春はすぐそこだけどパスワードが違う 福田若之「自生地(2017 )東京四季出版」
春は誰もが待望する季節。長い冬に耐えて、春を迎える喜びは誰もが経験するでしょう。それなのに、パスワードが違うので春を迎えられないというのです。
一読してカフカが「城」で描いた世界に似ていると思いました。この小説ではKという測量士がヴェストヴェスト伯爵の城に招かれます。しかし、城へ行く道は見つからず、電話をかけても拒絶されるばかり。何とかして城に入る方法を探ろうとしますが、どうしても見つかりません。掲句になぞらえれば、パスワードが欠けているのです。不条理ではありますが、ありえない話ではありません。
例えば、春ではなく「お金」だったらどうでしょう。銀行預金を引き出すには暗証番号が必要です。番号を忘れれば預金を引き出せないだけでなく、入力を三回間違えるとカードが使えなくなります。本来自分のお金であるにも関わらず、です。カードを使えるようにするには、身分証明書やら何やらが必要。本人がそこにいるにも関わらず、銀行は書類の方を信用します。人間よりも紙切れの方が大事なのです。
よく似た話で指紋認証があります。登録した指先を機械に見せると本人と認めてくれます。じゃあ指紋をコピーした指の模型でもいいのでは、と思ったりもします。さらに機械の機嫌が悪いと、認証してくれないこともあります。私がここにいて、認証に必要な指紋を差し出しているというのに「これはお前の指ではない」とのたまうわけです。ただの機械が、私が私であることを拒絶するのです。
話が思い切り滑ってしまいましたが、掲句が描くのはこのような世界ではないでしょうか。では春を迎えるのに必要なパスワードとは何でしょう。作者は私に、そしてあなたに問いかけているのです。