十人のひとりは帰る花篝 高田正子「青麗(2014)角川学芸出版」
火の粉をあげて燃える炎を見かけることが少なくなりました。多くの場所で焚火が禁じられているからでしょう。しかし、花篝は別。夜桜の風情を引き立てるために焚く篝火のことで、桜の名所を訪れるとよく目にします。炎が揺らめき、時折薪が焼け落ちて音を立てます。照り映える花の姿は凄艶かつ幽幻。掲句は、それなのに帰る人がいるというのです。家事を担当していれば「帰って晩ご飯を作らないといけないから」といった切実な理由もありそうです。「今日一日くらい、てんやものでも取ったらいいじゃない」と外野は思います。しかし、そうもいかない事情があるのでしょう。十人のひとり、というところがリアル。ということは、十人のうち九人は残ったということ。俳人ならば、花篝で一句詠むまでは帰れませんよね。伝統的な季語の現代的なありようです。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」