やけり【超初心者向け俳句百科ハイクロペディア/蜂谷一人】




一句の中に二つの切字を用いることはタブーとされています。季重なりを許容する俳人はかなりいらっしゃいますが、「やけり」「やかな」を許容する方には会ったことがありません。切字は感動の中心を示しますから、二つ用いると焦点がぼやけてしまいます。ところが何事にも例外があるものです。

降る雪や明治は遠くなりにけり   中村草田男

有名な一句ですが、ここには堂々と「やけり」が用いられています。この矛盾を説明するために「抱え字」を指摘する方がいます。一句の中に置くことを避けなければならない二語の間に他の語をはさんで全句を落ち着かせるとき、はさんだ語を抱え字と呼ぶのです。この句では「は」が抱え字にあたります。しかし、そんな面倒くさい説明をするより、何事にも例外があると割り切ったほうがすっきりします。私自身は抱え字を用いたことがありません。

ちなみにこの句にはエピソードがあります。昭和6年の句会に出されましたが、師の虚子は句会の席では採りませんでした。ところが帰りのエレベーターで一緒になった草田男に「あの句は矢張り採って置こう」と言ったといいます。もしも、エレベーターに偶然 虚子が乗り合わせなかったら、名句として世に残らなかったかもしれません。人間に幸不幸があるように、句にも運不運があるようです。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html






おすすめの記事