さむし「寒し(冬)時候」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




午後からはがくんと寒し谷戸住ひ  星野椿「早春(2018)玉藻社」

谷戸を広辞苑で引くと「(関東地方で)低湿地。特に鎌倉辺に地名として多く現存」と記されています。鎌倉は12世紀に源頼朝が幕府を開いたところ。東西と北の三方を山に囲まれ、南には相模湾が広がる天然の要害です。鶴岡八幡宮のあたりを中心として、周囲の山々の谷間に人々は住居を構えました。それが谷戸。当地では「扇ケ谷(おおぎがやつ)」「紅葉ケ谷(もみじがやつ)」など谷(やつ)と呼ばれることも多いようです。

作者のお住まいは鎌倉の谷戸の一つ。谷なので日が傾くと影に入ります。それで「午後からはがくんと寒し」と詠まれたのでしょう。「がくん」というオノマトペが秀逸。平易な表現に実感がこもっています。

ところで、この句のリズムはある句を思い出させます。

いつの間にがらりと涼しチョコレート  星野立子

立子は作者の母。「がらりと涼し」の次に何を持ってくるかで力量が問われます。チョコレートを思いつく人は少ないのではないでしょうか。少しの温度の変化で、たやすく固くも柔らかくもなるチョコレート。すこし前まで柔らかかったものが、固くなってきた。ああ、もう秋が近寄っているのだ。そんな感慨が伝わってきます。

掲句の「がくんと寒し」と立子の「がらりと涼し」。オノマトペの使い方が素敵な二句に母と娘の血のつながりを感じます。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(冬)

 






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