捕虫網立てて水深測りけり 今井聖「九月の明るい坂(2020.9.1)朔出版」
「捕虫網は何をする道具ですか」と問われたらあなたは?「もちろん、虫を捕らえる道具です」と答えるでしょう。この句集には様々な捕虫網が記されています。なんと12句も!しかし、虫を捕るために使われたものは一句もありません。測る、昇る、被る、持たせる、膨らむ、振る、などなど。本来の使い方ではないものばかり詠まれています。その全十二句を抜き出してみました。
- 捕虫網東京タワーを階段で
- 何も捕れずつひに捕虫網被る
- 尿りをり母に捕虫網持たせ
- 深夜ふと膨らむ捕虫網の白
- 捕虫網振ると近づく軍用機
- 左手にギプス右手に捕虫網
- 捕虫網の柄で道順を描いてをり
- 序破急のあり一本の捕虫網
- 捕虫網の同心円に兄妹
- 捕虫網旗日の旗の前通る
- 捕虫網立てて墓参の最後尾
虫を捕るためには使われない代わり、少年のしぐさを示すものが次々に現れます。軍用機に振ってみたり、柄で地図を描いたり。東京タワーを階段で登るのも、大人ならまずしない行動。つまり作者にとって捕虫網とは単なる道具ではなく、作者自身の少年性のメタファーに他ならないのです。季語の使い方としてはかなり異色。本意を詠むのではなく、象徴としての季語。今井聖、捕虫網を持った永遠の少年。
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」