とんぼ「蜻蛉(秋)動物」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




上のとんぼ下のとんぼと入れかはる 上田信治「リボン(2017)邑書林」

いつか見た光景ですが、この句を読むまで忘れていました。そんなこともあったなあと思い出されます。あれはいつだったのでしょうか。大人になってからではなく、きっと少年の日の一コマ。学校をサボって野原に寝っ転がっていたのかも知れません。内容はシンプルですが、実にとんぼらしい句です。蝶でも蝉でもこの動きはしないでしょう。写生の目が効いているのです。カメラは少々離れたところから草むらを撮影しています。望遠系のレンズですが、大望遠ではない。おそらく三脚を立てて、とんぼが入れ替わる時間の経過をじっと見つめているのでしょう。となれば写真ではなく動画。短い俳句の中に、とんぼという言葉が繰り返されています。このリフレインが書かれていないことも想像させてくれます。すなわち「下のとんぼ上のとんぼと入れかはる」飽きもせず昆虫の動きを繰り返し見ているように感じられるのです。人間にとっては上でも下でもいいようなこと。それを見つめるのは少年が孤独だからかも知れません。昆虫を描いているようで、心理の襞まで写し出している。味わいの深い一句です。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

 

最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(秋)






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