- たてとほす男嫌ひの單帶
- ちなみぬふ陶淵明の菊枕
- ぬかづけばわれも善女や佛生會(ぶつしやうゑ)
- むれ落ちて楊貴妃櫻尚あせず
- われにつきゐしサタン離れぬ曼珠沙華
- 冬川やのぼり初めたる夕芥
- 冬服や辞令を祀る良教師
- 夕顏に水仕(みづし)もすみてたたずめり
- 常夏の碧き潮あびわが育つ
- 張りとほす女の意地や藍ゆかた
- 愛藏す東籬の詩あり菊枕
- 戲曲よむ冬夜の食器浸けしまゝ
- 朝顏や濁りそめたる市の空
- 朱欒咲く五月となれば日の光り
- 東風吹くや耳現はるゝうなゐ髪
- 栴檀(せんだん)の花散る那霸に入學す
- 椅子涼し衣(そ)通る月にみじろがず
- 無憂華の木蔭はいづこ佛生會
- 牡丹(ぼうたん)を活けておくれし夕餉(ゆふげ)かな
- 甕たのし葡萄の美酒がわき澄める
- 白妙の菊の枕をぬひ上げし
- 磯菜つむ行手いそがんいざ子ども
- 秋來ぬとサフアイア色の小鰺買ふ
- 紫陽花に秋冷いたる信濃かな
- 花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ
- 虚子ぎらひかな女嫌ひのひとへ帯
- 蝶追ふて春山深く迷ひけり
- 谺して山ほととぎすほしいまゝ
- 足袋つぐやノラともならず教師妻
- 防人の妻戀ふ歌や磯菜摘む
- 雉子かなし生みし玉子を吾にとられ
- 雉子鳴くや宇佐の盤境禰宜ひとり
- 露草や飯(いひ)吹くまでの門歩き
- 風に落つ楊貴妃櫻房のまま
- 鳥雲にわれは明日たつ筑紫かな
- 鶴舞ふや日は金色の雲を得て
- 娘にゆづる櫛笄や花の春
- 東風吹くや耳あらはるゝうなゐ髪
- 摘み競ふ企救の嫁菜は籠にみてり
- 奉納のしやもじ新らし杉の花
- 磯菜摘む行手いそがむいざ子ども
- 夕立の募る微光や桜貝
- 灯台のまたゝき滋し壺焼屋
- 鬢掻くや春眠さめし眉重く
- 活くるひま無き小繡毬や水瓶に
- 炊きあげてうすきみどりや嫁菜飯
- 芥子蒔くや風に乾きし洗髪
- 仰ぎ見る吾に鈴懸恵むなり
- 防人の妻恋ふ歌や磯菜つむ
- 花衣ぬぐや纏める紐いろいろ
- 繭を煮る工女美しやぶにらみ
- 傘にすけて擦り行く雨の若葉かな
- 蕗むくやまた襲ひきし歯のいたみ
- 仮名かきうみし子にそらまめをむかせけり
- 絶壁に擬宝珠咲きむれ岩襖
- 満開のさつき水面に照るごとし
- 花朱欒こぼれ咲く戸にすむ楽し
- 箒目に莟をこぼす柚の樹かな
- 花散りて甕太り行く柘榴かな
- 栴檀の花散る那覇に入学す
- 焚きやめて蒼朮薫る家の中
- ゐもり釣る童の群に我もゐて
- 落ち杏踏みつぶすべくいらだてり
- 温室ぬくし女王の如きアマリゝス
- 菱の花引けば水垂る長根かな
- 青づたや露台支へて丸柱
- 刈りかけて去る村童や蓼の雨
- 縁側に夏座布団をすゝめけり
- 羅に衣通る月の肌かな
- 水打つて石涼しさや瓜をもむ
- 忌に寄りし身より皆知らず洗ひ鯉
- 遊船のみよしの月にたちいでし
- 夜光虫古鏡の如く漂へる
- コレラ怖じ蚊帳吊りて喰ふ昼餉かな
- かくらんに町医ひた待つ草家かな
- 水葱の花折る間舟寄せ太藺中
- 睡蓮や鬢にてあてゝ水鏡
- 藻を刈ると舳に立ちて映りをり
- 仰ぎ見る樹齢いくばくぞ栃の花
- バナナ下げて子等に帰りし日暮かな
- 書肆の灯にそぞろ読む書も秋めけり
- 雨つよし弁慶草も土に伏し
- 摘み/\て隠元いまは竹の先
- 不知火の見えぬ芒にうづくまり
- 菱摘むとかゞめば沼は沸く匂ひ
- コスモスに風ある日かな咲き殖ゆる
- つゆくさや飯ふくまでの門あるき
- 邸内に祀る祖先や椋拾ふ
- うそ寒や黒髪へりて枕ぐせ
- 旅たのし葉つき橘籠にみてり
- 実をもちて鉢の万年青の威勢よく
- 秋来ぬとサファイア色の小鯵買ふ
- 砂糖黍かじりし頃の童女髪
- 胼の手も交りて歌留多賑はへり
- 唇をなめ消す紅や初鏡
- 元旦や束の間起き出で結び髪
- 松の内社前に統べし舳かな
- 松の内海日に荒れて霙れけり
- 松とれし町の雨来て初句会
- 正月や胼の手洗ふねもごろに
- 初凪げる湖上の富士を見出でけり
- 凧を飾りて子等籠りとるかるたかな
- 胼の手も交りて歌留多賑へり
- 書初やうるしの如き大硯
- 縫初の糸の縺れをほどきけり
- 松の内を淋しく籠る今年かな
- 初凪げる和布刈の磴に下りたてり
- 眉引も四十路となりし初鏡
- 元旦の埠頭に瀬戸の舟つけり
- 水手洗の杓の柄青し初詣
- 雪解けの雫ひまなし初詣
- 仰ぎ見る大〆飾出雲さび
- 巨いさや雀の出入る〆飾
- 神前に遊ぶ雀も出雲がほ
- あだ守る筑紫の破魔矢うけに来し
- 紫の雲の上なる手毬唄
- 春寒や刻み鋭き小菊の芽
