きがさなり・季重なり【超初心者向け俳句百科ハイクロペディア/蜂谷一人】

一句の中に季語を二つ以上使うことを季重なりといい、避けるべきとされています。狙いが分散し一句の中心が曖昧になってしまうからです。しかし季重なりでも、季語の主従がはっきりとしていて主の季語がきちんと働いていれば構わないとされています。そうは言っても季語が三つ以上となると論外。そういうと必ず 

 目には青葉山ほととぎす初鰹 山口素堂  

はどうなんだ、という方が現れます。素堂は江戸中期の俳人。そもそも江戸時代には歳時記が今ほど整備されていませんでした。季語の数も少なく、季重なりという概念もあまり意識されていなかったようです。季重なりがはっきりと避けられるようになったのは明治以降のこと。

 あるとき番組にみえたゲストが「正岡子規はけしからん」と憤慨なさっていたことがあります。子規のおかげで俳句が堕落したとのこと。季重なりを厳しく言うようになったのは子規のせい。皆が集う座の共同作業から生まれた俳諧(連句)が衰退し、個人の作品として発表する俳句が隆盛をみたのも子規の責任だというのです。子規の功罪はともかく、季語が二つ三つ平気で入っていた時代の大らかさに私も憧れます。

季重なりは現代でも許容する俳人もいますから一概には言えませんが、初心者のうちは避けたほうが無難。例えてみれば、就職活動の会社訪問のようなもの。リクルートスーツなら一色でコーディネートが完成。これが季語一つの世界。面白くないかもしれませんが減点にはなりません。一方、季語を二つ入れるのは、ジャケットとパンツ。それもアリだとは思いますが、コーディネイトのセンスが問われます。

 

プロフィール
蜂谷一人
1954年岡山市生まれ。俳人、画人、TVプロデューサー。「いつき組」「街」「玉藻」所属。第三十一回俳壇賞受賞。句集に「プラネタリウムの夜」「青でなくブルー」

公式サイト:http://miruhaiku.com/top.html

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