歩き出す仔猫あらゆる知に向けて 福田若之「自生地(2017 )東京四季出版」
知的でシャープな印象の句集です。虚子が「ぼーっとした俳句」をよしとしたせいか、俳句の世界で知性は軽んじられてきたように思います。あざとい、とか小賢しいとかという見方をされることが多かったのではないでしょうか。ですから「知」という言葉も、これまであまり用いられませんでした。哲学や科学の世界では、頻出するワードであるにも関わらず、です。
掲句で、仔猫が向かうのは広大な知の世界。生まれたばかりの仔猫は、目にするもの全てが珍しく好奇心を抱きます。あらゆるものに触れ、吸収しようとします。それを「知」への歩みと捉えた。まるでフーコーやデリダを論じるときのような語り口です。一方、季語「仔猫」に動物としてのぬくもりや手触りがありません。むしろ一つの象徴として描かれているように思います。
この句集には249ページの中に182もの文章が散りばめられています。俳句とテキストが混然一体となっていて、作者の来し方が記されています。「自生地」は新しい文体を備え、私小説の味わいを持つ青春句集です。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」