俳句と川柳の違い




最近は、俳句や川柳がちょっとしたブームになっているようです。

俳句と川柳は同じであると思っている人もいるのではないでしょうか。

しかし、俳句と川柳は実際には違っています。

ここでは、俳句と川柳の違いについてご紹介します。

目次

俳句とは?

ここでは、俳句についてご紹介します。

時代が変わるにつれて、和歌が短くなってきました。

和歌の定型は、31音の五・七・五・七・七で成り立っていますが、時代が変わるにつれて、17音の五・七・五の俳句や川柳になりました。

江戸時代の前期から俳句の語が散見されますが、意味は俳諧の句ということで、連歌の中の発句または一句ということです。

俳諧の発句が、この後に独立して、俳諧の句を省略して俳句といわれるようになりました。

俳句は、17音の五・七・五の短詩形で、基本的に季語を使います。

また、季語を使いながら、題材としては主として自然を詠むものがメインになっています。

川柳とは?

ここでは、川柳についてご紹介します。

「誹風柳多留」という江戸時代の中期の「柄井川柳」が選んだ句から選ばれたものが刊行されて人気になり、川柳という名前がこれ以降定着しました。

俳句よりも、川柳は庶民的な傾向が強く、内容的にも風刺が相当効いた、ユーモアの内容が多くなっていきました。

また、俳句と同じように、川柳は17音の五・七・五で成り立っていますが、題材や季語の制限もなく、人情や世情などが主として取り扱われます。

最近は、シルバー川柳やサラリーマン川柳など、クスリと笑いを誘うような風刺の効いた川柳が人気になっています。

俳句と川柳が似ていることとは?

ここでは、俳句と川柳が似ていることについてご紹介します。

俳句も川柳も、基本のスタイルは17音の五・七・五になっています。

これは、五・七・五の箇所を連歌から独立させたものです。

連歌というのは、伝統的な和歌で、盛んに鎌倉時代の頃から詠まれたものです。

連歌の始まりは、別々の人が上の句と下の句を詠むという遊びであるといわれています。

この後、17音の五・七・五のリズムを基本にして、いくつかの人が連続して五・七・五、七・七、五・七・五、七・七というように詠むスタイルに変わっていきました。

短連歌は一句で終わるスタイルのもので、長連歌は連続して続くスタイルのものです。

基本的に、一作品は百句になります。

俳句は、この連歌から五・七・五の箇所のみをさらに独立させたものです。

俳句よりも自由な川柳が、この後に生まれました。

そのため、俳句と川柳はいずれも連歌が始まりになります。

俳句と川柳が違っていることとは?

俳句と川柳は、先にご紹介したようにリズムと始まりが同じということが似ていますが、違っていることもあります。

ここでは、俳句と川柳が違っていることについてご紹介します。

季語が違っている

俳句では、季語が必ず必要なもので、重視されています。

一方、季語は川柳には無くてもいいとされています。

この季語があるかどうかが、俳句と川柳の大きな違いです。

また、季題や季語にとらわれない俳句もありますが、俳句では日本のワビサビを大切にするため、大きな役目が季語にはあります。

季語というのは、特定の季節を単語によって表す言葉です。

例えば、桜が季語であれば春、月が季語であれば秋などというように、それぞれ季語が表す季節は決まっています。

季語としては、次のようなものがあります。

  • 事実の季語は自然の事実によるもの
  • 指定の季語は冬の海というように季節を指定しているもの
  • 約束の季語は伝統的な観点から約束事として季節が決められたもの

実は、季語を使っていない俳句もあります。

無季俳句というのは、季語を使っていないものです。

賛否両論が無季俳句にはありますが、江戸時代から季語を俳句には使うべきかどうかがしばしば議論されています。

季語を使っていない俳句なんてと思うかもしれませんが、季語を使っていない俳句には違った良さがまたあり、いずれも素晴らしいものです。

切れ字が俳句には必要である

俳句は連歌から独立したものですが、切れ字が必要になります。

切れ字というのは、「かな」、「けり」、「や」の3つがあり、強く言い切るスタイルで終わるものです。

切れ字の「かな」は、一般的に俳句の最後で使われ、主として名詞の後に付けるときが多くあります。

切れ字の「かな」を使った俳句としては、次のようなものなどがあります。

  • 小林一茶が詠んだ「雪とけて 村いっぱいの 子どもかな」
  • 松尾芭蕉が詠んだ「鶯の笠 落としたる 椿かな」
  • 正岡子規が詠んだ「帆柱に 月待ちながら 時雨かな」

切れ字の「けり」は、主として文末に使われ、俳句の締めくくりになるものです。

切れ字の「けり」の意味としては、「~だそうだ。」「~だった。」などがあります。

切れ字の「けり」を使った俳句としては、次のようなものなどがありません。

  • 正岡子規が詠んだ「赤とんぼ 筑波に雲も なかりけり」
  • 松尾芭蕉が詠んだ「秋の色 糠味噌壷も なかりけり」
  • 与謝蕪村が詠んだ「しら梅に 明くる夜ばかりと なりにけり」

切れ字の「や」は、主として上の五音に付けられるときが多くあり、感動を強めるものです。

切れ字の「や」を使った俳句としては、次のようなものなどがあります。

  • 松尾芭蕉が詠んだ「菊の香や 奈良には古き 仏達」
  • 松尾芭蕉が詠んだ「閑さや 岩に染み入る 蝉の声」
  • 正岡子規が詠んだ「春や昔 十五万石の 城下かな」

文語体が俳句で、口語体が川柳である

一般的に、俳句は古い時代の言語の文語体で、川柳は現代の言語の口語体です。

文語体は、俳句の魅力を際立たせ、口語体にはない美しさがあります。

しかし、現在では、口語体が俳句にも使われるようになってきています。

俳句のテーマは自然、川柳のテーマは人事である

俳句のテーマは日本の四季や自然を詠んだものが多くあり、川柳のテーマは人についてなどが詠まれるものが多くあります。

わかりやすくこの違いをご紹介すると、有名な俳句コンテストの「HAIKU日本大賞」や「お~いお茶俳句大賞」はどちらかといえば四季や情景などを大事にしています

一方、有名な川柳コンテストの「あなたが選ぶオタク川柳大賞」や「サラリーマン川柳」はおもしろおかしく、現在の日本の様子や人の様子を表しているものが多くあります。

俳句も川柳も日本の奥の深い文化である

ここでご紹介したように、俳句と川柳は似たような感じがありますが、違っていることも意外とあります。

俳句や川柳は昔に生まれたものであり、昔のものであると考えているかもしれませんが、俳句も川柳も現在ではいろいろなコンテストなどが行われており、ちょっとした人気にもなっています。

この機会に、素晴らしい俳句や川柳を、一句、ぜひ詠んでみましょう。






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