- 麦の芽に日こぼす雲や春寒し
- 春寒の髪のはし踏む梳手かな
- 揃はざる火鉢二つに余寒かな
- 鳥の餌の草摘みに出し余寒かな
- 春暁の窓掛け垂れて眠りけり
- 春暁の夢のあと追ふ長まつげ
- 草庵やこの絵ひとつに春の宵
- 小鏡にうつし拭く墨宵の春
- 春の夜のねむさ押へて髪梳けり
- 春の夜や粧ひ終へし蝋短か
- 春の夜のまどゐの中にゐて寂し
- ゆく春やとげ柔らかに薊の座
- ゆく春の流れに沿うて歩みけり
- のぞき見ては塀穴ふさぐ日永かな
- あたたかや水輪ひまなき庇うら
- あたたかや皮ぬぎ捨てし猫柳
- 淡雪にみな現はれし葉先かな
- 船板に東風の旗かげ飛びにけり
- 春の雨苗すこやかに届きけり
- 春雨や土押し上げて枇杷二葉
- 春雨の畠に灯流す二階かな
- 春雨や畳の上のかくれんぼ
- 菓子ねだる子に戯画かくや春の雨
- 歯茎かゆく乳首かむ子や花曇
- 嵐山の枯木もすでに花曇
- 春泥に柄浸けて散れる木の実赤
- 浮きつづく杭根の泡や水ぬるむ
- ぬるむ水に棹張りしなふ濁りかな
- 土出でて歩む蟇見ぬ水ぬるむ
- 春著きるや裾踏み押へ腰細く
- 鬢かくや春眠さめし眉重く
- 風をいとひて鬢に傾げし春日傘
- 道のべの茶すこし摘みて袂かな
- 草摘む子幸あふれたる面かな
- 簷に吊る瓢の種も蒔かばやな
- 青き踏むや離心抱ける友のさま
- 姉ゐねばおとなしき子やしやぼん玉
- ひとでふみ蟹とたはむれ磯あそび
- 押し習ふ卒業式の太鼓判
- 栴檀の花散る那覇へ入学す
- 入学児に鼻紙折りて持たせけり
- 燕来る軒の深さに棲みなれし
- 藪風に 蝶ただよへる虚空かな
- 蝶去るや葉とぢて眠るうまごやし
- すこし飛びて又土にあり翅破れ蝶
- 旭注ぐや蝶に目覚めしうまごやし
- 指輪ぬいて蜂の毒吸ふ朱唇かな
- 木立ふかく椿落ちゐし落葉かな
- バイブルをよむ寂しさよ花の雨
- 今掃きし土に苞ぬぐ木の芽かな
- 晴天に苞押しひらく木の芽かな
- 花ふかく躑躅見る歩を移しけり
- 青麦に降れよと思ふ地のかはき
- 月おそき畦おくられぬ花大根
- 活くるひま無き小繍毬や水瓶に
- 春蘭にくちづけ去りぬ人居ぬま
- 手より手にめで見る人形宵節句
- ほほ笑めば簪のびらや雛の客
- 幕垂れて玉座くらさや雨の雛
- 函を出てより添ふ雛の御契り
- 古雛や花のみ衣の青丹美し
- 雛愛しわが黒髪をきりて植ゑ
- 古りつつも雛の眉引匂やかに
- 紙雛のおみな倒れておはしけり
- 雛市に見とれて母におくれがち
- 雛買うて疲れし母娘食堂へ
- 嚶珞揺れて雛顔暗し蔵座敷
- 雛の間や色紙張りまぜ広襖
- 鶯や螺鈿古りたる小衝立
- 舳先細くそりて湖舟や春の雪
- 縁起図絵よむ一行に梅さかり
- 春雪に四五寸青し木賊の芽
- 芹すすぐ一枚岩のありにけり
- 梅林のそぞろ歩きや筧鳴る
- 春潮に群れ飛ぶ鴎縦横に
- 春雷や俄に変る洋の色
- 逆潮をのりきる船や瀬戸の春
- 春寒に銀屏ひきよせ語りけり
- 春浅く火酒したたらす紅茶かな
- 梨畠の朧をくねる径かな
- くぐり見る松が根高し春の雪
- ぬかづいてねぎごと長し花の雨
- ぬかづきし我に春光尽天地
- 春光に躍り出し芽の一列に
- 春惜む布団の上の寝起かな
- 佇めば春の潮鳴る舳先かな
- 春潮に流るる藻あり矢の如く
- 春の山暮れて温泉の灯またたけり
- 春の襟染めて着初めしこの袷
- 灌沐の浄法身を拝しける
- ぬかづけばわれも善女や仏生会
- 無憂華の木蔭はいづこ仏生会
- 葺きまつる芽杉かんばし花御堂
- 靴買うて卒業の子の靴磨く
- 卒業やちび靴はくも今日限り
- 青き踏む靴新らしき処女ごころ
- 卒業の子に電報すよきあした
- 炊き上げてうすき緑や嫁菜飯
- かきわくる砂のぬくみや防風摘む
- 防人の妻恋ふ歌や磯菜摘む
- 元寇の石塁はいづこ磯菜摘む
- 蕗の薹ふみてゆききや善き隣
- 甦る春の地霊や蕗の薹
- 水上へうつす歩みや濃山吹
- 盆に盛る春菜淡し鶴料理
- 落椿の葉くぐり落ちし日の斑かな
- 蒼海の波騒ぐ日や丘 椿
- 花ふかき館に径ある夜宴かな
- 花莟む梢の煙雨ひもすがら
- 襟巻に花風寒き夕べかな
- たもとほる桜月夜や人おそき
- せせらぎに耳すませ居ぬ山桜
- 坊毎に春水はしる筧かな
- 蕗味噌や代替りなる寺の厨
- 桜咲く広寿の僧も住み替り
- お茶古びし花見の縁も代替り
- 新船卸す瀬戸の春潮とこしなへ
- 新艘おろす東風の彩旗へんぽんと
- 釣舟の漕ぎ現はれし花の上
- 花の寺登つて海を見しばかり
- 花の坂船現はれて海蒼し
- 傘をうつ牡丹桜の雫かな
