- あんずあまさうなひとはねむさうな
- うすぐもり都のすみれ咲きにけり
- きりぎりす隣の臼のやみにけり
- くろこげの餅見失ふどんどかな
- こほろぎや路銀にかへる小短冊
- そのなかに芽を吹く榾(ほだ)のまじりけり
- ほほえめばえくぼこぼるる暖炉かな
- ゆきふるといひしばかりの人しづか
- わらんべの洟(はな)も若葉を映しけり
- 乳吐いてたんぽぽの茎折れにけり
- 元日や山明けかかる雪の中
- 冬深き井戸のけむりよ朝まだき
- 君が名か一人静といひにけり
- 寒餅やむらさきふくむ豆のつや
- 小春日のをんなのすはる堤かな
- 少女らのむらがる芝生萌えにけり
- 新年の山のあなたはみやこなる
- 日の中の水引草は透(すけ)りけり
- 春の夜の乳ぶさもあかねさしにけり
- 春の山らくだのごとくならびけり
- 春雨や明けがた近き子守唄
- 昼蛙なれもうつつを鳴くものか
- 炎天や瓦をすべる兜蟲
- 若水や人の声する垣の闇
- 蝶の羽のこまかくふるえ交じりけり
- 蟬一つ幹にすがりて鳴かずけり
- 行く年や葱青々とうら畠
- 跛(ちんば)ひいていなごは縁にのがれけり
- 近江らしく水光ゐて明け易き
- 道のべは人の家に入り豆の花
- 青梅の臀(しり)うつくしくそろひけり
- 鯛の骨たたみにひらふ夜寒かな
- 鶏頭のくろずみて立つ時雨かな
- 干鰈桃散る里のたよりかな
- おそはるの雀のあたま焦げにけり
- わらんべの洟もわかばを映しけり
- 杏あまさうな人はねむさうな
室生犀星 プロフィール
室生 犀星(むろう さいせい、本名: 室生 照道〈てるみち〉、1889年〈明治22年〉8月1日 - 1962年〈昭和37年〉3月26日)