はるのほし「春の星(春)天文」【最近の句集から選ぶ歳時記「キゴサーチ」/蜂谷一人】




吾を噛みし歯も骨壺に春の星  広渡敬雄「間取図(2016)角川書店」

犬の歯を詠んだ珍しい句です。作者はペットを火葬にし、骨を骨壺に収めたのでしょう。飼い犬へ愛情がまっすぐに伝わってくる一句です。「春の星は、柔らかい夜気に潤みつつ、しきりに瞬く」と歳時記に。歯も骨壺も白く、春の星も白い。白くて光沢のあるものが三つ出てきて、それぞれ味わい深い。最後の春星への飛躍が見事で、視点が地上から天上へ一気に駆け上がります。

潤んでいるのは星ばかりではありません。きっと作者の目も濡れているのでしょう。

この句の前書きには「家犬アルフ十六歳十一か月で逝く 四句」と記されています。十六歳十一か月と細かく記されているところが目を引きます。あと一か月で十七歳だったのにという無念が伝わるではありませんか。「四句」ですから残りの三句も紹介しておきましょう。時系列になっていて、掲句は連作の最後。季節は冬から始まります。

寒柝に耳そばだてることもなし

元気なころは火の用心の拍子木に、耳をそばだてていたのでしょう。病が重くなってそんな仕草も見せなくなってきました。

下萌や最後の息をふつと吐く

下萌えはいのちの芽生え。生まれる命もあれば、死んでゆく命もあります。

清明や一吠えののち逝きにけり

清明は二十四節気のひとつで、新暦4月5日ごろ。万物が溌溂とする時期です。ものみな萌え出づる季節に逝った愛犬。何か言い残そうとしたのか、一吠えが印象的です。動物の死に「逝く」という表現を使っているところにも心情が滲みます。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html






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