- うれしさの狐手を出せ曇り花
- けさ秋の一帆生みぬ中の海
- もろもろの木に降る春の霙かな
- 切株に鴬とまる二月かな
- 山の色釣り上げし鮎に動くかな
- 山国の暗すさまじきや猫の恋
- 山国の闇恐ろしき追儺かな
- 山川に高浪も見し野分かな
- 山畑に月すさまじくなりにけり
- 己(わ)が庵に火かけて見むや秋の風
- 提灯を螢が襲ふ谷を来(きた)り
- 春の水岸へ岸へと夕かな
- 松風にふやけてはやし走馬燈
- 淋しさにまた銅鑼うつや鹿火屋守
- 短日の梢微塵にくれにけり
- 磐石をぬく燈台や夏近し
- 磯鷲はかならず巌にとまりけり
- 秋蝶の驚きやすきつばさかな
- 秋風や模様のちがふ皿二つ
- 芭蕉高し雁列に日のありどころ
- 花影婆娑と踏むべくありぬ岨の月
- 蔓踏んで一山の露動きけり
- 行く涼し谷の向の人も行く
- 雪に来て見事な鳥のだまり居る
- 青天や白き五弁の梨の花
- 頂上や殊に野菊の吹かれ居り
- 風呂の戸にせまりて谷の朧かな
- 首のべて日を見る雁や蘆の中
- 高々と蝶こゆる谷の深さかな
- 鮎の背に一抹の朱のありしごとし
- 淋しさにまた銅鑼打つや鹿火屋守
- 黒栄に水汲み入るゝ戸口かな
- 夕月に七月の蝶のぼりけり
- 花影婆裟と踏むべくありぬ岨の月
- 美しき鳥来といへど障子内
- 春陰や眠る田螺の一ゆるぎ
- 七草に入りたきさまの野菊かな
- 節分の高張立ちぬ大鳥居
- 月とてる星高々と涼しけれ
- 鉞に裂く木ねばしや鵙の声
- 爆竹や瀬々を流るる山の影
- 雪峰の月は霰を落しけり
- 杣が頬に触るる真葛や雲の峰
- 花烏賊の腹ぬくためや女の手
- とんぼうの薄羽ならしし虚空かな
原石鼎 プロフィール
原 石鼎(はら せきてい、1886年3月19日 - 1951年12月20日)