くもの糸一すぢよぎる百合の前 高野素十
以前この句を取り上げたところ、ある映像関係の方から「望遠レンズを使った、蜘蛛の糸から百合へのフォーカス送りですね」という感想をいただきました。素敵な視点だと思ったのでもう少し詳しく書いてみます。
フォーカス送りとは「ピン送り」とも呼ばれる撮影上のテクニックです。望遠系のレンズを使うと焦点(ピント)の合う奥行きがごく浅くなります。その特性を使って、意外性のある効果をあげることが出来るのです。
掲句の場合を考えてみましょう。ぼんやりした白い背景に、一本の光る糸が映し出されます。一瞬なにかわかりませんが、風に揺れる様から蜘蛛の糸だと気づきます。このとき焦点は蜘蛛の糸にあっています。次に、蜘蛛の糸がぼやけて溶けるように姿を消し、背景が見えてきます。ぼんやりした白いものが、くっきりと姿を現し百合の花であったことがわかります。これがフォーカス送りです。手前の蜘蛛の糸から後ろの百合へ。わずか数センチ、もしかしたら1センチに満たない焦点距離の違いが劇的な映像効果を生みだします。
ワイド系のレンズは手前から奥までべたっと焦点があってしまうので、この効果に適しません。初めから蜘蛛の糸と百合の両方が見えてしまいます。ここは望遠レンズでなくてはなりません。
俳句は言葉の写真と呼ばれますが、素十のようなすぐれた俳人は、動画的なカメラワークを見せることがあります。
この小文を書いていてもう一つ気づきました。俳句の鑑賞に映像の用語を使えるということです。カメラやレンズに詳しいあなたなら、新しい切り口で名句の再評価ができるかもしれませんね。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」