- うす墨をふくみてさみし雨の花
- 雨ふくむ薄墨桜みどりがち
- 掃きよせてある花屑も貴妃桜
- 風に落つ楊貴妃桜房のまゝ
- きざはしを降りる沓なし貴妃桜
- 春昼や坐ればねむき文机
- 春寒の毛布敷きやる夜汽車かな
- いつくしむ雛とも別れ草枕
- 寮住のさみしき娘かな雛まつる
- 健やかにまします子娘等の雛祭
- 寝返りて埃の雛を見やりけり
- 春愁の子の文長し憂へよむ
- 望郷の子のおきふしも花の雨
- 春愁癒えて子よすこやかによく眠れ
- 水ぬるむ巻葉の紐の長かりし
- 水底に映れる影もぬるむなり
- 菱摘みし水江やいづこ嫁菜摘む
- 万葉の池今狭し桜影
- 摘み競ふ企玖の嫁菜は籠にみてり
- 添ひ下る塢舸の運河はぬるみけり
- 子のたちしあとの淋しさ土筆摘む
- 娘がゐねば夕餉もひとり花の雨
- うらゝかや朱のきざはしみくじ鳩
- 三宮を賽しおはんぬ桜人
- 桜咲く宇佐の呉橋うち渡り
- うらゝかや斎き祀れる瓊の帯
- 藤挿頭す宇佐の女禰宜は今在さず
- 丹の欄にさへづる鳥も惜春譜
- 春惜しむ納蘇利の面は青丹さび
- まだ散らぬ帝都の花を見に来り
- 訪れて暮春の縁にあるこゝろ
- 虚子留守の鎌倉にきて春惜む
- 身の上の相似て親し桜貝
- 種浸す大盥にも花散らす
- 椿落ちず神代に還る心なし
- 斐伊川のつゝみの蘆芽雪残る
- 斐伊川のつゝみの蘆芽萌え初めし
- 蘆芽ぐむ古江の橋をわたりけり
- 蘆の芽に上げ潮ぬるみ満ち来なり
- 上げ潮におさるゝ雑魚蘆の角
- 若蘆にうたかた堰を逆ながれ
- 目の下に霞み初めたる湖上かな
- 立春の輝く潮に船行けり
- 春潮の上に大山雲をかつぎ
- 若布刈干す美保関へと船つけり
- 群岩に上るしぶきも春めけり
- 潮碧しわかめ刈る舟木の葉の如し
- 群岩に春潮しぶき鰐いかる
- 虚偽の兎神も援けず東風つよし
- 春潮の渚に神の国譲り
- 椿咲く絶壁の底潮碧く
- 春潮に真砂ま白し神ぞ逢ふ
- 春潮からし虚偽のむくいに泣く兎
- 兎かなし蒲の穂絮の甲斐もなく
- 春潮に神も怒れり虚偽兎
- 春寒し見離されたる雪兎
- ゆるゆると登れば成就椿坂
- 春寒み八雲旧居は見ずしまひ
- 燈台のまたたき滋し壷焼屋
- 春光や塗美しき玉櫛匡
- 処女美し連理の椿髪に挿頭し
- みづら結ふ神代の春の水鏡
- 日表の莟も堅しこの椿
- 椿濃し神代の春の御姿
- 春の旅子らの縁もいそぐまじ
- 神代より変らぬ道ぞ紅椿
- 東風吹くや八重垣なせる旧家の門
- 争へる牛車も人も春霞
- 歇むまじき藤の雨なり旅疲れ
- 蕨餅たうべ乍らの雨宿り
- 公園の馬酔木愛しく頬にふれ
- 旅かなし馬酔木の雨にはぐれ鹿
- 旅衣春ゆく雨にぬるゝまゝ
- 大いなる春の月あり山の肩
- 春寒の樹影遠ざけ庭歩み
- 庭石にかがめば木影春寒み
- 新らしき春の袷に襟かけん
- 新調の久留米は着よし春の襟
- 春の襟かへて着そめし久留米かな
- 花も実もありてうるはし春袷
- 恋猫を一歩も入れぬ夜の襖
- 冬去りて春が来るてふ木肌の香
- 土濡れて久女の庭に芽ぐむもの
- 故里の小庭の菫子に見せむ
- ほろ苦き恋の味なり蕗の薹
- 蕗の薹摘み来し汝と争はず
- 移植して白たんぽぽはかく殖えぬ
- 空襲の灯を消しおくれ花の寺
- 近隣の花見て家事にいそしめる
- 掘りすてゝ沈丁花とも知らざりし
- 全山の木の芽かんばし萌え競ひ
- 奉納のしやもじ新し杉の花
- 雉子鳴くや都にある子思ふとき
- 雉子の妻驚ろかしたる蕨刈
- 杖ついて誰を待つなる日永人
- 会釈して通る里人蕨摘む
- 焼けあとの蕨は太し二三本
- 芹摘むや淋しけれどもたゞ一人
- 蝶追うて春山深く迷ひけり
- 花過ぎて尚彦山の春炬燵
- なまぬるき春の炬燵に恋もなし
- 風呂に汲む筧の水もぬるみそむ
- 風呂汲みの昼寝も一人花の雨
- 咲き移る外山の花を愛で住めり
- 梨花の月浴みの窓をのぞくなよ
- 垣間見を許さぬこの扉山桜
- 風に汲筧も濁り花の雨
- 歌舞伎座は雨に灯流し春ゆく夜
- 縫ふ肩をゆすりてすねる子暑さかな
- 月の輪をゆり去る船や夜半の夏
- 日盛の塗下駄ぬげば曇りかな
- 萱の中に花摺る百合や青嵐
- 一間より僧の鼾や青嵐
- 松の根の苔なめらかに清水吸ふ
- 衣更て帯上赤し厨事
- みづみづとこの頃肥り絹袷
- 夏の帯広葉のひまに映り過ぐ
- 夏の帯翡翠にとめし鏡去る
- 後妻の姑の若さや藍ゆかた
- 洗ひ髪かはく間月の籘椅子に
- 四季の句のことに水色うちはかな
- 照り降りにさして色なし古日傘
- 麻蚊帳に足うつくしく重ね病む
- 母の帯巻きつつ語る蚊帳の外
