鶴眠る頃か蠟燭より泪 鳥居真里子「月の茗荷(2008)角川書店」
「鶴は容姿の美しさもあり、古来瑞鳥とされてきた」と歳時記に。民話にも登場し、古くから人々に親しまれてきました。代表的なエピソードは鶴女房。翁が罠にかかった鶴を助け、その鶴が人間の女性に姿を変えて翁のもとを訪れます。部屋を締め切って美しい布を織り上げる女性。「私が機を織るところを決して見ないでください」そう言われたのに、翁は部屋を覗いてしまいます。
民話の鶴のイメージは、若く美しい女性。見てはいけないというタブーとともに描かれます。見てはいけない、と言われると一層見たくなるのが人間。禁忌を犯すことの躊躇と高揚。そうしたものが掲句にも感じられます。
機の音がやんだ。機織りの女性も眠ったようだ。蠟燭はもう燃え尽きようとしている。しんと静まった村の夜。外は雪かも知れません。最後に一瞬明るくなり、暗くなる行燈。じじじと音がして、つんと焦げ臭い匂いが漂います。隣の部屋を覗こうか。いや覗いてはいけない。覗きたい。いや決して覗いてはいけない。約束したのだから。
掲句は、物語のクライマックス、その一瞬前と読みました。民話の世界を思わせながら、男女の駆け引きのようにも読み取れる展開。緊張が高まり、禁忌と欲望の間で心が揺れ動きます。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(冬)