二指立てて雛の歩幅を考える 神野紗季「すみれそよぐ(2020)朔出版]
どうもお雛様は歩くようなのです。人差し指と中指をたてて、歩幅を測っている作者。五歩ならあのあたり、十歩ならあそこまで、といった具合でしょうか。雛といえば、従来の句では立つ、座る、目覚める、眠る。手に受ける、紙雛を折る。そうそう「厨房に貝があるくよ雛祭 秋元不死男」という句もありましたが、この場合歩くのは貝。雛そのものが歩く句はかなり珍しいのではないでしょうか。では、なぜ歩く雛を詠んだのか。作者に小さなお子様がいらっしゃることを考えると、親子の会話のようにも思えます。「ねえ、ママ。お雛様は歩くの?」「そうねえ」といった具合。妄想で句を鑑賞することを「持ち出し」と言うそうですが、あまり想像をたくましくすると持ち出しになってしまいそうです。
ところで子育て中の俳句は、案外少ないのではないでしょうか。大抵の方は子育てが終わって、やっと自分の時間が持てるようになってから俳句を始めます。真っ最中の紗希さんの句は貴重。私は俳句を始めるのが遅かったため、青春の句を作らなかったことを少々残念に思っています。人生には様々なステージがありますが、その時でないと詠めない句が確かにあるもの。この句にもかけがえのない親と子の時間がしっかりと刻印されています。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」