が「蛾(夏)動物」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




とまる蛾にさかさまに来る人の貌  鴇田智哉「エレメンツ(2020)素粒社」

俳句を動画と捉えたとき、どんなカメラワークや編集技法が見られるでしょうか。この興味深いテーマについて作者は、様々な解答を用意しています。その例のひとつが掲句。この句では二つの視点が一句の中で切り替わります。

上五の「とまる蛾に」は虫を見ている人間の視点。続く「さかさまに来るひとの貌」は蛾の視点で記述されています。昆虫の目は構造上、世界を上下さかさまに見ていると言われます。一句の中で、人と蛾の視点が入れ替わっているのです。何もかもさかさまだとすれば、もったいぶった人間の仕草も滑稽なだけ。ここに作者の批評精神が感じられます。

句中の視点の切り替えは珍しいものですが、決して例がない訳ではありません。「渡り鳥みるみるわれの小さくなり 上田五千石」などの先行例があります。渡り鳥の句でいえば、まず私が空を渡る鳥を見ている。続いて渡り鳥の視点に切り替わり、地上の私をみている。鳥が遠ざかるにつれ、私はみるみる小さくなってゆく。ドローンにカメラをのせて、全速力で遠ざかるようなカットです。視点が切り替わることで、ダイナミックな映像効果をもたらしているのです。

余談ですが、こうした効果はホラー映画で多用されます。 日常生活の中に、誰かが見ているようなカットが挿入されます。初めは誰の視点かわかりません。ストーリーが進むうちに霊の視点であることに気づきます。戸棚の中や、故人の写真立て、事件があった部屋の窓など、人がいないところからこちらを見返してくるような視点です。これは怖い。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html






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