よるのあき「夜の秋(夏)時候」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




三島手の自服よろしき夜の秋   大石悦子「百囀(2020)ふらんす堂」

この一句には三つもの難しい言葉が散りばめられています。一つ目は、夜の秋。秋という字が入っていますが夏の季語。晩夏になると夜はすでに秋の気配が漂います。暑さの中にふとひんやりした風を感じたり、虫の音に気づいたり。夏のゆく寂しさと、秋の始まる安堵感。複雑な感情の動きを感じる言葉です。

二つ目は三島手。朝鮮半島から伝わった陶器の象嵌の技法です。半渇きの素地に花などの印判を当てて彫り模様を入れ、そこに白い化粧土を塗り込んで模様を出してゆきます。この模様が、三島大社から出されている暦の文字に似ていることから三島手と呼ばれるようになったとか。

三つ目は自服。茶を立てる役の亭主が、自分で立てた薄茶を客の前で飲むことです。結局、掲句ですらすら読めたのは「よろしき」だけ。絢爛たる言葉を操る作者の特徴が、よく表れた句ではないでしょうか。凝った造作の茶碗で薄茶を楽しむ亭主。夜気に微かな秋の気配を感じとったのでしょう。濃厚な濃茶ではなく、さっぱりとした薄茶というところに爽やかさを感じます。まさに夜の秋の風情です。

さて、角川「俳句」6月号で高橋睦郎さんが、作者をこう評しています。「詩はこころではなく、ことばで書くものという、19世紀仏蘭西象徴派の大宗ステファヌ・マラルメの至言は、世界最短の詩型である俳句にこそ最もよく当て嵌まろう。ところで現存の俳人多しといえども、大石悦子ほど言葉に拘る人はあるまい」誠に至言だと思います。

最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html






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