- コレラ怖ぢ蚊帳吊りて喰ふ昼餉かな
- 蚊帳の中団扇しきりに動きけり
- 母と寝てかごときくなり蚊帳の月
- 蒼海の落日とどく蚊帳かな
- 蚊帳吊りて旅疲れなし雨後の月
- 打水に木蔭湿れる売店かな
- 玄海に連なる漁火や窓涼み
- 夕凪や釣舟去れば涼み舟
- 灯せる遊船遠く現はれし
- 夏祭り髪を洗つて待ちにけり
- 風鈴に黍畠より夜風かな
- 孤り居に風鈴吊れば黍の風
- 帽子ぬぐや汗に撚れあふもつれ髪
- 金魚掬ふ行水の子の肩さめし
- 虫干やつなぎ合はせし紐の数
- 新茶汲むや終りの雫汲みわけて
- 枕つかみて起上りたる昼寝かな
- 夏痩のおとがひうすく洗ひ髪
- 夏痩の頬も色どらず束ね髪
- 子らたのし夏痩もせず海に山に
- 帰省子に糸瓜大きく垂れにけり
- 湖を泳ぎ上りし木蔭かな
- 羅を裁つや乱るる窓の黍
- 夕闇の中に蟇這ふけはひかな
- つれづれのわれに蟇這ふ小庭かな
- 昼灯すみ山燈籠やひきがへる
- 生き鮎の鰭をこがせし強火かな
- 笹づとをとくや生き鮎ま一文字
- 鮎やけば猫梁を下りて来し
- 登り来ては杭をとび散る羽蟻かな
- ゐもり釣る童の群にわれもゐて
- 玉虫や瑠璃翅乱れて畳とぶ
- 草に落ちし蛍に伏せし面輪かな
- 蛍籠広葉の風に明滅す
- こがね虫葉かげを歩む風雨かな
- 燕に機窓明けて縫ひにけり
- 訪ふを待たでいつ巣立ちけむ燕の子
- 蝉時雨日斑あびて掃き移る
- 蝉涼しわがよる机大いなる
- 雨のごと降る病葉の館かな
- 夕顔に水仕もすみてたたずめる
- 夕顔やひらきかかりて襞深く
- 夕顔を蛾の飛びめぐる薄暮かな
- 逍遥や垣夕顔の咲く頃に
- 夕顔を見に来る客もなかりけり
- 忍び来て摘むは誰が子ぞ紅苺
- 苺摘む盗癖の子らをあはれとも
- 睡蓮や鬢に手あてて水鏡
- おのづから流るる水葱の月明り
- 笑みをふくんで牡丹によせし面輪かな
- 黄薔薇や異人の厨に料理会
- 貧しき家をめぐる野茨月貴と
- 夏草に愛慕濃く踏む道ありぬ
- 月光揺れて夏草の間を流れかな
- 貧しき群におちし心や百合に恥ず
- 住みかはる扉の蔦若葉見て過ぎし
- 厨着ぬいでひとり汲む茶や若楓
- 傘にすけて擦りゆく雨の若葉かな
- 月見草に月尚ささず松の下
- 茄子苗の日除し置いてまた縫へり
- 茄子もぐや日を照りかへす櫛のみね
- 月に出て水やる音す茄子畠
- 牛蒡葉に雨大粒や竿入るる
- 簀戸たてて棕櫚の花降る一日かな
- 子犬らに園めちやくちや箒草
- つれづれの小簾捲きあげぬ濃紫陽花
- 蓮咲くや旭まだ頬に暑からず
- 水暗し葉をぬきん出て大蓮華
- 日を遮る広葉吹きおつ日ごと日ごと
- 汲みあてて花苔剥げし釣瓶かな
- 麦湯湧かしくど日もすがら松の根に
- 水上げぬ紫陽花忌むや看る子に
- 面痩せし子に新しき単衣かな
- 庭木のぼり蛇見てさわぐ病児かな
- 床に起きて絵かく子となり蝉涼し
- 夏雨に母が炉をたく法事かな
- 目にしみて炉煙はけず茄子の汁
- 茄子買ふや框濡らして数へつつ
- 夏雨に炉辺なつかしき夕餉かな
- 屋根石にしめりて旭あり花棗
- 濃霧晴れし玻璃に映れる四葩かな
- 山冷えに羽織重ねしゆかたかな
- 行水の提灯の輪うつれる柿葉うら
- 行水や肌に粟立つ黍の風
- 鏡借りて発つ髪捲くや明けやすき
- 草いきれ鉄材さびて積まれけり
- 草いきれ連山襞濃く刻みけり
- 北斗燗たり高原くらき草いきれ
- 草いきれ妖星さめず赤きかな
- 赤き月はげ山登る旱かな
- 灯れば蚊のくる花柿の葉かげより
- 花柿に簾高く捲いて部屋くらし
- 障子しめて雨音しげし柿の花
- 藻の花に自ら渡す水馴棹
- 水荘の蚊帳にとまりし蛍かな
- 藻刈竿水揚ぐる時たわみつつ
- 夏帯やはるばる葬に間に合わず
- 上陸やわが夏足袋のうすよごれ
- 夏羽織とり出すうれし旅鞄
- 替りする墨まだうすし青嵐
- 卓の百合あまり香つよし疲れたり
- 姫著莪の花に墨する朝かな
- 船長の案内くまなし大南風
- 翠巒を降り消す夕立襲ひ来し
- 旱魃の舗道はふやけ靴のあと
- 夜毎たく山火もむなしひでり星
- 汲み濁る家主の井底水飢饉
- 水飢饉わが井は清く湧き澄めど
- 夏の海島かと現れて艦遠く
- 煙あげて塩屋は低し鯉幟
- 大阪の甍の海や鯉幟
- 目の下の煙都は冥し鯉幟
- 男の子うまぬわれなり粽結ふ
- 櫛巻の歌麿顔や袷人
- ミシン踏む足のかろさよ衣更
- 蒼朮の煙賑はし梅雨の宿
- おくれゐし窓辺の田植今さかん
- 早苗水走り流るる籬に沿ひ
- おくれゐし門辺の早苗植ゑすめり
- 踏みならす帰省の靴はハイヒイル
- 寮の娘や帰省近づくペン便り
- 帰省子の琴のしらべをきく夜かな
