へ・助詞【ワンランク上の俳句百科 新ハイクロペディア/蜂谷一人】




へのパワーを知っていますか。櫂未知子さんの名言ですが、助詞「へ」には特別な力があるとのこと。例えばこちらの句です。

運動会午後へ白線引き直す 西村和子

よく知られた句ですが、「へ」が秀逸。もしも「午後に」だったらどうでしょう。昼休みにお弁当を食べ、午後に消えかかった白線を引き直したら、もう競走が始まっています。だから「に」では駄目。午後の競技に向かって、という意味ですから「午後へ」でなくてはならないのです。

では次の句はどうでしょう。

秋天へ声の揃ひて木遣歌

こちらは、片山裕美子さんが2021年10月放送のNHK俳句で解説しています。直した方が良い点があるとのことですが、恥ずかしながら私にはわかりませんでした。ちなみに秋天は澄み切った秋空のこと。一年の中で一番空の高い季節ですから、木遣歌が高く響くように感じられます。え、木遣歌がわからない?重い材木を音頭を取りながら運ぶときの歌のこと。木場の角乗り(水上に流す角材に乗り、足で転がして操ること)を思わせます。

さて片山さんの添削はこうでした。

秋天へ声を揃へて木遣歌

「へ」を使うときは「学校へ行く」という用例でもわかる通り、その後に「何をするか」を言わないと駄目なのだそうです。「声の揃ひて」だと、秋天と声が別々になってしまいますが、「声を揃へて」だと「歌が空へ広がってゆく様子」が鮮やかに描写されます。この違いわかりますか?
これが「へのパワー」。俳句を作る上で難しいとされる助詞の用法の中でも、まさに難易度の高いところ。覚えておけば、あなたも上級の仲間入りです。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

 

 

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