オクターヴにひらきし十指合歓の花 浦川聡子「眠れる木(2012)深夜叢書社」
合歓(ねむ)の木はその名の通り、眠る木。暗くなると葉を閉じる就眠運動で知られます。朝になれば目覚めて葉を開く。葉の不思議な動きと儚げな花が特徴の植物です。「雄しべの花糸が淡紅色で長く、紅刷毛のようで美しい」と歳時記に。掲句はおそらくピアノの指の動きでしょう。オクターヴという言葉が、弾きこなすのが難しい和音を想像させます。
一般に植物の季語を、取り合わせで詠むのは難しいとされます。どんな言葉と組み合わさってもそれなりに鑑賞できますが、その一方他の植物に入れ替えても句が成立してしまう危うさがあるからです。しかし掲句の場合は、合歓の花でなければなりません。合歓の葉の動きと繊細な花が、ピアノのリリカルな旋律とぴったりあっているからです。句からピアノの音が聞こえてきそうな作品。開いては閉じる指の動きと合歓の葉の動きが重なりあって、夢の世界に誘われるような印象を残します。
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」