- 帰省子やわがぬぎ衣たたみ居る
- いとし子や帰省の肩に絵具函
- 遊園の暗き灯かげに涼みけり
- 涼み舟門司の灯ゆるくあとしざり
- 遠泳の子らにつきそひ救助船
- 潮あびの戻りて夕餉賑かに
- 上つ瀬に歌劇明りや河鹿きく
- 水疾し岩にはりつき啼く河鹿
- 河鹿きく我衣手の露しめり
- ひきのこる岩間の潮に海ほうづき
- 薔薇むしる垣外の子らをとがめまじ
- 藁づとをほどいて活けし牡丹かな
- 牡丹を活けておくれし夕餉かな
- 牡丹やひらきかかりて花の隈
- 牡丹や揮毫の書箋そのままに
- 牡丹にあたりのはこべ延ぶがまま
- 牡丹にあたりのはこべ抜きすてし
- 端居して月の牡丹に風ほのか
- 隔たれば葉蔭に白し夕牡丹
- 紅苺垣根してより摘む子来ず
- 凌霄花の朱に散り浮く草むらに
- 流れ去る雲のゆくえや青芭蕉
- 晴天に広葉をあほつ芭蕉かな
- 夕顔や遂に無月の雨の音
- かへり見ぬ葡萄の蔓も花芽ぐむ
- 霖雨や泰山木の花墜ちず
- 活け終へて百合影すめる襖かな
- 上げ潮にまぶしき芥花楝
- 籘椅子に看とり疲れや濃紫陽花
- 窓明けて見渡す山もむら若葉
- 帰り来て天地明るし四方若葉
- 新樹濃し日は午に迫る蝉の声
- 葉桜や流れ釣なる瀬戸の舟
- 降り歇まぬ雨雲低し枇杷熟れる
- わがもいで愛づる初枇杷葉敷けり
- わがもいで贈る初枇杷葉敷けり
- 薫風や釣舟絶えず並びかへ
- 釣舟の並びかはりし籐椅子かな
- 晩涼や釣舟並ぶ楼の前
- 大釜の湯鳴りたのしみ蟹うでん
- 大鍋をはみ出す脚よ蟹うでん
- 朱欒咲く五月となれば日の光
- 朱欒咲く五月の空は瑠璃のごと
- 天碧し廬橘は軒をうずめ咲く
- 南国の五月はたのし花朱欒
- 常夏の碧き潮あびわがそだつ
- 爪ぐれに指そめ交はし恋稚く
- 島の子と花芭蕉の密の甘き吸ふ
- 砂糖黍かぢりし頃の童女髪
- 海ほうづき口にふくめば潮の香
- 海ほうづき流れよる木にひしと生え
- 海ほうづき鳴らせば遠し乙女の日
- 吹き習ふ麦笛の音はおもしろや
- 潮の香のぐんぐんかはく貝拾ひ
- 杜若雨に殖えさく高欄に
- 杜若映れる矼をまたぎけり
- ばら薫るマーブルの碑に哀詩あり
- 蝉涼し汝の殻をぬぎしより
- 羅の乙女は笑まし腋を剃る
- 壇浦見渡す日覆まかせけり
- 日覆かげまぶしき潮の流れおり
- おびき出す砂糖の蟻の黒だかり
- 英彦より採り来し小百合莟むなり
- 冷水をしたたか浴びせ躑躅活け
- 実梅もぐ最も高き枝にのり
- 千万の宝にたぐひ初トマト
- 処女の頬のひほふが如し熟れトマト
- 母美しトマトつくりに面痩せず
朝に灌ぎ夕べに肥し花トマト
- 降り足りし雨に育ちぬ花トマト
- 新鮮なトマト喰ふなり慾もあり
- 青芒ここに歩みを返しつつ
- たてとほす男嫌ひの単帯
- 一束の緋薔薇貧者の誠より
- 一椀の餉にあたたまり梅雨の寺
- 実桑もぐ乙女の朱唇恋知らず
- 旅に出て病むこともなし栗の花
- 栗の花うごけば晴れぬ窓の富士
- 栗の花そよげば箱根天霧らし
- 雲海の夕富士あかし帆の上に
- ヨツト見る白樺かげの椅子涼し
- 草の名もきかず佇み苑の夏
- 苔庭をはくこともあり梅みのる
- 漕ぎ出でて倒富士見えず水馬
- 栗の花紙縒の如し雨雫
- 母屋から運ぶ夕餉や栗の花
- 上宮は雨もよひなり柿の花
- 谿水を担ひ登ればほととぎす
- よぢ登る上宮道のほととぎす
- 筆とりて肩いたみなし著莪の花
- 汚れゐる手にふれさせずセルの膝
- 葵つむ法親王の屋敷趾
- 天碧し青葉若葉の高嶺づたひ
- 六助の碑に恋もなし笹粽
- 杉の月仏法僧と三声づつ
- 若葉濃し雨後の散歩の快し
- 杉くらし仏法僧を目のあたり
- 疑ふな神の真榊風薫る
- 病快し雨後の散歩の若葉かげ
- 平凡の長寿願はずまむし酒
- 物言ふも逢ふもいやなり坂若葉
- 歩みよる人にもの言はず若葉蔭
- 宮ほとり相逢ふ人も夏装ひ
- 竹の子を堀りて山路をあやまたず
- 百合を堀り竹の子を掘る山路かな
- ふと醒めて初ほととぎす二三声
- 魚より百合根がうまし山なれば
- 彦山の天は晴れたり鯉幟
- 満開のさつき水面にてるごとし
- 早苗束投げしところに起直り
- 雨晴れて忘れな草に仲直り
- 逢ふもよし逢はぬもをかし若葉雨
- 日が照れば登る坂道鯉幟
- 菖蒲ふく軒の高さよ彦山の宿
- 道をしへ法のみ山をあやまたず
- 道をしへ一筋道の迷ひなく
- 何もなし筧の水に冷奴
- 熟れそめし葉蔭の苺玉のごと
- 露の葉をかきわけかきわけ苺つみ
- 朝なつむ苺の露に指染めむ
- 緑葉にかくさうべしや紅苺
- 朝日濃し苺は籠に摘みみちて
