扇風機うどんを滑る生卵 小野あらた「毫(2017)ふらんす堂」
うどん屋さんの厨房でしょうか。大釜でぐらぐらと湯を滾っています。暑いところに火を扱っているのですから、汗が滴ります。古ぼけた扇風機がぶんぶん回っています。冷房とか、そういう今どきの機器ではいけません。窓も戸も開けっ放しで、扇風機が首を振っています。釜ではうどんが踊っています。碗をさっと湯にくぐらせ、温めたところにうどんを盛り付けます。大将の無駄のない動きに目を奪われます。そこに生醤油と生卵を落として葱を散らせば「釜玉うどん」の完成。うどんの肌を、生卵が滑ってゆく。うどんの白に卵の金色が映える逸品です。その一瞬を捉えた掲句の美味しそうなこと。讃岐うどんの店が東京に増えるまで、釜玉という食べ方を私は知りませんでした。うどんといえば、汁につかっているか、冷やしてざるにあげるか。初めてみる釜玉は、味といい、彩といい、いかにも麺通のための一品のように思われたものです。さて湯気をあげる釜玉を、大将は黙ったまま客の前にどんと置きます。注文した客の方では、もう割り箸を割って熱々を待ち受けています。
最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」(夏)
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」