葉積み
- 静なる落葉の下にわれは在り
- 掃く時も佇む時も落葉降る
- ほこほこと落葉が土になりしかな
- 園丁の鉈の切れ味枯枝飛び
- 霜除に霜なき朝の寒さかな
- 冬梅の香の一筋の社頭かな
- 石蕗咲いて時雨るゝ庭と覚えたり
- 光りつゝ冬雲消えて失せんとす
- 時雨るゝとたゝずむ汝と我とかな
- 我心歩き高ぶる時雨かな
- 水涸れてこれぞ名に負ふ滑川
- 子規墓参今年おくれし時雨かな
- 谷々の家々にある冬日かな
- 我が額冬日兜の如くなり
- よき炭のよき灰になるあはれさよ
- 母が餅やきし火鉢を恋ひめやも
- 埋火や稿を起してより十日
- 埋火の絶えなん命守りつゝ
- 別の間に違ふ客ある師走かな
- 志俳諧にありおでん食ふ
- 静なる我住む町の年の暮
- 君は君我は我なり年の暮
- ふとしたることにあはてゝ年の暮
- 枯芝を尻に背中につけてをり
- 人住んで売屋敷なり枇杷の花
- 風呂吹きを釜ながら出してまゐらする
- 葱多く鴨少し皿に残りけり
- 納豆汁も富みて嗜めば奢かな
- 里神楽柿くひながら見る人よ
- 重なりて眠れる山は鞍馬かな
- 毎日の笹鳴きに居る主かな
- 磯畑の千鳥にまじる鴉かな
- 牡蠣の酢の濁るともなき曇りかな
- 月明りに粉炭乏しくなりにけり
- 日の当る焚火煙や濃紫
- 耳遠く病もなくて火燵かな
- 尼君の寒がりおはす火桶かな
- おしおして遂にふせりぬ風邪の妻
- マスクして揺れて居るなり汽車の客
- 大いなる手袋忘れありにけり
- 人形の足袋うち反りてはかれけり
- 虎落笛眠に落ちる子供かな
- 掃きすてし今朝のほこりや霜柱
- 煙突の煙棒のごと冬の雨
- 石蕗の葉に雪片を見る 霙かな
- 大船や帆網にからむ冬の月
- 日曜にあたりて遊ぶ冬至かな
- 今日はしも柚湯なりける旅の宿
- 餅搗くや草の庵の這入口
- ふさはしき大年といふ言葉あり
- 垂れ下る氷柱の紐を結ばばや
- 惨として驕らざるこの寒牡丹
- 寒菊や年々同じ庭の隅
- 鎌倉や冬草青く松緑
- 寒紅梅馥郁として招魂社
- 冬梅の既に情を含みをり
- 満開にして淋しさや寒桜
- 雪かぶる日もありて咲く冬椿
- 椿咲きその外春の遠からじ
- 柊を挿す母によりそひにけり
- 吉田屋の畳にふみぬ年の豆
高浜虚子 プロフィール
高浜 虚子(たかはま きょし、旧字体: 高濱 虛子、1874年〈明治7年〉2月22日 - 1959年〈昭和34年〉4月8日)