- 手づくりの苺食べよと宣す母
- 初苺喰ませたく思ふ子は遠く
- 秋来ぬとサフアイア色の小鰺買ふ
- 秋のごと瞳澄めば嬉し鏡拭く
- 秋暑し熱砂にひたと葉つぱ草
- 障子しめて灯す湯殿や秋涼し
- 新涼や紫苑をしのぐ草の丈
- 新涼や日当りながら竹の雨
- 新涼やほの明るみし柿の数
- 二百十日の月穏やかに芋畠
- 二百十日の月玲瓏と花畠
- 編物やまつ毛目下に秋日かげ
- 白豚や秋日に透いて耳血色
- 秋の夜の敷き寝る袴た ゝみけり
- 汝を泣かせて心とけたる秋夜かな
- さみし身にピアノ鳴り出よ秋の暮
- 朝寒の窯焚く我に起き来る子
- 朝寒や小さくなりゆく蔓の花
- 朝寒の杉間流るる日すぢかな
- 朝寒に起き来て厨にちゞめる子
- 朝寒の峯旭あたり来し障子かな
- 汲みあてて朝寒ひびく釣瓶かな
- 髪結うて前髪馴れぬ夜寒かな
- 掻きあはす夜寒の膝や机下
- 髪くくるもとゆひ切れし夜寒かな
- 先に寝し子のぬくもり奪ふ夜寒かな
- ひろ葉打つ無月の雨となりにけり
- 秋晴や岬の外の遠つ海
- 秋空につぶてのごとき一羽かな
- 湯さめして足袋はく足や秋の雨
- 秋雨に縫ふや遊ぶ子ひとりごと
- 燈に縫うて子に教ゆる字秋の雨
- 片足あげて木戸おす犬に秋の雨
- よそに鳴る夜長の時計数へけり
- 髪巻いて夜長の風呂に浸りけり
- いつつきし膝の絵具や秋袷
- 走馬燈に木の間の月や子等は寝し
- 走馬燈俄の雨にはづしけり
- 髪すねて遂に留守しぬ秋祭
- 岐阜提灯うなじを伏せて灯しけり
- 岐阜提灯庭石ほのと濡れてあり
- 虫なくや帯に手さして倚り柱
- 玄界の涛のくらさや雁叫ぶ
- 西日して薄紫の干鰯
- 花散りて甕太りゆく柘榴かな
- 降り足らぬ砂地の雨や鳳仙花
- 大輪の藍朝顔やしぼり咲き
- 朝顔や濁り初めたる市の空
- 摘み摘みて隠元いまは竹の先
- あてもなく子探し歩く芒かな
- 白萩の雨をこぼして束ねけり
- 草刈るや萩に沈める紺法被
- 萱刈るや崎荒れてゐる濁り海
- 箒おいてひき抜きくべし鶏頭かな
- 葉鶏頭のいただき躍驟雨かな
- 葉鶏頭に土の固さや水沁まず
- 草の花靡くところに井戸掘らん
- 穂に出でて靡くも哀れ草の花
- 露草や飯噴くまでの門歩き
- 草むらや露草ぬれて一ところ
- 花蕎麦に水車鎖して去る灯かな
- 花蕎麦や濃霧晴れたる茎雫
- 浅間曇れば小諸は雨よ蕎麦の花
- 聖壇や日曜毎の秋の花
- 好晴や壺に開いて濃竜胆
- 竜胆や荘園背戸に籬せず
- 竜胆や入船見ゆる小笹原
- 露けさやうぶ毛はえたる繭瓢
- 青ふくべ地をするばかり大いさよ
- 台風に傾くままや瓢垣
- 枯色の華紋しみ出し瓢かな
- 唐黍を焼く間待つ子等文恋へり
- 知らぬ人と黙し拾へる木の実かな
- 髪よせて柿むき競ふ燈下かな
- くぐり摘む葡萄の雨をふりかぶり
- みがかれて櫃の古さよむかご飯
- 蔓起せばむかごこぼれゐし湿り土
- むかごもぐまれの閑居を訪はれまじ
- 菊の日に雫振り梳く濡毛かな
- しろじろと花びらそりぬ月の菊
- 白菊に棟かげ光る月夜かな
- 咲きほそめて花瓣するどき野菊かな
- わが傘の影の中こき野菊かな
- 梶の葉に墨濃くすりて願ふこと
- 七夕百句青き紙にぞ書き初むる
- 七夕竹を病む子の室に横たへぬ
- 七夕や布団に凭れ紙縒る子
- 銀河濃し救ひ得たりし子の命
- 初秋の土ふむ靴のうす埃
- まろ寝して熱ある子かな秋の暮
- 熱下りて蜜柑むく子の機嫌よく
- 熱の瞳のうるみてあはれ蜜柑吸ふ
- 苔まろく踏み凹めたる木の実かな
- 深耶馬の空は瑠璃なり紅葉狩
- 濃竜胆浸せる渓に櫛梳り
- 茸やく松葉くゆらせ山日和
- 野菊はや咲いて露けし墓参道
- 墓の前の土に折りさす野菊かな
- 障子締めて炉辺なつかしむ黍の雨
- 新蕎麦を打つてもてなす髪鄙び
- 掘つて来し大俎板の新牛蒡
- 芋汁や紙すすけたる大障子
- 三軒の孫の喧嘩や青林檎
- 鬼灯やきき分けさときひよわの子
- 秋雨に翅の雫や網の鷲
- つれづれに浸る湯壺や秋の雨
- 霧雨に病む足冷えて湯婆かな
- 障子はめて重ねし夜着や秋の雨
- 簾捲かせて銀河見てゐる病婦かな
- 屋根石に四山濃くすむ蜻蛉かな
- 今朝秋の湯けむり流れ大鏡
- 林檎畠に夕峰の濃ゆき板屋かな
- 八月の雨に蕎麦咲く高地かな
- 難苦へて母すこやかや障子張る
- 朝な梳く母の切髪花芙蓉
- 葉洩日に碧玉透けし葡萄かな
- 葡萄暗し顔よせ粧る夕鏡
- 落葉松に浮雲あそぶ月夜かな
- 葡萄投げて我儘つのる病婦かな
- 山の温泉や居残つて病む秋の蚊帳
- 虫鳴くや三とこに別れ病む親子
