ヒヤシンスしあわせがどうしても要る 福田若之「自生地(2017)東京四季出版」
作者にお会いした時、この句は東日本大震災の後の気持ちを詠んだものとおっしゃっていました。あの時日本中が悲しみに沈んだばかりでなく、その後の生活の困難さを思い鬱にもなっていました。家族を失い、家を失い、村や町を失った人々。水や食べ物、電気もガスも必要でしたが、もっと大切なものがありました。それが、幸せ。モノは幸せになるための手段でしかありません。普段なら「幸せが欲しい」と叫んだら顔を見つめられてしまいそうです。でも、あの時はそうではありませんでした。掲句のどうしても、が切実です。俳句ではあまり使われない言葉ですが、どうしてもと言わなければならない瞬間が確かにあるのです。俳句というよりは、心の叫び。季語はヒヤシンス。水栽培に使われる植物ですから、小学校を連想します。震災にあった子どもたちに、何とか無事に成長してほしいという願い。この一句は文芸よりももっと痛切なもの。そう、祈りといってもいいのかも知れません。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」