秋風やわが名の印の売れし穴 石井清吾「水運ぶ船(2020.12.10)本阿弥書店」
押印廃止の風潮が広まって、こんな光景も過去のものになるかもしれません。お役所でしょうか。銀行でしょうか。急に印鑑が必要になって、でも持ってきていません。仕方なく文房具売り場に認印を買いに行ったのでしょう。石井という苗字ならすぐに見つかるはず、と思ったら品切れ。あるはずの処にぽっかり穴が開いています。立ち尽くした作者に、寂しい秋風…。
誰もが目にしたことのある認印売り場のケースですが、句に詠む人はあまりいません。視点がとてもユニーク。「穴」まで言い留めたことで、はっきりと映像が立ち上がりました。作者はあとがきに「私が俳句を始めたのは六十五歳になった二〇十一年、老人ホームで暮らす叔母に誘われたのがきっかけです。(中略)俳句に出会って私の熱中具合は、まるで遅咲きの恋のようでした」と記しています。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(秋)