仏壇の奥に桑の実つみにゆく 鳥居真里子「月の茗荷(2008)角川書店」
「桑の実は初め赤色で、やがて七〜八月に紫黒に変じて熟す。多汁で甘い」と歳時記に。昔、きょうだいや友達と摘んだ経験がある方もいらっしゃるでしょう。食べれば口が紫に。隠れて食べてもすぐにバレ、道草をしたことが一目瞭然。桑の実は子どもの頃の記憶と深く結びついています。
さて仏壇の奥とは何でしょうか。作者の句にはこうした異界を描くものがあり、読む人を迷路に誘い込みます。あえて言葉通りに受け取れば、前衛劇のような光景。例えば舞台の真ん中に大きな金色の仏壇があり、人間が出入りできます。その奥には夏の野原が広がっていて、亡くなった方ともう一度会うことができます。一緒に桑の実を摘んだことがある方なのでしょう。しかし、一度奥に入ってしまったらこの世に戻るのは難しいのかも知れません。そこは死者たちの世界、黄泉の国なのですから。行ってはいけないと固くいましめられていたのに、足を踏み込んでしまった作者。もう日は傾き、ぬばたまの夜が訪れようとしています。
シュールではありますが、なぜか懐かしく抱きしめたいような気持ちになる一句。ここに描かれているのは鎮魂の思い。かけがえのない時をともに過ごした方への深い哀悼だと思いました。
プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」