翅わつててんたう虫の飛びいづる 高野素十
俳句のカメラには様々な機能が備わっています。この句は、てんとう虫が茎を登ってゆくところ。先端にたどり着くと、もう登ることができません。さあ、どうするだろうと見ていると ぱかっと硬い翅が割れ、その下から薄い翅が現れました。羽ばたくや 見る間に飛び立ってゆきます。掲句は、これだけの文字数を尽くして説明してきたことを、たったの十七音で言い切ってしまったのです。何という効率。何という言葉の精度でしょうか。しかも、小さな世界をルーペで覗きスローモーションにしたような味わいがあります。俳句では、一瞬の動作を丁寧に描写することで時間がゆっくりと過ぎるような効果が生まれるのです。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」