愛猫のとぶむささびのやうにとぶ 石田郷子「草の王(2015)ふらんす堂」
むささびはリス科の動物。脚間の皮膜を広げ木から木へ滑空します。実は私、作者に誘われてむささびを見に行ったことがあります。作者が住んでいるのは埼玉県飯能市。ご近所の神社の木のうろに、むささびが住んでいると言うのです。電車とバスを乗り継ぎ、川沿いの曲がりくねった道を行くと、少々乗り物酔いに。「バスに酔ふ女子高生と柚子を見て」と一句詠んだりもしました。日暮れになるのを待って、神社へ。待っても待ってもお出ましになりません。暗いし、寒いし、お腹は減るし。本当に出るのかな、と疑念も芽生えました。その時です。何か、思ったよりも大きなものが上の方の枝に顔を出しのは。次の瞬間、ふわりと舞ったと思ったら、隣の木へ。その間わずか数秒。心の準備のいとまもありませんでした。それは突然のキスよりも短いひととき。
飼い猫の動きを見て、むささびを連想する人は少ないはず。でも音もなく動く俊敏さは確かに似通っていました。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」