火事場の馬鹿力です。句会の場で出される即興の題のことで季語のこともそうでないこともあります。大体二~三十分で一~二句作ることが多いようですが、慣れてくると一分、いえ十秒で一句作ることも平気になります。俳句は文芸ですが、同時にゲーム的な要素を併せ持っていて作り方のコツや攻略法も確かにあるからです。
さて先日の句会で「キュー」という音の詠み込みが席題となりました。いきなりキューと言われてもねえ、大変困りました。みんなも出来ないだろうな、とそっと顔を伺うと案外平気な様子。締切には見事に句が出揃いました。
潮満つる夜は鹿の子のキューと鳴く
急行の停まらぬ町や大試験
風光る開幕戦の始球式
旧家なり大人ばかりの雛祭
下宿屋に胡弓の調べ春満月
春雨や九官鳥は姉の声
読み直すキューを待ちをる遅日かな
鳴き声、電車、スポーツ、家柄、楽器、鳥。題材が重複した句はひとつもありませんでした。やればできるものですね。ところで最後の句のキューは説明が必要かも知れません。こちらはテレビ局のキュー。動作の開始にディレクターが出す合図のことです。
こんな風に、席題には俳人の隠れた能力を引き出す力があります。それどころか、その人の代表句となる場合さえあるのです。宇多喜代子さんの有名な句もそうだとご本人に伺いました。
大きな木大きな木蔭夏休 宇多喜代子
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」