- 西日して日毎に赤らむ柿の数
- 葉を打つてしぼみ落ちたる芙蓉かな
- おいらん草こぼれ溜りし残暑かな
- 鬼灯や父母へだて病む山家の娘
- 秋風やあれし頬へぬる糸瓜水
- 秋風の枕上なる櫛鏡
- 色どれど淋しき頬や花芙蓉
- 蟋蟀も来鳴きて黙す四壁かな
- 門限に連れ立ち去りし夜長かな
- 仰臥して腰骨いたき夜長かな
- 仰臥して見飽きし壁の夜長かな
- 病める手の爪美くしや秋海棠
- 我に逆ふ看護婦憎し栗捨てよ
- 我寝息守るかに野菊枕上
- 目ひらけば揺れて親しき野菊かな
- 閉ぢしまぶたを落つる涙や秋の暮
- 椅子移す音手荒さよ夜半の秋
- 汝に比して血なき野菊ぞ好もしき
- 我ドアを過ぐ足音や秋の暮
- 薬つぎし猪口なめて居ぬ秋の蠅
- 病む卓に林檎紅さむやむかず見る
- にこにこと林檎うまげやお下げ髪
- 九月尽日ねもす降りて誰も来ず
- よべの風に柿の安否や家人来ず
- 寝返れば暫し身安き夜長かな
- 朱唇ぬれて葡萄うまきかいとし子よ
- 野菊やや飽きて真紅の花恋へり
- 秋晴や寝台の上のホ句つくり
- 秋風や氷嚢からび揺るる壁
- 粥すする匙の重さやちちろ虫
- 咳堪ゆる腹力なしそぞろ寒
- 言葉少く別れし夫婦秋の宵
- 栗むくや夜行にて発つ夫淋し
- 父立ちて子の起伏や柿の家
- 許されてむく嬉しさよ柿一つ
- 腹痛に醒めて人呼ぶ夜半の秋
- 秋晴や栗むきくれる兄と姉
- 独り居て淋しく栗をむく日かな
- 秋の夜やあまへ泣き居るどこかの子
- 老顔に秋の曇りや母来ます
- 帰り路を転び給ふな秋の暮
- 退院の足袋の白さよ秋袷
- 面痩せて束ね巻く髪秋袷
- 病み痩せて帯の重さよ秋袷
- 躾とる明日退院の秋袷
- 秋草に日日水かへて枕辺に
- まどろむやささやく如き萩紫苑
- 毛虫の子茎を這ひゐし芒かな
- 火なき火鉢並ぶ夜寒の廊下かな
- 菊の日を浴びて耳透く病婦かな
- 病癒えて菊にある日を尊めり
- 母留守の菊にそと下りし病後かな
- 個性まげて生くる道わかずホ句の秋
- 妬心ほのと知れどなつかし白芙蓉
- 螺線まいて崖落つ時の一葉疾し
- 鶏頭大きく倒れ浸りぬ潦
- 櫛巻にかもじ乾ける菊の垣
- 秋山に映りて消えし花火かな
- 石の間に生えて小さし葉鶏頭
- 湖畔歩むや秋雨にほのと刈藻の香
- 舟人や秋水叩く刈藻竿
- 藻に弄ぶ指蒼ざめぬ秋の水
- 月の頬をつたふ涙や祷りけり
- 熱涙拭ふ袂の緋絹や秋袷
- コスモスくらし雲の中ゆく月の暈
- 間借して塵なく住めり籠の菊
- 稲妻に水田はひろく湛へたる
- 語りゆく雨月の雨の親子かな
- 掘りかけし土に秋雨降りにけり
- 走馬燈いつか消えゐて軒ふけし
- ころぶして語るも久し走馬燈
- 岐阜提灯庭石ほのとぬれてあり
- 一人居の岐阜提灯も灯さざり
- 星の竹北斗へなびきかはりけり
- うち曇る空のいづこに星の恋
- 板の如き帯にさされぬ秋扇
- 虫をきく月の衣手ほのしめり
- 虫籠をしめし歩みぬ萩の露
- 放されて高音の虫や園の闇
- 鳴き出でてくつわは忙し籬かげ
- 大波のうねりも去りぬ鯊釣る
- 鯊釣る和布刈の礁へ下りたてり
- 野菊むらかがめば風の強からず
- 八十の母手まめさよ萩束ね
- 山萩にふれつつ来れば座禅石
- 門とざしてあさる仏書や萩の雨
- 唐もろこしの実の入る頃の秋涼し
- 唐黍を焼く子の喧嘩きくもいや
- 大なつめ落す竿なく見上げゐし
- 人やがて木に登りもぐ棗かな
- なつめ盛る古き藍絵のよき小鉢
- 銀杏をひろひ集めぬ黄葉をふみて
- 蜜柑もぐ心動きて下りたちぬ
- わけ入りて孤りがたのし椎拾ふ
- 菊摘むや群れ伏す花をもたげつつ
- 添竹をはづし歩むや菊も末
- 菊干すや何時まで褪せぬ花の色
- 日当りてうす紫の菊莚
- 大輪のかはきおそさよ菊莚
- ひろげ干す菊かんばしく南縁
- ぬひあげて菊の枕のかほるなり
- 橡の実のつぶて颪や豊前坊
- 秋晴や由布にゐ向ふ高嶺茶屋
- 木の実降る石に座れば雲去来
- 大嶺に歩み迫りぬ紅葉狩
- 自動車のついて賑はし紅葉狩
- 鎚とれば恩讐親し法の秋
- 月高し遠の稲城はうす霧らひ
- 並びたつ稲城の影や山の月
- 月光に舞ひすむ鶴を軒高く
- 暁の田鶴啼きわたる軒端かな
- 寄り添ひて野鶴はくろし草紅葉
- 一群の田鶴舞ひ下りる苅田かな
- 近づけば野鶴も移る刈田かな
- 群鶴を驚かしたるわが歩み
- 学童の会釈優しく草紅葉
- 鶴鳴いて郵便局も菊日和
- 家毎に咲いて明るし小菊むら
- 菱実る遠賀の水路は縦横に
- 菱採ると遠賀の娘子裳濡ずも
- 海松かけし蟹の戸ぼそも星祭
- 下りたちて天の河原に櫛梳り
- 彦星の祠は愛しなの木蔭
- 口すすぐ天の真名井は葛がくれ
- 荒れ初めし社前の灘や星祀る
- 星の衣吊すもあはれ島の娘ら
- 乗りすすむ舳にこそ騒げ月の潮
- ささげもつ菊みそなはせ観世音
- 菊の香のくらき仏に灯を献ず
- 月光にこだます鐘をつきにけり
- かがみ祈る野菊つゆけし都府楼址
- 道ひろし野菊もつまず歩みけり
- 秋耕の老爺に子らは出で征ける
- 鳥渡る雲の笹べり金色に
- 雲間より降り注ぐ日は菊畠に
- 竜胆も鯨も掴むわが双手
- 信濃なる父のみ墓に草むしり
- 城山の桑の道照る墓参かな
- ゆるやかにさそふ水あり茄子の馬
- 神前の雨洩りかしこ秋の宮
- 上宮は時じく霧ぞむら紅葉
- 橡の実や彦山も奥なる天狗茶屋
- 色づきし梢の柚より山の秋
- 靄淡し禰宜が掃きよる崖紅葉
- 花葛の谿より走る筧かな
- 幣たてて彦山踊月の出に
- 佇ちよれば湯けむりなびく紅葉かな
- 湧き上る湯玉の瑠璃や葛の雨
- 這ひかかる温泉けむり濃さや葛の花
- 落葉道掃きしめりたる箒かな
- わが歩む落葉の音のあるばかり
- ゆく年の忙しき中にもの思ひ
- 戯曲よむ冬夜の食器浸けしまま
- 訪れて山家は暗し初時雨
- 水焚や入江眺めの夕時雨
- 更けて去る人に月よし北の風
- 北風に訪ひたき塀を添ひ曲る
- 北風の藪鳴りたわむ月夜かな
- 寄鍋やたそがれ頃の雪もよひ
- 寒風に葱ぬく我に絃歌やめ
- 寒林の日すぢ争ふ羽虫かな
- 枯野路に影かさなりて別れけり
- 櫛巻に目の縁黒ずむ冬女
- 炭つぐや髷の粉雪を撫でふいて
- 炭ついでおくれ来し人をなつかしむ
- 足袋つぐや醜ともならず教師妻
- 軒の足袋はづしてあぶりはかせけり
- 白足袋に褄みだれ踏む畳かな
- 絨毯に足袋重ねゐて椅子深く
- 椿色のマント着すれば色白子
- 遊学の我子の布団縫ひしけり
- 湯気の子をくるみ受取る布団かな
- 六つなるは父の布団にねせてけり
- 右左に子をはさみ寝る布団かな
- 風邪の子や眉にのび来しひたひ髪
- 瞳うるみて朱唇つややか風邪に臥す
- 熊の子の如く着せたる風邪かな
- 笑み解けて寒紅つきし前歯かな
- 寝がての蕎麦湯かくなる庵主かな
- 瑠璃の海全く暮れし暖炉かな
- 空似とは知れどなつかし頭巾人
- 雪道や降誕祭の窓明かり
- 柚子湯出て身伸ばし歩む夜道かな
- 緋鹿子にあご埋めよむ炬燵かな
- 眉根よせて文巻き返す火鉢かな
- 狐火や風雨の芒はしりゐる
- 我作る菜に死にてあり冬の蜂
- 掃きよする土に冬蜂這ひゐたり
- 牡蠣舟に上げ潮暗く流れけり
- けふの糧に幸足る汝や寒雀
- 枯草に粉雪ささやけば胼の吾れ
- 枯枝に残月冴ゆる炊ぎかな
- 寒独活に松葉葉掃き寄せ囲ふなり
- 思ひつつ草のかがめば寒苺
- 木苺の寒を実れり摘みこぼす
- 肥かけて冬菜太るをたのしめり
- わが蒔いていつくしみ見る冬菜かな
- 縫ひ疲れ冬菜の色に慰む目
- 肥きいて日を吸ひふとる冬菜かな
- 炭ついで吾子の部屋に語りけり
- 北斗凍てたり祈りつ急ぐ薬取り
- 燭とりて菊根の雪をかき取りぬ
- 御僧に門の雪掻く忌日かな
- 御僧に蕪汁あつし三回忌
- 病間や破船に凭れ日向ぼこ
- 炭つぐや頬笑まれよむ子の手紙
- 山茶花の紅つきまぜよゐのこ餅
- ゐのこ餅博多の仮寝馴れし頃
- ゐのこ餅紅濃くつけて鄙びたる
- 山茶花の簷にも白く散りたまり
- 冬浜のすす枯れ松を惜みけり
- 冬凪げる比売宮ふしおがみ
- 厳寒や夜の間に萎えし卓の花
- ほのゆるる閨のとばりは隙間風
- たらちねに送る頭巾を縫ひにけり
- 遊学の旅にゆく娘の布団とぢ
- かざす手の珠美くしや塗火鉢
- 筆とればわれも王なり塗火鉢
- ひとり居も淋しからざる火鉢かな
- かき馴らす塩田ひろし夕千鳥
- 首の捲く銀狐は愛し手を垂るる
- 牡蠣舟や障子のひまの雨の橋
- 君来るや草家の石蕗も咲き初めて
- そののちの旅便りよし石蕗日和
- 冬ごもる簷端を雨にとはれけり
- 洞門をうがつ念力短日も
- 厳寒ぞ遂にうがちし岩襖
- 松葉焚くけふ始ごと煖炉かな
- ストーヴに椅子ひきよせて読む書かな
- 燃え上る松葉明りの初煖炉
- 横顔や煖炉明りに何思ふ
- 投げ入れし松葉けぶりて煖炉燃ゆ
- 霜晴の松葉掃きよせ焚きにけり
- 冬晴の雲井はるかに田鶴まへり
- 田鶴舞ふや稲城の霜のけさ白く
- 蔓ひけばこぼるる珠や冬苺
- 初雪の久住と相見て高嶺茶屋
- クリスマス近づく寮の歌稽古
- 北風吹くや月あきらかに港の灯
杉田久女 プロフィール
杉田久女(すぎた ひさじょ、1890年(明治23年)5月30日 - 1946年(昭和21年)1月21日)